ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第69話 鬼神の片鱗

 

 

ラリーのスピアヘッドが地に落ちた時、レーダーを監視していたダコスタが妙な反応を掴んでいた。

 

「接近する熱源2!隊長…これは…!」

 

すかさず、バルトフェルドも双眼鏡で近づいてくる熱源の方向を見た。そこには、空を舞う一機の戦闘機と、人の形を模した影が砂漠の上を駆けてきていた。

 

「…ストライク?」

 

バルトフェルドが呟いた瞬間、すぐ脇をビームが横切った。思わずダコスタが過ぎ去った閃光に顔を覆う。

 

コクピットの中で、キラはレジスタンスを蹂躙するバクゥへ照準を定めていたが、予想に反してビームの行く先が変わったのだ。

 

「逸れる?そうか、砂漠の熱対流で…」

 

『地球軍のモビルスーツめ!』

 

近づくキラのストライクに気がついて、一機のバクゥが反転して迫ってくる。すぐさまキラはキーボードを叩き、さっき計測した熱対流の相違値を元にパラメーターを変更し、そのままビームライフルのトリガーを引いた。

 

ビームはわずかにバクゥから逸れたが、キラにとっては誤差の範囲内。逸れた値を更に加算して、ビームの射線へ完全な修正を加える。

 

そんなストライクへ再度飛びかかろうとしたバクゥだが、側面から受けたミサイル攻撃により大きく体勢を崩した。

 

『なにぃ!?』

 

「モビルスーツばかりに目を向けると痛い目に遭うぞ!」

 

バクゥの脇をアイクが乗るスカイグラスパーが飛び去ると、目標を射程距離に捉えたストライクと、バクゥの乱戦が始まる。

 

「ほぉ、救援に来たのか?地球軍が?先日とは装備が違うな。それにビームの照準、即座に熱対流をパラメータに入れたか…いよいよもってそうなるかねぇ」

 

バルトフェルドの呟きに答えるものはおらず、一方的だった戦場の天秤は徐々にだが動き始めていた。

 

「えぇい!ラリーさん!!無事で…えっ」

 

サブモニターでラリーのスピアヘッドを探していたキラは、砂丘の尾根の光景を見て息が止まったような感覚に陥った。

 

そこにあるのは、砂漠にコクピットの先端を埋めている、黒煙を上げたスピアヘッドの姿だった。

 

「ラリー…さん…?」

 

キラが目を見開いたまま、その光景に釘付けになっていると、バクゥの一機がストライクへ体当たりし、呆然と立ち尽くしていたストライクは地面へ膝をついた。

 

「ヤマト少尉!!くそ!!」

 

追撃をかけようとするバクゥをアイクが何とか足止めするが、余裕はあまりない。ストライクのコクピットの中でキラは何も考えられず、落ちたスピアヘッドの姿だけが頭を埋め尽くす。

 

聞こえなくなっていく、リークの声。

 

助けられなかった後悔。

 

そして、それを嘲笑うような敵。

 

…敵。

 

敵っ!!

 

「お前たちが…ラリーさんを…ベルモンド中尉だけじゃ飽き足らず…お前たちはっ!!」

 

顔を上げたキラの目から光が消え、ただ深い闇が心を覆い隠していく。

 

 

////

 

 

「しっかりしろ…!アフメド!」

 

ジープで戦場から離れたカガリたちは、怪我を負ったアフメドを地面におろした。出血はなかったがかなり辛そうだ。どこか骨折してるかもしれない。

 

「げっほげっほ…カガリ…俺…お前…うっ……」

 

「喋るな、アフメド!」

 

アフメドの手を握るカガリにキサカが声を荒らげた。

 

「身体を強く打ってるだけだ、あまり動かすな!」

 

すぐそばの砂丘に墜落しているスピアヘッド。黒煙をあげているそれは、しばらく沈黙していたが、突如としてバブルウィンドウであるキャノピーが開き、コクピットからラリーが立ち上がった。

 

「ぶはぁ!!死ぬかと思った!!生きてるか?トール?」

 

不時着時に機首をなんとか上げて胴体着陸をしたものの、砂漠の流体の大地には抗えず、自重で沈んだスピアヘッドは機首が砂丘に食い込み、急減速して停止した。

 

その衝撃でラリーもトールもしばらく気を失っていたが、意識を取り戻したラリーが歪んだキャノピーを蹴り開けたのだ。

 

「次やるときはちゃんと言ってくれたら、生きてるって答えますよ…」

 

這うように複座から出てきたトールが、砂漠に身を放り出して、乱れた息でパイロットであるラリーに苦言を呈した。

 

「それだけ軽口が叩けるなら上等だな、次はイジェクトの仕方を教えてやるよ」

 

「勘弁してください…」

 

ほら後方にいるサイーブのところへいくぞ、とラリーの差し出した手を握って、トールも立ち上がる。普通なら倒れたまま起き上がれないのだがなぁ、という感想は心の内に収めるのだった。

 

 

////

 

 

 

ラリーに体当たりされたバクゥも後方に下がり、自機のダメージコントロールを行なっていた。幸いなことに背部の火器系統がショートしたくらいで、バクゥの機動性にはなんら影響は見受けられなかった。

 

『よし、まだ行ける!』

 

そう言ってパイロットであるカーグットが操縦桿を握ろうとした時、通信が入ってきた。

 

「カーグット!バクゥを私と替われ!」

 

モニターを見ると、バクゥの足元で無線機を待つバルトフェルドの姿があった。隣には戸惑った様子の副官であるダコスタもいる。

 

「ちょっと!隊長!」

 

「撃ち合ってみないと分からないこともあるんでねぇ」

 

少しやり合う程度さ、とだけダコスタに言うと、降りてきたカーグットに代わってバルトフェルドはバクゥへ乗り込んでいく。

 

一方その頃、2機のバクゥはストライクの機敏な動きに翻弄されっぱなしだった。エールとは言え、ずっと滞空できるわけではないため、バクゥのパイロットたちもキラが着地する瞬間を狙うのだが、的確なタイミングでアイクのスカイグラスパーが邪魔をしてくる。

 

そんな攻防の最中にキラが片割れのバクゥを射程圏内へ捉える。いけるーー、そう確信めいた気持ちでトリガーを引こうとした瞬間、モニターの死角から新手のバクゥが飛び出してきた。

 

「しまった!」

 

咄嗟に盾で防御するものの、機体重量が乗った体当たりにキラのストライクは大きく後退する。

 

「…!!3機目!?まだ動けたのか!」

 

飛びかかってきたバクゥはあきらかに、他のバクゥと動きが違っていた。着地するときは無駄にエネルギーを逃さないように姿勢を変えていて、それはまるで野生の獣のように見えた。

 

『フォーメーションデルタだ!ポジションをとれ!』

 

『隊長!』

 

『行くぞ!』

 

バルトフェルドが操るバクゥが乱入することにより、旗色が一気に変わっていく。ストライクの周りを旋回するバクゥの動きを捉えるのは並大抵のことではない。

 

「ちぃ…上手く動き回る…!」

 

近づいてきたバクゥへライフルを構えた瞬間、死角を突いた背後からの攻撃でストライクは大きく揺さぶられた。

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

ついでと言わんばかりに他のバクゥが背部に設置されたリニア砲で体勢を崩したストライクに集中放火を浴びせる。その光景を見てバルトフェルドはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「通常弾頭でも、76発でフェイズシフトはその効力を失う。その時同時にライフルのパワーも尽きる。さぁこれをどうするかね?奇妙なパイロット君!」

 

ストライクーーならびに地球軍が開発したG兵器のデータは、クルーゼ隊からすでに全ザフト軍へ送信されている。あとはそのデータを元に作戦を遂行すればいいだけのことだ。バルトフェルドはそう楽観的に考えていた。

 

そして、その安易な考えは大きな代償を呼んだ。

 

「お前たちだけは、許さない…!!」

 

溢れるような小さな声でキラが言うと、目の前を横切ろうとしたバクゥの進行方向先へ、片手に装備していたシールドを投げつけた。

 

直線運動をするバクゥは砂漠に突き刺さったシールドに反応できず、突如として現れた壁にボディを激突させた。

 

「なに!?各個に当たれ!奴を攪乱しろ!」

 

次に近づいてくるのは動きにキレがないバクゥだ。キラは片手にビームライフルとサーベルを装備して、迫るバクゥに真っ向から向かい合った。

 

正気か?砂漠では絶対的な機動性を持つバクゥ相手に正面勝負とは、とバルトフェルドが考えたがそれはすぐに裏切られる。

 

迫ったバクゥのリニア砲を最低限の動きで躱し、ならばと体当たりしようとするバクゥをストライクは片足を軸にひらりと避けて、片手に持っていたビームサーベルで、滑走するバクゥの右手足を根本から切断した。

 

『うわぁぁぁ!!』

 

バランスを崩したバクゥは地面に激突して土煙をあげるーーその直前に振り返ったストライクの銃口は横転したバクゥのコクピットを捉えていた。

 

閃光が走り、バクゥのコクピットを的確に貫く。片足とコクピットを焼かれたバクゥはしばらく転がってから爆発四散した。

 

シールドとの激突から復帰したバクゥのパイロットが見た光景は、爆煙を背景にこちらへ飛んでくるストライクの姿だ。エールストライカーを最大出力でぶん回して、キラはシールドの脇で動きをとめていたバクゥをすれ違いざま、頭部を首から切断する。

 

『なんだ!?あの動きは!?』

 

真っ暗になったモニターの前でうろたえるパイロット。キラは地面に突き刺さっていたシールドを持ち上げて、そのまま首を無くしたバクゥへ叩き付けた。さらに地に伏せるバクゥへ、とどめのビームを放つ。

 

わずか数秒の出来事に、バルトフェルドは背中に冷たい何かを感じた。

 

爆煙にさらされたストライクの顔は、まるで悪魔のように見えてーーその目がバルトフェルドのバクゥを捉えると一気に体をかがめて、こちらに向かおうと態勢を整える。

 

「こぉのぉぉぉ!」

 

「キラ!深追いはするな!!」

 

その声が響いた瞬間、キラの瞳に光が蘇った。そんな、嘘ではないだろうかとキラは震える声で聞き返す。

 

「ら、ラリーさん…?」

 

「俺は無事だ!トールもな!機体はダメになったが、それ以上砂漠の虎を追う必要はない!」

 

後ろのサブモニターを見ると、レジスタンスのジープの隣で無線機を持つラリーの姿がある。その隣ではパイロットスーツ姿のトールが座り込んでいるのが見えた。

 

「…後退する!ダコスタ!」

 

ストライクの見せた隙に、バルトフェルドはバクゥを転進させて離脱する準備へ入った。ダコスタたちのジープや予備のバクゥ部隊も、指示通りのルートで撤退していく。

 

振り返ると、逃げるこちらなど気にもしないでストライクが後退していくのが見えた。

 

あれだけの力を持っていながら引き際も鮮やかとは。バルトフェルドの中で、ストライク、そして戦闘機でバクゥへ体当たりをしたパイロットへの関心はより高まっていった。

 

「ふっ…とんでもない奴だなぁ…久々におもしろい…」

 

 

////

 

 

戦闘終了。

 

そしてラリーは砂漠に正座させられていた。有無を言わさずに言ったのはキラで、そんな彼は正座するラリーの前で仁王立ちして佇んでいる。

 

「ラリーさん!死にたいんですか?!」

 

誰から見ても同じ意見だった。戦闘機という格闘戦を一切考慮していない機体でモビルスーツに体当たりなど、死にたいのか命知らずなのかそれともバカなのか、皆目見当もつかない。

 

「戦闘機でモビルスーツに体当たりするなんて前代未聞…というか、モビルアーマーでやってたよこの人」

 

キラの隣で腰を下ろすトールが、宇宙での戦いを思い出して肩をすくめた。そんなキラに怒られながらも、ラリーは困ったように頭を掻いて誤魔化すように笑った。

 

「いやぁ、無我夢中でつい」

 

「ついでやるもんじゃないですよ!?全く!!」

 

怒っている様子から擬音が聞こえてきそうな迫力を出すキラに、ラリーは思わず頭を下げた。そんなやり取りを眺めながらトールは親指である方向を指した。

 

「で、彼らどうするんですか?」

 

トールが言った先は、ひしゃげたジープがあちこちに転がっていて、サイーブとキサカによって亡くなったレジスタンスメンバーの亡骸が集められている光景だった。

 

「全く手痛くやられたもんだな」

 

「こんなところで…なんの意味もないじゃないですか…」

 

墜落したスピアヘッドの光景を思い出して、キラの心は深く沈み、否応無くリークのことが頭を駆け巡っていく。

 

そんなキラの呟きに、アフメドを介抱していたカガリが怒りを露わにした目で近寄ってきた。

 

「なんだと…貴様!見ろ!みんな必死で戦った…戦ってるんだ!大事な人や大事なものを守るために必死でな!」

 

「必死で戦った結果、相手にもされなかった訳だがな」

 

綺麗事だなと、ラリーはカガリの声を真っ向から切り捨てる。その言葉にカガリは何か反論しようとしたが、ラリーはそれを許さずに言葉を紡いだ。

 

「お前たちが焚き付けて、お前たちが煽って、お前たちが制止を聞かずに進んだ先の結果がこれだ。そうやって、誰かのせいにしてこの現実から目をそらすのか?」

 

俺やサイーブは止まれと言ったはずだぞ?と鋭い目つきで言うラリーに、カガリは顔をそらした。だが、何かは自覚しているようで、その肩や手は怒りとは違う震え方をしているように見えた。

 

それを見て、ラリーは深くため息をついてカガリの隣に立つキサカを睨みつけた。

 

「だから、さっさとこの小娘を連れて帰れと言ったんだ。手痛い目に遭う前にと」

 

その言葉に、キサカも何も言えなかった。甘かったとか、そんな話以前だ。自分たちの思慮の浅さが招いたことだとラリーに突きつけられて、カガリもキサカも黙るしかない。

 

「限界だな」

 

そんな沈黙の中で口を開いたのはサイーブだった。

 

「サイーブ…」

 

「こんなことはやめて、難民キャンプにでもいくさ。俺たちじゃ戦争はできん」

 

帰る場所もなくなってしまったのだから当然だなと、自嘲するサイーブは手に持っていた武器をラリーに向けて放り投げる。

 

「だから、アンタらがどうにかするんだろう?この戦争を」

 

サイーブの声に、ラリーは真っ向から答えた。

 

「ああ、そのための軍だ」

 

 

 


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