ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第44話 ハルバートン提督の決断

キラやリークたちによって何とか片付いたアークエンジェルの2番ドックには、メネラオスから発進した移送用のランチが着艦していた。

 

デュエイン・ハルバートン提督。

 

彼がアークエンジェルにやってきたのはつい先ほどのことだ。

 

「ヘリオポリス崩壊の知らせを受けた時は、もう駄目かと思ったぞ。それがここで、君達と会えるとは…」

 

「ありがとうございます!お久しぶりです、閣下!」

 

クルー総出で出迎える中、ハルバートン提督は険しい航海をしてきたアークエンジェルのクルーや、クラックスの乗組員を労わるように見渡してから、自分の前に出て敬礼をするマリューの手を優しく握った。

 

「先も戦闘中との報告を受けて、気を揉んだ。大丈夫か?」

 

ハルバートン提督の言葉に、マリューは目尻に涙を溜めながら頷いて答える。すると、ほかの乗組員の中から、何名かが前に出て敬礼を打った。

 

「ナタル・バジルール少尉であります!」

 

「第7機動艦隊、メビウスライダー隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉であります」

 

「同じく、メビウスライダー隊所属のラリー・レイレナード中尉であります」

 

「同隊所属のリーク・ベルモンド少尉です」

 

「第7機動艦隊、ドレイク級宇宙護衛艦クラックス艦長、ドレイク・バーフォード少佐です」

 

敬礼し名を述べた者から順に、ハルバートン提督は固く握手を交わしていく。

 

「皆、ご苦労だった。バーフォードくん、久しいな。それにメビウスライダー隊。君たちが居てくれて幸いだったな」

 

その言葉に、ドレイクはくたびれた帽子を脱いで頭を下げた。するとハルバートン提督は乗組員たちの一角にいるサイやトールたちを見た。

 

「そして彼らが…」

 

「はい、艦を手伝ってくれました、ヘリオポリスの学生達です」

 

おお、そうかとハルバートン提督は笑顔でサイたちとも握手を交わした。その笑顔には軍人らしい強張った気配も、作り物のような張り付いた雰囲気もなく、心から彼らに感謝をしているような、そんな笑顔だった。

 

「君達の御家族の消息も確認してきたぞ。皆さん、御無事だ!とんでもない状況の中、よく頑張ってくれたなぁ。地球連合軍を代表して礼を言う」

 

まくし立てるようにハルバートン提督が学生グループに声をかけていくが、提督の側近であるホフマンが耳打ちするように声をかけた。

 

「閣下、お時間があまり…」

 

「うむ。後でまた君達ともゆっくりと話がしたいものだなぁ」

 

そう言って笑顔で挨拶を交わして、ハルバートン提督はマリューやナタル、ドレイクと共にハンガーを後にした。

 

 

////

 

 

「ツィーグラーとガモフ、合流しました」

 

第八艦隊から遥か後方。アークエンジェルをトレースしていたローラシア級ガモフに、同じくツィーグラー。そして、クルーゼが指揮を執るナスカ級のヴェサリウスが集結していた。

 

「発見されてはいないな?」

 

クルーゼの言葉に、ヴェサリウス艦長のアデス が頷く。こちらとしては、捕捉できるギリギリの位置で合流したので、第八艦隊やアークエンジェルに発見されることはまず無いと考えていいだろう。

 

「敵艦隊は、だいぶ降りていますね」

 

そう言いながら、二人は軌道計算をした第八艦隊の予想航路図を見ながら唸る。

 

「月本部へ向かうものと思っていたが…奴等足つきをそのまま地球に降ろすつもりか」

 

「降下目標はアラスカですか」

 

地球連合軍統合最高司令部がアラスカ。地球軍虎の子の技術であるアークエンジェルとG兵器の生き残りをそこに運び込むことは、一種の道理でもある。

 

「なんとかこっちの庭に居るうちに沈めたいものだが…どうかな?」

 

不敵な笑みを浮かべるクルーゼに、アデスは現在こちら側が保有する手札を確認するように答える。

 

「ツィーグラーにジンが6機、こちらに〝隊長のモビルスーツ〟と、イージスを含めて5機、ガモフも、デュエル、バスター、ブリッツは出られますから」

 

抜かりはありませんとは、アデスは続けなかった。ラクス・クラインをプラントに送る中で、ガモフの戦力でアークエンジェルに奇襲をかけることも考えたが、相手は小規模ながらも艦隊を編成できるほどだ。しかも守りに立つのはG兵器と、メビウスライダー隊。

 

迂闊に手を出せば、どう転ぶか判断が付かない以上、戦力を十分に補充し、機を捉えた奇襲で持てるカードを切り、総力戦を仕掛けなければ落とせないと、クルーゼもアデスも判断していた。

 

「盤石な布陣だな。イザークたちに耐え忍んで貰った甲斐もあったというものか…」

 

「存分に暴れさせるとしましょう。凶星〝ネメシス〟との決着も」

 

これまで飲まされた煮え湯を倍返しにすると言わんばかりに、アデスの目は鋭くなっていた。クルーゼも当然だなとだけ答えて、ブリッジを出た。

 

プラントで知人に無理を言って用意させたモビルスーツ。現行の標準機では、あの純白のメビウスに追いすがり、追い抜くことはできないとクルーゼは確信している。

 

そのモビルスーツとのフィッティングを終わらせるために、クルーゼはハンガーに向かっていた。

 

「ラリー、約束の時だ。決着をつけるとしよう」

 

そう呟き、歓喜で待ちきれないと悦に浸った笑みを浮かべながらーー。

 

 

 

////

 

 

 

ヴェサリウスの私室の中で、アスランは寝転がりながらラクスを送り届けた日々を思い返していたーーー。

 

 

 

「何か?アスラン?」

 

連合軍から引き渡された時に持っていたカバンから取り出した端末映像を眺めているラクスが、同じく後ろから覗こうとしていたアスランへ振り返りながら微笑んだ。

 

その微笑みにアスランは息を呑む。

 

「あっ…いえぇ…あ…何を見てるのかと思いまして……その…人質にされたりと、いろいろありましたから…」

 

「私は元気ですわ。あちらの船でも、皆さんや、貴方のお友達が良くしてくださいましたし」

 

見てくださいなと、ラクスが差し出した端末をアスランは眺めた。

 

地球軍の制服をきた何人かがラクスたちと話に花を咲かせる映像。

 

趣味でギターをやっている乗組員とラクスが即席のセッションで歌を披露している様子や、食堂で小さなライブが始まっている様子が映っていたり。

 

くたびれた帽子を被った壮齢の男性がラクスに食事を振舞ったり。

 

ノーマルスーツを着たラクスが、地球軍艦の甲板で船外作業を手伝ったりと、色々な映像が流れていた。

 

その中にはキラもいて、地球軍の制服をきた何人かの男性乗組員とじゃれ合ったり、笑顔で話をしたりしている様子も映っている。

 

「キラ様はとても優しい方ですのね。そして、とても強い方」

 

その映像を見て、ラクスの言葉を聞いて、アスランは固く拳を握りしめた。

 

「あいつはバカです!軍人じゃないって言ってたくせに…まだあんなものに…あいつは利用されてるだけなんだ!友達とかなんとか…あいつの両親は、ナチュラルだから…だから…」

 

「貴方と戦いたくないと、おっしゃっていましたわ」

 

気がつくと、ラクスは悲しそうな目をしてアスランを見ていた。その目を見ていると今まで押し殺していた感情が溢れ出し、アスランは堪らずに心の縁から溢れた思いを口にする。

 

「僕だってそうです!誰があいつと…」

 

戦いたいと思うものかーー。そこで、アスランはキラの言葉を頭の中で反復させた。自分の大切な人を傷つけると言うならーー。アスランは、すでに大事な母をナチュラルに殺されていた。その死の苦しみからも、苦難からも、立ち直れていない自分がいる。

 

その弱さを、自分はザフトの赤服で覆い隠しているのではないかーー?

 

「失礼しました。では私はこれで」

 

ハッと意識を切り替えて、アスランはラクスに敬礼を向けた。

 

「辛そうなお顔ばかりですのね。この頃の貴方は」

 

扉から出る直前に言われた言葉を今でも覚えている。そして返した言葉も。

 

「ニコニコ笑って戦争は出来ませんよ」

 

笑って戦争をするなんて、そんなもの狂人の考えだと思ってアスランは部屋を後にした。ラクスは悲しげに目を伏せる。

 

ニコニコ笑って戦争をしてほしいなんて、思っていない。できることなら、笑顔で、あの船の乗組員たちのようにーーナチュラルもコーディネーターも分け隔てなくいられる世界を、ラクスはアスランに願って欲しかった。

 

 

 

////

 

 

アークエンジェルの艦長室に入った四人は、それぞれの立ち位置に立ち、今後の方針をどうするかを話し合うことになった。

 

「しかし、ヘリオポリスの被害とアルテミス…全く復旧に何年かかることか」

 

「説教は後にしろ、ホフマン。彼女らがストライクとこの艦だけでも守ったことは、いずれ必ず、我ら地球軍の利となる」

 

ハルバートン提督の言葉に、反ブルーコスモス主義とは一線を画したホフマンは、眉を釣り上げる。

 

「しかし、アラスカはそうは思ってないようですが」

 

ホフマンの指摘に、ハルバートンは簡素な造りの机を拳で叩いて怒りを露わにした。

 

「奴等に宇宙での戦いの何が分かる!ラミアス大尉は私の意志を理解してくれていたのだ。問題にせねばならぬことは、何もない」

 

第一、地球のアラスカ基地の地下で秘密裏に製造すれば良かったものを、モビルスーツ否定派の一声で宇宙の辺境、ヘリオポリスに追いやられた。今回の事件の大本の責任は地球に踏ん反り返る上層部にある。それにハルバートン提督にも含む思いはあった。

 

G兵器の情報漏洩は、単にザフトに察知されたわけではなく、地球軍の上層部の誰かが流したのかもしれないという疑いがある。

 

「ストライクのパイロットであるコーディネイターの子供の件は…これも不問ですかな?」

 

報告書を眺めるホフマンの目には、僅かにだが疑いと非難の色があった。その言葉に真っ先に反応したのはマリューだった。

 

「キラ・ヤマトは、友人達を守りたい。ただその一心でストライクに乗ってくれたのです。我々は彼の力なくば、ここまで来ることは出来なかったでしょう。ですが…成り行きとはいえ、自分の同胞達と戦わねばならなくなったことに、非常に苦しんでいました」

 

マリューの記憶にあるキラは、いつも悲しげな眼差しをしていた。メビウスライダー隊や、クラックスのクルーの交流が無ければ、その瞳はもっと荒んだものになっていたのかもしれない。

 

だから、マリューは今自分にできることを進言した。

 

「誠実で優しい子です。彼には、信頼で応えるべき、と私は考えます」

 

「しかし…」

 

「軍規については、我々が保証しましょう」

 

マリューの言葉に渋るホフマンへ、援護射撃を買って出たのはドレイクだった。くたびれた帽子を被り、鋭い眼差しでホフマンを見つめる。

 

「彼は、第八艦隊と合流するまでこちらの艦で生活しておりました。理由は言わずともわかりますな?」

 

ドレイクの言葉に、ホフマンは黙るしか無かった。彼がいう理由とは、モントゴメリに乗艦していたブルーコスモス派の士官たちのことだ。彼らが指示系統に従わず、勝手な行動をしたがために、キラをクラックスで保護することになったことは、彼が手に持つ報告書にもしっかりと記載されている。

 

「彼は幾度となく我々を危機から救ってくれました。そして仲間としても重要な存在になっています」

 

「彼はーーキラ・ヤマトくんは船に残ると?」

 

ハルバートン提督の言葉に、ドレイクは静かに頷いた。

 

「私にはそう告げました。ラミアス艦長にも。もちろんメビウスライダー隊の一員として、ですがね」

 

ドレイクの言葉に、ハルバートン提督は深く息を落として、背もたれに体を預けて虚空を見上げた。

 

「既にザフトに4機渡っているのだ。今更機密もあるまい。となるなら、君にもアークエンジェルと旅路を共にして貰わねばならないな」

 

旅路を共にーー?その言葉に、マリューもドレイクも疑問を覚えた。こちらの予想としては、月本部に合流して任務は終わりだと思っていたのだから。

 

「どういうことでしょうか?ハルバートン提督」

 

ハルバートン提督は体を起こすとしっかりとした眼差しで二人の艦長を見据えた。

 

「この後、アークエンジェルは、現状の人員編成のまま、アラスカ本部に降りてもらうことになる」

 

 

 

////

 

 

 

その頃、アークエンジェルのハンガーでは、メネラオスから搬入されてきた物資のリストと実物を確認していたマードックが、素っ頓狂な驚きの声を上げていた。

 

改造したメビウスの調整をしていたクラックスのクルーたちも、ハリーを先頭に驚いてるマードックの元へ集まっていく。

 

「グリンフィールド技師…こいつは…」

 

そう言って、マードックはハリーにリストを渡した。くまなくチェックしていくと、ハリーの表情に驚きが滲み出てくる。

 

「これって…」

 

「スカイグラスパー2機と、スピアヘッドが4機?おいおい…大気圏用の機体じゃねぇかよ!」

 

長く続いた航海は、新たな局面を迎えようとしていたーー。

 

 

 

 

 


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