第54話 戦いのあと
アークエンジェル。
大気圏を突破したこの艦は、ひとまずの休息をとっていた。
目的地から逸れた場所に腰を下ろした船は、大気圏で失った多くのものを癒すため、僅かにだがその羽を休めていた。
「うぅぅ…」
ストライクから大急ぎで運び出されたキラは、戦闘後から発し始めた熱と体調不良に苦しめられて、アークエンジェル艦内にある医務室のベッドで呻き声を漏らしていた。
「大丈夫?キラ…。汗びっしょりだわ…どうしよう…」
それを見舞うミリアリアは、彼の額に流れる汗をぬぐいながら心配そうな目を向ける。後ろでは、冷たい水やタオルを用意するトールやサイ達が、忙しなく動いている。
「熱…全然下がんないな。先生どこ行っちゃったんだろう…」
そう不安げに言うカズイの言葉を裏付けるように、キラの容態は一向に改善に向かわなかった。
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「宇宙護衛艦ローの管制官、トーリャ・アリスタルフ准尉、以下、25名の乗組員。アークエンジェルに合流し、これより貴官の指揮下へ入ります」
ローからアークエンジェルへ移乗してきた乗組員の代表として、トーリャは艦長室の中でマリューやムウと敬礼を交わしていた。
「ごめんなさいね、こんな状況で」
申し訳なさそうにいうマリューに、トーリャは首を横に振って答える。
「いえ、先の戦闘では仕方がなかったことです。我々も、第八艦隊も、使命を全うするために軍務に徹したまでですよ。ラミアス艦長」
そういうトーリャも、ドレイクからの言葉を聞いていたのだ。使命を全うし、生き残る。ローの艦長であり、ドレイクとは旧友でもあった男が見込んだ精鋭部隊、といったところだった。
「ありがとう…」
「では、我々はAWACSシステムの構築と各士官への挨拶がありますので、これにて」
すでにアークエンジェルの管制室でシステム構築の準備に入っている仲間の元へ向かうため、トーリャは再び敬礼を打つと部屋を後にした。
「フラガ大尉。ごめんなさい。貴方にも」
「2人の時はムウでいいよ、マリュー。俺も今はアークエンジェル所属となった身だ」
そうね、と弱々しく言うマリューを見て、ムウはやるせなさそうに息をついた。ハルバートン提督の前や、降下指揮の間は気丈に振る舞っていたが、ドレイク艦長や多くの仲間を失ったことに、マリューが気を落としているのは明白だった。
「バーフォード艦長は…」
「あの艦なら大丈夫さ」
そう言ってムウは笑ってマリューを励ますように肩に手を置いた。
「なんたって、不可能を可能にする俺が乗ってた船だぜ?そう易々と落とされて堪るかってんだ」
「そうね…」
それでも、マリューの表情は暗い。おそらく、彼女がショックを受けているのはもう一つのことだろう。ムウはしばらく、自分の心を律してから口を開いた。
「リークのことは、あいつが選んだ道だ」
仲間のために飛び出し、避難民を守るために飛び出してーー。リークは常に、誰かのために戦う男だった。彼が選んだ選択なら、ムウには咎めようもないし、嘆くこともしない。ただ見送り、それを受け止めるだけだ。だからーー。
「悲しくないといえば嘘になるが、皆が悲しみに暮れてたら、誰も前に進めなくなる。だからっていう理由じゃねぇけどさ。俺がしっかりしないとな。あいつらの隊長は俺なんだから」
そう言ってムウは笑った。悲しさとあの時なにもできなかった自分の無力さを押し殺して。
「全く、上に立つってのは辛いことばっかなもんだね」
そんな諦観に似た笑みの裏にある思いに、マリューも気づいた。目の前にいる彼も、誰かの命を背負った責任を負っているということを。
「それよりもだ。ここがアラスカ、そしてここが現在地。嫌なところに降りちまったねぇ。見事にザフトの勢力圏だ」
切り替えるように言ったムウの言葉に、マリューはコーヒーが入ったマグカップを手にとって呟く。
「仕方ありません…あのまま、ストライクと離れるわけにはいかなかったのですから…」
マリューが思い出すのは、大気圏の中であった事だった。
《ベルモンド機…信号途絶…!!》
《キラ!レイレナード中尉!》
《メビウスを抱えたまま降りる気か!?》
彼らの戦いの一部始終を観測していた自分たちは、嘆き、悲しむ彼らに何もしてやれなかった。ただ、大気圏の中で落ちていく彼らを見ていることしかできなかった。
《本艦とストライク、突入角に差異!このままでは降下地点が大きくずれます!》
《キラ!レイレナード中尉!戻れないの?艦に戻って!》
《ストライクの推力では…もう…!》
そんな誰もが諦めそうになっていた中で、マリューは大きな決断を下した。
《艦を寄せて!アークエンジェルのスラスターならまだ…!》
《しかし!それでは艦も降下地点が!》
《ストライクを見失ったら意味がないわ!早く!》
大気圏の中で行った軌道変更は、ストライクとラリーのメビウスを受け止めることになんとか成功したものの、結果的にアークエンジェルの降下ポイントは大きく逸れ、ザフトの勢力下である中東方面へ流れることになった。
「ともかく…本艦の目的、目的地に変更はありません」
アークエンジェルと、ストライクを無事にアラスカ本部へ送り届け、G兵器計画を完成させる。それが、ハルバートン提督の意思であり、ドレイクやリークという多くの犠牲を払って進んだ道の行く先だというのならーー。
「大丈夫か?」
そう言って考え込んでいたマリューを覗き込んだムウに、彼女は大丈夫と言って、疲れた笑みを浮かべてうなずいた。
「なら、オッケーだ。さてと、ちょっとラリーとボウズの様子聞いて、俺は寝るよ。マリューも、もう寝な。艦長がそんなにクタクタのボロボロじゃあ、どうにもならないぜ?」
艦長室を出て行くムウは気だるげにしていたが、その姿勢は立派に部隊の長を表している。部屋を出て行ったムウへ、マリューは小さくありがとうと言って、疲れを少しでも癒すためにシャワールームへ向かうのだった。
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「感染症の熱じゃないし、内臓にも特に問題はない。おそらく高温による熱中症と、重度の疲労からくる発熱だな。今はとにかく水分取らせて、出来るだけ体を冷やしておくしかないな」
医務室に戻ってきた軍医は、困ったようにペンで額を掻いては、サイやミリアリアたちにキラの容態を説明していた。だが、軍医といえど、その答えは明らかに歯切れが悪いものでもあった。
「まぁ俺だって、コーディネイター診るのなんて初めてなんでね…あまり、自信持って診断出来るわけじゃないけど。とにかく医学的に見て、コーディネーターは俺達より遙かに身体機能は高いんだ」
見た目は同じに見えるが、中身の性能は全然違うと軍医は説明する。コーディネーターは人が望むように遺伝子を操作して作られた存在だ。肌の色、瞳、毛髪、身長と、人体のほとんどを自分の望むままに組み替えて生み出される存在。
簡単に死ぬような病気にはならない、抵抗力は高い、撃たれれば死ぬが、そういったリスクはナチュラルより遙かに低い。その片鱗を、今になってまざまざと見せつけられる。
「彼が乗ってたコックピットの温度、何度になってたか聞いたか?」
軍医の問いに、サイたちは首を横に振ると、彼は神妙な面持ちで言った。
「俺達だったら、助からない温度だったそうだ」
今キラが寝込んでる理由もそこにある。高温に熱せられたコクピットは、人が長時間耐えられる温度を超えていたらしい。運良く助かったとしても、重度の高熱病で下手をすれば死に至っても不思議ではないのだ。
だが、そんな軍医の言葉に、サイたちは首を傾げた。
「けど、レイレナード〝大尉〟は…」
そう言われるとなぁーという風に軍医は頭を抱えるようにして、ため息を吐いた。
「まぁ、そこなんだよなぁ」
もぬけの殻になったベッドを見つめていると、ドアから来客を伝えるブザーが小さく鳴り響いた。
「フラガだ。入るぞ」
そう言って入ってきたムウは、微妙な顔をしている室内の面々を見て、困惑した表情を浮かべた。
「あー、どうかしたのか?」
「ああ…いや…別に…。今彼らにも話したんですが…」
そういう軍医の言葉を聞きつつ、ムウは気がついたことがあった。部屋を見渡しても、一人しか患者がいないのだ。ここに運び込まれたのは二人だと言うのに。
「ラリーは?」
「それが…さっき目を覚まして部屋を…」
「なにぃ!?」
そういって詰め寄るムウに、軍医の私もわからないんですって!と戸惑いながら答える。信じられねぇ!!と言って、ムウはそのまま部屋を飛び出して行った。
「うぅ…うぅ…」
静まり返った部屋の中で聞こえるのは、寝苦しくて呻いているキラの声だけだった。