今回は短め
「キラが残る!?ふざけないで!」
ハンガーの一角で、フレイの声が反響した。そんな彼女を見て、ナタルも複雑な表情を見せる。
「彼は、ふざけた気持ちで言ってるんじゃない」
少なくとも、キラの目は戦うことを決意した人の目をしているとナタルは感じた。軍人としてではないが、戦う戦士としての素質が花開こうとしているように思える。
しかし、フレイが感じていたものは、ナタルのような軍人らしい思考ではない。
「私は、この船に乗るまで父と同じ考えでした!コーディネーターは悪だと、コーディネーターがいるから戦争が起こるんだと」
ずっとそうだと思っていた。ずっとそうだと信じて疑わなかった世界と自分の価値観。それが、この船に乗ってから根底からひっくり返されたように思える。
「けど、違いました。コーディネーターを滅したら平和になるの?…そんなこと全然ない!そんなの、虐殺と一緒よ!」
ラクスのように、戦争を悲しむコーディネーターも、キラのように仲間のために命をかけて戦うコーディネーターもいる。そんな人たちも悪と一括りにして、滅ぼした世界に何が残る?
「世界は、コーディネーターが居ても居なくても、ナチュラル同士だったとしても!いがみ合って、依然として戦争のままでーー私…自分は中立の国に居て…全然気付いていなかっただけなんだって、思い知らされた」
フレイはただ、父の思想が絶対だと思っていた自分を恥じた。そんなこと、正しくないという視点が持てた故に、自分の醜悪さや、人としての未熟さを思い知らされて、苦しんでーー。
「でも、キラはそんな私たちを命がけで守ってくれてた。父のこともそうだし、そして今もーー。そんな彼を一人にして…私は…!」
そんなキラを残して、この噛み合わない違和感を忘れては、また自分はブルーコスモスの思想に染まってしまうのではないか。それがフレイにとっては何よりも苦しく、辛いことだった。
「フレイ…」
サイも、フレイの変化に気がついていた。彼女の心の在り方が変わっていく様子を間近でみていたのはサイだ。悩み、苦しんでいる姿も知っている。
フレイは伏せた眼差しをしっかりと上げて、ナタルに高らかに言い放つ。
「私も、アークエンジェルに残ります!」
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ハルバートン提督を見送っていたキラに気がついて、ランチに乗り込む喧騒の中から小さな影が、キラの足元へ歩み寄ってきた。
「エルちゃん?」
足元にたどり着いた少女は、ヘリオポリスの避難民の一人で、ユニウスセブンではキラやクラックスのクルーのみんなと共に折り紙を折った。その少女がポケットから、あの時に折った折り紙の花を取り出し、キラに差し出す。
「今まで、守ってくれてありがと」
キラは、しばらく目を見開いてから、ゆっくりと屈んで少女から花を受け取った。そうすると少女は花のようにパッと笑顔を浮かべて、ランチの入り口で待つ母の元へと帰っていく。
そうか。これがーー僕が守った、大切な人なんだ。
心の中で、キラは完全に区切りをつけた。ランチに入っていた少女に「ありがとう」と告げて、キラも出発しようとするランチから離れていく。
僕の向かう場所は別にあるのだからーー。
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フレイの言葉を聞いて、サイはーーナタルから貰ったばかりの除隊許可証を折りたたんでポケットに突っ込んだ。
「サイ!」
「フレイの言ったことは、俺も感じてたことだ。それに…キラだけおいていくなんて、出来ないしさ…」
キラはコーディネーターだから。キラがモビルスーツに乗れるから。そう言って、友達であるキラが戦っているのをただ見ているだけで、彼が悩んだり、苦しんでいることに何もしてやれなかった自分に、サイは腹が立っていた。
ただ、フレイが残ると言ったから、サイも残る決断をしたのではない。自分にできることを精一杯やって、命をかけて戦うキラに応えたいと、本気で思った。
「トール?」
サイと同じように除隊許可証をポケットに突っ込んで、トールもサイと肩を並べた。
「アークエンジェル…人手不足だしな。この後落とされちゃったら、なんか…やっぱやだしよ」
「トールが残るんなら…私も…」
「みんな残るってのに…俺だけじゃな…」
結局全員、同じ気持ちだった。友達が一人で大切なものを守るために立ち上がった姿を、戦いも、人の生き死にも目の当たりにした。それらを知らないふりをして、ヘリオポリスの頃のような生活に戻るイメージを誰も持てなかったし、それで納得できるほど子供でもない。
キラが大切なものを守るために立つなら、自分たちもそれに付き合おう。それがトールたちの間で共有された思いだった。
「みんな…バカ…」
「フレイこそ」
「みんながだよ」
「あ、そっか…」
そういうと、フレイもサイもトールもミリアリアもカズイも、なんだか自分たちが滑稽で、バカバカしくて、けれどどこか清々しくて、ちょっぴり切なくて、みんな揃って笑った。笑って、全員が残る決断をしたのだった。
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《モビルスーツ、発進は3分後、各機、システムチェック!全隔壁閉鎖。各艦員は、至急持ち場に就け!繰り返す!全隔壁閉鎖。各艦員は、至急持ち場に就け!》
クルーゼはコクピットの中で、騒がしくなっていく通信の声をただ聞いていた。白く塗装されたモビルスーツは、新品のように輝いている。
シグー・ハイマニューバ、クルーゼスペシャル。そう付けられた名に、クルーゼは少しだけ気恥ずかしさを覚えた。
ラリーの駆るメビウスとの戦闘で中破したシグーをプラント本国に持ち帰り、戦闘データを技術者や評議会のメンバーに見せて、自分がネメシスを討つと公言した結果、この機体を手にすることができた。
グリマルディ戦線でクルーゼが駆っていたジン・ハイマニューバのエンジンを補助機関として、武装はライフルと斬刀のみ。シグーの徹底的な高機動化と関節部の強化、そしてカリカリにまでチューンしたエンジン出力のおかげで、クルーゼしかまともに扱えない超ピーキーな性能に仕上がっている。
クルーゼとしては、この機体を大切に扱うつもりは毛頭なかった。全ては、ラリーのメビウスを落とすため。彼と全身全霊をかけた殺し合いをするためだけに使う。この戦いで自分の命ももろとも失うことも厭わない。
その覚悟を持って、クルーゼはコクピットに乗り込んでいた。
「アデス、艦の指揮は任せたぞ」
《ーー隊長》
「ん?」
《ご武運を》
アデスの言葉に、クルーゼは小さく笑って珍しく敬礼で答えた。今ここにいるのは、戦術の鬼才でも、クルーゼ隊の隊長でもない。
ただのパイロット、ラウ・ル・クルーゼだ。
「ラウ・ル・クルーゼ、シグー・ハイマニューバ、出るぞ!」
ナスカ級ヴェサリウスから飛び出した閃光は、一陣の光となって宇宙を切り裂く。その軌跡は皮肉にも、流星のそれと酷似していたのだった。