ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第53話 大気圏の中で

 

アークエンジェルで、ナタルが叫んだ。

 

「フェイズ3!融除剤ジェル、展開!大気圏突入!」

 

底面から、アークエンジェルが真っ赤に染まっていく。大気の断熱圧縮による加熱は、人の想像を軽々と超える代物であり、ついに戦いの場は宇宙から地球へシフトしようとしていた。

 

『ディアッカ!イザーク!隊長!!』

 

情報索敵を担当していたニコルはいち早く大気圏外へ離脱していたものの、ストライクを追って重力圏に飛び込んだディアッカや、凶星〝ネメシス〟の相手をしていたクルーゼとイザークも、応答はもうできない状態だった。

 

ニコルの叫びも、足を引きずりこむように働く重力と、磁気嵐の中でかき消された。

 

「中尉!!」

 

大気圏突入。フェイズ3は、キラもリークも直ちにアークエンジェルに戻らなければならない段階だったが、あろうことかキラはシールドを前面に構えてアークエンジェルから離れる方へ舵を切ったのだ。

 

「ボウズ!?何やってんだ!戻れ!」

 

「キラくん?!」

 

アークエンジェルに既に着艦したムウと、着艦態勢に入っていたリークはキラが起こした行動に驚愕の声を上げる。キラが向かった先は、僅かにだがラリーの駆るライトニング1の反応を示した場所だった。

 

アークエンジェルも大気圏の摩擦熱を防ぐため、視界を確保していたブリッジの監視窓の耐熱シャッターを次々に降ろしていく。

 

サイやミリアリアの必死の呼びかけにも、キラは答えずに飛び出してしまった。

 

「キラ君…!」

 

マリューは不安に満ちた声をくぐもらせて、ただ彼の無事を祈るように手を握りしめる。

 

 

////

 

 

辺りが真っ赤に染まっていた。宇宙の黒と地球の青を映していたモニターの全てが赤く染まり、その光が非常灯のようにコクピットに座るラリーとクルーゼを鮮明に浮かび上がらせていた。

 

《相討ちか…》

 

ポツリと、クルーゼが呟く。互いの機体が最早制御ができない状態に陥っており、クルーゼのシグー・ハイマニューバは頭部と右腕、そして背面のバックパックウイングの大破。ラリーのメビウス・インターセプターは片方のエンジンが損失し、懐にあったレールガンやビームサーベルも、大気熱によるオーバーロードを恐れてパージしてる状態だった。

 

まさに相打ち。2人とも、もう戦う手段が残っていなかった。そして脱出する手段も。

 

「みたいだな。このまま大気圏で燃え尽きるのも、運命なのかもな」

 

上がり続ける機体温度を眺めながら、ラリーは諦めたように呟く。どうやら年貢の納め時というものらしい。グリマルディ戦線から数多くの戦いを生き抜いてーーよくもまぁここまで持ったものだと、自分なりに感心する。

 

《ふっ…最高の戦いだったよ、ラリー・レイレナード》

 

その言葉に、ラリーは驚いた。クルーゼからそんな言葉を聞くなんて想像もしていなかったからだ。原作での彼のことだから、大気圏で燃え尽きながら人類への呪詛でも吐き続けるかと思っていたが、今のクルーゼの声はとても静かで、満ち足りてるように思えた。

 

そんな予想外の言葉に、ラリーは柄にもなく小さく笑ってしまう。

 

「そうか?最低な戦いだったがな。こうもお互いボロボロになるなんて」

 

かたや地球軍の流星ともてはやされ、かたやザフトの優秀な指揮官として名を馳せていたというのに、こうも泥臭い戦いを繰り広げて、ボロボロになるとはとラリーが呆れながらも思っていたら、無線機の向こうでクルーゼが聞いたこともない笑声を上げた。

 

《はっはっは…久しぶりに、心から笑えた気がするよ》

 

このまま、燃え尽きるのも、まぁ悪くはないかーー。全てを出し切った。全ての闘争本能をくべて燃え上がらせた体は、深い満足に包まれている。これまで抱えていた闇も、妬みも、怒りも、憎しみも、悲しみも全てを包んで死ねるならーーそれでいいとクルーゼは瞳を閉じて思った。

 

そんな中で2人のモニターに一つの光が現れた。重力圏に捕まった味方艦や敵のデブリ?とも思ったが、その機体は独特なシルエットを露わにし、ラリーのメビウスへと近づいてくる。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

ヘルメットのレーザー通信から聞こえてきたのは、雄叫びを上げながら重力で重くなった操縦桿を操るキラの声だった。

 

「キラ!?」

 

「生きてますか!?レイレナード中尉!!」

 

やっとメビウスに接近できる位置まで来たキラは、ラリーの機体の状態を見て戦慄した。二連のメインスラスターの片割れが根元から損失しており、ラリーの機体は外から見てももう使い物にならないものと化していた。

 

「バカやろう!なんできた!もう大気圏に入ってるんだぞ!?」

 

クルーゼとの戦闘で、ラリーは覚悟は決めていた。彼との本気の戦いになれば、周りを気にしている余裕はなくなる。大気圏で燃え尽きることもありえると思っていた。だから、ラリーは単独で行動する道を選んだ。仲間をこの男との戦いで道連れにするわけにはいかないからーー。

 

「貴方を置いて行けませんよ!!」

 

だが、キラはそんなラリーの覚悟に真っ向から抗った。

 

「仲間を守るのが、僕の戦う理由です!だから助けにきたんです!!」

 

そう言ったキラに、ラリーは目を見開いた。

そうか、キラ。お前はそこまでーー自分の行く道を信じられるようになったんだな。ストライクの腕に抱え込まれるように掴まれたメビウスの中で、ラリーはキラを見つめた。

 

「すまない、キラ。いつも助けられてばかりだな」

 

「僕もですよ。さぁ、帰りましょう。アークエンジェルに」

 

そう答えてキラが機体を反転させようととした時だった。

 

「キラくん!」

 

ストライクの後を追ってきたリークのメビウスが、真っ赤に赤熱しながらもこちらに向かって降下してきているのが見えた。

 

「ベルモンド少尉!」

 

「全く、ラリーもキラくんも無茶するよ!!僕とキラくんの出力ならアークエンジェルには辿り付ける!早く離脱するよ!!」

 

メビウスライダー隊の背後では、クルーゼの機体を追ってきたデュエルが、大破したシグーを抱え込もうとしていた。

 

『クルーゼ隊長!!』

 

《イザークか!》

 

何もできなかった怒りに加えて、自分の隊長をここまで追い詰めた凶星〝ネメシス〟に怒りをあらわにするイザークは、離脱を試みているメビウスライダー隊へ銃を構えた。

 

『ちぃ!ストライクと凶星〝ネメシス〟だけでも…!』

 

ストライクの中でロックオン警戒信号がけたたましく鳴り響く。だが、ラリーのメビウスを抱えている事と、大気圏突入による機体制動の低下により、キラはうまくデュエルへ防御姿勢が取れなかった。

 

「くっそぉぉ!!あ、あれは…メネラオスのシャトル!?」

 

イザークとクルーゼ、そしてメビウスライダー隊の間を一機のシャトルが通り過ぎていく。ふと、キラはそのシャトルの窓からこちらを見る少女と目があった気がした。

 

シャトルが通過したことで、ストライクを捕捉できなかったデュエルは、何発かビームを放つが、そのどれもがキラのストライクの脇を通り過ぎるだけだった。

 

『くっそー…よくも邪魔を…!』

 

それは若さゆえの怒りだったのか、傲慢だったのか、イザークは事もあろうに通り過ぎたシャトルへ狙いを定めたのだ。

 

それを見たキラの顔が青ざめる。とっさにストライクで届かないシャトルへ手を伸ばした。

 

「止めろ!!それにはぁぁ!!」

 

キラの叫びが宇宙にこだましーーイザークが怒りの声を上げた。

 

『逃げ出した腰抜け兵がぁぁ!!』

 

放たれたデュエルのビームが煌めき、その光がシャトルを貫こうとした瞬間。

 

一機の影が、シャトルと閃光の間に滑り込んだ。

 

『なっ…!?』

 

「え…!?」

 

シャトル前に躍り出たのは、リークのメビウスだった。機体に施されたリアクティブアーマーを前面に押し出してビームを受け凌いだリークによって、シャトルはデュエルの射程圏外へと離脱していく。

 

デュエルも耐えられなかったのか、クルーゼの機体を抱えたままキラ達から遠ざかっていく。

 

「ベルモンド少尉!!」

 

ビームを受けたリークのメビウスが応答しない。キラが叫んでみるも、リークからの音声通信には大気圏で生じる磁気の砂嵐しか聞こえてこなかった。

 

「リーク!おいリーク!返事をしろ!!おい!!」

 

「ーーラリー」

 

ラリーの怒声に似た声に、ノイズにまみれたリークの声がやっと返ってきた。

 

「リーク!!無事か!!はやく最大出力でアークエンジェルにーー」

 

「ベッドに隠してある酒。飲んでくれて構わないよ」

 

それは、ノイズが邪魔をしているというのに、キラにも、ラリーにも、よく聞こえる声だった。

 

「リーク…?」

 

「あと、僕の工具はキラくんが使ってくれ」

 

その言葉の意味を理解できずに、キラは何も言えないで固まっていると、ラリーがコクピットの機器を殴って怒声を上げた。

 

「馬鹿野郎!リーク!!諦めるな!!まだーー」

 

「出力系統がやられてる。この速度じゃどうしようもない」

 

リークの目には、メビウスの異常アラームを知らせるモニターが映っていた。おそらく、デュエルのビームを受け止めた衝撃で、エンジンに何らかのトラブルが起こったのだろう。ペダルを踏んでも、エネルギー供給網をバイパスさせても、出力が上がることはなかった。

 

つまりーー打つ手がない。

 

「ベルモンド少尉!!」

 

状況をようやく理解したキラが、泣きそうな声で無線に叫ぶ。そんなキラに、リークは優しい声で答えた。

 

「キラくん。君は強い子だ。僕らの大切な仲間で、僕らの誇りだーー」

 

出会って共にいた時間は少なかったが、それでも自分たちと共に戦ってくれる道を選んだキラに、リークは心から感謝し、そして頼れる仲間であろうと思いを決めた。彼の前では、彼が見てきた理想の兵士であり続けようと思えた。

 

だから、さっきも体がとっさに動いて、メビウスを避難シャトルの前に出せた。

 

「…だから、真っ直ぐ進むんだ。君が選んだ道を、君が見つけた使命を果たすために、ただ、信じたものを見て真っ直ぐにーーー」

 

そして、リークの声は完全にノイズの彼方へと去っていく。キラがモニターに目を彷徨わせたが、リークのメビウスも、脱出したシャトルも、もう見ることは叶わない。

 

「リーク!!」

 

「少尉…ベルモンド少尉ぃぃいい!!!」

 

ストライクと、それに抱えられた大破したメビウスしか、この宇宙には居ないと思えるほど、そこには誰もいない。キラのストライクがアークエンジェルへ流されていく。

 

「うあ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!」

 

ヘルメットの中を涙で濡らしながら、一つになってしまった流星は、大気圏の中を重力の底に向かって落ちていくのだったーー。

 

 

 

 


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