魔法殺しの物語、その断片   作:いくらう

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寂しい何か:1

「ねぇ、ゼウド君? 私、貴方に聞きたいことがあるのだけれど」

「あン?」

「貴方、ナーバルド以外の楽器は嗜んではいないのかしら?」

 

 崩れた廃墟から差し込む陽光に眼を細めていたエニアリスは、椅子にもたれてピアノに足を掛けた詩人に問いかけた。「何だよ突然? 暇なのは分かるが、実に突然だな」ゼウドは普段の彼とはかけ離れた、少し呆れたような口調で返した。「ええ、暇だから。少し気になったのよ」

 

「かー」ゼウドは悪態をつき天井を仰いだ。「このピアノでも演奏しろってか? 如何な達人と言えど、壊れた楽器に歌わせるのは骨が折れるだろうぜ」「そういう話じゃないわ。あまり邪推するのはやめて」エニアリスは形の良い眉を僅かに潜めて、少し機嫌を損ねたようだった。

 

「……確かに、俺は他の楽器の心得も一応ある」ゼウドはぶっきらぼうに応じた。「やっぱり?」エニアリスは少し微笑んで応じた。「『若いころ』に学んだのかしら?」

 

「お前はなあ、もう少し言葉を選んだ方がいいんじゃねぇのか? せめて<棘>の無い言い回しを考えろって」くるり、とピアノに掛けた足を降ろし、ゼウドはエニアリスに向き直る。「ガーナルーシャンの血が泣いてるぜ?」

 

 その<棘>のある物言いに、しかしエニアリスはさほど機嫌を悪くしなかったようだと、ゼウドには思えた。

 

「気に障ったなら謝るわ。ただちょっと、気になっただけなのよ」そう言いながら、エニアリスはちっとも申し訳なさそうでは無かった。「で。それが何だってんだよ」その様こそが僅かばかりに気に障り、ゼウドはますます投げやりに応じた。「俺に、ナーバルド以外の演奏でもさせようって話かい?」

 

「そうなのよねぇ」エニアリスは頬に手をやり、僅かに首を傾げて云った。「実は月の終わりに、舞踏会があってね。腕のいい楽師を探しているのよ」意図は明白だったが、ゼウドは即座に答えを返そうとはしなかった。貴族のしがらみからは久しく離れた自身が、楽師としてとはいえ、そういった場に戻ることを無意識に忌避したのか。あるいは単に、また彼女に使われることを苦く感じたからだろうか。

 

「当然、礼はするわ。夜を共にする以外でね」エニアリスは、彼女としては珍しくどこかおどけたかのように云った。「悪く無い話だと思うけれど、どうかしら?」

 

「ふーむ、そいつは難儀なことで」ゼウドは右手で顎を擦って唸った。「とりあえず、あれだ。ぶっちゃけいくら出す?」そうゼウドは切り出した。そも彼はエニアリスに大きな借りがあるのだが、そちらに『礼』を回そうなどとは露程も考えなかった。

 

「そうね、貴方の評判次第にはなるのだけれど……最低でも三八一年のゴール金貨。あれを十五枚出すわ」エニアリスはまるで思案したかのように云った。「ウフハハハハ! そりゃあいい! そんな旨い話、是非もないじゃねえか!」ゼウドもまた、まるで気を良くしたかのように笑って云った。「まったく持って、持つべきものは『良きご加護と良い雇い主』! 此度の俺は、随分とそれに恵まれてるようだ! ハハハハハ!」立ち上がったゼウドは祈るかのように一度手を組み、それから大仰に腕を広げてその場で回った。

 

「ゼウド君」エニアリスはそれを見て、つまらなそうに云った。「貴方のお芝居の腕には期待してないわ。程々にしてちょうだい」ゼウドは身振りをやめ、エニアリスを見返した。「俺もアンタのお芝居には期待してねえよ。ってわけで、なんだ? それ、本当に真っ当な演奏会か? まずはそこから聞かせろよ、エニアリス」そうゼウドが問いかけるとエニアリスは一度小さくふふ、と笑い、ますますその笑みを深くした。

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