魔法殺しの物語、その断片   作:いくらう

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ただひとり

 

 

「……ったく。こんな面倒事になるんだったらよぉ。せめて馬に乗ってくるべきだったよなグリンザール。なぁ?」隻眼詩人たるゼウドは血の海と化した礼拝堂の中心を仰々しく手を広げて横切りながら、祭壇に腰かけ古ぼけた本を検める隻腕剣士、グリンザールへと向け溜息を吐いた。

 

 彼らが辿り着きたるこの場所は、ロヅメイグの東方、ンザ山脈のふもとに位置する小さな盆地だ。陽も届きにくく交通の便も悪い。世捨て人が身を隠すには正しく絶好の土地と言えるだろう。当然、二人がここに至るまでの苦労は筆舌に尽くしがたい。ゆえに、ゼウドは仕事を終えたにも関わらず不満げで、不機嫌で、饒舌であった。

 

「俺とて、こんな掘り出し物は想定外だ」膝を立てて座り、その上に本を乗せて開いたグリンザールはゼウドに視線を向ける事すらなく云った。「このような僻地にどのような信仰が根付いているのかには興味があったが、よもやこれほどの異端が潜んでいるとは」「異端なぁ」ゼウドは黒ずんだ血だまりの上で洒脱なステップを踏み、喉を貫かれ血に沈んだ死体を跨いで避けた。「まぁ、こんな人も居ねえところで盗賊やってんのは、確かにイカれてると思うぜ」

 

 云って、ゼウドは礼拝堂の壁に飾られた巨大なステンドグラスだったものへと目をやる。「戸締りどころか、風穴開いた家をありがたがるような連中だ。きっと、質素倹約にイカれてたってとこだろ。ロヅメイグの貴族連中にも見習わせたいところだ!」彼の視線の先にあるステンドグラスには巨大な穴が開き、黎明の少し明るい空がこちらを覗き込んでいる。そこから吹き込んだ冷たい風に、ゼウドはロードトック式外套を掴んで自身の体を隙間なく包んだ。

 

「そうでもない」そんな詩人の様子を気にすることも無く、書に目を落としたまま剣士は応えた。「こいつらは……<金環>の者達はその名が示す通り、一種の黄金を信仰している」そこで一旦言葉を切って、グリンザールは器用に本の頁をめくる。「おそらくこの礼拝堂のどこかに、金貨を隠しているはずだ」「マジか、それ?」「おそらくな」「ウォーホー! マジか! やっぱ馬が必要だったな!」

 

 はしゃぐゼウドに、グリンザールはうっとおしそうに目を細めた。しかしすぐに手元の書に視線を戻し、難しい顔で記された一節をなぞりながらに云った。「ゼウドよ」「んだよ?」「金貨を持ち出そうとするのは構わんが、だがしかし、持ち出すべきは一枚だけだ」「はぁ?」ゼウドはグリンザールの言を聞いて、呆れ果てたように眉間に皺を寄せた。そして、憤慨したように両手を広げた。

 

「おいおいおいおいグリンザール! 俺はお前のいかれっぷりについては重々承知しているつもりだったが、一周まわって清貧でも志し始めたか? そいつぁ驚きのあまり、金貨に描かれた麗人の横顔も振り向くだろうぜ!」「<ニル・ザヌの夫人>の逸話か? まさかお前からそういう話が出るとは……」「そういう話をしてるんじゃあねえンだよ」不敵な笑みを浮かべて大仰に言い放ったゼウドはしかし、グリンザールの言に即座に機嫌を損ねて極めて冷淡に言い捨てた。

 

「あのなグリンジ。お前、ここまで来るのに何日かかって、何枚銀貨を使ったと思ってやがる? せめて明確なあがりが無けりゃあ、俺は納得できねえぞ」「金になりそうな儀式の材なら、探せばそれなりにあるはずだ。それに」グリンザールは右手の人差し指で、開かれた本をとんとんとつついた。「これだけでもエニアリスが喜んで金貨を十枚出すだろう」「あの業突く張りが?」云って、ゼウドは即座にエニアリスとの商談を頭の中で十度ほど繰り返し、その全てで自らが損をする未来を見出した。

 

「そんないくらの金貨になるかわからねえガラクタ背負って帰れって? それこそ、いくらかの金貨を懐に納めた方が都合いいだろ」肩を竦めて、ゼウドは周囲に向けてその隻眼を光らせた。だが視界に写るのは血と臓物、そして斬られ、あるいは射抜かれた遺体ばかり。「ちと勢いに任せ過ぎたか」夜更けを狙ったグリンザールとゼウドの奇襲は、ここが人気のない僻地であるが故にか、ここまでの道程の苦しさ故か苛烈という他ないものだった。

 

「なぁおいグリンジ! お前も手伝えよ、金貨探し! お前の言うガラクタがどんだけのモンだかわからねえが、せめて帰るのに使う金くらいどうにかしねえとだろうが!」「……一枚だけだぞ」グリンザールは面倒そうにしながらも本を閉じ、それを懐にしまい込んだ。「わかったわかった」ゼウドは自身が何枚の金貨を持ち帰る事が出来るか、それを思案しながらに答えた。

 

 その時、白み始めていた空が明確に明るくなり始めた。盆地であるが故に、ある程度陽が登るまで朝を実感することが出来なかったのだろう。ステンドグラスに空いた大穴から射し込んだ陽が、惨劇の現場と化した礼拝堂と、血にまみれた剣士と詩人を照らし出した。「やはりか」グリンザールは祭壇から飛び降りて、着地と共に血だまりを跳ねさせる。そして顎でゆっくりと位置を変えて輝く日溜りを指し示して見せた。

 

「『天に神は数あれど、昼に座するはただ独り』」云ってグリンザールは振り向き、差し込む太陽の輝きに目を細めた。「ゼウド。陽が照らす場所のどこかに金貨が隠されているはずだ」「へえ、分かりやすいな」「こいつらが信仰する<金環>とはすなわち太陽のことだ。故にそれに似た金貨を、神の偶像として崇拝している」「へえ、そうなのかよ」ゼウドは興味なく相槌を打ったが、グリンザールはそれに気づきながらも、話を続けた。

 

「<金環>の神は<白き環>の光臨の神、<ゴーバルズ>とは違う。恐るべき神であり、真に強き神だ。夜の空には数多の神が相食み合うが、昼の空にはあれ以外の存在を許さない。ただ独り天にあるもの、君臨の神と言える」「へえ、そいつは強そうだ」「ああ」グリンザールはゼウドの相槌に深々と頷いた。「間違いなく、俺の知る神の中でも三指には入る」

 

「そんな強いもんを信じる奴らがこんな辺鄙なところになあ」ゼウドは陽の照らした壁を細かに検めながら、うわの空で会話に応える。「<白き環>の連中はロヅメイグでも幅を利かせてやがったろうに」「神の力の強さはそれを信じる者の強さを意味しない」グリンザールは冷淡に云った。「もし神の強さだけ、その信徒に力があるのなら……世は疾うに終わっている」

 

「ハ、そいつァ恐ろしい」ゼウドは吹き込んだ風にぶるりと身を震わせた。「猶更こんなところからはさっさとおさらばしたくなったぜ」「それは俺も同感だ」グリンザールは祭壇に飾られた品からいくつかを見繕って外套にしまい込む。「<金環>の神は『照らすもの』だ。陽が高くなる前にはここを発つべきだろう」「その辺は一致だな……っと」ゼウドは朝日が照らす壁の継ぎ目に、僅かに指のかかるへこみを見出し笑みを浮かべた。

 

「ホーホーホー! ようやくお出ましか、金色の君!」歓喜と共にゼウドは力を込めて、壁を強く引っぺがした。「ああ、尊き輝くものよ! 我が前にその美貌表し、俺の宿か或いは食事、そしてスタウトとなり給え!」表面に張り付いていた薄い煉瓦が崩れ砕けると、ゼウドの顔の付近まで埃が舞い上がった。詩人は外套によってそれを防ぐと、埃の向こうにきらきらと輝くものを見出してその隻眼を輝かせる。

 

「さてさて、どんな奴がお出ましだ? 五八七年ゴール金貨か? まさか三三三年エッソ古金貨? もしや四九四年旧マーケル金貨か!? ああ、歓喜を齎す福音よ! さあさ、今こそ白日の下に…………ん?」意気揚々と獰猛な笑みを浮かべていたゼウドは何かに気づき、次いで手を伸ばして、埃に紛れそうになった一つの輝きを手に取った。「…………これだけかよ?」そして困惑し、落胆した。

 

「やはり、一枚だけか」その様子を見て、儀式材の選別を終えたグリンザールが独り言ちた。「彼らにとっての金貨は、陽の沈む夜に拝する為の偶像でしかない。当然、それはひとつところにただ一つのみが配されるのが道理。何せ彼らの奉ずるのは、天にただ一つ輝くものなのだからな」「しけた奴らだな、クソッ!」ゼウドは床に転がった壁材の欠片を踏み砕いた。「出るぞゼウド。陽に雲がかかる。今の内だ」「はいはい。俺ももうここに用はねえよ」

 

 云って、ゼウドは手にした金貨をその眼帯の隙間へと差し入れた。そして不満げに、血だまりを蹴り飛ばしながらに肩を揺らして去ってゆく。その背中に何とも言えぬ視線を送ってグリンザールもまた歩き出し――――差し込む日差しの中を横切ろうとした瞬間、彼は己が得物、ラーグニタッド刀の無慈悲なる曲線を日差しの中に振るい、閃かせた。

 

「……………………」朝の射すような空気と、それを払うような日の温もりの中にあって、抜刀したグリンザールはその静寂と同化したかのように、不動の残心を数秒続けた。しばらくして、空に流れた雲が陽を遮り、射し込む光が影となるまでは。

 

「おいグリンザール、とっとと行こうぜ! 『我らの足が速くとも、夜の訪れはなお早く! ゆえに』――――」「……『旅は感謝である。遍く一つに綻び在らば、我らの旅は容易く止まる』……<渡りのシド・エド>の言葉だったか」「ああ、わかったならさっさとしやがれよ! 置いてっちまうぜ!」「ああ、今行く」ゼウドの叱咤に返答を返すとグリンザールは剣を佩き、再び、陽に背を向けて歩き出す。

 

 その時、祭壇にて何か、倒れるような物音が疑う余地なくハッキリと発せられたが、グリンザールが振り向くことは、終ぞ無かった。

 

 

 

 

【ただひとり】 了

 

 

 

 

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