ガンダムSEED 白き流星の軌跡   作:紅乃 晴@小説アカ

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番外編 スーパーコーディネーターvs流星 2

地球圏へ至る旅路の途中。

 

そこには、過去の戦いや旧世紀から人類が出し続けた宇宙ゴミに加えて、ユニウスセブンから流れてきた瓦礫や残骸が地球圏の引力に捕まり、人工的に作られた暗礁宙域を形成していた。

 

通称、宇宙のゴミ箱。

 

安直な呼び名だが、実に的確だ。そんなことを考えながら、キラは暗礁の中で操るストライクのスラスターを最低限に吹かしながら進んでいた。

 

モニターに映るのはゴミやユニウスセブンから流れてきた土砂が固まって出来た岩石ばかりで、視界はあまりにも悪い。

 

しかも細かい欠片がストライクにあたり、いたるところから金属と金属がぶつかるような音が聞こえてきており、キラの集中力を削いでいく。

 

「暗礁宙域って…案外見えにくいんだな…」

 

目視に頼っていてはラチがあかないので、キラは広域センサーの感度を調整する。Nジャマーが台頭する今の情報戦では外から聞こえる音や熱というものは非常に重要な情報源となるため、広域センサーが拾う宇宙ゴミのデータを省略して、キラは今回の相手であるラリーのメビウスを探すことに専念した。

 

今回のシチュエーションは遭遇戦。

 

いつ、どこで、ラリーの機体が出てくるかわからない。キラは辺りを警戒しながら浮遊物の漂う暗礁宙域を飛んでいく。

 

そして、その行為そのものが迂闊だということをキラはまだわかっていなかった。

 

キラが通り過ぎた岩石の裏側。

 

回転の力がかかっていないそれには、キラには見えない位置に、エンジンを低出力状態にしたメビウスがワイヤーアンカーでその機体を岩石へ固定していた。

 

モビルアーマー。ことメビウスに関しての利点としては、その大きさがモビルスーツよりもやや小さいこと、そしてモビルスーツよりも簡素なシステムで運用されているため、動力源を低出力にし、息を潜めれば彼らの広域センサーを掻い潜ることも容易であるということだ。

 

ラリーは音を立てずに開けたコクピットから僅かに体を出して、手慣れた手つきで腰のベルトに備わる機材を引き抜くと、スイッチを入れてキラが通り過ぎて行った方向へと投げた。

 

規則的な光点を瞬かせるそれを見送って、ラリーはアンカーを外してデブリの流れに沿ってメビウスを流していく。キラの後方へと飛んでいくと、それに反応したのかキラのストライクがAMBACを利用して器用にその場で反転する。

 

「なんだこれ…付いたり、消えたり…」

 

設定した広域センサーの反応に従ってキラが戻ってくる。ラリーが投げたのは、余ったミサイルの信管で作った即席のデコイだ。こういった複雑な地を活かした戦いの中で、ラリーたちメビウスライダー隊が油断しきった敵モビルスーツに幾度と行った戦術。

 

そして、その戦術はキラに対しても大きな効果があった。

 

「うわぁっ!」

 

キラのモニターの目の前をいくつもの銃弾が通り過ぎていく。ストライクのデュアルカメラを真上に向けたが、メビウスらしい反応は見当たらなかった。

 

しかし、今の真上からの銃弾をよく躱せたものだとキラは胸をなで下ろすと同時に、違和感を抱えることになる。

 

「避けられた…?いや、違う!」

 

キラは隣で見てきたラリーの戦い振りを思い出す。彼は高速で人型ならではの動きをするジンに対して、的確に銃弾を当て、ましてやビームサーベルで両断するほどの技量を持つ存在だ。

 

いくらデブリで重力場に差異があるとはいえ、キラの目の前を銃弾が通り過ぎるような愚行を起こす相手とは思えない。

 

となるとーー。

 

「うわぁ!!」

 

今度は右か!?と再び銃弾がストライクの目前を過ぎ去る。耐えかねてスラスターを吹かしていれば、腕や足に直撃を受けていたかもしれない。

 

そして今ので確信した。

 

ラリーは、キラに対して寸止めをしているのだ。手を伸ばせばすぐに急所に入る攻撃をわざと寸前で止めている。

 

それを理解したキラは思い切ってスラスターを吹かし、銃弾が飛んできた方へと突っ込む。あのまま銃弾に晒されていれば、被弾をするのは時間の問題だし、自分の集中力が削がれて撃破判定を受けても文句を言えないからだ。

 

デブリの隙間から僅かに見えるブーストの光。そして横切る純白のメビウス。それを追いながらキラは苦しむようにあえいだ。

 

「くっそー!速すぎる…!右か…!?いや、下!!」

 

そう察知して後退すると、今度は真下から銃弾が飛んでくる。一歩間違えればすぐにゲームオーバー。そしてその弾頭の軌道は僅かにだがストライクに近づいている。

 

「うくぅう!!」

 

このままではジリ貧だ!とキラがスラスターを全開にしてまだ見えないメビウスから逃れようと飛び立つ。しかしーー。

 

「やるなぁ!キラ!だが、まだ脇が鈍い!」

 

キラが飛び立とうとした行先、そこにある瓦礫の陰からラリーのメビウスが姿を現した。宇宙空間ならではの機動を用いて、メビウスの両翼に備わるバルカン砲を放つ相手に、ストライクの盾は鮮やかなペイント弾に染められていく。

 

負けじとキラもビームライフルをメビウスに向けるが、瓦礫に隠れながら移動するラリーの機体を捉えることは敵わない。そもそも、移動速度に差がありすぎるのだ。

 

「モニターが追いつかない…!ターゲットモニターが反応できていないのか…!なら…!!」

 

状況から見て、あきらかにストライクのパラメータが適応していないことを察知すると、キラは迷いなくキーボードを引っ張り出して、ラリーの攻撃を躱しながらパラメータを更新していく。

 

「可視化領域を再設定、予測データを最適化、メタ運動野パラメータを最適化データに合わせて更新、ニュートラルリンクゲージ再構築、コリオリ偏差修正、運動ルーチン再接続、システムオンライン、ブートストラップ再起動!」

 

ストライクのデュアルカメラが瞬き、今度はキラからラリーに攻めかかる。

 

「そこだぁ!!」

 

瓦礫から飛び出してきたラリーへ即座に反応したキラのストライクは、それまでの鈍重さが嘘のように軽やかな軌道を描き始める。さっきまで掠りもしなかったビームライフルのポインターがラリーのすぐ脇を通り過ぎる。

 

「反応速度が上がったか…?面白い、さすがはキラだなーーだが、これはどうする!」

 

ラリーは速やかに、今まで徹底していた戦術を放棄して、今度はメビウスの爆発的な加速力を存分に活かした空戦機動へ移行する。

 

向かう先はストライク。

 

モニターの反応速度を上げたキラのストライクは、真正面から高加速で飛び込んでくるメビウスに度肝を抜かれた。

 

「ぶ、ぶつかる!」

 

避けられないとキラが叫んだ瞬間、メビウスの両翼に備わるフレキシブルブースターが後方から前方へぐるりと回転して、メビウスの移動方向が驚異的な速度で変化する。

 

その軌跡はまるで雷。急速に減速、横への移動の結果、キラから見てみればメビウスが煙のように消えたとしか言えなかった。

 

「消えーーうわぁああ!」

 

戸惑いと衝撃。キラは横から与えられた衝撃に思わず体を竦めた。外から見れば、ストライクの側面に回り込んだメビウスから放たれたペイント弾によって、ストライクの頭部と右肩、そしてエールストライカーの大型翼にいくつもの被弾痕があった。

 

だが、フェイズシフト装甲というのは頑丈なものでペイント弾で当てようがデータ上の被弾扱いにはならない。

 

故にラリーはコクピットで竦むキラに檄を飛ばした。

 

「もっと人型の長所を活かせ!まだ二次元的な戦いに頼ってるぞ!」

 

左右、前後、上と下。キラの戦い方はセオリーとしては間違ってないが360度自由な角度から攻撃を仕掛けるラリーのメビウスに対応するにはあまりにも拙い戦い方だ。

 

キラもラリーの檄に答えるようにストライクのスロットルを上げて、三次元的な動きへ挑む。しかし、その移動によって起こる負荷はキラの予想を遥かに上回っていた。

 

「くぅうう!なんて負荷だ…!こんな中であの人は動いてるのか!?」

 

締め付けられる負荷は、キラの体力を容赦なく奪っていく。体は軋み、内臓は押しつぶされそうになり、息も満足にできない。そんな中で柔軟に飛翔するラリーのメビウスにキラは付いて行くだけでやっとだ。だと言うのに、相手はそんな高負荷の中でぐるりと機体を素早く反転させてこちらに銃口を向けてきた。

 

「このぉ!」

 

AMBACの姿勢制御で弾丸を避けたキラは、通り過ぎようとするメビウスの背後に迫り、ビームライフルを向ける。

 

すると、ラリーのメビウスは機首をぐんと上げたかと思うと、機体を横に向けて滑らせるように姿勢を変えていく。

 

なんだ、あの動きはーー。キラは目の前で起こるメビウスの機動を理解できなかった。それがいわゆるポストストールマニューバと知るのは、模擬戦が終わった後のデータ説明の場だ。

 

「これもダメか!?」

 

ビームライフルを避けたメビウスはキラの背後へと飛び去る。すぐに振り返ったが、そこにはメビウスの姿はなく、瓦礫とゴミの暗礁宙域が広がっていた。

 

しまったーー見失ったか!

 

「今のはヒヤリとしたよ、キラ!」

 

そして、瓦礫を縫ってキラの背後から姿をあらわすメビウス。狙いはエールストライカーのエンジン。

 

足を奪えばどうにでもなるとラリーは操縦桿を握ったが、突如として名状しがたい違和感と悪寒を感じた。

 

パイロットの勘というものだろうが。こちらに背を向けているキラの姿が、やけに恐ろしいものに見えた。

 

すると、今まで反応できていなかったラリーの奇襲に、キラは驚くほど早く反応した。モニターでメビウスを捉える瞳はわずかに光を失っている状態で。

 

「背後!」

 

「とったぁ!!」

 

ここまできたらお互いに引けない。ラリーはスロットルを全開にして超至近距離からエールストライカーに狙いを定める。

 

対するキラは、ビームライフルを捨てて、模擬戦用に設定されたビームサーベルを引き抜き、使ってくるメビウスに突貫する。

 

「でやああああ!!」

 

ラリーとキラが交差する。ポインターと化した極低出力のビームサーベルが煌めき、メビウスの背部スラスターの推力が光の尾となって線を描く。

 

《ストライク、ストライカーパック大破、エネルギー臨界点!メビウス、エンジン部破損、航行不能!よってこの勝負、引き分け!》

 

しばらくの沈黙の後、データを取っていたムウが大声で模擬戦の終わりを告げた。

 

キラが放ったビームサーベルはメビウスのコクピットとエンジンを結ぶ稼働ユニットを見事に切り裂き、対するラリーはエールストライカーのエンジンにきっちり2発弾丸をぶち込んだ上に、バッテリーユニットも破壊して見せたのだ。

 

「はぁ…はぁ…はぁーー…っ」

 

キラはバイザーを上げて流れる汗を外に追い出して新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。すると、横にはさっきまで雌雄を決しようとしていたラリーがゆっくりと近づいてきた。

 

「流石だな、キラ。驚くほど成長するんだな、お前は」

 

少し悔しいよと笑うラリーに、キラは自分のやったことを信じられずにいた。どうやって、背後から迫るラリーのメビウスを察知した上に、迎え撃つことができたのか。

 

自分の中で何かが弾ける感覚。

 

そのイメージに対して、キラはまだ明確な答えを出すことはできなかった。

 

 

 

 

 

結果として引き分けになった模擬戦。

 

帰れば文句を言われるかと思っていたが、凄まじいデータに全員が歓声を上げており、コクピットから降りたキラとラリーは乗組員に揉みくちゃにされながら祝福されることになる。

 

賭けで生じた配当金は、そのまま宴会費にあてられ、各乗組員との交流に大きな貢献を果たした。

 

また、それで得られたデータはすぐに本部へと送られ、モビルアーマー対モビルスーツな戦略に多大な影響を及ぼすかと思われたが、モビルアーマーのパイロットが異常すぎるということで、地球軍の正規データとして扱われることはなかった。

 

だが、名だたる地球軍のエースパイロットたちに大きな影響を与えることになったのは言うまでもない事だろう。

 

またこれを見た某名盟主は、外科的措置やマインドコントロール、特殊な薬品投与でのパイロット強制強化プランを取り止め、代わりに高負荷下での操縦スキルの育成と、それを間近で見たパイロットを教官とする計画をスタートさせたのであったーー。

 

ちなみに初めてそれを見た盟主の部屋からは半日ほど笑い声が聞こえたらしい。

 

 

 

 

 




というわけで番外編でした。

低軌道での戦闘や地上に降りたところの段階で、キラの反応速度のベースはラリーのメビウス機動準拠となっております。

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