ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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第91話 南国の捜査網3

 

 

 

捜索開始から二時間後。

 

何の手がかりも得られなかったメビウスライダー隊は、一度アークエンジェルへ帰投する流れとなった。キラが海中ならまだいけると言っていたが、ラリーからの一声で全員揃っての帰還となった。

 

「カガリ、大丈夫ですかね」

 

ハンガーに急遽用意された寝袋に寝そべりながらキラが天井を見上げたまま呟く。

 

「さてなぁ。とりあえず、戦闘機の残骸は見つかってないわけだから。まだ望みはあると考えるしかないだろ」

 

それに答えるのは、キラの隣で横になるラリーだ。順番としては、バルトフェルド、ラリー、キラ、トール、アイクの順で寝袋が置かれて、それぞれが床についてる状態だ。

 

部屋に戻って睡眠することも考えたが、キラが一人でも探しに行くような雰囲気を見せたことと、小型のドローンが何かを発見した時にすぐに出撃できるようにスタンバイするためでもある。

 

「海といっても気温は高いからな。一晩くらいなら何とかなるだろう。サメの餌になってなければだがな」

 

「バルトフェルドさん!」

 

「おっと、失言だったな」

 

そう言って起き上がったキラに頭を下げながら、バルトフェルドはアイシャが淹れてくれたインスタントのコーヒーに舌鼓を打つ。ちなみにアイシャの監視役として抜擢されたのはフレイとミリアリアだ。

 

こうやってアイシャとバルトフェルドがハンガーにいるときはバルトフェルドはラリーが、アイシャはフレイが監視することになっている。

 

とはいえ、フレイ自身も帰投した機体の点検があるため片手間の感じになるわけだが。

 

「とにかく、今闇雲に探しても俺たちが消耗するだけだ。救難信号も射程圏に入れば届くはずだしな」

 

「元気出せって、キラ。前向きに考えようぜ?」

 

そういうアイクと、隣で戦闘機教本を見るトールが笑顔でキラを励ます。

 

「あと5時間もすれば、日も昇る。そうすりゃまた捜索に出られるからな」

 

そう言うのは、ハリーと共にスカイグラスパーの調整をするムウだ。ラリーたちが探索に出ている二時間の間、休息を取ったムウはラリーたちが眠ってる間にカガリを見つけた時に飛び立つ先遣隊となる。

 

そんなムウの表情はどこか暗かった。

 

「俺もたいがい、情けねぇよ」

 

カガリに退けと言ったのはムウだ。そんな彼女が行方不明になった原因には自分がカガリをフォローできなかったことにあると、ムウもまたパイロットとしての責任を感じていた。

 

もう少し、自分にも誰かを手助けできる余裕があればいいんだけどな、とムウは力なく笑った。

 

「少佐…」

 

「フラガ少佐。あまり背負い込まないでください。あの子も強い子です。日が昇ればきっと見つかる。きっと大丈夫ですよ」

 

アイクからの言葉に、ムウもそうだなと答えてハリーとの調整作業へ戻っていく。とにかく、今は寝て休息を取ることが重要だとラリーと話してから、キラは瞳を閉じるのだった。

 

 

 

 

////

 

 

 

夢を見ていた。

 

母が死んだ時の夢を。

 

父が怒りに震えて、悲しみに涙を流していた姿を。

 

そんな光景を見て、自分の中に生まれた憎しみに従って、ザフトに入った。必死にモビルスーツのパイロットになる訓練を受けて、母を奪ったナチュラルどもに復讐するために、刃を磨いた。

 

そして、復讐を果たそうとした時に「それ」は自分の目の前に現れた。

 

真っ直ぐとした瞳で、大切なものを守るために戦うという彼の目が、あり方が自分にとって眩しくて。

 

振り返って、何も残っていない自分が怖くて。

 

俺はーーー。

 

 

 

 

ハッと、そこでアスランは目が覚めた。ガバッと上体を起こすとそこは見慣れた自室ではなく岩肌が露出した洞窟だ。

 

また、あの夢か。キラと相見えてから何度も見る夢。キラの言葉がこびりついて離れない。そんなことを考えても何もならないというのに。

 

汗ばんだ額を拭おうとしたら、洞窟の隅で下着姿の少女がこちらを見ていた。

 

その手にーー銃を握って。

 

「ーーお前!」

 

銃を見て一気に覚醒したアスランは体勢を整えて腰に備わるナイフを抜く。なんと迂闊な真似をしてるんだ俺は!眠気に負けて敵の前で熟睡してしまうなんて!

 

今更になってアスランは自分の未熟さに呆れる。そんなアスランに、カガリは驚いたような眼差しを向けたまま叫んだ。

 

「ごめん!お前を撃つ気はない!でも…あれはまた地球を攻撃するんだろ!?造ったオーブが悪いってことは分かってる!でもあれは!あのモビルスーツは地球の人達を沢山殺すんだろ!?」

 

言ってることが無茶苦茶だな、とアスランは目の前でこちらに銃口を向ける少女にそんな思いを浮かべた。銃は持っているが撃つ気はない。だが、大勢を殺すことは認められないから、引き金を引くなんてーー。

 

そこでアスランは気がついた。

 

この少女がやっていること。戦う者の素質としてはどうとして、それが自分の親友が言った言葉と同じ言葉だったということを。

 

「なら撃てよ!その引き金を引いているのは俺だ!俺はザフトのパイロットだ。機体に手を掛けさせるわけにはいかない。どうしてもやると言うのなら、俺はお前を殺す!」

 

そして、そんな答えしか出すことができない自分に腹が立つ。何も成長していないじゃないかと反吐が出そうになるが、アスランはそれでも、そんな事しか言えなかった。

 

まだ、彼はザフトの軍人でしかないのだ。

 

 

〝あのモビルスーツのパイロットである以上、私と君は、敵同士だと言うことだな?〟

 

 

カガリは、震える銃口を向けたままアスランを見捨てた。脳裏でバルトフェルドの言葉が蘇る。

 

 

〝やっぱり、どちらかが滅びなくてはならんのかねぇ〟

 

 

滅びるまで戦って、戦って、戦ってーーーそんな事しかできない惨めな自分を偽って、誰かを煽り立てて、戦って、失わせてーーーどうすればいい?何をすればいい?最善の行動はなんだ??そんな疑問がカガリの中でぐるぐると回り始めて、ついに答えが出なくなったカガリはーーー。

 

「くっそーー!!」

 

「はぁあぁ!?」

 

銃をアスランめがけて投げつけた。予想だにしてなかった行動に度肝を抜かれたアスランは迫ってくる銃を避けることもできずに頭部へ直撃を受ける。カチャンと、岩肌に銃が落ちる音が響き、しばらくの沈黙が続いた。

 

「っつー…馬鹿野郎!オープンボルトの銃を投げる奴があるかっ!」

 

「う……ご…ごめん…」

 

「ったくぅ…どういう奴なんだよ、お前は」

 

「いや…だから…その…あ!それ!…今ので!」

 

驚くカガリを見て額に手をやると、銃があたったところが切れて血が流れ出ていた。アスランは何度か拭ってから素っ気なく、大したことないとカガリにいう。

 

「手当しなきゃ…」

 

しかし、そんなこと聞いてないようにカガリはのろのろとアスランの元へと歩んでくる。その姿を見てアスランはギョッとした。

 

「気にしなくていい!」

 

「いいって!」

 

「いいからやらせろよ!このまんまじゃ私、借りの作りっぱなしじゃないか!少しは返させろ!」

 

そう言って振り払おうとするアスランの手を掴んだカガリが真っ直ぐとした目で見つめてくる。アスランはわずかに視線を彷徨わせてからふいっと横へ顔をずらした。

 

「その前に…服着てくれないか…」

 

溢れるように顔を真っ赤にしていうアスラン。カガリはそこで自分の格好を改めて思い出した。毛布すら脱いで、今の自分は下着姿でしかない。かぁーーっと顔が赤くなるのを感じて、カガリはすごすごとアスランの手を離して、さらに距離も離した。

 

 

////

 

 

 

「なぁ、どうやったらこの戦争は終わると思う?」

 

「え?」

 

服を着たカガリに包帯で手当てをしてもらうアスランは、そんなカガリの呟きに間抜けな声で返した。

 

「私は、ただお前たちを宇宙に追い出したら終わりだとーー思ってた。けど、違ったんだ」

 

カガリはアフリカで見た光景を思い返す。レジスタンスに加わり、殺して、殺されて、奪って、奪われて、ただそれだけだと思っていたのに。

 

「憎しみだけじゃない。ビジネスや政治的な思惑。そうーーそこには憎しみ以外にも色々な物が混ざり合って、この戦争を形作ってるんだ」

 

この戦争で財を成した者、この戦争で全てを奪われた者、この戦争以前から戦っている者。そんなあらゆる要因がいびつに、複雑に絡み合って、この戦争を長引かせているように思えた。

 

だから、カガリは聞いた。

 

「なぁ、どうやったら戦争って終わるんだ?」

 

そこには主張や主義もない、単なる疑問があった。そんなカガリの問いに、アスランは小さく息を吐いて、揺れる薪の火を見つめる。

 

「俺はーー、母をユニウスセブンで亡くしてからずっと憎しみを原動力にしてザフトのパイロットとして戦ってきた。最近になって、憎しみで自分が動いていると自覚するようにはなったけど……だけど……」

 

どうすることもできない。そんな声がカガリには聞こえた気がした。アスランの背中がそれを物語っている。できるなら、こんな虚しいだけの戦争など終わってくれればいいと思う、その一方で母や家族を奪われた憎しみが消えることなく燃えたぎっている感覚があるのも事実だ。

 

そして、そんな自分の前に、キラは現れた。

 

「昔、俺の親友だった奴が今は敵なんだ」

 

「えっ」

 

「笑えるだろう?そいつとは幼馴染だったんだ。なんで地球軍にお前はいるんだって、何度も思った。何度も叫んだ。できることならこちら側に引き込んで仲間になってほしいとも思って、規律さえ無視して飛び出した」

 

ただ純粋に、もう失いたくなかったから。大切な人を。自分の過去を彩ってくれた相手を。しかし、キラは変わっていた。

 

「あいつは俺の言葉を聞いた上で言ったんだ。大切なものを守るために戦うって。俺が幼馴染の大切なものを傷つけるなら、その時は俺を討つってな」

 

「そんなーー」

 

「けど、そう言われて俺は自分の後ろを振り返ったんだ。そこには大切なものなんて無かった。ただ憎しみしかなくて、大切な誰かを守るなんて気持ちも、考えもなかった」

 

振り返った先には、誰もいない。ただ憎しみにとらわれる父と、それと同じ自分の姿を写す鏡だけがある。そんな虚しさが今のアスランを包んでいた。

 

「そう思うと、俺はこの戦いが終わった後、壊れてしまうんじゃないかって不安で不安でたまらないんだ。おかしいよな、敵であるお前にそんなことを言うなんて」

 

「私も同じだよ」

 

そう即答するカガリに、今度はアスランが目を見開いた。

 

「私は、大切なものを守ってるつもりで戦って、お前たちを宇宙に追い出したら戦争は終わるって信じ込んで、多くの人を戦いに駆り立てたんだ。その駆り立てた先にあったものは、戦争でも、ましてや喧嘩なんかにもなってなかった。私はそれがわかってなかったんだ。駆り立てた責任も持たずに、私は多くの人を死地へと誘ったんだ。無責任甚だしいよな……」

 

そういうカガリの手は震えていた。大怪我をしたアフメドを見たとき。物言わぬ屍になったレジスタンスのメンバーを見たとき。そして、そんな虚しさに立ち向かえない無力な自分を痛感した。

 

今なら、ラリーが言った言葉を理解できる。

自分たちがやっていたことの虚しさを、今なら理解できた。

 

「それを私は破天荒な戦闘機乗りに教えてもらったんだ」

 

「破天荒な戦闘機乗り…?それって」

 

そうアスランが心当たりのあった相手を言おうとした瞬間だった。

 

《ア…ラン…アスラン…こえますか…応答…がいます…》

 

洞窟の脇に置いてあったアスランのヘルメットから音が聞こえる。アスランは立ち上がってヘルメットをもちあげた。

 

「ニコルか?!」

 

《アスラン!よか…た…今電波から位置を…》

 

返答を聴いてるアスランへ、カガリが立ち上がり寄ってくる。

 

「どうした?」

 

「無線が回復した!」

 

「え!?」

 

 

////

 

 

「救難信号?捉えたぞ!バルトフェルド!」

 

「捕捉してる!」

 

夜が明けて飛び立ったラリーとバルトフェルドは、捜索を開始して三十分たってからカガリからの救難信号をキャッチした。

 

おそらく、モラシム隊が展開したNジャマーの効力が薄れたのだろう。

 

「こちらライトニング1!オメガ1の救難信号を捕捉した!そちらから距離はわかるか?」

 

《こちらエンジェルハート。把握した。ブルー45、アルファ。今から救助隊を発進させ…あ!こら!キサカまて!あのバカ!》

 

無線の向こうですぐに出発しようとする救助隊の騒ぎを聴きながら、ラリーは先に急行すると言って救難信号が出ている先へと急いだ。

 

 

////

 

 

 

「こっちは救援が来る。他にも、海から何か来るぞ。お前の機体がある方角だ。俺はこいつを隠さなきゃならない」

 

そう言ってパイロットスーツに着替えたアスランはイージスのコクピットから伸びるワイヤーウィンチを掴んでカガリを見た。

 

「出来れば、こんなところで戦闘になりたくないからな」

 

「私も機体のところへ戻るよ。どっか隠れて様子を見る」

 

「ーーそうか」

 

もう会うことはないだろうとアスランは思う。なんとも奇妙な体験をしたものだとも。サバイバルキットが入ったカバンを背負い直すと、カガリも居心地が悪そうに手を振った。

 

「じゃぁ…」

 

浜辺の向こう側へ歩き出していくカガリの背中を見て、アスランは思わず叫んだ。

 

「お前!地球軍じゃないんだな?」

 

「違うー!」

 

そう言い返して、カガリは砂浜の向こうへと行ってしまった。

 

「……軍人でもないくせに、変なやつ」

 

そう呟いてイージスに乗ろうとすると、今度は向こう側から大きな声が聞こえた。

 

「ああ!聞き忘れていた!私の名前はカガリだ!お前は?」

 

砂浜の向こうから走ってきたのか、カガリの肩はわずかに上下していた。忙しないやつだとアスランは小さく笑ってから彼女に聞こえるように声を上げる。

 

「アスラン!」

 

「わかった!!じゃあな!アスラン!」

 

大きく手を振って今度こそ向こうへと走っていったカガリ。

 

二人はまだ知らない。これが運命の出会いであったということを。

 

 

 

 


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