アレは嘘だ
「次はモビルスーツを乗せて戦闘機を飛ばそうと思います」
「本当にもうバカじゃないのか?」
デッキでの休憩を終えて戻ってきたラリーたちに、ハリーがドヤ顔で言って、即座にラリーに言い返されたのが事の始まりだった。
なんでも、ハリーが夜なべしてせっせと準備していたスーパースピアヘッドのオプション追加装備の構想が纏まったらしい。興奮気味なハリーを宥めようとしたが、第一声がそれだったためラリーは思わず額に手を添えて項垂れる。
しかし、そんなことではハリーは止まらない。端末とスクリーンを併用しながら集まったスタッフやラリーに説明を開始する。
「スーパースピアヘッドは文字通り、一機のスピアヘッドのエンジンを丸ごと補助エンジンとして乗せてるわけで、そのエンジンに指向性を持たせたらモビルスーツを乗せても航空戦ができるとは思いません?」
そのセリフを聞いてフレイとサイが白眼を剥いていた。トールとアイクは聞こえないふりをして、作業員たちは顔をひくつかせる。
「思わない…思わないよ…!」
唯一、ツッコミを入れられたラリーだったが、次の一言でその場にいる全員の心の平穏は完全に打ち砕かれた。
「ちなみにもう出来てます」
ジャジャーンと言わんばかりに、ハリーが様変わりしたスーパースピアヘッドを紹介する。その瞬間にラリーが膝から崩れ落ちた。
「ちくしょう手遅れか!!」
「ハンガーに戻ってきたら、やたらとゴツいオプションが付いてると思ったら!思ったら!!」
「この人怖いよー目を離すとゲテモノ作り出してるから怖いよぉー!」
フレイ含めた作業員たちが、ハリーが作り出した化け物戦闘機に阿鼻叫喚の叫びを思い思いに上げる。その一部始終を見ていたバルトフェルドも、その余裕そうな表情はなりを潜めて見たこともない真顔になっていた。
「あーはいはい、怖くない怖くない。機体説明するよー」
作っちゃったんだから諦めなさい!と、言わんばかりにパンパンと手を叩いて発狂する作業員たちの意識を無理やり起こしていくハリー。
彼女の説明から、信じられないがスーパースピアヘッドは、汎用戦闘機を目指したスピアヘッドのコンセプトの延長線上に位置するモノということがわかった。
昨日、ラリーが出撃した際の装備は「突貫迎撃突撃仕様」ということで、そこからもたらされた性能データから、今度はモビルスーツを乗せて飛行するユニットの役割を持たせようとハリーは判断したようだ。
モビルスーツが乗る土台部分には、アークエンジェルで使用されているカタパルトの予備が装着されており、スーパースピアヘッドに乗る形になるストライクの脚部をしっかりとロックできるようになっている。
また、背面に装備された補助ブースターは取り外され、新たに機体下部に指向性を持たせたフレキシブルピボットブースターが装着されている。このブースターはバラしたエールストライカーのメインエンジンを流用したらしい。
また、このスピアヘッドに乗せるためのストライクのストライカーパックも用意したと言って見てみたが、明らかに部品取りして、大型翼と上部エンジンがごっそり無くなったエールストライカーでしかなかった。
はっきり言おう。
これはスピアヘッドではない。
スピアヘッドの形をした別の何かだ。
「まぁザフトでもモビルスーツを乗せる航空戦略機はあるからなぁ。強度があるなら、あとはデータ取りじゃないか?」
あらかた説明を聞き終えたバルトフェルドが、真面目なトーンでそう言ってみたが、ラリー含めた作業員たちにとっては爆弾発言でしかない。
「おい余計なことを言うなよ、バルトフェルド!!ハリーもそれだっみたいな顔をしない!!」
「じゃあ早速テストね!キラくんを呼んできてちょうだい!」
それ見たことか!とラリーが辺りを見渡すと、誰もが「キラを呼びに行ってきてくださいよ…」とラリーを見つめている。バルトフェルドに目を向けたが、にこやかな笑顔で首を横に振られた。フレイとサイは関わらないように奥で部品の整理を始め、マードックたちは早々に昼飯を取りに行った。
とんだ貧乏クジを引かされたものだ、とラリーはただただ肩を落とすのだった。
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デッキで紅海を眺めながら、キラはアフリカでの日々を思い出していた。
〝ならどうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい?〟
〝敵である者を、全て滅ぼして!…かね?〟
〝デュエル…お前だけは…〟
〝殺してやる…!〟
初めてだった。
ここまで明確に、誰かに気持ちをぶつけたのは。それも殺意という、自分が今まで1番無縁だと思っていたどす黒い感情だ。
デュエルを見た瞬間、様々な思いが溢れて、リークの思い出で心が締め付けられて、大切な人を守りたいという思いも、こんな戦争はしたくない、引き金はできれば引きたくないと思っていた自分の全てを、自分自身が裏切ってしまったようなーーそんな感覚がキラを苦しめていた。
僕はどうすればいいんだろうか…。
戦いを終えて紅海に出てから、キラは自分が戦う為に考えていた原動力の全てを失っていることに気がついた。
デュエルに殺意を向けて、殺してやると自覚した時から、キラの戦い方は破綻しているのだった。
「なんだ、お前もデッキに出てたのか」
そう思い詰めてるところに、防弾ジャケットを脱いでTシャツ姿のカガリがキラの横に現れた。
「カガリ…」
「お前、泣いてたのか…?」
そう言われて、キラはハッと自分の目元に触れた。すると手にははっきりと湿った感触があり、思わずカガリから顔を背けた。まさか泣いているとはーー軟弱な精神だなと思いながら袖で涙を拭っていると、ふいにカガリにその手を握られた。
「ちょっとこい」
見上げて目に入ったカガリの不機嫌顔、そして次の瞬間には自分の顔が彼女の胸元に押し付けられている感覚があった。
「あぁ…え?あ…ちょ…ちょっ…」
うわ、思いのほか柔らか…じゃない!とキラが突然のことに戸惑っていると、カガリはゆっくりとキラの背中をさすり始める。
「よしよし。大丈夫だ。大丈夫だから。大丈夫だ。大丈夫」
何が大丈夫なのかーー、そんな普段の自分なら浮かんだ疑問も出ずに、キラはカガリの優しい声にスッと耳を澄ました。波が弾ける音と相まって、カガリの声は自分でも驚くほどに穏やかで、心が安らぐように感じられた。
「ーー落ち着いたか?」
どれほどの時間、彼女の声に微睡んでいたのだろうか。気がつくとカガリはキラを離して顔を覗き込んでいた。我に返ったキラはバッと顔を上げ、真っ赤にした顔で頷く。
「ああ…ご、誤解するな!泣いてる子は放っておいちゃいけないって…ただ!そう言うことなんだからな!これは…」
そう言いながら、顔を赤らめるカガリを見て、キラは思わず吹き出すように笑った。それにつられて、カガリも声を出して笑った。お互いに笑ったのは久々のように思えた。
「あっはっは…ありがとう、元気でたよ」
「お前も大変だよな」
紅海を眺めるカガリが言った言葉に、キラは首をかしげる。
「メビウスライダー隊だろ?あんな奴と同じ隊なんて、身がもたないんじゃないか?」
あんな奴、とカガリが言うのは十中八九、ラリーのことだ。地球に降りてからその操縦テクニックに更に磨きがかかっているように思える彼の破天荒さには、キラはいつも振り回されっぱなしだ。
「うん、振り回されてる気はするけど…だけど、僕を仲間と信じてくれてるから、僕は戦えるんだ」
そう言って、キラは改めて自分の戦う理由を思い返す。たしかに、キラは大事な人を守りたいと思って戦っていた。
しかし、キラがヘリオポリスで二度目にストライクに乗る決意をしたのも、それからストライクで戦い続けたのも、その原動力になったのがラリーの言葉だった。彼のきつく、強い言葉と、心からの感謝の言葉がキラを突き動かしたと言っても過言ではない。
「ふーん。まぁいいけどな、もう…。大体なんでお前、コーディネイターなんだよ?」
「え?」
「あー…じゃないじゃない。なんで、お前コーディネイターのくせに地球軍に居るんだよ?」
「やっぱおかしいのかな。よく言われる」
アルテミスでも、地球軍の高官に言われた。第八艦隊でも、そしてバルトフェルドからも。
「おかしいとか、そういうことじゃないけどな。けど、コーディネイターとナチュラルが敵対してるからこの戦争が起きたわけで、お前には、そういうのはないかってことさ」
「君には?」
キラの問いかけに、カガリは呆れたように肩をすくめる。
「私は別に、コーディネイターだからどうこうって気持ちはないさ。ただ、戦争で攻撃されるから、戦わなきゃならないだけで」
攻撃されるから。守るべきものを守るために、大切な人を守りたいと思うから戦う。ただ、知っている人の笑顔を守りたいだけなのに。そんな単純なことすら、この世界は許してくれない。
「あはは。コーディネイターだって同じなのに」
キラはそこでようやく気がついた。
自分は、誰かに褒められたくて、戦う道を選んだのだと。コーディネーターだからできて当たり前と、心のどこかで思っていた自分を打ち砕いたのは、ラリーだった。
そんな彼の期待に応えたいと思って、キラは戦いを選んだのかもしれない。大切な人を守るというのは所詮後付けなのかもしれないと思えるほどに。
怖い病気には掛からない、何かの才能とか体、いろいろ遺伝子を操作して生まれたのが、コーディネーターだ。でもそれは、元を辿ればナチュラルの夢だったんじゃないか?
だからコーディネーターは生まれたと言うのに。
なのに…なんで…
「難しい話をしているなぁ、キラ・ヤマトくん」
そんなキラとカガリの後ろから、声が掛かる。振り返ると、そこにはアイシャを連れたバルトフェルドとラリーが居た。
「砂漠の虎!」
「アンディでも構わんよ。あ、アイシャが怒るな。んー、それに今は海だし、私は捕虜だからね」
そう言って腕に巻かれた捕虜を示すタグをカガリに見せる。それ以外は至って自由な素振りを見て、カガリは呆れたような目を向けた。
「まったく、いい身分だな」
「まったくだよ。それとコーヒーが自分で淹れられたら安泰の隠居生活なのだがねぇ」
そういうバルトフェルドの言葉を、ラリーが咳払いで一蹴する。
「どうしたんですか?ラリーさんも」
突然訪ねてきたラリーたちに、キラが顔をかしげるとラリーがかなり、慎重な面持ちになりながらキラの両肩を掴んで、こう言った。
「キラ、お前。悪魔と相乗りする覚悟はあるか?」
「ーーはい?」