ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第68話 井の中の蛙 大海を知らず

 

 

タッシルの住人たちが集まる場所から離れ、小高い砂丘の上でサイーブを呼び出したのは、双眼鏡で一点を見ているレジスタンスのメンバーだった。

 

「なんだ?」

 

「奴等、街を出てそう経ってない。今なら追い付ける!街を襲った後の今なら、連中の弾薬も底を突いてるはずだ!」

 

指差した方を見ると、たしかにモビルスーツらしき影が砂煙をあげて離れていく様子が見える。サイーブが双眼鏡を下ろすと、呼び出したレジスタンスのメンバーは荒い息遣いでサイーブへ詰め寄る。

 

「俺達は追うぞ!こんな目に遭わされて黙っていられるか!」

 

「…バカなことを言うな!そんな暇があったら、怪我人の手当をしろ!女房や子供に付いててやれ!そっちが先だ!」

 

そもそも、虎が弾薬を使い果たすまで街を焼こうとしたなら、ここに住民がいるわけないじゃないか。そんな簡単なことをわかっているはずなのに、レジスタンスのメンバーは聞く耳を持とうとしなかった。

 

「それでどうなるっていうんだ!見ろ!タッシルはもう終わりさ!家も食料も全て焼かれて、女房や子供と一緒に泣いてろとでもいうのか!」

 

そんな負け犬のような真似はごめんだと、彼らは制止の言葉を切って捨て、さらに蔑んだ目でサイーブを見つめ出した。

 

「まさか、俺達に虎の飼い犬になれって言うんじゃないだろうな。サイーブ!」

 

憎悪と怒りにまみれた言葉に、サイーブは最早何も言えなかった。

 

「行くぞ!」

 

脇を通り過ぎてジープに向かうレジスタンスのメンバー。くそっ、と心の中で毒づいて、サイーブもジープに向かったメンバーの後を追う。

 

「行くのか?!サイーブ!」

 

「放ってはおけん!」

 

サイーブの動きを知ったカガリも、ライフルを肩に下げてサイーブのジープへ駆け寄る。

 

「サイーブ!私も!」

 

「駄目だ!お前は残れ!」

 

「サイーブ!!うわっ!!」

 

聞く耳を持たぬと行った様子でサイーブがジープを発進させる。途方にくれたような表情をするカガリの目の前に、今度は若いレジスタンスのメンバー、アフメドが運転するジープが砂埃をあげて停車した。

 

「乗れ!」

 

アフメドの言葉に頷いたカガリは、すぐさま乗り込み、それを見ていたキサカもアフメドのジープに乗り込む。

 

「なっ!カガリ!アフメド!駄目だ!残れ!」

 

「この間バクゥを倒したのは俺達だぜ?」

 

「こっちに地下の仕掛けはない!戻るんだ!アフメド!」

 

並走しながら必死に叫ぶサイーブに、アフメドは陽気な笑顔を見せて答えた。

 

「戦い方はいくらでもある!」

 

 

 

////

 

 

 

「なんとまぁ…風も人も熱い御土地柄なのね」

 

土煙を上げて爆走していくジープを見送りながら、ムウは心底呆れたように呟いた。

 

「全滅しますよ?あんな装備でバクゥに立ち向かえるわけがない!」

 

先程、アークエンジェルから到着したナタルがムウに物申すが、ムウもただ困ったように苦笑を漏らす。

 

「だよねぇ。どうする?」

 

「ーー軍の使命としては、武力を以てしても制止するのが倫理的かと」

 

「見殺しにはできんよな。まったく素人どもめ」

 

すると、ムウの通信端末が赤く光り、音声通信が流れた。無線の先にいるのはスピアヘッドを離陸準備させたラリーと複座に座るトールだ。

 

「ムウさん、俺は先に行きます!」

 

「どうぞ、タスク隊は?」

 

《ウチは契約外なのでパス。燃料もヤバイし一度帰投するとするよ》

 

モニカの言葉と同時に、上空には四機の飛行機雲が、自分たちがやってきた前線基地へと伸びていく。

 

「りょーかい。やれやれ、こっちはリアリストなのね」

 

 

////

 

 

「なんですって!?ザフトを追ってったなんて…なんてバカなことを…何故止めなかったんです、少佐!」

 

ムウからの報告に、マリューは頭を抱えた。出て行った彼らの装備を見たが、どう考えてもザフトに太刀打ちできるものではない。

 

マリューの苦言に、ムウも少々腹ただしさを宿した目で答えた。

 

「止めたらこっちと戦争になりそうな勢いでねぇ…。一応、ラリーが後を追ってくれてる。それよりこっちも怪我人は多いし、飯や、何より水の問題もある。死にに行った奴らよりも生きてる奴らの方が大事だ」

 

マリューはそこで知った。ムウは出て行ったレジスタンスをとうの昔に見捨てているのだ。ただの一般市民なら守りもするが、自分たちの力の程度すら弁えない武装勢力にまで善意を振りまく必要はないと、彼の態度が物語っている。

 

「東へ100キロのところに避難民のキャンプがあるらしい。どうする?艦長」

 

マリューは少し考えたが、いくら見捨てると言っても、自分たちの生命線はレジスタンスからの補給と情報だ。仮にここでリーダー格であるサイーブが亡くなれば、今後のアフリカ横断に支障が出かねない。

 

「…ヤマト少尉とボルドマン大尉に行ってもらいます。見殺しには出来ません…。残っている車両で、そちらにも水や医薬品を送らせます」

 

「やっぱそうなるよなぁ。了解!」

 

ムウとの通信を終えたマリューはすぐに行動に出た。

 

「ハウ二等兵!ストライクとスカイグラスパーの発進を!」

 

「はい!ヤマト少尉、ボルドマン大尉、発進願います!」

 

 

////

 

 

 

艦内放送で流れたミリアリアの言葉で、アークエンジェルのハンガーが一気に慌ただしくなる。

 

「推進剤と冷却剤は大目に入れとけ!大気機動は予測できねぇからな!」

 

マードックとハリーの指揮の元、スカイグラスパー二号機と待機していたエールストライクが、発進準備を整えていく。

 

「キラ!」

 

コクピットへ繋がるワイヤーウィンチに掴まろうとしたキラを、作業服姿のフレイが呼び止めた。

 

「ちゃんと帰って来なさいよ?」

 

そう言ってコクピットでも飲める飲料水を渡すと、キラは優しく微笑んでフレイの言葉に頷いた。

 

「ありがとう、行ってくるよ」

 

コクピットに登っていくキラを見上げる傍で、スカイグラスパーが発艦デッキへとたどり着く。

 

《進路クリアー、スカイグラスパー二号機、どうぞ!》

 

「了解。ヤマト少尉、あまり無理はするなよ?アイザック・ボルドマン、スカイグラスパー、発進する!!」

 

タイヤを軋ませて飛び立つスカイグラスパーを見送ってから、キラのストライクもカタパルトへと運搬されていく。

 

《APU起動。カタパルト、接続。エールストライカー、スタンバイ。システム、オールグリーン。進路クリアー。ストライク、どうぞ!》

 

「キラ・ヤマト、ライトニング3、ストライク、行きます!!」

 

 

////

 

 

 

「ハァ…もう少し急ぎませんか?」

 

バクゥの先頭でジープを運転するダコスタは、後ろでくつろぐバルトフェルドへ進言するが、彼にその気はなさそうだった。

 

「早く帰りたいのかね?」

 

「追撃されますよー…これじゃぁ…」

 

タッシルからでも、彼らの装備ならこちらを捉えることはできる距離だ。装備が貧弱とは言え、街を焼かれた恨みから彼らが追ってくる可能性も考えられる。

 

「運命の分かれ道だな」

 

「はぁ?」

 

呟くようなバルトフェルドの言葉に、ダコスタは思わず首を傾げた。

 

「自走砲とバクゥじゃぁ喧嘩にもならん。死んだ方がマシというセリフは、けっこう良く聞くが、本当にそうなのかねぇ?」

 

死んだ方がマシというのはーー?そう聞き返そうとしたダコスタの言葉を、バクゥに乗るパイロットからの通信が遮った。

 

《隊長!後方から接近する車両があります!6…いや8!レジスタンスの戦闘車両と戦闘機が1機!》

 

それを聞いて、バルトフェルドはわずかに顔をしかめる。できるなら、これで懲りて欲しかったがーー仕方あるまい。

 

「ーーやはり死んだ方がマシなのかねぇ。仕方ない!応戦する!」

 

 

 

////

 

 

 

「止まれ!止まれと言ってるのが聞こえないのか!!これは命令だ!!」

 

バルトフェルドたちが眼前に迫る直前、ジープに追いついたラリーは拡声器から大声でレジスタンスたちへ停止命令を発し続けたが、誰も止まる気配はなく、それどころか速度を上げる始末だ。

 

「虎を倒すんだ!」

 

何かに取り憑かれたようにいうレジスタンス。すると、眼前の砂丘から転進してきたバクゥが飛び出してきた。

 

『うわぁ!』

 

たまたまロケット砲を構えていたレジスタンスからの攻撃が、バクゥの一機を捉える。それが功を奏したのか、レジスタンスたちの士気が更に高まったように見えた。

 

「やった!当たったぞ!」

 

「やりやがった!馬鹿どもが!」

 

これでもう引っ込みはつかない。ラリーは拡声器から声を発するのをやめて、対モビルスーツ戦闘準備へ入る。

 

『ええい、ちょこまかと!五月蠅い蟻が!』

 

ザフトのパイロットの声が響いた瞬間、開幕一発目を命中させたジープが宙を舞っていた。人がまるで糸の切れた人形のように空を舞って、バクゥによって蹴り上げられ、ひしゃげたジープと共に砂漠に叩きつけられる。一目見ただけでわかった。あれは即死だ。

 

「ジャアフル!アヒド!」

 

「サイーブ!聞こえてるなら止まれ!!ミイラ取りがミイラになるぞ!!」

 

低空でサイーブのジープに聞こえるようにラリーは声を荒らげた。

 

「しかし!」

 

何かをサイーブが叫んでいたようだが、もう戦闘は始まっている。四の五の言ってる場合ではない。ラリーは構わずに大声で怒鳴った。

 

「うるさい!喧嘩になってないのもわからないのかド阿呆!!さっさと止まらんと俺が撃つぞ!?」

 

「くっ…」

 

ようやくサイーブが戦線を離脱していく。戦場を見れば、7台は居たはずのジープがもう3台に減っており、あたりにはぐちゃぐちゃになったジープが転がっていて、更にその先に事切れたレジスタンスのメンバーも地面に倒れていた。

 

そして、バクゥが次に目をつけたのは、アフメドのジープだ。

 

「くっそー!」

 

『この雑魚がぁ!』

 

土煙を上げて蛇行するジープに、バクゥがそれを上回る機動で追いすがってくる。カガリはその光景を見て恐怖した。肩からぶら下がっているライフルも、キサカが背負うロケット砲も、迫るバクゥには何ら意味を成さないのだ。

 

「飛び降りろ!カガリ!」

 

そう言って、バクゥの射線がそれた瞬間にキサカがカガリを引っ掴んで飛び降りようとする。しかし、もしバクゥが旋回したら足についてるキャタピラで即座にミンチだ。

 

「馬鹿やろう!!」

 

「レイレナード大尉!?」

 

すると、上空にいたラリーがとんでもない事を始めた。スピアヘッドのジェットエンジンの推進方向を変えて、ジープに迫るバクゥ目掛けて一気に接近する。複座に座るトールはただ情けない叫び声を上げることしか叶わない。

 

「うおりゃああああ!!」

 

『なにぃ!?』

 

バクゥのパイロットが気付いた時にはもう遅い。スピアヘッドの腹を向けて、ラリーは信じられないことにバクゥへ体当たりしたのだ。

 

「うわぁああ!!?」

 

とてつもない衝撃で、カガリたちは体勢を崩したジープごと横転して砂漠に放り出される。

 

バクゥは機体から黒煙を上げて後退していき、ラリーの駆るスピアヘッドはーー腹部に致命的なダメージを負ってカガリたちから見た砂丘の向こう側へ、バクゥと同じような黒煙を上げて消えていく。

 

そして、轟音が響きラリーの機体は砂漠へ落ちた。

 

〝まさか俺達に、虎の飼い犬になれって言うんじゃないだろうな!〟

 

その光景を後方から眺めていたサイーブは、己の無力さを味わいながら、ジープのハンドルに拳を叩き下ろすのだった。

 

 

 

 

 


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