第81話 紅海へ
アフリカでの戦いを終えたアークエンジェルは、ザフトの攻撃を退けた後、アラスカに向けての航海を続けていた。そしてーー。
「海へ出ます。紅海です」
ついに、アークエンジェルはアフリカの地を離れ、海へと出た。アークエンジェルのブリッジが「おぉ」という歓声に包まれる。地球軍とは言え、宇宙暮らしが多いアークエンジェルのクルー達も、久々、または初めて見る海に大きく心を躍らせていた。
そんな中でマリューは戦闘時の毅然とした声とは違う、柔らかな女性らしい口調でブリッジでざわつく各クルーへ伝える。
「少しの時間なら交代でデッキに出ることを許可します。艦内にもそう伝えて」
それを聞いたトールやミリアリアたちが顔を見合わせた。
「やったぁ!」
あとは任せとけと、ノイマンが言うとトールたちは一礼して席を離れて、デッキへと向かっていく。そんな中で、副長の仕事を全うするナタルはハンガーへ繋がる通信を開いた。
「マードック曹長。ソナーの準備はどうなっているか?」
《今やってまさぁー。ハリー技師とボウズが最後の調整中です。もう少し待って下さい》
ハンガーでは、サイーブたちが別れ際に色々と渡してくれた海で役立つ機材を組み立てる作業でてんてこ舞いだった。マードック含め、作業員は各部へ下ろすソナーの準備を行い、肝心のシステム構築はハリーとキラが行なっている。
「急げよ。それと、自分より上の階級の者をボウズと呼ぶのはどうかと」
ふと呟くように言うナタルの声に、応答していたマードックは《え?》と返す。そこでナタルは自分の考えていることがいかに矛盾ーーというか、今の状況に合ってないかに気付いた。
今のアークエンジェルはもともと指揮系統が違う下士官が溢れて、足りないところは有志で志願した学生や、不慣れな別部署の人間も手伝っており、さらには無理やり同乗してきたレジスタンスの少女もいる始末だ。
そんな中で正規軍の規律など、ちゃんちゃら可笑しい話だ。ナタルは何度か咳払いをして自分自身の発言をもみ消した。
「いや、なんでもない。二人には調整が終わり次第休むように伝えてくれ」
デッキにはヤマト少尉の学友たちもいるからそれを伝えてくれ、と言ってナタルは通信を切る。ハンズフリーにして通信を聞いていたのだから、マードックのすぐ横にいたキラたちにはそれが聞こえていたわけで。
「だってよ」
「んー、そう言われても…これ…ザフトのなんですから、そう簡単には繋がりませんよ?」
探知ソナーのシステム構築をするキラは、ザフトのシステムを解読しながら作っているため、その作業は難航していた。その隣で同じようにシステムを作るハリーの手は、キラとは違って軽快だった。
「何事も基本は一緒だから、手順が違うだけでやり方は一緒ってことよ…よっと」
「あ、繋がった」
これぞ経験値の差よ!とドヤ顔でいうハリーに、キラもマードックも「おぉー」と感心の声を上げるのだった。
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「砂漠の流星に乾杯ーー!!」
時は、アフリカでの戦闘後に遡る。
あの後は大変であった。まず、キラたちが帰投したらレジスタンスたちの熱烈な歓迎と、ラリーのスーパースピアヘッドの様子を見て顔を青ざめさせる作業員たちが待っていた。
そこから、一方ではレジスタンスたちの勝利の宴、他方ではスーパースピアヘッドのエンジンオーバーホールを行う作業員たちという奇妙な光景が広がることになった。
索敵を終え、フレイの様子を見にきたサイは、油まみれで疲弊しきった顔と死んだ目をするフレイに「…手伝って」と懇願されて、今も作業服に身を包んでフレイの指示に従いながら作業に従事している。
その隣では、正座するラリーと、その前に仁王立ちするハリーが「何故初飛行であんな無茶苦茶な機動をしたのか」、「何故敵のモビルアーマーもどきが現れた時は無意味な戦闘を避けるために撤退しなかったのか」、「機体の悪かったところはどこか?」などなど、機体のヒアリングをしながらにこやかに説教を行うという高等テクニックを見せるのだった。
サイーブたちの話では、鉱山を解放できたことにより、アル・ジャイリー主導のもとでザフトとの不可侵条約の締結が水面下で進められているらしい。
ザフトからすれば、バルトフェルドを失ったとしても鉱山を奪還することは容易いが、アル・ジャイリーが牛耳るマーケットを失うのは地球に伝手を持たないザフトからすると相当な痛手だ。
マリューいわく、地球軍としても、アフリカのザフトにはまだ手が回らないため、アル・ジャイリーの行動には口を出さない方針らしい。
アル・ジャイリーも元はアフリカの民だ。彼もこういう機会を虎視眈々と狙っていたのだろうと、サイーブは感慨深い表情をしながら語っていた。
タスク隊は、これまでの非礼を詫びて、改めてラリー含むメビウスライダー隊に礼を述べた。彼らはレジスタンスの防衛の要として、これからも傭兵としての職務を続けていくらしい。
モニカには「アフリカに寄る時があれば連絡をくれれば力になる」と、名刺とちゃっかり口座番号まで渡され、別れ際ではタスクリーダーから空戦機動やマニューバの操作方法のコツなどを聞かれ続けていた。
そして、アフリカで出会ったそれぞれの人間と別れの挨拶を交わす中、ラリーはある問題に直面していた。
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「とりあえず、捕虜とするしか無いでしょ?それともここに放って出しておく?」
呆れたように、悩むように、顔をしかめながらムウは頭を抱えたい気持ちを抑えた。アークエンジェル帰投後に、こちらに投降してきた人物たちに、ラリーは思わず顔を覆った。
アンドリュー・バルトフェルド。
そしてアイシャという愛人。
そんな二人は、顔を覆うラリーに代わって、今後の処遇を口にしたムウの言葉に肩をすくめる。
「2日と持たずに死ぬだろうなぁ、砂漠をあまりなめないほうがいい」
砂漠は昼間は暑いが、夜は想像を絶するほど冷えるという。パイロットスーツ姿の二人を放り出せば、その先に待つ結末は容易に想像できる。
「アンタに言われてもなぁ…」
呆れたように頭を掻くムウに代わって、今度はマリューが口を開いた。その目は凛として毅然さを持っている。
「我々は、これから紅海へ出ます。貴方ならザフトの航路や敵の勢力関係を誰よりも詳しく知っているのでは?」
そこでバルトフェルドの表情も飄々としたものではなく、真剣な眼差しに変わる。
「ーー協力しろと言うのかな?」
「捕虜になりたいのならば、ですけどね」
私たちも慈善事業で、貴方達を捕虜にするわけではない、捕虜にするということに見合ったメリットを提供してほしいとマリューは言うのだ。そんなマリューの顔つきを見たムウは「だんだんドレイク艦長に似てきたなぁ」と内心で思っていたりした。
「フッ、気に入ったよ。アドバイス程度だが話はしよう」
「良いのか?ザフトから見たらアンタらは裏切り者扱いだぜ?」
そういうムウの言葉に、バルトフェルドは何を今更といったふうに頭を掻いて唸った。
「別に構わんよ、今のザフトに私は未練などないのでな」
「砂漠の虎が…案外潔い良いことで」
「私は部下のために軍人として戦っていたに過ぎんよ」
その部下も今はジブラルタルへ撤退してるだろう。事が上手く進めば、そのまま宇宙に上がって準備を進める要員として、彼らの手助けをすることになる。
それまでは、こちらはこの奇妙な地球軍艦がどこへ向かうのかを見極めようと思った。
「ゲッ…」
そう言ったのはストライクから降りてきたキラだった。
「やぁ、奇妙なパイロットくん」
砂漠の街で会った時のようにフランクで快活な笑みを浮かべて、バルトフェルドは改めてキラに握手を求めた。キラは何度かラリーとバルトフェルドを見つめてから、おずおずと差し出された手を握る。
「ーーキラ・ヤマトです。さっきまで殺しあってたのに…」
「はっはっは、戦争とはそんなものさ。君もさっきまで凄まじい戦いをしてたじゃないか。それも一方的に」
ラゴゥから見ていたキラの戦い振りは、まさに鬼神めいたものがあった。そのことに言及すると、キラは思わず言葉を濁す。
「それは…」
そう言いかけた時、ハンガーの向こう側から少女の大声が聞こえた。
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「だから私を連れて行けと言っている!あんた達よりは情勢に詳しいし、補給の問題やら何やらあった時には、力になってやれるしな!」
「いや、しかしだな」
ラリー達が目を向けると、そこではタジタジのナタルに詰め寄るカガリとその後ろで圧倒的な威圧感を放つキサカが立っているのが見えた。
普段のナタルなら、カガリのそんな言い分を軍人らしい言葉で一蹴するだろうが、砂漠の街以来、何故か彼女や、その背後にいるキサカに苦手意識を持ってしまっているらしい。
「無論、アラスカまで行こうってんじゃないし、地球軍に入るつもりもないが、今は必要だろ?」
「お前がか?」
ナタルとの会話に割って入ったラリーの言葉に、カガリはウッと言葉を詰まらせる。ナタルがカガリ達を苦手とするように、カガリもまたラリーが苦手だった。
「ぁいや…だからその…いろんな助けがだ!」
「助けって言われても…なぁ?」
「女神様ね」
ラリーとムウが怪訝な目でカガリを見つめる。カガリの正体を知るラリーに続き、ムウも何となくだがカガリが単なる少女ではないということは薄々感づいていた。
あくまで、どこかの令嬢か、上流階級の人間なのだろうという漠然としたイメージでしかないが、サイーブたちの武器の羽振りの良さや、彼女に対する対応を見ていれば誰でも気付くものだ。
しかし、彼女がいればサイーブたちの援助や、海洋上でも何らかの物資を調達するには便利ということだけは事実だ。故にマリューやナタルたちも困っている。口は悪いが、それに見合う価値を持ってしまってるがために。
「ともかく、私はアークエンジェルと共に行くぞ!もう決めたからな!」
そう言って両手に抱えた荷物を持ちながらズンズンとアークエンジェルの居住区に歩いていくカガリを全員が見送る。
「で、あの子、ほんとは何者なの?」
ムウの問いかけに、キサカは特に答えることは無かった。
その後レジスタンスが下船する際に、捕虜となったバルトフェルドとレジスタンスとの間で一悶着ありそうになったが、「彼は捕虜として俺が責任を持って監視する」とラリーが宣言したことにより、「砂漠の流星が言うなら」とレジスタンスが身を引いたことがあったり。
そして、サイーブが息子に聞かせ、その息子が後に出版した「砂漠の流星」は瞬く間に大ヒットし、アフリカ空軍関係者の間で伝説として語り継がれることになるのは、戦争が終わってしばらく経ってからの話だ。