魔法殺しの物語、その断片   作:いくらう

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暗き地平、焚火

 

「グリンザール、グリンザール、飯はまだかよ」夜を迎えた不毛の荒野、<永延の黄昏>の片隅にて、隻眼詩人は気だるげに謡い東方弦楽器ナーバルドをかき鳴らした。「俺はこのままだと背骨が腹に浮き出ちまうぜ」

 

「そうなる前にリェントゥ鷲がお前の皮を捌き、失われしオゼ・ブギドル渦巻図の如くにその腸を引きずり出すだろうな、ゼウドよ」煮立つ鍋の前に座り込み、揺らめく焚火の熱にも動じず隻腕剣士は唸った。「俺はお前の内臓に舌鼓を打つリェントゥ鷲を引き裂いて、焼いて口にするのもいいかもしれん」「珍味か、それ?」パチパチと拍手を送る焚火の音に満足したのか、ゼウドは演奏を終えて興味深そうなふりをする。

 

「世に出回る物では無いな」焚火を枝でつついて形を整えながらグリンザールが云う。「リェントゥ鷲はそもそも不吉な鳥だ。それを喰らえば<翼広げしヴェトグ>の視界に収まる。一週間の懺悔の時を経て、かの神の鉤爪に引き裂かれる定めを受けるのだ」「ヒヒヒ、お前自殺でもすんのかよ」興味ありそうに笑いながら、ゼウドは空の星座をなぞる。

 

「そこで、これだ」グリンザールは不吉なる背負い籠から頭部に蛇の抜け殻の頭を縫い付けられ、足を削がれた蜥蜴の死骸を取り出した。「隠匿と略奪を司る、<ワロギス>神の力を借りる。これを夕暮れ時に煎じて飲む事で、<ヴェトグ>の眼を逃れるのだ」「ふむ、なるほど。そいつはやはり星座と関係があるのかい?」「そうだ」

 

 グリンザールは一度顔を上げ、空の星座を線を描くが如く指差す。「あれを見ろ。竜たてがみの星座がうねっているだろう。<ワロギス>神は元来竜の爪弾き者とされていた。故に、このような星辰の元では用いる事はできん」「ほうほう、それで?」「リェントゥ鷲を食らうべき時は、常に配慮する必要があるという事だ。<ヴェトグ>の訪れが朝となれば、さしもの<ワロギス>神も――――」「おいグリンジ! ありゃあなんだ!?」

 

 ゼウドが指差す先にグリンザールは反射的に振り向いた。地平線の向こう、空との境すら定かでない暗闇に、ぽつぽつと浮かび上がる灯が見える。「兵士の隊列か何かか? 物騒なもんだな」「<炎の瞳>やも知れん」「<炎の瞳>ィ?」ゼウドはグリンザールの妄言に眉を顰めながらに首を傾げる。

 

「おいおいグリンジ、瞳が燃えてでもいるのかよそいつらは! 日も見上げちゃいないのに?」「然りだ。<炎の瞳>は嘗て神の餌として生み出されし部族。夜の闇にはその両目に火を宿し、神を呼ぶ徴となると云う」バカにした様に宣うゼウドに、グリンザールは至極真顔で答えた。「すでに多くが餌とされ、地上からその姿は消えたというがな」

 

「知らねぇ」ゼウドは気だるげに言って、敷かれたロードトック式外套を背に寝ころんだ。「俺からすりゃあ、昔喰ったフトート鮭の魚卵を思い出すがね」「魚卵だと?」「ああ」

 

 ゼウドは忙しなく跳ね起きて、グリンザールに挑発的な笑みを見せた。「鮭の腹を絞ってひねり出した卵を豆を発酵させて作ったソースに付けて食うんだ。卵自体が赤くて、まるで宝石みてえでよ……ガキの頃初めて見たときは、本当に食っていいのか不安になったもんだぜ」彼は指にはめた赤い火石の指輪を撫でながら懐かしそうに呟く。一方で、グリンザールは得心が行ったように頷いた。

 

「それは極北東の<ルメリア>や『北の果つるところ』<イスギール>に伝わる<ロソ・ウォヴァ>だな」「あン?」「古来より魚卵は簡易な儀式の材としてこれらの域で用いられてきた。その赤さを火、あるいは心臓になぞらえてな」グリンザールは語り始めた。

 

「そもそもとして、赤い卵を産む鮭は体内に火を持っているのだと信じられた。熊が好んで繁殖期の鮭を食らうのも、冬を乗り切るために火を己が内に溜め込むためなのだとな」「そうかよ」ゼウドは煩わし気に、地平線を横切る灯の列に視線を向けながらに云った。グリンザールはそれにも気付かず、語る事を止めようとはしない。

 

「故に、北部では火の代用としてそれを用いる。ある意味では、子となるべく生み出されたものであるが故に呪詛の式には組み込みやすかったのだろう。<ボフォロ>と同一視される火の神、<ヴォローニッカ>も、数珠繋ぎにした魚卵を首に掛けていたと伝承にはあるしな」「それよりお前、鍋はいいのかよ」ぼそりと呟いたゼウドの言に、グリンザールは語り止めそっと鍋の蓋を開き、中身を確認した。

 

「もう煮詰め過ぎてんじゃあねえか? どうすんだよ」責めるように詩人が睨んだ。対して、剣士はその不健康そうな顔を残念そうに歪めて、小さく溜息を吐いた。「まだまだだな」「はあ?」

 

「まだ火が通っていない。今喰えば<細けきヴァルス>の呪詛を受け、三日三晩腹を下す羽目になる」「ただの食中毒だろ、そいつは……」鋭く指摘したゼウドに、グリンザールは首を横に振る。「儀式には手順と言うものがある。料理も同じだ。待つべき時は、待たねばならん」「分かった分かった。俺はノートでも読んでるから、さっさと出来上がりにしてくれ」「仕方ないな」

 

 ゼウドがかがり火に背を向けて野帳を照らそうとする傍らで、グリンザールは<ヴィゼンガー牛の油肝>の絞り粕を焚火に向けて放り入れる。すると、焚火は突如として大火の様に燃え上がり、二人の纏っていた外套の端を嫌な音を立てて焼くのだった。

 

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