「残念ながら、今の我々にはもう、アークエンジェルに割ける人員はないのだ」
ハルバートン提督は語った。
今の地球軍で宇宙に属する者たちの窮地。膠着状態であった戦況は、徐々にだがザフト優勢で事が進んでいる。地球軍の宇宙艦隊とは言え、アラスカに本拠地を置くブルーコスモス派や、ナチュラル主義者に体良く宇宙に放り出された者も多いのが事実である。
しかも、肝心の地球本部は、地上の戦闘に躍起になって宇宙への兵站は細るばかり。頼りのユーラシアが有するアルテミスの部隊も、自軍の要塞に引きこもって当てにならないときた。
「ヘリオポリスがザフトに制圧された今、アークエンジェルとGは、その全てのデータを持って、なんとしてもアラスカへ降りねばならん」
残されたモルゲンレーテの設備や機材も、突然の災難でデータ消去もできずにザフトに接収されたに違いない。プラントがヘリオポリスにあったモルゲンレーテのことに何一つ言及しないのがその証拠だ。
自分たちの持ち場である宇宙を飛び越え、秘密計画を宇宙の隅に追いやった地球本部。またプラントは機体とデータを奪った後、事を荒立てぬよう黙っているこの状況。ハルバートンにはそれらが酷く苛立たしく思えた。
「G計画の開発は、なんとしても軌道に乗せねばならん!ザフトは次々と新しい機体を投入してくるのだぞ?なのに、利権絡みで役にも立たんことばかりに予算を注ぎ込むバカな連中は、戦場でどれほどの兵が死んでいるかを、数字でしか知らん!」
目先の金や利権と引き換えに、戦場では家族や友人、地球のために戦う若い兵が次々と死んでいることが、ハルバートン提督には我慢ならなかった。
彼もまた、この泥沼化した戦争を一刻も早く終わらせることを願っている人物だ。そのために、宇宙という敵地の眼前に押し出されても、兵器の開発を完遂しようとしたのだ。
「ーー分かりました。閣下のお心、しかとアラスカへ届けます!」
ハルバートン提督の心に真っ先に応えたのは、マリューだった。その顔には「自分になんて艦長など」といった弱々しさはない。キラも、決断したのだ。大切なものを守るためにと。
なら、軍人である自分にできることは何か?そう考えて辿り着いた答えに、マリューは心を決めた。その姿を見て、ナタルもまた覚悟を決めた面持ちでハルバートン提督へ敬礼をする。
それに頷いて答えて、提督は彼女らの隣に立つドレイクへ視線を向けた。
「君たちには、困難な道を言い渡すことを、承知で頼む…。バーフォード。第7艦隊からも許可は取った。勝手な物言いだが、君も彼女たちを手助けしてやってくれ」
ドレイクはそれに言葉で答えることはなく、ただ帽子を脱ぎ、ハルバートン提督へ敬礼をするのだった。
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「もう!離してってば!」
「聞き分けなさいフレイ!さぁ、パパと一緒に地球に降りるんだ!」
メネラオスを経由して地球に降りるシャトルの前で、フレイは頑なに父の引っ張る手を拒んでいた。アルスター事務次官が、そのシャトルに乗り地球に降りるから一緒に付いて来るように言っているのだ。
シャトルはアラスカとは別の地球軍勢力地帯へ降り、そこで保護を受けることになる。その勢力が、アルスター事務次官が所属するブルーコスモスが権力を振るう地域だと聞いて、フレイはさらに父への反発を強めていた。
「い・や!!パパがキラに謝るまでは絶対に一緒に行かないんだから!!本気よ!本気!!」
父の手を振り払って、フレイが意固地に睨みつけると、娘からの反抗にどうすればいいのか分からず、ジョージは「好きにしなさい!」と捨て台詞を言って、カバンを抱えてシャトルへ歩いていくのだった。
「はぁ、とりあえずお前たちにはこれを渡さなければならないな」
そんなやり取りを遠巻きで見ていたキラの友人たちへ、ナタルはため息をつきながらもある書類を渡して回った。
「除隊許可証?」
「私達…軍人だったの?」
「第8艦隊、アークエンジェル所属…」
トール、ミリアリア、カズイの順番で想い想いの言葉を綴る。サイも書類に目を通していたが、なんとも言えない表情をしていた。ナタルの隣にいたホフマンがわざとらしく咳払いを放つ。
「例え非常事態でも、民間人が戦闘行為を行えば、それは犯罪となる。それを回避するための措置として、日付を遡り、君達はあの日以前に、志願兵として入隊したこととしたのだ。なくすなよ?」
「尚、軍務中に知り得た情報は、例え除隊後といえ…」
「あの……」
トールたちに説明をしようとしていたナタルの言葉を遮って、父と別れたフレイがひとつ気になったことを問いかけた。
「なんだ?どうしたアルスター」
「キラは…?」
溢れたように放たれた言葉に、ナタルは顔をわずかに伏せて、トールたちは互いに顔を見合わせるのだった。
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そんなトールたちから離れた場所で、キラはメネラオスに向けて発進準備をしているランチを眺めていた。特に、今になってあの船に乗りたいなどという後悔の念は無いが、ヘリオポリスの戦いでストライクに乗る決断をしなければ、自分もランチに乗ろうとするあの喧騒の中に居ただろう。
今になって思うことはたくさんある。
コクピットに乗って、戦って、引き金を引いて。
辛いことは沢山あった。けど、得られたものも確かにあった。心のどこかでいつも感じていた自分自身に対する疎外感や、異物感を、メビウスライダー隊のみんなといるときは感じない自分がいる。それが心地よいとも思うし、こんな頼りない自分を仲間だと言って信頼し、助けてくれる。そんな相手がいるだけで、キラはほんの少し、強くなれたような気がした。
「キラ・ヤマト君だな?」
ふと、横から声をかけられて、キラは泡を食ったように振り向く。そこには、優しげな笑顔をしたハルバートン提督がいた。
「なに、驚かないでくれ。報告書で見ているんでね」
ノーマルスーツ姿の提督は、「隣、いいかね?」とだけ言って、何も言わずにキラと同じようにランチに乗り込む人々の喧騒を眺めていた。
「しかし、改めて驚かされるよ。君が所属するメビウスライダー隊にはな」
「レイレナード中尉たち、ですか?」
ハルバートン提督の言葉に首をかしげると、どうやら君たちは自覚してないらしいなと小さく笑った。
「彼らはーーいや、君たちはたった4機の編隊で、モビルスーツ部隊を幾度となく撃退し、ナスカ級の撃沈目前までも行った存在だ。G兵器は、ザフトのモビルスーツに、せめて対抗せんと造ったものだというのに、まったく。君たちのお陰でモビルスーツの有用性を上層部はあまり認めようとしないようだ」
「えっと…ご迷惑をおかけします」
思わずそう答えたキラに、ハルバートン提督はしばし驚いた様子をした後に、豪快に声を上げて笑った。
「はっはっはっ!すまない、冗談だよ」
そんなハルバートン提督を見て、こういう裏表がない人が上司だから、マリューもまた裏表がない人間なのだろうと、キラはある種の納得をした。
「君の御両親は、ナチュラルだそうだが?」
「え!…あ…はい」
思わず、胸が鳴った。
自分の両親のことを、この人は知っている。一気に心の中に暗いイメージが湧き上がった。まさか両親を人質にして自分をーーと、思ったが。
「どんな夢を託して、君をコーディネイターとしたのだろうな」
ハルバートン提督は遠くを見ながら、どこかへ語りかけるようにそう呟いた。
「私は、コーディネーター憎しで戦ってるわけじゃない。地球とプラントの関係で戦争が起きているのだし、コーディネーターが絶対的な悪ということは無いのだよ。君のような、真面目な青年がなによりもその証拠だ」
そう快活に笑って、ハルバートン提督はキラの肩を叩いた。思わず、キラは自分の中に生まれたイメージを恥じた。彼は、自分のことを本気で心配して声をかけてくれているのだ。メビウスライダー隊のみんなと同じように。
「何にせよ、早く終わらせたいものだな、こんなくだらん戦争は!」
そう言った矢先、奥の通路から提督と同じノーマルスーツをきた連合兵が敬礼をしながら近づいてくるのが見えた。
「閣下!メネラオスから、至急お戻りいただきたいと」
「やれやれ…君や君の友人達とゆっくり話す間もないわ!」
ではな、と言ってハルバートン提督は柵を乗り越えて下で待機するランチへ向かおうとした。
「提督!!」
キラは、思わず提督を呼び止めた。もっとハルバートン提督と言葉を交わしたい。自然とそう思ったのだ。しかし、提督は振り返るとさっきまで見せていた笑顔とはちがう、真面目で澄んだ眼差しをキラへ向けた。
「アークエンジェルとストライクを守ってもらって感謝している。そしてこの艦に残るというのなら、私は止めはしない。だが、君が居れば勝てるということでもない。戦争はな。決してうぬぼれるな!」
提督の言葉に、キラは言葉を模索した。
自分一人だけで、ストライクに乗って戦っていたなら、提督が言うように心のどこかで増長していたかもしれない。けど、キラの心にある覚悟はそうじゃないと叫んだ。
「大切な人を守るため。大切な仲間を守るため。生きて、生き抜いて、出来るだけの力があるなら、出来ることをして、使命を果たす。僕はメビウスライダー隊のみんなに、それを教えてもらいました」
そのキラの答えに、提督は満足そうに笑みを浮かべた。
「その意志があるなら、君は立派な戦士になれる。ただ忘れるな、良い時代が来るまで、死ぬなよ!」
彼はそう言って敬礼をすると、自分の役目を果たすためにランチへと向かっていくのだったーー。
いつも感想ありがとうございます。
ラリーとリークやドレイク艦長を気に入ってもらえて、とても嬉しいです。これから地球編に入っていくのですが、みなさんが言ってるようなスカイグラスパーにラリーたちを乗せるほど、紅さんは優しくないので悪しからず。
あと一言。僕の好きな作品は、機動戦士Vガンダムです(ゲス笑み)