ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第65話 傍観者と当事者

 

 

 

「レジスタンスの基地に居るなんて…なんか、話がどんどん変な方向へ行ってる気がするな」

 

レジスタンスのメンバーが物資などの荷物を運び込んだり、テントで野営の準備をしている様子を眺めながら、手持ち無沙汰になったサイはポツリと呟いた。今のブリッジはノイマンたちが変わって周辺警戒をしており、サイたちはいっときの休憩時間を、地球の景色を眺めることに費やしていた。

 

「ハァ…。砂漠だなんてさ…あ~ぁこんなことならあん時、残るなんて言うんじゃなかったよ」

 

見渡す限り砂、砂、砂。そしてあったとしても岩肌が露出した山ばかりで、どうせ降りるなら緑があるところにしてよ、とカズイが疲れ切った体を下ろしながら嘆いた。それを聞いたトールが、顔をしかめる。

 

「それ言うなよ、暑いのも辛いのもみんな同じだって。けど、フレイ元気だよな。今もハリー技師の仕事手伝ってるんだろ?」

 

学生メンバーの中で、キラに次いで多忙を極めているのは、なんとフレイだった。それもそのはず、サイたちが忙しくなるのは戦闘中であって、フレイが手伝う整備部隊は戦闘じゃない時間の殆どが仕事だ。

 

ストライクの整備、スピアヘッドなどの戦闘機類の整備、それに加えてアークエンジェルの防塵、防爆仕様へのシーリング作業や、損傷した艦の修理と消耗品の交換、そしてそれら部品の管理や調整と、やることは山ほどある。

 

「もともとそういう素質があったのかもね」

 

しかし、そんな多忙の中でもフレイは生き生きしてるようにサイには見えた。いつも学校で同じような女子たちに囲まれて高嶺の花だった頃とは違って、がさつで油っぽい世界にいるというのに、サイにはヘリオポリスにいた頃よりも何倍もフレイが魅力的に見えた。

 

けれど、喜んでばかりもいられない。

 

サイはキラとも話して、少しは自分たちの置かれている状況を理解していた。今はザフトの勢力圏内、ここからアラスカに行くには戦闘は避けられない。今は何気ない時間でも、死という言葉が自分のすぐ後ろに張り付いてるように思える。

 

「これから…どうなるんだろうね…私たち」

 

トールの隣にいるミリアリアがそっと呟く。戦争の行く末が見えない中、自分たちはどうなるのか?そんな不安がサイたちの心に重くのしかかっている。

 

そんな時だった。

 

「驚いたな。地球軍はこんな子供も戦場に駆り出してるのかい?」

 

野営テントから夕食のプレートを持って出てきた、褐色肌で髪を後ろで束ねた女性が、コンテナに腰掛けるサイたちを値踏みするような目で見渡しながらそう言った。

 

「貴女は…」

 

「アタシはタスク隊の通信員をしてるモニカ・マスタングよ。アタシらも今はこの基地で世話になってるからね」

 

ミリアリアの問いに答えた女性、モニカ・マスタングは、んっと顎でサイたちの後ろ側を差す。振り返ると、少し離れた場所にある滑走路に、何機かの戦闘機が引っ張り出されているのが見えた。サイが見た「A10」とかいう戦闘機とは姿形が違ってはいたが、見た目からしてかなり古い年代モノのようだ。

 

あからさまにガッカリした顔をするサイに、モニカは自慢げな笑みを見せた。

 

「見た目は旧世代のロートルだけど、中身で勝負ってやつね。ウチには腕のいい整備がいてくれるからね」

 

モニカはどかっと乱雑に、サイたちとは反対側にあるコンテナに腰を下ろしてプレートに乗るパンをかじりはじめた。他のレジスタンスは、まだ準備などでウロウロしてるというのに。

 

「レジスタンスじゃないんですか?」

 

トールの問いかけに、啜っていたスープの手を止めて、モニカは顔を上げた。

 

「アタシたちゃ傭兵だよ。依頼を受けて作戦を遂行するPMCさ。もっとも会社もビクトリア宇宙港の戦いで吹っ飛ばされたから渡り鳥みたいなもんだけどね」

 

「お金をもらって、戦争をしてるんですか?」

 

カズイの言葉には、明らかに嫌悪する色が含まれていて、それを聞いたモニカは困ったように笑ってから、真剣な眼差しでサイたちを見つめた。

 

「アンタたちが宇宙と、この地球で何を見てきたのかは知らないけど、戦場で綺麗事を語っていれば死ぬよ?」

 

そういうとモニカはプレートに乗った葉野菜の盛られたサラダを持って、サイたちに見えるように突き出す。

 

「いいかい?戦争ってのは複雑性の権化よ。ビジネスに始まり、個人の事情から国家の陰謀まで混じり合ったサラダボウルさ。ザフトが敵で地球軍が味方、そんな状況が時間単位でひっくり返るなんてのもザラよ」

 

そして戦況も一刺しで変わる、とモニカはサラダにフォークを突き刺す。平らげた後に残ったのはボロボロになった僅かな野菜だけ。

 

ビクトリア宇宙港で辛くも逃げだせた自分の味わった地獄を思い出して、モニカはわずかに口を噤んだ。

 

「人として生まれた以上、戦争とは無関係ではいられないもんよ。この戦争を傍観してる奴も、当事者であるアタシたちも同じ穴の狢さ」

 

ビクトリア宇宙港の周りで反戦運動をしていた団体も、宇宙港の兵士たち相手に商売をしていた人間も、ザフトの攻撃で吹っ飛んでしまった。自分たちは無関係なんて言葉が届くことなんてなかった。今も、昔も。

 

「そこまでわかってるなら…!」

 

「だからビジネス、利益を求めるのさ。こんな時代だ。そうするのが最善だとアタシたちは考えて動いてる。けどアンタたちは?」

 

すっと冷えるモニカの目を見て、サイは何も言えなくなった。彼女たちは最善が何かを考え、得られた答えを元に歩んでいる。けれど、俺たちは?偉そうに綺麗事を言うだけで、兵士としての在り方にすら考えの及ばない自分たちは、一体なんだと言うのか。

 

そんなサイの動揺を見て、モニカはため息をつきながら空になったプレートを下ろしてこう言った。

 

「ただ惰性でここにいるなら、悪いことは言わない。さっさと軍をやめて田舎にでも逃げることだね」

 

 

 

////

 

 

アフリカを牛耳る砂漠の虎こと、バルトフェルドは次なる一手を打とうとしていた。

 

「ではこれより、レジスタンス拠点に対する攻撃を行う」

 

点在するレジスタンスの基地は分からなくとも、彼らが守ろうとしているものはわかる。ならばそこを叩くのが、レジスタンスへの打撃になる事を、バルトフェルドは充分に理解していた。

 

「昨夜はおいたが過ぎた。悪い子にはきっちりとお仕置きをせんとな」

 

自分たちの守るものを攻撃されたら彼らは出てくる。まるで女王アリを守る働きアリのように。

 

「目標はタッシル!総員、搭乗!」

 

 

 

////

 

 

 

「おー、また何やってんだ?」

 

夜のとばりが落ち始めたアークエンジェルのハンガーでは、キラがコクピットを開け放ったまま、ストライクの調整を続けていた。ぶら下がったワイヤーウィンチを使って登ってきたマードックが、不思議そうにキラがやっている内容を見つめる。

 

「昨夜の戦闘の時、接地圧弄ったんで、その調整とかですよ」

 

「で、あれは?」

 

下を見てみろと、親指でマードックが差す方向を見ると、ラリーが乗っていたスピアヘッドの周りがやけに騒がしそうだった。内容に耳を傾けてみるとーー。

 

「だから!翼面積とフラップを稼げばラリーの高機動にも耐えられる訳よ!エンジンの出力よりも機動力よ!機動力!バジルール少尉にエールストライカーの予備翼を使う許可を貰ったんだから、これを元に改造すればいいじゃない!わかった?!」

 

「それほとんど翼からの作り直しなんですけど!?」

 

うん、いつものことだ。そう慣れてしまったキラは自分自身に若干呆れていた。そもそも、スピアヘッドにエールストライカーの予備を使うとは、一体なにが出来上がるのか。考えてみたが、きっとロクでもないものが出来る未来が見えて、キラは早々に考える事をやめた。

 

言い合いをしてるハリー技師たちの後ろで、部品を磨いてるフレイが困った様子でそれを眺めている。

 

「これ現地改修で効くかなぁ…どう思う?」

 

「私に聞かれても困りますよ」

 

それを眺めていたアイザックのつぶやきに、フレイもお手上げといった様子で返している。うん、彼女も中々に毒されてるんだなと、キラは心の中でげっそりしているフレイに手を合わせた。

 

「あとミサイルラックか翼の先端にビームサーベルとかシュベルトゲベールを取り付けるとか!!」

 

「だからそういうのをやめろってんだよ!!」

 

さらにとんでもない事を考え始めたハリー技師の声をシャットアウトして、キラは本来の作業へ戻る。それを見てマードックは、困ったように笑いながら聞いてきた。

 

「止めなくていいのか?」

 

「あはは…」

 

僕では無理ですと言わんばかりの様子に、マードックもだよなぁーと顔をしかめる。ああなったハリー技師は余程の理由がない限り止まらないのは、ハンガースタッフの間で周知の事実だ。

 

「まぁボウズもあんまり無理するなよ?飯でも持ってきてやるから、それまでには一区切りつけとけ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

手をひらひらとさせて、マードックがストライクのハンガーから出て行く。夕食はレジスタンスが支給してくれるとは言っていたが、一体どんなものだろうと想像を膨らませる中で、キラはふと気がついた。

 

「ラリーさんは?」

 

 

 

////

 

 

 

「カガリ!何やってんだ?お前も食えよ」

 

レジスタンスのキャンプで夕食をとっていたカガリの手は、いつの間にか止まってしまっていた。隣でガツガツと食べるアフメドに言われて、ようやく自分が考えにふけっていたことに気がついた。

 

「あー…うん…」

 

カガリはどこか上の空のまま、豆のスープを口へ運ぶ。頭の中はキラに言われた言葉でいっぱいだった。

 

〝「君は何のために、この戦場でレジスタンスなんてやってるんだ?」〟

 

その言葉に、自分は答えを返せなかった。あくまで中立を貫く父。けれど裏では地球軍へモビルスーツ開発に協力していて、結果的に膠着していた戦況は変化し始めている。

 

そんな父に反発して、自分はオーブを飛び出して、今の世界を見てみたいと思った。けど、そこに自分の戦う理由があるわけではなかった。

 

父の部下であり、自分の護衛を買って出てくれたキサカの故郷がザフトに虐げられていて、キサカや隣にいるアフメド、レジスタンスの激情に引きずられ、自分も戦場に出ている。

 

ただそれだけ。自分の意思を考えてみれば自分に戦う理由なんて無かった。ただ、キサカたちの辛い顔を見たくなくて、協力しているだけ。

 

そんな認めたくない現状に思考が至って、カガリは頭を振って落ち込みかけた気持ちを立て直した。

 

そうだとも。キサカやアフメドが辛いから一緒に戦っているのだ。それ以上の理由がいるだろうか?そう思うと、今すぐにでもキラへそれを伝えたくなってきた。

 

「そういえば地球軍のモビルスーツのパイロット、見かけたか?」

 

「いや?何か用か?」

 

食べる手を止めて答えたアフメドが不思議そうに首をかしげる。

 

「用ってことの程じゃないが…また名前を聞くの忘れたんだ」

 

「はぁ?知り合いなんじゃなかったのかよ」

 

「え!あぁ…ぁ…そうだな…。知り合いと言えば知り合いで…」

 

アフメドの問いかけにカガリがどんどんしどろもどろになってきている。そんな彼女を見かねたのか、反対側に座っていたキサカが声を上げた。

 

「カガリ!」

 

そう言ってキサカは立ち上がると、外へと顎でテントの出口を差す。

 

「あ…悪い、アフメド」

 

そう一言謝って、カガリは逃げ出すようにテントを後にするのだった。

 

 

 

////

 

 

キサカは疲れた様子で、悪びれることもなく不貞腐れるカガリを見ていた。まったく、彼女には随分と手を焼かされるものだと心の中で深くため息をついた。

 

「気を付けて下さい。バレますよ?」

 

「すまん…」

 

レジスタンスとはいえ、カガリがオーブの人間、しかも政治の中枢を担うアスハの人間だとバレたら厄介なことになるのは確かだ。なんとかサイーブには話を通したが、ほかのメンバーにバレるのはよろしくない。キサカは気苦労からか、目つきがいつもよりも鋭くなっていた。

 

「貴方はすぐに周りが見えなくなる」

 

「五月蠅いな」

 

つい小言を言ってしまって、機嫌を損ねたカガリが不機嫌な足取りでその場を後にしていく。キサカはまったくと腕を組んで一息ついた。

 

「で、貴方はいつまでそこにいるのですか?」

 

その不機嫌さからか、鋭くなった感覚が、岩肌の陰にいる異質な気配を捉えた。問いかけると、隠れていた気配は姿を現す。

 

「悪いな、たまたま近くを通りかかってね」

 

出てきたのは、ラリーだった。キサカもカガリを取り押さえたラリーのことをよく覚えていた。

 

「嘘ですねーーどこまで知っているのですか?」

 

そう呟いて、キサカは脇下にあるガンベルトから銃を引き抜いて、銃口をラリーへ向けた。今は協力関係、そして相手は地球軍ではあるが、こちらはあくまでレジスタンス、やりようはいくらでもある。それに、これをザフトの仕業に見せることも可能だ。

 

「脅し…というわけだな?それを見ると」

 

だが、キサカは知らなかった。その程度の脅しでラリーが怯むことはないということを。しげしげと銃口を見つめながら、ラリーはおどけた様子で答えを返す。

 

「さてな、とにかくカガリって子がレジスタンスにいるべきような人間ではないってことくらいか。いいのか?力ずくで止めなくて。死ぬぞ?」

 

突然の言葉にキサカは内心で驚いたが、持ち前の自制心で表情を押し殺す。

 

「彼女を死なせない為に、私が付いている」

 

心からの忠義と覚悟の言葉だ。しかし、ラリーはそのキサカの言葉を鼻で笑って切り捨てた。まるで侮蔑するような目で。

 

「はっ!それで死ななければ御の字だがな。悪いことは言わん。痛い目を見る前に彼女を連れ帰れ」

 

その目を見て、キサカは背中に冷たい何かを感じた。今自分が相手にしている者は誰か?単なる地球軍の兵士なのか?それともーー。

 

ラリーは腕を組んで深く息をついてから再びキサカを見つめた。

 

「感情論で走るなとは言わん。世界を知るために身を投じることが愚かだとも言わん。だから聞く。お前たちがやってることは戦争か?それとも興味本位で醜い争いを見物してるのか?」

 

深淵を覗く者は深淵からも覗かれているーーだとか。戦争とはそんなものだ。外側から見ているだけなら、そこは戦場の遙か後方だ。だがカガリやキサカがやっているのは、戦争を最前線で見ることだ。

 

それが何を意味するか?ラリーはそれをよく理解していた。多くの戦友の命と引き換えにして。

 

「俺たちは感情論でも、遊びで戦争をしているんでもないんだよ。俺は成すべきことも見出さずに戦いに身を投じるなら、早死にするだけだと言ってる。崇高な目的すら憎悪に塗り替えて飲み込むのが戦争だ」

 

だから、できるなら早く後方へ戻れとラリーは言う。この憎悪にまみれた戦争に飲まれる前に。ラリーはキサカに背を向けてその場を離れる。そして去り際に念を押すように言った。

 

 

「だから、あまり戦争を舐めるなよ?」

 

 

 

 


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