アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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プロデューサー
兼、ラブライバー
兼、決闘者
兼、狩人
あと時々二次創作作家モドキ

うん、副業は少ないな()


Lesson101 少女はその高さを知っていた 2

 

 

 

 というわけで翠屋に到着である。店の駐車場に車を停め、りんと二人で店内に入る。

 

「こんちわー」

 

「こんにちわー!」

 

 休日のお昼時ということで中々の賑わいを見せていたが、飲食店にしては少々客が少なめである。というのも、そもそも翠屋は喫茶店であってデザート以外は軽食が基本なので昼食時に利用する人は少なく、翠屋が最も混むのは昼下がりである。

 

 相変わらずの美少女オーラをまとったままのりんが入店したものの、店内にいた殆どのお客さんはチラリとこちらを見ただけですぐに視線を戻してしまった。

 

 翠屋の噂を聞いて遠路はるばるやって来たお客さんもいるものの、翠屋の多くはリピーターであり常連。美人パティシエの桃子さんを筆頭に美由希ちゃんやフィアッセさん、月村などが従業員として働き、変装をしたままとはいえ人気アイドルも頻繁に訪れるこの店の常連が、今更美少女一人やってきたところで大きなリアクションを取るはずがないのだ。ここの常連は舌だけでなく目までも肥えてらっしゃる……。

 

 ちなみに俺の場合は変装状態ゆえに知らない人からすればただの男性客であり、昔馴染みの常連さんは俺のことも当然知っているのでどっちにしても騒がれることはない。少し寂しい気がしないでもないが、まぁ第三の実家のようなこの店ぐらいは俺もゆっくりしたい。

 

「いらっしゃい。良太郎君、りんちゃん」

 

「どうもです、士郎さん」

 

「お久しぶりでーす!」

 

 カウンターでコーヒーを淹れていた士郎さんに挨拶をしながら、目の前のカウンターに二人並んで座る。この春に恭也や月村と知り合って以来何度も足を運んでいたらしく、今ではすっかりりんも士郎さんに名前を憶えられた常連である。

 

「恭也と月村は今日シフトでしたよね?」

 

 店内を軽く見回し、不愛想な店員と藍色の髪の美人店員がいないことを確認してから尋ねてみる。

 

「二人とも少し早い昼休憩に入ってもらったよ。もうそろそろ戻ってくるさ」

 

「そうですか」

 

 とりあえず注文もせずに話を続けるのもあれなので、とりあえずりんと二人でクラブハウスサンドのランチセットを注文する。

 

「最近仕事の調子はどうだい?」

 

 トーストで食パンを焼きながら士郎さんがそんなことを尋ねてくる。

 

「もちろん絶好調ですよ」

 

 むしろ周藤良太郎に絶好調以外の時は存在しないぐらいだが、士郎さんは毎回こうして様子を聞いてくれる。基本的に家にいない我が家の父親に比べるとよっぽど父親らしいことをしてくれているような気がする。

 

「逆にお尋ねしたいんですけど、冬馬の奴はどうなってます?」

 

「おや? 翠屋の調子は聞いてくれないのかい?」

 

「翠屋が不景気になることは絶対にないでしょうから聞く必要はないですよ」

 

 割とマジで。万が一、億が一、よしんばそのような状況になったとしたら自分の憩いの場が減ること覚悟の上で『周藤良太郎一押し』と大々的に発表してでも何とかする所存である。

 

 そうだねぇ、とレタスの葉を千切りながら士郎さんは言葉を選ぶ。

 

「元々アイドルとして鍛えていたっていうのもあるんだろうけど、基礎はだいぶ出来上がったよ。この調子ならすぐにでも良太郎君に追いつくんじゃないかな」

 

「マジっすか」

 

 そいつぁーやべぇ。一緒にレッスンしてへばる冬馬を笑えなくなっちまうな。

 

 ただまぁ、身体能力はともかく『アイドル』としてはまだまだ譲ってやるつもりはないが。

 

「それよりいいのかい?」

 

「え?」

 

 一体何のことだろうと思い、苦笑する士郎さんの視線を辿る。

 

「むー」

 

 そこには、俺の隣に座りジト目で唸るりんの姿があった。

 

「りょーくんが士郎さんと家族ぐるみで仲がいいってことは知ってるけど……デート中なんだからこっち構ってほしいなー」

 

 あ、やっべ。

 

 そんなつもりではなかったんだけどゴメンと謝ると、りんは「もう……」と呆れた様子でため息を吐いた。

 

「なんていうかりょーくんって、悪い意味で女の子慣れしすぎなんだよねぇ」

 

「え? どゆこと?」

 

 普通こういう場合は女の子慣れしてないって言うんじゃないの?

 

「自分で気づくこと!」

 

 俺の鼻先にピッと人差し指を立ててから、化粧室に行ってくるとりんは席を離れてしまった。怒っている様子ではなかったが、ほんの少しご機嫌斜めにはなってしまった感じである。

 

「……というわけで、あの桃子さんの心を射止めたナイスミドルな士郎さんに是非女心をご教授願いたいのですが」

 

「自分で気づくことって言われたばかりじゃないか」

 

「たぶん自力で気づくことが出来るようならこれまでも苦労したことないと個人的に思うんです」

 

 反省がないとか向上心がないとか言われそうだけど、無理なものは無理である。

 

「せめてヒントだけでも」

 

「そうだねぇ……今日は良太郎君、りんちゃんとデートなんだろ?」

 

「それはまぁ」

 

 二人でお出かけしてるだけとは流石に言わないぞ。

 

「そこだよ」

 

 焼きあがったトーストにバターを塗りこむ手を止め、バターナイフと片手にビシッと士郎さんに指さされた。バターナイフの刃先はこちらに向いていなかったが、士郎さんならこれ一本で五十人ぐらいだったら何秒で制圧できるんだろうなぁとかどうでもいいことを考えてしまった。

 

「口でデートと言って頭でもデートと認識してても、そのデートの敷居が良太郎君は低すぎるんじゃないかな」

 

 俺から言えるのはこれぐらいだな、と言いながら士郎さんは出来上がったクラブハウスサンド二皿を俺と横の席にセットのサラダと共に置いた。

 

「あとは同年代の女の子に聞いてみるといいよ」

 

 同年代? と思って首を傾げる前にその声は聞こえてきた。

 

「良太郎、久しぶりだな」

 

「久しぶりー! 周藤君!」

 

「おぉ。恭也と月村、お帰りー」

 

 士郎さんの後ろから現れたのは、つい最近ドイツから帰ってきた恭也と月村だった。

 

 「それじゃあ後は任せるよ。良太郎君、ゆっくりしていってくれ」と言い残し、士郎さんは裏へと入っていってしまった。

 

「どうだった、婚前旅行は」

 

「だから婚前旅行(それ)言ってるのお前だけだからな」

 

「楽しかったわよー。久しぶりに会った両親に恭也も紹介できたし」

 

 やっぱり婚前旅行じゃないか。というか結婚前のご挨拶じゃないか(憤怒)

 

「あ、向こうのお土産はまた今度渡すわね?」

 

「ドイツといえば地ビールか。楽しみだ」

 

「そっちは事務所の幸太郎さんたちに直接送ったからお前の手元に届くことはないぞ」

 

 なんということだ。

 

「それはそれとして、俺もお前たちに土産があるんだった」

 

「そういえば福井に行ったんだっけ? 何買ってきてくれたの?」

 

 持って来ていた紙袋からそれを取り出して恭也と月村に渡す。

 

「銘菓『東京バナナ』だ」

 

「お前が行ったという場所の名前をもう一度言ってみろ」

 

 申し訳ないことに『お土産を買う』ということが頭からすっかりと抜け落ちてしまっていたので、急遽こちらに帰って来てから買ったお土産である。

 

「せめて福井で買ってきたと取り繕う努力をして欲しかったわ……」

 

「ところで、同年代の女子の月村に聞きたいことがあるんだけど」

 

 先ほどのりんとのやり取り及び士郎さんに言われたことを話す。

 

「というわけで、月村さん教えてください」

 

「……躊躇いも無く聞けるところが私すごいと思うわ」

 

「聞かぬは一生の恥かと思って」

 

「え、周藤君に恥ずかしいとかそういうのあったの?」

 

「恥ずかしい奴という点では既に一生ものの恥じゃないか」

 

「ヤダここの店員さん客に対してすげぇ辛辣」

 

 そうねぇ、と月村は言葉を選んでいる様子だった。

 

「周藤君には、ドキドキしたりとか少し緊張しちゃったりとか、そういうのが足りないってことじゃないかな」

 

「……というと?」

 

「デートは嫌いな人とはしないでしょ? 多少なりとも好意を持ってる人と一緒とのお出かけってのは、それだけで特別なものなの。周藤君にはその特別感がちょっと足りてないのよ」

 

「特別感とな……」

 

「もしくはプレミアム感」

 

「どうしてそこで武蔵(むさし)小杉(こすぎ)後輩が出てきたのかは知らないが」

 

 何故かいつも体操服を着用していた小動物感略して小物感溢れる後輩の姿を思い出しつつ、月村が言わんとしていたことを理解しようとする。

 

 俺とてりんとのデートが特別じゃないとは思っていない。しかし、そうだな……よく物語の中であるような『デートで緊張してドキドキ』みたいな感覚は薄れているような気がする。

 

「きっと周りに女の子の方が多い職場で仕事し続けた結果なんだろうね」

 

(……ほんとにそうなのかな)

 

「りょーくんお待たせ。意外に化粧室に人が多くて……って、忍に恭也君! 久しぶりー!」

 

 何かが引っかかるような気がしたが、りんが戻って来たので意識をこちらに切り替える。またりんがいるのに別のことを考えてるとか言われて怒られそうだし。

 

 しかしふと尋ねるつもりだったことを思い出し、りんが月村と話している間にコッソリと恭也に話しかける。

 

「なぁ恭也、一つ聞きたいことがあるんだが」

 

「なんだ?」

 

「……北沢志保って女の子に覚えあるか?」

 

 本文の八割ほどを使ってようやくたどり着いた本題である。

 

 恭也は顎に手を当て、瞑目して考え込む。

 

「……いや……無いと思うが……」

 

「が?」

 

「聞き覚えがあるような無いような……」

 

 おいおい、恭也までそういう反応なのかよ。というか、俺はその顔にしか見覚えがなかったにも関わらず恭也は名前の時点で反応するのか。ということはやはり恭也関係か。

 

「写真とか無いか?」

 

「実はあるんだなこれが」

 

 以前母さんに尋ねた時に写真の有無を問われたので今回はしっかりと用意してある。ちなみに盗撮したとかそういうわけではなく、全員で記念に撮った集合写真だ。

 

「ほら、このちょっと硬い表情の黒髪の子」

 

 スマフォからその写真を引っ張り出してきて見せると「ん?」と恭也が反応した。

 

「……あぁ、この子か」

 

「やっぱり知り合いか?」

 

「確か弟がいるだろ?」

 

「……確か、いるって話を聞いた」

 

 合宿中に度々何処か電話をかけている姿を見掛け、会話の内容から弟さんがいるらしい。

 

 俺がそう答えると、恭也が納得した反応を見せた。やはり恭也の知り合いで……はて? それだと何故俺は名前を知らなかった?

 

 首を傾げていると、恭也の口から聞き逃せない重要なキーワードが零れた。

 

 

 

「お前もあの時その場にいたはずだが……いや、この子が来た時には既に『お前たち』は立ち去っていたな」

 

 

 

 ……は?

 

「それに『あの時』はそれどころの話でも無かったしな」

 

「ちょい待ち」

 

 よく意味が分からない。恭也が志保ちゃんと会った場面に俺もいた? いや、正確にはすぐに立ち去った? あの時ってどの時?

 

 

 

「去年の冬、お前に忍へのクリスマスプレゼントを選ぶ手伝いを頼んだ時だ」

 

 

 

「あ」

 

 その恭也の言葉に、俺は理解した。

 

 俺が志保ちゃんの顔に見覚えがあったのは、志保ちゃんの『母親と弟』を見たことがあったからだ。

 

 俺だけ名前を知らなかったのは、彼女が名乗った時に居合わせていなかったからだ。

 

 そして『高町恭也』を名乗った俺を睨んでいたのは……俺が『弟の命の恩人である高町恭也』の名前を騙ったからだ。

 

 

 

 彼女は、去年の冬に恭也が助けた少年の姉だったのだ。

 

 

 




・翠屋のお昼事情
原作がどんな感じかは知らないけど、ここではこう設定。あまりガッツリものを食べるところというイメージが湧かない。

・銘菓『東京バナナ』
どうでもいいけど東京駅のお土産なら『おいもさんのお店 らぽっぽ』が超おすすめ。

・武蔵小杉後輩
自信満々で小物臭がするところが輿水幸子と似てる。……似てない?

・去年の冬に恭也が助けた少年の姉
ほぼほぼ一年かかった伏線回収ー! 長い(確信)



 というわけで、志保ちゃんが恭也を知っていた理由でしたー!

 ……で?(迫真)っていう。

 説明が足りていない部分は、ちゃんとこれから説明していきますので平にご容赦を。

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