「うわぁぁ!」
「街が…!」
炎に包まれるタッシルの街。プレハブや木材で作られた家屋は、打ち込まれた焼夷弾で簡単に燃え上がり、そこに住む人々の全てを根こそぎ奪い、燃やし尽くしていく。
しかし、そこには慈悲があった。家と共に焼き払われる人の姿はなく、人々は逃げおおせた後に、安全な場所から自分たちの住んでいた街が燃える光景をただ呆然と眺めている。
それはどこか、罰を与えられる者たちのごとく。それはまるで、自分たちの無力さを思い知らされている者たちのごとくーー。
「岩山の洞窟には、食料や、武器、燃料が保管してあるはずだ。それも焼き払え!」
バルトフェルドは、そんな罰を与える執行者だった。神を気取っているのかと思われるだろうが、そんな高尚なことを彼は決して考えていない。いたって平凡な力の差を見せつけるだけ。自分たちに歯向かえばどうなるか、命を刈り取らずに見せしめているだけ。
故に容赦はしない。命という戦果を求めずに、彼はレジスタンスの要である本拠を燃やし尽くすことを選んだ。
彼の部下は何人もレジスタンスに殺されていると言うのに、なんとも軍人らしく、公私を混同しない人だ。部下であり、側近であるダコスタはそんなことを考えながらスピーカーに向かって大声で叫んだ。
「今から洞窟内を焼く!死にたくない者は早くそこから離れろ!」
////
「くっそー!駄目だ、通じん!」
タッシルへザフト軍現る。その一報を受けてから、前線基地であるこの場は慌しくなった。タッシルへの通信が繋がらないことに苛立ちながら通信機を叩きつけたサイーブの後ろでは、レジスタンスが粗末なジープに武器や弾薬を詰め込んでいる姿がある。
「急げ!弾薬を早く!」
「早く乗れ!モタモタすんな!急いで戻るぞ!急げ!早く!」
そんな喧騒の中で、まだあどけなさが残るカガリと、その後ろに控えるキサカが、レジスタンスのリーダーであるサイーブへ指示を仰いだ。
「サイーブ!」
「半分はここに残れと言っているんだ!落ち着け!別働隊が居るかもしれん!」
むしろそれが敵の狙いだと、サイーブは虚実定かならぬ情報の中から予測を立てていた。タッシルへ全戦力が戻れば、空になった基地が壊滅する。それは何としても防がなければならない。歯がゆい思いの中で、サイーブは部下へ指示を出していく。
「どう思います?」
そんなやり取りを遠巻きから、まるで他人事のように眺めるマリューは、隣で気だるげにコンテナに背中を預けるムウへ問いかけた。
「んー…。砂漠の虎は残虐非道、なんて話は聞かないけどなぁ。でも、俺も彼とは知り合いじゃないしね」
予測と憶測にまみれた情報ほど、信用に値しないものはないということを、マリューもムウも弁えていた。それに、残念だが今回の件は完全にレジスタンスへの報復ーーいや、お灸を据える為の行為のように思える。いくら最前線基地とはいえ、あるのはジープと人力操作に頼った対空兵装くらいだ。具体的に言えば、バクゥ3機ほどで蹂躙して壊滅させることなど容易いだろう。
相手がこちらではなくタッシルへ向かったのは、アークエンジェルとストライクを警戒してか、はたまたさっき言ったようなお灸の意味があるのか…。
「とにかくアークエンジェルは動かない方がいいでしょう。確かに、別働隊の心配もあります。少佐、大尉と共に行っていただけます?」
そんなマリューの提案に、ムウは意外そうな顔をして自分の顔を指差した。
「え?俺たち?」
「スカイグラスパーとスピアヘッドが、一番速いでしょ?」
アークエンジェルにとっても、慣れない地球での戦い。相手の戦力や戦闘データを採取する必要はある。でなければ作戦も対策も打ち出せないのだから。そんなマリューの思惑を読み取ったのか、ムウは小さく笑って雑な敬礼で答えた。
「だねぇ。んじゃ、行って来るわ」
「目的はあくまでも救援です!情報次第ではバギーでも、医師と誰かを行かせます!」
そんなマリューの声に、ムウははいはーいと答えてテントからアークエンジェルへ向かっていった。
////
「しかしまぁ、毎度ながら慌ただしい出撃だな!」
ラリーはムウが乗っていたスピアヘッドの調整に勤しんでいた。隣にはフレイが教わった点検手順に従ってラリー機の最終チェックを行いながら、ラリーがぶつくさ言う文句に付き合っている。
「仕方ないでしょ!ハリー技師が大尉のスピアヘッドをバラしに入っちゃったんだから!大尉は一号機で出撃を頼みます!!」
「しかし、まだ地理の登録すら終わってないっていうのに!ナビゲーターが居てくれれば…」
地球に降りて感じた気流の変動差に加えて、この一帯の地形すらマッピングできていないのが実情だ。まだここが地球軍の勢力圏だった時のマップデータは残っているものの、戦闘やら占領やらで新たにできたクレーターや軍事施設のデータがこれっぽっちも無い。本来なら偵察飛行でマップデータを更新するのだが、そんな暇すらなかった。
困り果てているラリーだったが、ハンガーで休憩していたキラの学友メンバーの一人がおずおずと手を挙げた。
「あ、俺ナビゲーターなら出来ますよ?」
手を挙げたのはトールだった。そんな彼を見て、隣にいたミリアリアがギョッと目を剥く。
「トール!?ちょっと正気!?」
「いつもノイマン曹長にしごかれてたし、それに今ここに居てもやれる事はないだろ?」
たしかに残ったとしてもアークエンジェルが動くことはない。仮にラリーたちの留守中にバクゥが来たとしても、周辺のマッピングデータがなければ、マリューもナタルも地形を利用した戦術を考案できない。
ラリーは少し考え込んでから、納得したように自分の後ろ座席に指を向けた。
「よし、じゃあパイロットスーツに着替えて複座に座ってくれ」
「了解!」
「トール」
更衣室へ向かおうとしたトールを、顔を真っ青にしたカズィが呼び止める。
「ん?なんだよ、カズィ」
「死なないでね?物理的に…」
「縁起悪すぎ…いや、そうでもないか」
事実、カズィはユニウスセブンでラリーの破天荒なモビルアーマー機動に当てられて、モントゴメリと合流する前まで全身圧迫症で医務室で安静にしていた身だ。そこいらの者よりもたしかな説得力があった。
「ラリーさん!」
発進準備を整えるラリーの元へ、パイロットスーツに着替えたキラが駆け寄ってくるが、今回は彼の活躍はない。ラリーはコクピットから乗り出して、キラへ指示を出した。
「キラはボルドマン大尉と共に待機だ!こちらが手薄になったのを見て、相手が来るかも知れん!そうなったときはアークエンジェルを頼むぞ!」
「了解…!」
ほんのわずかだったが、キラの表情に陰りが見えた。それはラリーと共に行けない悔しさか、それともまた別の理由なのかーー。
《エンジェルハートよりメビウスライダー隊へ。こちらの準備が整った。これよりブリーフィングを行う》
緊急事態だ。
レジスタンス構成員の家族が住む街タッシルが、ザフトの急襲にあっている情報を掴んだ。我々とレジスタンスは同盟関係では無いが、今後の戦略のため、砂漠の虎ことアンドリュー・バルトフェルドが率いる部隊の動向も知っておかなければならない。
メビウスライダー隊はライトニングリーダー、ライトニング1の二機編成で、傭兵部隊タスク隊と共にタッシルへ急行し、情報収集と事態の把握を頼みたい。ライトニング3は敵モビルスーツとの交戦も予想されるため、装備編成はAユニットで待機。これを基に任務を遂行する。
レジスタンスには悪いが、我々の目的はあくまで敵勢力の動向偵察が主題だ。無用な戦闘は避けるようにしてくれ。
各員、無事の帰還を祈る。メビウスライダー隊、発進!!
《ここの滑走路はアタシ達の持ち分だからね。先に出撃させてもらうよ》
通信機越しに響いたのは、タスク隊の管制官であるモニカ・マスタングの声だ。粗暴な言い草ではあるが、彼女の指示通り、自分たちがタキシングする駐留所の前をタスク隊の4機の航空機が滑走路へと進んで行く。
「お先にどうぞ!まったく、おっかねぇ嬢ちゃんだことで」
《聞こえてるよ、ライトニングリーダーさんよ!帰ったらその尻に蹴り入れてやるんだからね!》
「はいはーい!!」
《タスク小隊、滑走路へ!楽な仕事だ。さっさと終わらせて帰ってきなよ!!》
目の前の滑走路に出ていくのは、先日目撃したA-10サンダーボルトIIではなく、多用途戦闘機であるSu-35ーー通称、フランカーだ。
《タスクリーダー、了解。仕事の時間だ》
《タスク2、コピー》
《タスク3、コピー》
《タスク4、コピー》
通常尾翼形式ながらカナード翼が追加されたのが大きな特徴であるフランカーの機体には、複合材料やアルミ・リチウム合金、垂直尾翼には炭素繊維が使用されている。
それにより機体重量は軽量化され、更には垂直尾翼は大型化、内部にはインテグラルタンクが設けられた。これにより、航続距離が4,000kmに延長されており、今回のような偵察および対地空戦が予想される戦場にはもってこいな機体だった。
その動く博物館を眺めながらムウが口笛を吹く。
「フランカーとか、どんだけ骨董品を持ち出してくるんだよ…」
そう呟くと、聞こえているはずがないのにタスクリーダーからこちらへ通信が飛んできた。
《地球軍さん、宇宙でどれだけやってきたかは知らんが、ここは地球だ。だから地球流に従ってもらうぞ。タスクリーダー、発進する!》
ジェットエンジンが轟音を発して、四機のフランカーが夜明け前の空へ飛び立っていく。地球流があるというなら見せてもらおうじゃないのと、ムウも珍しくパイロットとしての琴線に何かが触れた様子だった。
《続いてメビウスライダー隊、滑走路へ出な!》
「まったく、どうなっても知らんぞ!ライトニングリーダー、ムウ・ラ・フラガ!スカイグラスパー出る!」
誰に対してなのかわからない悪態をついて、ムウのスカイグラスパーが空へ飛び立っていく。続いて行くのはラリーだが、ちらりと後ろを見るとすっかり顔を青くしたトールと目があった。
「トール、地形ナビゲーターは頼むぞ」
「りょ、了解!」
その返事を聞いて、ラリーはヨシと操縦桿を握った。昨日の戦闘で試せなかった「気流を生かした飛び方」でやりたいことが色々ある。トールには悪いがそれに付き合ってもらうとしよう。
「あと口は閉じて歯を食いしばっとけ!ライトニング1、ラリー・レイレナード、スピアヘッド、発進する!!」
ラリー機が滑走路を離れた瞬間、機体は鋭く煌めき、昨日まで手こずっていた気流の流れを手繰り寄せるように加速する。スピアヘッドの両翼が白い糸のような煙を引き、機体は鋭さを維持したまま空へと舞い上がった。
もちろん、機内に想像を絶するGをもたらしながら。
「トール?どうだ?」
きっと気絶してるだろうと踏んで振り返ると、トールはパイロットスーツに内蔵された加圧装置に頼りながらも、なんとか意識を保っていて、ラリーの問いかけにこう答えた。
「いやぁ…もう…最高ですね…」
あ、こいつ素質あるわ。
そうラリーが思った瞬間だった。