ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第58話 攻撃準備

 

 

「いい?VTOL機の特徴として、まず一つ目に、他の固定翼機と違って滑走路を必要としない、もしくは短距離の滑走路で済むことがあるの」

 

シミュレーションルームでハリーの説明を受けながら、ラリーはVTOL〝垂直離着陸〟機の特性と長所、短所を体感するために操縦桿を握っていた。

 

「アークエンジェルだとか、既存の艦船の狭い場所や不整地においても離着陸できることが特徴で、艦載機としては優秀なものね」

 

ハリーの言葉に頷きながら、ラリーはシミュレーションの中で短い滑走路しかない空母から仮想空間のスピアヘッドを離陸させていく。

 

「そして二つ目に、滑走路が破壊された状況下でも離着陸が可能であること。ただし滑走路を使用して離陸する場合、燃料を節約でき離陸重量の制限も緩和されるわ」

 

けど、とハリーは言葉を濁す。それはラリーにも薄々感じられたところだ。滑走路が短い場所で離着陸をすれば、その濁したところが顕著に現れてくる。

 

「垂直離陸時に大量の燃料を使用してしまうのが欠点ね。かつ離陸の重量制限もある。航続距離や搭載量で固定翼機に大きく劣るわ。それに、同等の固定翼機と比較しても、最高速度、加速性能に大きく差が出るの」

 

燃料計を見れば一目瞭然だった。パイロットに必要なのは、適切な燃料管理。戦場に向かうための燃料、戦闘するための燃料、そして帰投するための燃料。

 

ラリーの中でイメージしていたそれは、シミュレーション上だけでも大きくコストオーバーをしてきた。これでは、戦場に到着しても長時間の戦闘は困難になるだろう。

 

更に!とハリーは声を上げて短所を指摘し始めた。

 

「固定翼機やヘリコプターに比べ、構造的に複雑になるから、高負荷が掛かるG機動では劣る特性があるの!」

 

その様子からしてワナワナと手が震えているのは容易にイメージできた。メビウス・インターセプター然り、ラリーの持ち味である高速高G機動が、VTOL機では致命的に不可能だったのだ。

 

「最高速度で劣るモビルスーツとの戦闘セオリーは一撃離脱だけど、それは一対一を想定したとき!モビルスーツ複数に囲まれた場合や、すれ違いざまの交差で機動が稼げなかったら良い的でしかないわ!!」

 

実際、スピアヘッドは少数戦では立派な戦績を残している傑作機だ。しかし、ザフトも甘くはない。モビルスーツという3次元的な空中戦をすることが出来る機体の数を増やして、スピアヘッドの短所を明確に突いて来ている。

 

ラリーはそれをイメージしながら、シミュレーションのスピアヘッドを操っていく。シミュレーションはあくまでシミュレーション。重力も高負荷も無いので、ラリーは遠慮なしに操縦桿を操っていく。

 

宇宙で出来ていたことが、どこまで出来るか。ラリーはそれを確かめるために仮想空間の中で飛ぶスピアヘッドで鮮やかな軌跡を描く。

 

それを隣で見ていたハリーの顔色がどんどん青くなっていくのを見たのは、たまたま覗きに来たアークエンジェルのクルーや、シャワーを浴び終えたムウだけだった。

 

 

////

 

 

 

「船の排熱は、排気システムを通じて冷却されるから、衛星からの赤外線探査さえ誤魔化せれば何とかなるし、レーダーが当てになんないのは、お互い様だろ?」

 

ミリアリアたちがブリッジに入った時に、オペレーターと操舵手であるノイマンがそんな話をしているのが耳に入ってきた。

 

「交代でーす」

 

「あぁ、お疲れさん」

 

話をしていたオペレーターと通信制御権を交換して、ミリアリアは慣れた手つきでアークエンジェルの管制モニターを操っていく。

 

操舵席の方では、トールがノイマンに変わって船の制御の補佐を行おうとしていた。

 

「替わります」

 

「すまないな」

 

トールが操舵輪に手をかけてから、ノイマンは手を離してゆっくりと伸びをしていく。索敵に敵は居ないとはいえ、緊張状態であるのは確かだった。

 

「ニュートロンジャマーかぁ…撤去できないんですか?」

 

さっきの話を聞いていたトールがそんなことを呟いたが、オペレーターがあからさまに肩をすくめる。

 

「無理無理。地中のかなり深いところに打ち込まれちゃっててさぁ、数も分かんないんだぜ?出来りゃやってるよ」

 

その言葉に頷いて、ノイマンも座席に肘を当てながら考え込むように唸る。

 

「電波にエネルギー、影響被害も大きいけどなぁ。でも、核ミサイルがドバドバ飛び交うよりはいいんじゃないの?ユニウスセブンへの核攻撃のあと、核で報復されてたら、今頃地球ないぜ?」

 

その未来を想像して、トールはゾッとした。自分たちが見たユニウスセブンの光景で地球が埋め尽くされていると考えたら、それはもう地獄としか言いようがない。

 

「ご苦労、異常はないか?」

 

しばらくしてから、身支度を整えたナタルがブリッジに入ってくる。彼女は軍人ではあるが、冷酷な人間ではないということを、トールやミリアリアも何となく理解し始めていた。

 

彼女も、メビウスライダー隊や、ドレイクと交流していくうちに、自分の軍人としてのあり方を少し考えるようになっていたのだ。

 

その証拠に彼女の腕には、ブリッジにいるメンバー分のボトルが抱えられている。

 

「先刻の歪みデータは出たか?」

 

「簡易測定ですが、応力歪みは許容範囲内に留まっています。詳しくは…うわぁ!」

 

ナタルから受け取ったボトルを無重力でいた頃と変わりなく、何気なしに離してしまい、ノイマンの制服が水で濡れてしまった。その様子を見て、ナタルは少し笑ってから、ごほんと咳払いを放つ。

 

「少尉…いつまでも無重力気分では困るな」

 

「す、すみません…」

 

いつもは仏頂面のノイマンが赤面しているのは珍しいと、トールがながめていると、それに気づいたノイマンが鋭い目でこちらを睨んでこようとしたので咄嗟に視線を外した。どうやら間に合ったらしい。トールは小さく息をついた。

 

「重力場に斑があるな。地下の空洞の影響が出ているのか?」

 

ナタルの言葉に、トールやミリアリアは首をかしげる。

 

「なんです、それ?」

 

「戦前のデータで、正確な位置は分からないんだが、この辺りには、石油や天然ガス鉱床の廃坑があるんだ。迂闊に降りると大変なことになる場所だよ」

 

ナタルのかわりに、辺りにスキャンをかけていたオペレーターが答える。石油や天然ガスといえば、簡単に連想されるのは爆発や火だ。もし、今ここでザフトに襲撃されてもしたら、たまったものではない。

 

「ここは、大丈夫なんですか?」

 

「ですよね?」

 

ミリアリアとノイマンの言葉に、ナタルは小さく頭を抱えてから呟く。

 

「さて、どうなることやら…」

 

その時、ミリアリアの視線に警告表示が映った。

 

「本艦、レーザー照射されています!」

 

咄嗟に叫んだ言葉に、ナタルやノイマン、トールも反応して、穏やかな雰囲気を一変させ、即座に対応へ移っていく。

 

「照合!測的照準と確認!第二戦闘配備発令!繰り返す!第二戦闘配備発令!」

 

砂漠の夜はまだ明けそうにない。

 

 

 

////

 

 

 

「おいでなすったか!」

 

警報と同時にシミュレーション室から飛び出したムウとラリーは、直ぐに更衣室へ直行して、パイロットスーツへ着替える。

 

キラはまだ来ていないようだったが、出るとしても戦闘機組が先に発艦することになるので問題はない。

 

「フラガ少佐!」

 

先に着替えたラリーが更衣室を飛び出る前に、隊長であるムウへ指示を仰ぐ。

 

「ラリーは一号機で待機だ!俺は二号機で出る!」

 

了解!と叫んで、ラリーは更衣室からハンガーへ一直線に走り出した。ムウも続こうとしたが、ブリッジからモニター通信が入る。

 

《少佐!スカイグラスパーは?》

 

ナタルの言葉に、ムウは首を横に振って答えた。

 

「あんなもんで出れるわけないでしょうが!」

 

まだ飛行テストも終わってないんだから!と叫んで、ムウはハンガーへ駆け出していく。

 

 

////

 

 

「艦長がブリッジに!」

 

マリューがブリッジに到着した頃には、穏やかだったその場は戦場のように慌ただしくなっていた。まぁここが戦場であるのだが、とマリューは気の抜けた自問自答をして、艦長席へ腰を下ろす。

 

「状況は?」

 

「第一波、ミサイル攻撃6発!イーゲルシュテルンにて迎撃!」

 

「砂丘の影からの攻撃で、発射位置、特定できません!」

 

上手い。こちらを見つけてから闇雲に出てこずに、まずは牽制を兼ねた攻撃といったところだろう。マリューはアークエンジェルにある手札が何かを即座に考えて、対応策を打ち立てていく。

 

「総員、第一戦闘配備発令!機関始動!メビウスライダー隊各員は、搭乗機にてスタンバイ!」

 

アンチビーム爆雷や、チャフ、フレアの展開準備も急がせる。敵は地球の環境を知り尽くしているだろう。

 

神経をすり減らす戦いに、マリューは気を引き締めていくのだった。

 

 


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