「ひゃー、こんなとこで暮らしてるのかぁ…」
マリュー達、アークエンジェルの責任者組が案内されたのは、レジスタンスが根城にしている砂漠の中にある荒野。緑のない岩肌の山。その横穴を開拓した場所が、ムウ達がいる基地の内部だった。
「ここは、前線基地だ。皆家は街にある。…まだ焼かれてなけりゃな」
「街?」
「タッシル、ムーラン、バナディーヤ…まぁ色々な所から来ている。俺達は、そんな街の有志の一団だ。コーヒーは?」
サイーブはそう言って、くたびれたマグカップへインスタントのコーヒーを注ぎ、三人分差し出した。
「ありがとう。船のことも、助かりました」
マグカップを受け取りながら礼を言うマリューへ、別に善意で助けたわけじゃない。互いの利害が一致しただけだとサイーブは鋭い目つきのまま答えた。
「で、彼女は?」
ムウの一言に、サイーブのコーヒーを飲む手が止まる。彼女ーーレジスタンスにいるには異質な女性。その並ならぬ雰囲気をムウは鋭く察知していたのだろう。
「…俺達の勝利の女神」
サイーブは淡白な声でそれだけ言ったが、ムウはまだ食い下がった。
「へぇ~。で、名前は?」
そう言った矢先、サイーブからほんの僅かにだが、鋭い殺気が放たれる。相手を威圧するような、そんな気配だ。うまいものだとムウは内心で感心した。
この気配はパイロットという極限状況を体感したムウくらいしか感じられない。相手もあえてそうしてるのだろう。
「そう睨むなよ。女神様じゃぁ、知らなきゃ悪いだろ」
そう言ってサイーブの出方を見ていると、彼は渋々といった様子でムウの言葉に答えた。
「…カガリ・ユラだ。ところで、あんたたちゃぁ、アラスカに行きてえってことだよな」
そしてすぐに話題も逸らした。
////
「ふぅ」
その頃、キラはアークエンジェルのカモフラージュ作業を終えて、小高い丘の上で一息ついていた。
人型を模したストライクだからこそ、カモフラージュ用の布を覆いかぶせる作業や、大きなテントを張るにも重宝され、キラはいつもの戦闘での操縦とは違った繊細な操作に少々疲れを感じていた。
「ご苦労さん」
そんなキラへ、後ろからやってきたサイがミネラルウォーターが入ったボトルを手渡して労った。
「ありがとう、サイ」
ボトルを受け取って一口煽る。うん、美味しいとキラは疲れた心に染み渡っていく冷たさを味わっていると、サイも隣に腰を下ろしてボトルを呷った。
「なぁキラ。地球の戦いって、やっぱ大変か?」
しばらくして、サイはそんなことをキラに聞いた。キラは昨日の戦闘を思い出しながら困ったように笑う。
「うん、モビルスーツって重いから、地球の重力にもろに引かれちゃって」
例えば、自由落下速度の計算。例えば、大地を踏みしめた時のバランサーの計算。例えば、大気の影響による出力値の調整。もっと言えば、砂漠でのモビルスーツの接地性の計算と、昨日だけでもいじった値は多岐に渡る。
あれだけの物を重力環境下で使おうと思えば、やることは膨大だ。キラの説明を聞きながら、サイは自分たちがスクールに通っていた時に、締め切り間際に作品の作り込みに追い詰められたような感じだなと笑った。
「しかし、重力に縛られる、か」
サイがポツリと呟く。キラも、地球に降りてからそれは感じていた。重力というものでこうも勝手が違うものなのかと。
しかし、戸惑うキラには指針があった。
重力に縛られる。そんな中でもラリーは変わらなかった。ラリーの操る機体の機敏さと異常とも思える機動は、宇宙と地上で驚く程差が無い。
彼にできるなら、自分もやらなければ。そんな気持ちがキラの中にはあった。
「フレイ、変わったろ?」
唐突にそう言ったサイの視線の先を見ると、作業員のツナギの上半分を脱いで、黒のタンクトップ姿のフレイが、作業用のタオルなどを干している光景があった。
「うん、変わった」
フレイもまた、随分と快活になった。職人気質なクラックスのクルーに当てられたのか、はたまたハリーの教育が良いのか、お嬢様のように思っていたフレイは、今では随分と身近な存在に思える。
「お前や、メビウスライダー隊のおかげかもな」
「だね」
そう言って恥ずかしそうに笑うサイを、キラは羨ましく思った。と、同時に二人には仲良くしていてほしいと思う自分もいる。そんな彼らを守るために、自分はストライクに乗っているのだから。
「じゃあ、俺も仕事あるし。キラもあんまり無理するなよ?」
「大丈夫、ありがとう。サイ」
サイは腰を上げると、アークエンジェルへ戻っていく。キラももう少し休憩したらストライクへ戻ろうと考えていると、サイと入れ替わるようにひとりの少女が坂道を上がってきた。
「君は…」
覚えている。ヘリオポリスで、自分がストライクを見つけるきっかけになった少女であり、そして地上で思わぬ再会をして、出会い頭に殴られたことを。
彼女は居心地悪そうに視線を彷徨わせてから口を開いた。
「さっきは…悪かったな。殴るつもりはなかったーー訳でもないが…あれは…弾みだ。許せ…」
なんとも、ぎこちない言葉だ。謝っているのだろうけど、それを伝える言葉にすら戸惑いを感じる。勝気に見える彼女の容姿からは想像もできなかった言葉に、キラは思わず吹き出してしまった。
「何が可笑しい!」
「いや…だってさ…」
しばらく笑っていると、少女は安心したように目を細めた。
「ずっと気になっていた。あの後…お前はどうしただろうと」
ヘリオポリスで、自分だけをシェルターに入れてくれた少年。悲惨な戦場、破壊されたヘリオポリスの港や外壁は、少ないながらも死傷者を出すことになった。
もしかして、彼も死んでしまったのでは無いか?オーブに戻るまでのシャトルの中で、少女は何度もそんなことを考えていた。
しかしーー。
「なのに!こんなものに乗って現れようとはな。おまけに今は地球軍か?」
まさか、その少年が事もあろうに父が作ったモビルスーツに乗っていたとは。一体どんな思惑で乗っているのか、気になって仕方なかったが、対するキラの瞳はどこか、遠い存在のように思えるほど澄んでいるように見えた。
「うん、そうだね」
「なんだよ、遠い目して」
「いろいろとね…。あったんだよ。君こそ、なんでこんなところに居るんだ?オーブの子じゃなかったの?」
ヘリオポリスで、彼女は泣いていた。ストライクを見て、父を裏切り者と罵って嘆いていた。そんな彼女を知っているからこそ、今レジスタンスにいる少女のあり方が妙に噛み合わないようにキラには思えた。
「それは…」
たじろぐ少女に、キラは立ち上がって彼女の目を見据える。
「ねぇ」
少女は、キラの眼を見て何も言えなくなってしまった。彼の目は、幼く憂う少年の眼差しでも、無理やり戦わされているような不満に満ちた目でも無い。
キラの目には意思があった。キサカと同じような、自分の言葉程度では覆らないようなーーそんな明確な兵士としての意識。それが瞳の奥に宿っている。
キラはその眼差しで少女ーーカガリを見つめて問うた。
「君は何のために、この戦場でレジスタンスなんてやってるんだ?」
////
「そらぁザフトの勢力圏と言ったって、こんな土地だ。砂漠中に軍隊が居るわけじゃぁねぇがな。だが、3日前にビクトリア宇宙港が落とされちまってからこっち、奴等の勢いは強い」
「ビクトリアが?」
「3日前?」
サイーブの言葉に、ムウはなんてこったと小さく、腹ただしそうな声で呟く。サイーブはなんとも無いような様子でコーヒーに口をつけた。
「アンタらを助けたタスク隊も、元々はビクトリアから逃げてきた傭兵だ。ここ、アフリカ共同体は元々プラント寄り。頑張ってた地球軍派の南部統一機構も、遂に地球軍に見捨てられちまったんだ。せめぎ合うラインは日に日に変わっていくぜ?」
「そんな中で頑張るねぇ、あんたらは」
ムウの嫌味にも似た言葉に、サイーブの表情に影がさした。
「ーー俺達から見りゃぁ、ザフトも、地球軍も、同じだ。どっちも支配し、奪いにやって来るだけだ」
もともと、このアフリカという土地は侵略と略奪にまみれた世界だ。開拓という名目で土地を奪われ、物のように扱われ、そして今も都合のいい戦場として利用されている。
地球軍もザフトも、現地で静かに暮らす人々のことなどこれっぽっちも考えずに、大量に人が死ぬ戦争をしているのだ。
それを黙って見ていられるほど、サイーブたちは臆病者にはなれなかった。
「あの船は、大気圏内ではどうなんだ?」
気を取り直したように言うサイーブに、ナタルが姿勢を正して答えた。
「そう高度は取れない。低空での移動になる」
「じゃあ山脈が越えられねぇってんなら、あとはジブラルタルを突破するか…」
イベリア半島ジブラルタルのザフトの軍事基地。
第一次カサブランカ沖海戦においてユーラシア連邦艦隊を破ったザフトは、イベリア半島の最南端ジブラルタル海峡を望める地にジブラルタル基地を建設した。以後ヨーロッパ・アフリカ侵攻の橋頭堡としてザフトの重要拠点となっている。
「この戦力で?無茶言うなよ」
向こうは豊富な資源とモビルスーツ、こちらはスピアヘッドとスカイグラスパーとストライクだ。戦う前から結果は火を見るよりも明らかだ。
「となると残された道は、頑張って紅海へ抜けて、インド洋から太平洋へ出るっきゃねぇな」
「太平洋…ですか」
「補給路の確保無しに、一気にいける距離ではありませんね」
「大洋州連合は完全にザフトの勢力圏だろ?赤道連合はまだ中立か?」
太平洋に出てからのことを考え始めるマリューたちに、サイーブは困ったように顔をしかめながら話を引き戻した。
「おいおい、気が早ぇな。もうそんなとこの心配か?バナディーヤにはレセップスが居るんだぜ?」
「あ…頑張って抜けてって、そういうこと?」
引きつった笑顔を浮かべるムウに、サイーブは無表情で頷く。この地を安全かつ素早く離れるには、砂漠の虎と恐れられるアンドリュー・バルトフェルドとの一戦は避けられないものだった。