ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第36話 巴戦

「イエロー145、マーク24にローとモントゴメリの反応を確認!無事に撤退できたようです!!」

 

クラックスとの計画通り、アークエンジェルは後方で待機していた。観測員であるオペレーターが、レーダーに捉えた二隻の先遣隊の安否を継続して確認していく。

 

もう一隻であるバーナードは、四つある内の二つのエンジンが停止し、航行不能となっていたが、生存した乗組員はローに移り、モントゴメリと共にアークエンジェルが待つ後方へ退避を完了している。

 

「ゴットフリート1番、照準合わせ、てぇ!」

 

ナタルの指示のもと、遠くに見えるナスカ級と交戦するクラックスへ援護射撃を行うが、牽制が精一杯で当てることは叶いそうになかった。

 

「フラガ大尉は?!」

 

「ゼロ、帰還します!機体に損傷!アークエンジェルへ着艦誘導します!」

 

「ナスカ級よりミサイル、クラックスへ向かっていきます!」

 

その報告を聞き、ナタルがちぃっと歯を噛みしめる。今回の作戦は、完全にクラックスの戦力に頼ったものであり、アークエンジェルはあくまで後方待機というのが、ナタルの腑に落ちないところであった。

 

「くそっ、ここからではまともな援護も…!」

 

「ーーフレイ?」

 

観測オペレーターをしていたサイが、ふとそんなことを呟く。ブリッジにいた誰もが振り返ると、その入り口には顔色を悪くしたフレイが、震えた瞳で遠くに見える戦場の光を見つめていた。

 

「え!?」

 

「クラインも!」

 

そんなフレイに寄り添うように、ラクスも居たことに誰もが驚いていたが、フレイはそんなこと御構い無しに、ブリッジへと体を浮かべて乗り込んでいく。

 

「パパ…パパの船は?」

 

「フレイさん、落ち着いてください」

 

「今は戦闘中です!非戦闘員はブリッジを出て!」

 

マリューの咎める声にも怯まず、フレイは叫んだ。

 

「パパの船はどれなの?どうなってるのよ!」

 

あきらかに冷静じゃない。そう判断したサイが席を離れてフレイの肩に手を置いて、怯えた彼女を見据えた。

 

「フレイ!大丈夫だよ!大丈夫だ!お父さんの船は戦線を離脱してる!」

 

ほら、と言ってサイが指差す先には、戦域から離れたモントゴメリとローの二隻を表すレーダーが表示されている。フレイはしばらく黙って、そのモニターを見つめていた。

 

「フレイ?」

 

「…キラは?…ラリーさんやリークさん…メビウスライダー隊のみんなは!?」

 

その言葉に、サイは咄嗟に口を噤んだ。

 

「頑張って戦ってるよ。…でも、向こうにもイージスが居るし…なかなか…」

 

「大丈夫だって、みんな言ったの!僕たちも行くからって!パパだけが無事だなんて、私はーー」

 

許さないーーそう言いかけたところで、アークエンジェルが震えた。戦域から逃げる二隻を逃すまいと、ヴェサリウスが放った艦砲射撃がアークエンジェルの脇を掠めたのだ。

 

「あぁ!」

 

揺れに耐えられなかったフレイを、サイが受け止めようとしたがそれは叶わずに、咄嗟にラクスがフレイを支える形となった。

 

遠くでは、二隻を追わせないようにクラックスがヴェサリウスとの艦隊戦へ突入しているのが見える。

 

「フレイ!さ、行こう。ここに居ちゃ駄目だ!」

 

サイが差し出した手を、フレイが手に取った時だった。

 

「敵モビルスーツ、シグー1機とライトニング1が交戦…え、なんだよ…これ」

 

いつもはっきりと状況を知らせる観測オペレーターが、困惑した声を出した。

 

「どうしたの!?」

 

マリューがそう問いかけるが、観測オペレーターは歯切れ悪く、うまく自分が観測した情報を伝えることができずにいた。ただ、わかっていることはある。

 

「センサーが、なんだこの反応…こんな動きが、モビルアーマーで可能なのか…?」

 

まるでテレポーテーションするように、入れ替わる敵と味方の反応。最新鋭である観測装置が、捕捉しきれない速さで、彼らは戦闘を行なっている。

 

そのモニターした戦闘が、常軌を逸しているということだけは、はっきりと断言できた。

 

 

////

 

 

息すら、まともにできない。

そんな状態が、何時間も続いているような感覚だった。

 

「ぐぅう…がっ…ハァーーッ」

 

インメルマンターンや、ハイGマニューバ、ありとあらゆる機動を以って、ラリーは攻め入るシグーとの攻防を繰り広げていた。その軌跡は数を増すことに鋭さと速さを増していく。

 

互いに放つ攻撃は僅かでありながら、複雑に交差し合う機動戦の中で見えた針の穴のようなチャンスに全身全霊を込めて、しのぎを削る。

 

『ぬ…ぐぁ…』

 

クルーゼも同じだった。彼が本気でラリーに追いつこうとしているのは事実であったが、その機動戦はクルーゼが味わったことのない前人未到の戦いだった。

 

戦争が始まってから、血の滲むような努力と経験で培った操縦能力を駆使しても、相対する流星への決定打につながる道筋すら掴めない。

 

『こうまでして、手が届かないというのか…!なんとも…これは…!!』

 

その信じられない光景は、乾ききっていたクルーゼの心に潤いをもたらした。相手はモビルアーマー。モビルスーツの下位に座する存在だというのに、その相手は自分の手が届かない領域にいる。

 

これほど、心が躍ることはあるだろうか?いや、無い。クルーゼにとって、ラリーと戦う今、この瞬間がなによりも充実した時間となりつつあった。

 

「いい加減にしつこいんだよ…!!クソッタレ!!」

 

メビウスの出力調整をマニュアルで操作し、急旋回を繰り返すラリーだが、クルーゼの背後を捉えることは至難の技だ。捉えたとしても、1秒にも満たない時間しかない。決定打を打ち込むには、もっとしっかり敵の背後に取り付くしかない。

 

『この力…誰もが望んだ理想でもないはずの…ただの人が身につけた力…』

 

機体の外へ体が持っていかれそうな感覚に、歯を食いしばって耐えながら、クルーゼの口元は歓喜に歪んでいた。

 

『素晴らしい…やはり、君は本物だ…!!』

 

その瞬間、ほんの僅かにだがシグーとメビウスが正面同士になった。ヘッドオン。互いに攻撃を繰り出すには絶好のチャンス。

 

「うぉおあああああーー!!!!」

 

ラリーの機体はぐるりと反転しながら、ビームサーベルを出現させ、迫るシグーへ接近する。対するシグーもライフルを放ちながら近づいていきーー

 

「くぅ…!!」

 

先手を取ったのはクルーゼだった。ヂュイーンとメビウスの装甲にライフルが掠める音が響く。だが、ラリーもタダでは済まさない。シグーとすれ違う間際に機体を僅かに傾けて、ビームサーベルでシグーの持つ盾の端を切り裂いた。

 

『はっはっは!!もっとだ!!もっと見せてくれ!!』

 

すれ違ったラリーのメビウスを反転して見つめながら、クルーゼは高らかな笑いを上げて戦闘を楽しんでいく。

 

 

////

 

 

メビウスとシグーの戦闘を間近で見ることになったモントゴメリのブリッジは、静寂に包まれていた。

 

「観測員!!」

 

コープマンの怒声に、あんぐりと口を開けて戦闘データを見ていたオペレーターが慌てて端末を操作していき答える。

 

「記録してます!!」

 

コープマンも、その隣にいるジョージも、頭上に映るモニターの中で繰り広げられる激闘に見入っていた。観測員がカメラを操作しているが、2機の動きが速すぎて捉えることは叶わず、とにかく戦闘を記録するために全体望遠で2機の機動戦を映し出している。

 

「嘘だろ?あんな機動が、モビルアーマーにできるのか?」

 

ジョージの言葉に、誰も答えなかった。

モントゴメリの中には、ジョージを含めメビウスライダー隊の戦闘を初めて見るものが多くいた。その信じられない挙動や機動力に、誰もが驚愕している。

 

「これが、メビウスライダー…流星の異名を持つ者の力か…」

 

コープマンは、感慨深くそう呟く。

 

グリマルディ戦線で聞いた功績、そして宇宙のどこかで戦っている彼らの勇姿を、誰かの言葉ではなく、目の当たりにしたことがある彼は、その鬼神のような闘いぶりに敬意を表していた。

 

「くそ、我々は見てるだけで、何もしてやれないとは…!!」

 

故に歯がゆさもあった。先遣隊で出てきたというのに、自分たちは撤退しかできない。そう思うと自分が情けなくて仕方がなかった。

 

《しかしーー彼らの手助けはできます》

 

その声に、コープマンは顔を上げた。音声通信で届いたのは、自分たちを逃がすためにナスカ級と艦隊戦を繰り広げているクラックスの艦長の声だった。

 

「ドレイク!」

 

《コープマン大佐。あなたに準備してもらいたいものがあります》

 

音声の向こうで、ドレイクは帽子の下で鋭い眼光を光らせていた。彼の中にはすでに目算はあった。

 

この状況を打開するための奇策の一手が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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