カガリ機こと、オメガ1の行方不明。
これに最も顔を青くしたのはキサカだった。
紅海での戦闘を終えて帰投したメビウスライダー隊の中に、彼女が乗り込んだスピアヘッドの姿はなく、それを確認したのも、ムウがナビゲーションモジュールが破壊されたことを聞いて帰投を命じた時が最後だった。
今にも倒れそうな顔をするキサカを、フレイが付き添って医務室に送った後で、ムウ達はアークエンジェルのブリッジにパイロットスーツのまま集まっていた。
「ロストしたのはどこなの?無線は?」
「距離1200 イエロー53 アルファまでは捕捉できていたのですが…駄目です。応答ありません」
マリューの疲れた声に、オペレーターも暗い声色でそう返した。ムウ自身も、あれ以降はレーダーも攪乱酷く、戦闘空域を離脱したところまでしか確認できていない。
「MIAと認定されますか?」
「何です?それ」
ナタルの言った言葉にサイが反応すると、ラリーが腕を組んだまま唸るように答える。
「ミッシング イン アクション。戦闘中行方不明…まぁ確認してないけど…戦死でしょ、ってことだな」
「えぇ!?」
つまりは、生きていようが死んでいようが、行方不明になったのだから早々に見捨てるということだ。ナタルの軍人的合理性による考えでは、この紅海で見失った味方を探すよりも、さっさとアラスカへ舵を切ったほうがいいと言ったところなのだろう。
「それは早計ね、バジルール中尉。撃墜されたとは限らないのよ?日没までの時間は?」
そのナタルの言い草に、マリューは目くじらを立てることもなく、困ったように笑っていた。時刻は夕刻。日が沈むまではおおよそ約1時間程度だ。
「捜索されるのですか?一応申し上げますが、ここはザフトの勢力圏で…」
「わかってるわ。ところでナタル。上空からはもう辛そうなので、簡単な整備と補給が済んだら、ストライクに海中から探してもらうしかないと思うのだけど、どうかしら?」
マリューの切り返しに、ナタルは自身に染み付いた軍人的な思考に従った言葉を引っ込めて、わかっていたというように肩をすくめる。ここから先は、軍人名家の人間ではなく、ナタル・バジルール個人としての意見と言葉だ。
「…アフリカを出る際にサーチライトを融通して貰った記憶があります。ストライクだけではなく、スカイグラスパーでの三面捜索のほうが効果的かと」
「では、整備班には戦闘機各機に取り付けを急がせて。高度は50メートルに制限し、交代で出撃させましょう」
それでいいわね?とマリューがラリー達に確認すると、パイロットたちも「ういーす」と気の抜けた返事をしてブリッジを後にしていく。
なんとも規律のないーーしかし、それよりも仲間としての絆の暖かさを感じるものでもあった。
「…艦長は、それでよろしいとお思いですか?」
「バーフォード艦長がここに居たら、きっと探すと思っただけよ。ナタルは?」
そういうのは、ずるいな。そうナタルは思い小さく笑う。本当に、だんだん自分の艦長が、あのくたびれた帽子を被る歴戦の艦長に似てきていると思えた。
「悔しいですが、同感です。各パイロットには私が通達します」
「頼むわね」
////
インド洋、名もなき無人島。
ナビゲーションモジュールが破壊されて、自身の位置を把握できなくなったカガリが出会ったのは、不運にもザフトの輸送機だった。
残った燃料と弾薬で何とか撃破できたものの、ナビゲーションモジュールを破壊された傷も浅いものではなく、機動力が鈍ったところに反撃を受け、彼女もまた墜落する羽目になった。
そして、流れ着いた無人島。
そこには、輸送機から脱出したもう一人の漂流者がいたのだった。
「お前、本当に地球軍の兵士か?認識票もないようだし」
不幸な出会いを重ねて、さらにはザフト兵に拘束されるという絶体絶命な状態に陥ったカガリであったが、持ち前の気性の荒さと図太い精神力でなんとか平常心を保ちつつあった。
「俺は戦場でああいう悲鳴は聞いたことがないぞ」
ザフト兵の言葉で、相手が自分の胸を触ったこととそのことで自分が女々しい悲鳴をあげたことを思い出して、カガリの顔はかぁっと赤く染まった。
「わ、悪かったな!」
「俺達の輸送機を落としたのはお前だな。向こうの浜に機体があった」
親指で指す方向には、たしかに不時着したスピアヘッドがある。思わずカガリはそういうザフト兵を睨みつけた。
「私を落としたのはそっちだろうが!」
「質問に答えろ。所属部隊は?何故あんなところを単機で飛んでいた?」
「私は軍人じゃない!所属部隊なんかないさ!誰がこんなところ来たくてなぁ…」
そこまで言い合って、カガリは戦闘と墜落で疲れ切った体を砂浜に投げた。横になりながら見上げる。そこには、ザフト兵が乗っていたであろうモビルスーツーーしかも、よりにもよって見覚えのある機体が灰色に染まって地に膝をついていた。
モルゲンレーテと地球軍が共同開発したーー父が生み出したカガリ自身の楔。
「ーーお前、あのモビルスーツ。あの時ヘリオポリスを襲った奴等の一人か?」
紅いモビルスーツ、イージスを恨めしく見上げながらカガリはザフト兵に問いかける。彼は黙ったまま縛られたカガリを見つめていた。
その目が、カガリは気に食わなかった。何も悪いことをしていない、まるで自分たちが正義の体現者と宣う様な顔が、心底気に入らなかった。
「私もあの時あそこに居たんだ。お前達が無差別に襲ってきたーーあのヘリオポリスの中にな」
多くの人の叫び、避難民たちの不安、それを肌で感じたからこそ、カガリは当事者と同じような怒りを抱き、それをぶつける。
そんな彼女の姿を見て、イージスのパイロット、アスラン・ザラは何も答えずに、誰もいない無人島から見える海を眺めていた。
////
みんな、疲れているところ悪いが今回のミッションを説明する。
ミッション内容は紅海の戦闘後、行方不明となったカガリ・ユラことオメガ1の捜索だ。
ラミアス艦長指揮の元、作戦は展開される。彼女は非正規員だが、貴重な戦力でもある。それに、バーフォード艦長ならこうしていただろう。我々、メビウスライダー隊は、オメガ1が消息を絶ったエリアから重点的に、3つに分かれて捜索を行う。
ストライクは海中からソナーを用いての捜索になるが、戦闘機組は機体先端にサーチライトを装備して捜索にあたる。古典的なやり方だが、目が頼りだ。しっかり見張ってくれ。オメガ1を発見し次第、こちらから救援用の小型艇を出す。
加えて、今回はザフトとの無用な戦闘を避けるためにレーダー反射率が低い低高度を飛行してもらう。高度制限は高度50メートル。それ以上にならないように注意をしてくれ。こちらの弾薬は乏しい。くれぐれも不必要な戦闘は避けてくれ。
探索時間は二時間厳守だ。
我々も先の戦闘で疲弊している。オメガ1を発見できなかった場合は夜明けを待ってから再度探索を行う予定だ。君たちにも休息は必要だ。
全員、生き残ることだけを考えて任務に当たってくれ。無事の帰還を祈る。メビウスライダー隊、発進せよ!
////
「スピアヘッドはオプションをパージさせてから出撃なんだから!エンジンの点検は後回しにすること!」
ハンガーでは、ラリーが乗って帰ってきたスピアヘッド・フローターのオプション装備の取り外しが着々と進められている。
機体下部に装備されたフレキシブルピボットブースターは、ラリーが横薙ぎのような動きをしたお陰でエンジンが強烈に磨耗しており、外したブースターを見た途端、フレイたちが顔を青くし、ハリーは本格的にどう対応するべきか頭を悩ませていた。
そんな中であるが、カガリの捜索任務が優先だ。先に発進準備を整えるアイクとトールのスカイグラスパーや、他の戦闘機にナタルとマリューからの通信が入った。
《救難信号も出ているはずだが、こう電波状態が悪くては、何の役にも立たん。予測されているエリアには、小さな無人島も多い。案外そっちに落ちているかもしれない》
《疲れているところ悪いけど、みんな頼むわね》
二人の上官に敬礼で返すと、アイクは複座から操縦桿を握るトールに語りかける。
「高度制限は50メートルだ。いけるな?ケーニヒ」
「問題ないです」
疲れを感じさせない口調でトールは答え、発進準備を整えた。今回は戦闘行動は考えづらいため、アイクはあえて後ろへ乗り、以前から教導していたトールをパイロットに据えて交代したのだ。
「よし!では発進しよう」
アイクの一言で、スカイグラスパーは発進位置へと進んでいく。心なしか、トールはパイロットスーツの中が汗ばんでるように思えた。
《ケーニヒ機、発進位置へ!無茶はしないでね?トール》
「了解!トール・ケーニヒ、アイザック・ボルドマン、スカイグラスパー、ライトニング3、発進します!」
緩やかに加速して飛び立っていくトールとアイクのスカイグラスパーは、アークエンジェルを離れてしばらくしてからサーチライトを点灯させ、割り振られたエリアの捜索へと飛翔していく。
《続いて、レイレナード機、発進位置へ!》
《ラリー、俺のスカイグラスパーを壊すんじゃねぇぞ?》
「わかってますよ、ムウさん。では、またあとで」
ムウは先の戦闘でカガリを逃す殿を務めたのと、アイクたちの戦闘指揮を行なっていたので、今回は後方待機となる。代わりに、自機が点検のために使用できないラリーが、ムウのスカイグラスパーに乗り込むことになった。もちろん、複座にはバルトフェルドが搭乗している。
「全く、戦闘が終わったと思ったら今度はお姫様の捜索か。ここは退屈しないねぇ」
そう困ったようにいうバルトフェルドに、ラリーも同感であった。アイクとトールが二人で出た理由も、操縦と広範囲の索敵を同時に行えないからだ。
「人手不足なのが痛いところだけどな。行けるな?バルトフェルド」
「アンディで構わんよ」
「死んでも呼ばねぇ!」
即答で返したラリーに、硬いやつだなぁと笑うバルトフェルド。そんな二人にナタルは咳払いをして割り込んだ。
《んんっ、私語は慎めよ?ライトニング1》
了解、と軽く返すと、今度はハリーが発進準備を進めるラリーの元へと歩み寄ってくる。
「帰ってきたら説教とフローターでやった機動の説明だからね!ラミアス艦長とノイマン少尉も!」
《ええ!?私たちも!?》
通信機越しに聞こえていたのか、マリューが驚いたような声を上げて、後ろの方ではノイマンの唸り声が聞こえたような気がした。だが、無視した。
「どこのバカが戦艦でロールするんですか!ラリーじゃないんですから、そんな無茶はダメですよ!」
「俺だったらいいのかよ」
「何か言った!?」
ラリーのつぶやきに鋭い目を向けるハリーに、思わずに閉口すると、今度はトーリャが困ったような声を出した。
《いい加減に私語は慎めよー、俺の後ろでバジルール少尉がすごい顔に》
《なってない!全く!》
「わっはっはっはっ!」
もはや軍人らしい規律もあったもんじゃないなと思っていると、後ろで黙っていたバルトフェルドが快活な笑い声をあげた。
「はいはい、わかってますわかってますよ!ラリー・レイレナード、アンドリュー・バルトフェルド、ライトニング1、スカイグラスパー、発進する!」
ムダ話を切り上げて、ラリーもさっさと離陸していく。そして次に入ってきたのはキラのストライクだ。
《続いて、APU起動。カタパルト、接続。ストライカーパックはランチャーを装備します。ランチャーストライカー、スタンバイ》
《キラ、あまり無理はするなよ?》
アークエンジェルのブリッジにいるサイからの通信に、キラは頷きながら答えた。
「ありがとう、サイ。僕は大丈夫だから」
「キラ、さっき渡した荷物の中に軽く食べられる物を入れてあるから、ちゃんと食べなさいよね?」
今度は開けたハッチを見上げる位置にいるフレイが口元に手を添えて大声でそう言ってきた。座席の足元には、たしかにおにぎりや水筒が手ぬぐいに包まれて置かれている。
キラはフレイに見えるように手を振った。
「ありがとう、フレイ。行ってくるよ」
《何にも手掛かりが得られなくても、2時間経ったら一度帰投して。その時は、また別の策を考えます。貴方にも休んでもらわなくちゃ困るのよ。こちらもね。だから、2時間で必ず戻って》
「わかりました。キラ・ヤマト、ライトニング2、ストライク、行きます!」