アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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センター試験で「やおい」が取り上げられたと聞いて(脈絡無し)


Lesson105 Bright or Dark 2

 

 

 

「……はぁ……」

 

 テレビ局の廊下を一人歩きながら、思わず溜息が漏れてしまう。いくら今がファンの前ではないとは言え、アイドルがこうもあからさまに溜息を吐くのはあまり宜しくないと理解しつつも、それでも抑えることは出来なかった。

 

 バックダンサー組の一人、矢吹可奈ちゃんと連絡が取れなくなってから、既に一週間が経とうとしていた。私だけでなく、他のバックダンサー組の子や、彼女たちのまとめ役的な位置にいた恵美ちゃんやまゆちゃんにも連絡は無い。

 

 「もしかして諦めてしまうのではないか」と漏らす奈緒ちゃんたちには「補習を受けてるのかも」と言ってみたが、私自身そんな甘い理由ではないのだろうということは薄々感じていた。

 

 思い出すのは先日のミニライブ終了後、帰り際の出来事。

 

 

 

 ――きょ、今日はすみませんでした!

 

 ――私、全然上手くできなくて、ステージ無茶苦茶にしちゃって……!

 

 ――つ、次は失敗しないように、みんなと一緒に……じゃなくて、私、頑張ります!

 

 

 

 そう言って足早に去っていってしまった可奈ちゃんの背中に、私は声をかけることが出来なかった。いや、かけるべき言葉が咄嗟に出てこなかった。

 

 あの時、何と言えば良かったのか。何といえば彼女を引き留めることが出来たのだろうか。

 

「はぁ……」

 

 再び漏れる溜息に視線も俯きがちになり――。

 

「ホントーだってー」

 

「嘘クセェなぁ……おっと」

 

「きゃ」

 

 ――廊下の曲がり角で、人とぶつかってしまった。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「って、なんだ、天海じゃねぇか」

 

 咄嗟に頭を下げると、聞こえてきたのは知り合いの声だった。

 

「あ、天ヶ瀬さん……それに、伊集院さんと御手洗君も……」

 

「チャオ、リボンちゃん」

 

「こんにちわー!」

 

 頭を上げると、そこにはジュピターの三人が立っていた。どうやら私がぶつかったのは天ヶ瀬さんだったようだ。

 

「ホント、お前いつもボンヤリしてんなぁ」

 

 呆れた様子の天ヶ瀬さん。私が初めてジュピターの三人と出会った時も天ヶ瀬さんと廊下でぶつかったので、多分その時のことを言っているのだろう。

 

「あ、あの! この間は、わざわざ合宿に来てくれてありがとうございます!」

 

 あの合宿の際に天ヶ瀬さんからアドバイスされたところは本当に有意義なものだった。当然合宿の終わりにもお礼は言ったが、この場で改めてお礼の言葉を述べる。

 

「ん? あぁ、別に大したことねーよ。俺はただ良太郎に引っ張られていっただけだし……その、アレだ、後輩たちの面倒見てもらってる礼だよ」

 

「全く、相変わらず冬馬は素直じゃないなぁ」

 

「ウッセ」

 

 既に何度も見たジュピターのやり取りだが、それでもクスリと笑ってしまった。

 

「あー……で、その後輩たちなんだが、最近調子どうだ?」

 

「え……?」

 

 その天ヶ瀬さんの問いかけに、脳裏に浮かぶ恵美ちゃんとまゆちゃんの姿。

 

 ミニライブ以来、ほんの僅かではあるが恵美ちゃんの調子が悪いような気がする。そしてそれ以上に、いつもと変わらない様子のまゆちゃんが逆に不安だった。

 

「……何かあったみてーだな」

 

 視線を逸らして口ごもった私を見て、天ヶ瀬さんはハァっと溜息を吐いた。

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

「別にお前が謝るよーなことじゃねーよ。いくらお前らのライブのことっつったって、面倒を見るっつって結局見に行けてねぇ俺らにだって責任はある」

 

「最近トンと忙しくなっちゃってねぇ」

 

「ホント、嬉しい悲鳴だよ」

 

 苦笑する伊集院さんと御手洗君の言葉の通り、最近の彼らの活躍は目まぐるしいものである。去年の暮れに961プロを抜けた際の低迷がまるで嘘のようで、既に961プロ時代を上回っていると言っても過言ではないだろう。

 

「基本的に口出しするつもりはねぇが、何かあったらちゃんと誰かに話せよ? オメェは見るからに一人で抱え込むタイプだからな」

 

「は、はい!」

 

 ビッと人差し指を鼻先に向けられ、私は慌てて背筋を伸ばした。

 

「おや、冬馬にしては結構気が利いた発言なんじゃないかな?」

 

「だからウッセェっつーの。っつーわけだから、何かあったら俺らにも言えよ?」

 

「わ、分かりました」

 

 じゃあな、と去っていく天ヶ瀬さんの背中を見送る。

 

 ところが「あ、そうだ」と天ヶ瀬さんは歩みを止めた。

 

「おめーらのアリーナライブが俺の後輩の初ステージなんだ。半端なステージにすんじゃねーぞ」

 

 ……えっと、それはつまり。

 

「今のとーま君のセリフを訳すと『アリーナライブ楽しみにしてる』だよ」

 

「本当に分かりやすいなぁ、冬馬は」

 

 ニヤリと笑いながら御手洗君と伊集院さんは天ヶ瀬さんを追いかけていってしまった。

 

「あ、あの! アリーナライブ、頑張ります!」

 

 三人の背中にそう声をかけると天ヶ瀬さんは振り返らずに、伊集院さんと御手洗君は振り返って、手を上げて返事をしてくれた。

 

 あのジュピターの三人に期待されていると思うと、より一層頑張ろうという気持ちが湧いてきた。

 

(……成功させなきゃ)

 

 テレビ局の廊下の片隅で、小さく握り拳を作って気合を入れるのだった。

 

 

 

 しかしそんな私の気合とは裏腹に。

 

 

 

 翌日、私は『その』メールを目にすることとなる。

 

 

 

 

 

 

 ――やっぱり私にはアイドルなんて向いていませんでした。

 

 ――だから諦めようと思います。

 

 

 

「これって……可奈ちゃんからのメールなの……?」

 

「は、はい……昨日メールが来まして……」

 

 それは翌日の全員での話し合いの最中に恵美ちゃんが私に差し出してきたスマートフォンに表示された、可奈ちゃんからのメール文だった。

 

「本当は、アタシが自分で何とかしようと思ったんですけど……どうしていいのか、分かんなくなっちゃって……」

 

「で、でも、何か印象が違う感じで……」

 

「あ、あの……」

 

 合宿中では一番大きな声を張り上げて頑張っていた彼女の姿からは到底想像することが出来ない暗い雰囲気のその文面に戸惑っていると、杏奈ちゃんがポケットから何かを取り出した。

 

「……スクールのロッカーに置いてあって……これも『もう要らないから』って……」

 

 杏奈ちゃんが差し出した両方の掌の上に置かれていたのは、可奈ちゃんのパンダのキーホルダーで……私が合宿中にサインをしてあげたものだった。

 

「要らないって……そ、そんな言い方あんまりだぞ……!」

 

 響のその言葉が少し遠くから聞こえるような気がするほど、私は思考の渦に呑み込まれていた。

 

 どうして、なぜ、なんで。

 

 私の頭の中にその答えがあるはずもないのに、私はその理由はただひたすら考えていた。

 

「天海さんっ!」

 

 そんな私を現実に引き戻したのは、志保ちゃんの声だった。

 

「もう迷うことないんじゃないですか? あの子を待つ必要は、無くなったんですから」

 

 元々今回の話し合いの目的は『ダンスのレベルを下げるか、否か』というものだった。正直なところ、バックダンサー組の子たちの実力の差にバラつきがあり、バランスが悪く見えるというのが現状だった。故に、演出を変更してダンスのレベルを下げるかどうかの是非を決めるつもりだった。

 

バックダンサー組の子たちの中には今のレベルのまま頑張りたいという子もいた。しかし、私はみんなで足並みを揃えたくて、演出を変更することを提案し……。

 

 志保ちゃんの口から発せられたその言葉は、練習に来なくなった可奈ちゃんを切り捨てるものだった。

 

「……ごめんっ! あの、少しだけ……もう少しだけ、考えさせてほしいの!」

 

「っ……!?」

 

 私のその言葉に、志保ちゃんはショックを受けた表情になった。

 

「もう少しって、いつまで待たされるんですか!? 結論なんてほぼ出てるじゃないですか! 少なくとも、勝手に諦めて辞めていった矢吹さんのことを気に掛ける理由はないはずです! もう時間が無いんです! 今進める人間だけでも進まないと、みんなダメになりますよ!?」

 

 『ダメになってしまう』

 

 その言葉に私の胸がズキリと痛む。

 

 それは、今年の新年ライブの合同練習が出来ずに焦っていた私の口から出たものと同じ言葉。

 

 

 

 ――このままだと私たちのライブ、ダメになっちゃいます。

 

 

 

 だから、今の志保ちゃんの心情が少しだけ理解できた。

 

 ……でも、それでも。

 

「結論を出すにしても……諦めた理由を、ちゃんと可奈ちゃんに確かめてからだよ」

 

 私には、その意見を肯定することは出来なかった。

 

「……話にならないです」

 

 怒気の籠った、震えるような志保ちゃんの声。

 

 

 

「なんで、アナタが――!」

 

「志保っ!!」

 

 

 

 その志保ちゃんの声を、恵美ちゃんの大声がかき消した。

 

「恵美ちゃん……」

 

 突然大声を出した恵美ちゃんに、隣に立つまゆちゃんが彼女の名前を呟く。その声は驚いているようで、心配しているようで……そのどちらも違っているような気がした。

 

「……今アンタ、何言おうとした? 志保の焦る気持ちも分かるけど、絶対に言っちゃいけないこと言おうとしたよね?」

 

「……アナタには関係無いです。黙ってて下さい」

 

「っ……! 志保――!!」

 

 

 

「ストップよ、二人とも」

 

 

 

「伊織……」

 

 ヒートアップした二人を止めたのは、伊織が発した制止の一言だった。

 

「志保、焦る気持ちも分かるけど少し言い過ぎよ。恵美も志保の言葉を止めてくれたことには感謝するけど、論点がズレた場所で言い争おうとしないで」

 

 伊織の言葉に、志保ちゃんと恵美ちゃんは気まずそうに視線を下に落とす。

 

「それから、春香もよ。そろそろリーダーとして、みんなを纏めていく覚悟を決めて。……時間が無いのは、本当なのよ」

 

「……うん」

 

 私のその返答の言葉は、自分でも驚くぐらい薄く小さなものだった。

 

 

 

 

 

 

 午後から仕事がある765プロの皆さんが現場へ向かい、その日のレッスンは終了となった。

 

 朝から降り続けていた雨は夕方になっても弱まる気配は見せず、ザァザァと降り注ぐ雨の中、アタシとまゆ……そして志保は傘を差しながら同じ方向に向かって歩いていた。

 

 別に好き好んでこの組み合わせになったわけではない。ただ単に、この三人の帰宅ルートが同じだったというだけである。

 

「「「………………」」」

 

 当然、会話なんて無い。いつも通りまゆと二人の帰り道だったら色んなことを話しているのだが、二人きりではないということ以前にそういう気分でもなかった。

 

「……アタシも、天海さんと同じで可奈を待ちたいって思ってる」

 

 それなのに気が付けば、アタシの口からはそんな言葉が出ていた。勿論それはまゆに向けられて発せられたものではない。

 

「……だからなんですか。別にアナタは待つ必要なんてないでしょう。すぐにでもデビュー出来るアナタたちには関係の無い話だから」

 

「っ……!」

 

 志保のその言葉に、カッと頭に血が上った。

 

「志保、アンタ――!」

 

「っ!? 危ない!」

 

 振り返って後ろを歩いていた志保の肩を掴んだその瞬間、まゆが叫んだ。

 

 アタシたちは気が付いていなかった。

 

 すぐ後ろから大型トラックが迫ってきていて――。

 

 

 

 バシャアッ!

 

 

 

「「………………」」

 

 ――アタシと志保は、跳ね上げられた水溜りの雨水を盛大に被ることとなった。二人とも当然傘は差していたものの、流石に横方向からの雨水は防げなかった。

 

「……ご、ごめんなさい、言うのが遅かったわね……」

 

「……いや、まゆのせいじゃないよ……」

 

 というか、注意を受けたところで避けれたかどうか微妙なところだし。

 

 しかしどうしたものか。血が上っていた頭は物理的に冷えたが、このままでは二人揃って風邪をひいてしまう。

 

「そこのお嬢さん方」

 

 そんな時だった。

 

 

 

「どうしたの? こんな道端で『水も滴るいい女』になって」

 

 

 

 それは軽自動車の中から声をかけてきた、リョータローさんだった。

 

 

 




・春香とジュピターの会話
原作改変により、会話内容が若干変化しております。基本的に原作通りの流れの中で唯一の作者的見どころ。

・恵美による志保の台詞インターセプト
殆ど言ったようなものですけど、肝心な部分は言わせなかった。



 いよいよ、ついに、やっと、ようやく。

 次回、志保ちゃんの過去が明らかに。



『傷物語Ⅰ鉄血編を観て思った三つのこと』

・開始五分で全身が燃える主人公がいるらしい

・すっごい揺れるよ! すっごいあざといよ!

・……みじけぇ!(64分)

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