ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第51話 低軌道の戦い 4

「バーフォード艦長が言ってた増援は!?」

 

「いえ、まだーー来ました!イエロー52!脱出シャトルです!」

 

目前に迫った地球への降下作戦。オペレーターが軌道計算をし、ノイマンが重力に引かれる中、操舵を全力で行なった結果、土壇場になってドレイクが伝えたローからのクルーが乗ったシャトルと合流することができた。

 

マリューは僅かに望遠カメラを見つめたが、ドレイクが指揮する宇宙護衛艦クラックスは、磁気とNジャマーで乱れたレーダーにも望遠カメラにも映ってはいない。

 

「着艦を急がせて!時間がないわ!」

 

〝君たちの使命を果たせ。生きろ。生きて、使命を果たすんだ〟

 

ドレイクが最後に送ってくれた言葉と、彼らからの激励でもある増援に、マリューは感謝しながら自分の成すべきことを果たそうと心を引き締めた。

 

「ベルグラーノ、撃沈!」

 

まだ戦いは終わっていない。

 

大気圏ギリギリまで護衛を強行するメネラオスと、第八艦隊は、どこまでも追いすがってくるザフトのモビルスーツ群と激戦を繰り広げ、その戦力は静かに削り取られていく。

 

「限界点まで、あと5分!」

 

オペレーターの言葉に、ハルバートン提督はある覚悟を決めた。アークエンジェルは、この戦争を終わらせるために必要な力を持っている。ならば、宇宙に追いやられた自分にできる最大限のことをする。その覚悟を決めたのだ。

 

「すぐに避難民のシャトルを脱出させろ!それと、総員に退艦命令を出せ」

 

ここで下ろせば、アークエンジェルと道は違えど、地球軍の勢力下の航空施設へ降りることは可能だ。彼らも、そして自分について来た部下にも、自分の覚悟に付き合わせる必要はない。

 

そう思った故の発言だったが、誰も船から降りる様子は見せなかった。

 

「シャトルは発射させますが、我々は降りませんよ、提督。ここまで来たなら、最期まで貴方に付き合います」

 

側近のホフマンの言葉と共に、ブリッジのクルー全員がハルバートン提督へ敬礼を打った。彼は僅かに目を伏せて呟く。

 

「すまん。みんなの命を、私が預かる」

 

 

////

 

 

 

地球の重力が及ぶ中で、ラリーとクルーゼは死闘を繰り広げていた。シグーの時とは違い、ハイマニューバとなったクルーゼの機体は、飛び回るラリーの機体に完全に追従していた。

 

だが、それはラリーと同じ土俵へ、クルーゼが上がっただけにすぎない。

 

制動の中で掛かる負荷も、ラリーは歯を食いしばって耐えるだけで操縦に淀みはないが、クルーゼは違う。意識が遠のきそうになるようなハイG機動の中でも、クルーゼは操縦桿から手を離すまいと気力と気迫で意識を繋ぎ止める。

 

交差する中ラリーのメビウス・インターセプターに取り付けられたやや大振りになったレールガンから放たれる亜光速のタングステン弾頭を、クルーゼは極限状態の中で見極めて回避していく。

 

ハイマニューバとして取り付けられたエンジンが、高熱を発して宇宙に鮮やかな燐光を煌めかせた。

 

「う…ぐがぁ…ッハァー…くそぉ!!やるな!クルーゼ!!」

 

《ぐぅ…お、お前のために用意した機体だ!ッハァー…楽しまなくては勿体ない!!》

 

目まぐるしく地球と宇宙の光景が入れ替わる中で、ラリーは歯を食いしばって通信機越しにいるであろうクルーゼに向かって叫んだ。

 

「…ぐぅ!…俺は、楽しまない!俺はお前を殺しに来たんだ!!」

 

《そうだ!!それでいい!!》

 

そうでないと困るとクルーゼは笑う。恥も外聞も、今まで自分が積み上げて来た「ラウ・ル・クルーゼ」という虚像を壊してまで、自分はこんな機体を手に入れて、ここに来たのだ。ボロボロになっていた体も、きちんと調整して、今現在で臨める最高の状態で、クルーゼはラリーと相対している。

 

《それでこそ本物だ!!》

 

本物と戦う。暗闇しかなかった瞳に映った光に手を伸ばして、クルーゼは今この瞬間、ひとりの純粋な人として、パイロットとして、闘争本能の赴くまま、戦いを楽しんでいた。

 

 

 

////

 

 

地球の重力というものは凄まじいものだ。

青い地球が見える宇宙にいると思いきや、そこがすでに地球の中ということもある。

 

旧世紀の大国では、高度が80kmに達した時に、そこは宇宙と定義されていた。

 

そして地球と宇宙の狭間には大気圏と呼ばれる層が存在する。

 

大気圏は対流圏、成層圏、中間圏、熱圏、外気圏に分けられ、外気圏は高度500kmを超える。つまり学術的には、高度400kmあたりはまだ大気圏内ということになるのだ。

 

地球帰還時に高度を下げてきて高度120kmに達すると、大気による機体の加熱が始まる。そうやって、地表から遙か宇宙空間までが、無段階につながっているため、どこからが宇宙という境は実は存在しないのだ。

 

そこで一般的には、大気がほとんど無くなる100kmから先を宇宙と定義されている。

 

つまり、高度としては250kmに位置するアークエンジェルはーーすでに地球の戸口の前にいるのだ。

 

「ぬがあああああ!!操縦桿が重いいいい!!!」

 

リークの叫びがメビウスのコクピットと、それが繋がるストライクのコクピットに響き渡った。

 

「ベルモンド少尉!!これは…地球の重力に引かれてるのか!?」

 

まだ宇宙だと思っていたそこは、もう地球の内側だと、キラは今更になって気がつくことができた。ナタルが言ってきたフェイズ3は、高度120km直前、つまり機体が大気との摩擦熱で加熱が始まる寸前を意味している。

 

『くっそー!マジでそろそろやばいぜ!』

 

そういうディアッカたちも、すでに地球の引力に引かれていた。フェイズ3までに船に戻れれば、ナスカ級に備わる強力なエンジンで引力圏を脱出できるがーー目の前に動きが鈍っていく敵を残して、彼らは撤退することはない。

 

「あーくそ!!しつこいんだよ!お前らぁ!」

 

リークの悪態に応じるように、バスター、ブリッツ、イージスは重力に機体を引かれながらも、ストライクとメビウスの戦闘を続けていく。

 

 

 

////

 

 

 

 

ギリギリまで降下したメネラオスは、いよいよ限界を迎えつつあった。装甲外温度は既定値をとっくに上回っており、この重力から抜け出せなくなる最終ラインへ刻一刻と近づいて行っている。

 

それでも、とハルバートンは前を見つめた。この役割だけは完遂せねばならないとーー。その時だ。

 

「アークエンジェルから通信!!」

 

大気圏ギリギリの影響なのか、酷いノイズが走る中で、マリューの声がメネラオスのブリッジに響く。

 

《もうここまでで充分です、閣下。ありがとうございました》

 

「だが、まだ敵機はーー」

 

驚愕するように言うハルバートン提督に、マリューは落ち着いた声で彼に伝える言葉を紡いだ。

 

《バーフォード艦長の受け売りですが、閣下にも果たさねばならない使命がおありだと思います。なら、生きてください。生きて、その使命をーー》

 

生きて、使命を果たせ。

ふと、そんな声が聞こえた気がした。

 

第八艦隊の提督として、地球軍のいち将官として、そして、この戦争に嘆く1人の人間として、自分の果たすべき使命をーー。

 

「ーーわかった。必ず、必ず降りろよ。落とされたら、軍法会議ものだ」

 

そう言って、ハルバートン提督はマリューには見えない敬礼をする。側近のホフマンや、ほかのクルーもモニターに見えるアークエンジェルへ敬礼した。

 

《了解しました。閣下も、どうかお元気でーー》

 

きっと、彼女たちも同じことをし、同じ思いを持っているのだろう。ハルバートン提督はそれだけわかれば充分だと言い、部下に指示を出した。

 

「メネラオス、機関最大!!現宙域から離脱する!!」

 

 

 

 

 


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