ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第55話 それぞれの痛み

 

 

「マニュアルは一応見たけど、なかなか楽しそうな機体だな」

 

地球に降り立ったアークエンジェルのハンガーの中で、地球軍の制服に着替えたラリーは、目の前に鎮座するスカイグラスパーを眺めていた。

 

元になったのは、ラリーの背後にある流星のマークが描かれた「F-7D スピアヘッド」。こちらはコックピット前方にカナード翼を持つクロースカップルドデルタ方式を採用した双発のVTOL戦闘機だ。

 

スカイグラスパーは、ストライクの大気圏内支援を目的とした戦闘機だが、アラスカ本部を中心とした軍上層部においてMSが主力兵器となることを疑問視する声も挙がっていた。そのためにこの機体は、次期主力戦闘機としての運用も視野に入れて開発されているらしい。

 

「しかしまぁ、ストライカーパックも付けられますって…戦闘機は宅配便か?」

 

マニュアルに書いてあった通り、この機体にはストライカーパックをノンオプションで装備可能となっている。

 

直接スカイグラスパーの武装として使用することもできると記述されているが、パックシステム対応を含めた翼端マウントラックの採用や、各種火器類の搭載によって、航空力学的には理想的なフォルムとは言い難い。

 

カタログスペックでは、素早いピッチ・ロール能力を有しており、運動性は高いとされているが、ラリーはイマイチ信用できなかった。

 

「はっはっはっは。レイレナード中尉なら…じゃねぇや。大尉なら、どんなとこにもお届けできますってね」

 

「戦闘機で配達なんて、ストライクは金が掛かる兵器だとつくづく思い知らされるよ。全く。俺はスピアヘッドで充分だけど」

 

背後に鎮座するスピアヘッドのボディを軽く叩いて、ラリーはそう言ってくれるマードックに答えた。おそらくこの機体は、ハルバートン提督が試験的にアークエンジェルへ運び込んだものだろう。

 

しかし、ここは戦場だ。実戦経歴がない兵器より、確実性のあるスピアヘッドのほうが、迅速に対応することができるだろう。その不安要素を解消するために、提督はわざわざスカイグラスパーに加えて、スピアヘッドも四機も搬入してくれた。

 

「おい!ラリー!」

 

そう叫んでハンガーに入ってきたのは、ムウだった。まだ重力に慣れていないのか、肩で息をしながらラリーの元へ駆け寄ってくる。

 

「フラガた…じゃなかった、少佐!」

 

「んなことはどうでもいい!お前、体はどうにもないのか?」

 

そう言って、ムウはラリーの両肩を掴んで凄むようにラリーを見つめた。そんなムウに、ラリーは手をムウと自分の間を遮るように上げて、困ったように笑った。

 

「まぁ少ししんどい程度ですけど、動けないわけじゃないんで」

 

「あのなぁ…お前はモビルアーマーで大気圏に入ったんだから、こういう時くらいしっかりと…」

 

そこまで言って、ムウは自分が掴んでいるラリーの体の異変に気がついた。

 

微かにだが震えている。よく顔を見ると、目の下にはクマができていて、顔色も悪そうだった。違和感に気がついたのも、ムウがラリーの肩を掴んだ時に、彼が一瞬よろめいたように見えたからだが、それも恐らく…。

 

だが、ラリーの目はいつもよりも冴えて見えるような気がした。

 

それはまるで、溢れ出そうになる殺気や怒気を必死に押さえ込もうと我慢する目だ。

 

「すいません、今はこうさせてて下さい。手を止めると、自分がどうにかなってしまいそうで」

 

そう言って、ラリーはムウの手を払いのけた。

 

明らかに体調が悪いのに、ラリーはその狂気じみた精神力で、迫りくる痛みや苦痛をねじ伏せている。ねじ伏せてしまえてるのだ。ムウはその異常な強さに愕然とした。

 

果たして自分は、ラリーと同じ状況に立って、彼と同じように振る舞えるのか…それを察してしまったムウは軽く頭を掻いてため息をついた。

 

「まぁ、気持ちは分かるけどな。落ち着いたら寝ろよ?」

 

「はい…ありがとうございます」

 

それだけ言ってムウは頷くと、ラリーの隣に並んで立った。

 

「しかし、ハルバートン提督の計らいとはいえ、この状況で昇進してもなぁ。給料上がんのは嬉しいけどさぁ、いつ使えんの?」

 

ムウもラリーも、メビウスライダー隊は、ハルバートン提督の計らいで一階級昇進ということになっていた。昇進による給金の増加は、隊員たちの生活の安定に繋がると常々言っていたドレイクや、妹たちのためにお金を貯めるリークなら、手放しで喜んだだろうが、今の状況ではそれを使うことすら怪しいものだ。

 

「アラスカに着いたら結構な金持ちになってそうですね」

 

「勘弁してくれよ…」

 

ラリーはその後、自機の点検があるからと言ってムウの隣を離れていった。そのおぼつかない足取りを見ながら、何も言ってやれないムウは自分に腹が立っていた。

 

あの時、リークを止めることも、大気圏で燃え尽きようとするキラとラリーを助けることもできなかった。ただあの時、何かをしてやることは不可能だったという思いもあり、それを仕方ないと肯定している自分に、ムウは悔しさを噛み締めている。

 

もっと、自分に何かを成す力があればーー。

 

「ガキ共は野戦任官ですかい、ボウズは少尉ですって?ま、パイロットですからねぇ」

 

そう考えにふけっているムウに、マードックが疲れた顔をしながらも笑顔でそう言ってくれた。言ってくれた内容は何一つとして笑えないものだが。

 

「ああ。その他も、まとめて二等兵さ。やれやれ…」

 

キラはメビウスライダー隊の功績があったこともあるし、ストライクのパイロットでもあるので、楔の意味を込めて少尉に位置付けたのだろうと、ムウは邪推する。

 

戦争ってのは、何から何まで、関わった全てを飲み込んでいくものだなとムウは心の中で毒づく。人としての感情も、道徳心も、戦争なら仕方ないで片付けられる世の中だ。なんとも気分が悪い。

 

「ははは。すぐに一人前になりますよ。そういや、ボウズの熱は?」

 

「朝には下がったってさ。まったくストライクが凄いんだか…あいつの体が凄いんだか…ラリーもそうだけどな」

 

コクピットは到底耐えられる温度では無かったというのに、キラは寝込んでいるだけで、ラリーはふらつきながらも歩き回っているーー

 

とうとう自分の仲間は人外にでもなろうとしてるのですかね?と、ムウの記憶の中にいるリークがいつもの困った笑顔でそう言ってるような気がした。

 

「そういやさ、キラはなんで時々、あれのことを、ガンダム、って呼ぶんだ?」

 

メビウスライダー隊で出撃した時も、キラは度々ストライクのことを「ガンダム」と呼んでいた。その度にオペレーターもムウも首を傾げていたのだが、一体キラは何を見てガンダムなどと呼んでいるのかーー少し興味が湧いた。

 

「あー、起動画面に出るんですよ。ジェネラル…ユニラテラル…ニューロリンク…なんたらかんたらってねぇ。その頭文字を繋げて読んでんでしょう。軍の方じゃぁ、一番最初のGだけで…」

 

「ふっざけんじゃないわよ!!」

 

ムウとマードックがそんな話をしてると、ラリーが歩いて行った先から怒声が響き渡った。

 

何事かとハンガーにいたスタッフが怒声の先を見つめると、スピアヘッドをいじっていたラリーに、休憩から戻ってきたハリーがバケツの水をぶっかけている光景があった。

 

「いやぁ、目が覚めたら動けたからそのまま」

 

水が滴りながらも、ラリーはいつものように開き直った様子で頭を掻いて、ハリーにそう説明すると、彼女はズンズンとラリーに歩み寄って、オレンジの作業用つなぎから溢れる豊満な胸元を揺らしながら、ラリーの襟首を掴み上げた。思わず硬直する。ラリーの足元が数センチ浮いていたのには、本人しか気づかなかった。

 

「アンタ!自分がどんな状態だったかわかって言ってるの?!大気圏に突入する!?機体は全損する!?それに…!!」

 

そこまでまくし立てて、ハリーは鋭い怒気を孕んだ目を下へ落とした。ラリーの足が地について、襟首をつかんでいた手が緩んでいく。

 

「それに…!!」

 

ハリーの声が震えていた。肩も、そして手も、同じように震えている。それは、怒りからくるものではなくーー悲しみと恐怖が溢れた反応だった。

 

「自分をもっと、大切にしてよ…」

 

そう言って、ラリーを見上げたハリーの目から、大粒の涙がハラハラと落ちていた。普段は滅多に泣かない彼女が、感情を溢れさせて、制御できずにいた。

 

「もう嫌だよ…昨日まで話してた相手がもう居ないなんて…そんなの嫌だよぉ…!」

 

なんで、どうして、リークを…!!そういってハリーはラリーの胸元に顔を埋めて、嗚咽をあげて泣いた。リークの名前を叫んで。

 

ラリーは、そこで改めて実感した。

 

自分たちが失ったものの大きさを。

 

ただ、彼にしてやれることは、泣きじゃくるハリーの肩をしっかりと抱いてやることだけだった。

 

 

////

 

 

 

「キラ、気が付いたの?」

 

「うん、ちょっと前にね」

 

食堂で食事を取っていたミリアリアたちの元に戻ってきたサイの答えに、トールや、ミリアリア、カズイはホッと胸を撫で下ろした。

 

「大丈夫らしいってんで、もう部屋に戻ってる。食事もしたし、昨夜の騒ぎが嘘みたいだな。まぁ先生には今日は寝てろって言われてたけど…」

 

それでも、キラの容態は芳しくないといった様子のサイに、ミリアリアがコップに入った水を見つめながら呟くように零した。

 

「ベルモンド少尉…か」

 

その言葉に、カズイやトールの表情に影が差した。リークの人当たりの良さに救われていたのは、キラだけではない。サイたちも緊迫するオペレーター業務の中で、通信機越しにリークに何度も励まされていたのだ。

 

「ショックだったろうな、キラ。いつもストライクの点検、一緒にやってたし」

 

カズイがキラのことを思って、気遣うように言う。なにはともあれ、リークと多くの時間を過ごしたのは、キラとラリーだ。

 

「レイレナード大尉は、大丈夫かな?」

 

「大丈夫なわけ無いじゃない」

 

トールの疑問に答えたのは、地球軍の制服姿ではなく、オレンジの作業用ツナギに身を包んだフレイだった。重力の中で邪魔になったのか、長く綺麗な後ろ髪は乱雑に頭の後ろで括り止められている。

 

「フレイ…」

 

フレイの辛そうな表情に、その場にいた全員が何かを察した。きっと、この船の誰もがリークやクラックスのことを悼んで、悲しんでいるのだろう。

 

「そっか…」

 

「でも、よかったじゃない、キラも、レイレナード大尉も元気になって」

 

無事にアークエンジェルも、ザフトの勢力圏とはいえ地球に降りることができたのだ。悲しんでばかりはいられない。自然と、ミリアリアたちもそう思って席を立った。やるべきことは山のようにあるのだ。

 

「フレイも疲れたろ。昨夜はずっとハンガーでハリー技師の手伝いをしてたし、少し休んだ方が…」

 

入れ違いになったフレイに、サイは労わるようにそう言ったが、彼女は煤で汚れた顔を横に振って応えた。

 

「私は大丈夫よ。食事もとったし、それにーーベルモンドさんは私にも良くしてくれてたから…今は手を動かしておきたいの。ごめんね、サイ」

 

彼女もまた、リークの死を悼んでいる一人だ。そんな彼女の思いを尊重して、サイはなるべく笑顔でフレイの肩に手を置いた。

 

「フレイ…わかった。けどあまり無理はしないでね」

 

「うん、サイもね」

 

 

////

 

 

 

看病してくれたサイが部屋を去った後、キラは呆然と自室の天井を見上げていた。うっすらと灯る明かりに揺られる影を目で追って、疲れ切った体がまどろみに落ちていくような、そんな感覚を覚えた。

 

「っ…」

 

そして、意識が落ちる寸前に、キラの脳裏に焼き付いた映像が溢れた。

 

デュエルに撃たれたリークのメビウス。

 

手を伸ばしても届かない流れ星。

 

いつも隣で、笑顔で手を貸してくれた、彼の姿をーー。

 

「うう゛…ぅぅ…」

 

気がつくと、何度流したか分からない涙が、キラの頬を濡らしていた。堪えられない悲しみが、想像を絶する苦しみを伴って、キラの心を締め付けていく。

 

「僕は…守れなかっ…ぅ…ぅ…」

 

大切な人を守るために戦っていたと言うのに。自分はコーディネーターという自信があったのに、なにもできなかった。なにひとつとして、できなかった。

 

なにがコーディネーターだ。

なにがモビルスーツだ。

 

大切な仲間も守れない自分に、そんなものーー。

 

「僕は…ぅ…ぅ…う゛わ゛あ゛ぁ…」

 

そこで、キラは気がついた。今まで自分が持っていた自信の全てが驕りだったということ。ただ、自分はモビルスーツーーストライクの力に依存していただけのちっぽけな兵士であったことを、キラは今更になってようやく自覚することができたのだ。

 

だったら、今の自分には何ができる?何が成せる?その問いが、地球に降りてから何度もキラの中で繰り返されてきた。

 

そして、一つの答えに、キラはたどり着く。

 

「ーー守るんだ…今度こそ…必ず!もう…誰も…大切な人を失わないために…僕は…ザフトを…アイツらを…!!」

 

ベッドの中の拳を、キラはひたすら硬く握りしめていく。

 

次は絶対に撃たせはしない。撃たせる前に、僕がーーこの手で撃つ。

 

胸の中に渦巻くどす黒い感情に気づくことなく、キラの思考は黒く、緩やかに染め上がろうとしていたーー。

 

 

 

 


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