アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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今回も豪華五本立てでお送りします。

事前補足として、作中における「空白期」とはアニメにおける空白期のことではなく今作における空白期、つまり第二章と第三章の間のことになります。


番外編18 黄色の短編集

 

 

 

・卒業式にて(空白期三月のお話)

 

 

 

 唐突だが卒業式である。

 

 物語の冒頭部の書き出しという意味だけでなく、青春の大半を学校ではなくアイドルとしての生活に捧げてきた身としては本当にあっという間だったという印象である。

 

 ならば思い出がほとんどないのかと問われればそんなこともなく、何の因果かやたらめったら個性的なメンバーが揃った学校だったので退屈や平凡とは程遠い学園生活を送ることができた。

 

 それこそ番外編が四・五本は軽く出来そうな勢いだが、それを語ることは多分ない。だってこれアイドルの小説だしー。あー、語りたいわー超語りたいわー、学校を占領しようとしたテロリストを恭也その他大勢の武闘派生徒が鎮圧した話とか超したいわー。

 

 で、式も最後のHRもつつがなく終えて後は帰るだけとなったのだが、テロリストの鎮圧も出来るハイパー高校生の恭也は現在下級生たちによって鎮圧されていた。

 

「高町先輩ー! 第二ボタンくださーい!」

 

「第二じゃなくてもいいです! 何なら袖のボタンでも、服のタグでもいいです!」

 

「先っちょだけ! 先っちょだけでいいんで思い出をください!」

 

 色々とアレな発言が聞こえてくるが、流石の恭也も女の子相手に乱暴な対応をするわけにもいかずに困り果てた様子だった。

 

 ちなみに恋人である月村は女子のクラスメイトたちと別の場所で話をしているためこの場にはおらず、そのことを見越して彼女たちは恭也に詰め寄っているらしかった。

 

「いやぁ、我が学校の生徒ながらアグレッシブだ」

 

 そもそもウチの制服はブレザーなので制服のボタンは学ランのそれよりも少ない。あれは中に着ているワイシャツのボタンも持っていかれる勢いだな。

 

 ちなみに俺には誰も第二ボタンを貰いに来なかった。負け惜しみ的な言い訳をしておくと、ウチの学校では『校内において周藤良太郎をアイドルとして扱わない』『交友関係は友達まで』という暗黙のルールが俺の関与しないところで出来上がっていたらしい。(後に万能生徒会長様の仕業と判明)

 

 アイドル的に(今はまだ)恋愛NGなので告白されても困るだけなので確かにありがたいと言えばありがたいのだが、何というかこう、釈然としないというか……。

 

 そんな微妙な感情は置いておいて、しかしどうしたものか。この後は翠屋で軽い卒業パーティーをする予定だったのだが、恭也がこの様子ではしばらく動けそうにない。別に先に翠屋へ向かってもいいのだが、まぁ別に急ぐ必要もないしもうちょっと待ってやるか。

 

 いっそのこと身ぐるみ剥がされてくれたら面白いんだけどなーと思いつつ見守っていると、視界の下の方を通過する影があった。

 

 本当に僅かだけ映ったそれは、どうやら人の頭だったようだ。チラリと視線を向けてみると、茶色の髪の毛を三つ編みにした少女がピョコピョコと歩いていた。身長的にやよいちゃんぐらいだから中学生……雰囲気的に小学生高学年といったところか。恐らくお兄さんかお姉さんの卒業式に参加しに来た子なのだろう。見た目にそぐわぬシックなスーツ姿が精一杯背伸びをしているようで微笑ましかった。

 

「……えっと、あれ? どっちから来たっけ……?」

 

 キョロキョロと辺りを見回しているところから察するに、どうやら道に迷ったらしかった。

 

「おねーさん、何処に行きたいのかな?」

 

 こういう場合、年下と扱わず大人扱いすると喜ぶみたいなことを聞いたことがあったのでそんな呼び方で話しかけてみる。ちなみに眼鏡装着済みなので身バレの心配はない。

 

「……え?」

 

 すると彼女はピクリと肩を震わせてから振り返った。その表情は驚きと期待が入り混じったようなそんな感じだった。

 

「お、おねーさんってもしかして私のこと?」

 

「勿論だよ」

 

 そう肯定すると、少女はパァーっと顔を輝かせた。大人扱いされたことが相当嬉しかったのだろう。

 

「ふ、ふふふっ! やっぱり分かる人には分かるのね! 私のこの抑えきれないセクシーな大人オーラが!」

 

 ふふんと自信満々に笑いながら薄い胸を逸らす少女は、やっぱり喜び方的に小学生らしかった。双海姉妹と同レベルっぽい。

 

 その後、妙に上機嫌な少女を目的の場所へと送り届け、「お前ほどの手練れがこれほどまでにやられるとは……」という感想が真っ先に思い浮かぶような惨状の恭也を回収して翠屋へと向かうのだった。

 

 

 

「あ、お姉ちゃんいた! もー、お姉ちゃんってばちっちゃいんだからうろちょろしちゃダメでしょー?」

 

「ふふん、言ってなさい。馬場(ばば)このみが持つこの隠しきれない魅力は、やはり分かる人にしか分からないのだから!」

 

「分かる人にしか分からないんだったら十分隠しきれてるというか、そもそも存在しないというか……」

 

 

 

 

 

 

・朝の通学路にて(空白期四月のお話)

 

 

 

 春。無事試験に合格し、俺は晴れて大学生になった。

 

 入学式やオリエンテーションはとっくに終わっており、既に通常の講義が始まっている。講義(授業)が六十分から九十分に変わるのは結構大きな変化だとは思うが、個人的には「ようやくここまで戻って来たか」という感想だ。だいぶ前世での最期の記憶に近づいてきて、前世での年齢を追い抜くのも時間の問題だろう。

 

 さて、今日も今日とて大学に向かうために駅へと歩を進める。しばらくは電車通学になるだろうが、無事免許を習得出来た暁にはマイカーで通学することにしよう。

 

 そんなわけで駅への道を歩いていると目の前を歩いている赤いランドセルを背負った少女を発見した。別に阿良々木暦……ではなくて、長谷川(はせがわ)(すばる)……でもなくて、ロリコンよろしく小学生女子を目敏く見つけたわけではない。純粋に知り合いを見つけただけである。

 

 故に気軽に声をかけるが、別に事案じゃないということだけ予め言っておこう。

 

「おはよう、みりあちゃん」

 

「あ、おはよー! りょうお兄ちゃん!」

 

 俺の声に赤城(あかぎ)みりあちゃんは振り返った。そのまま彼女はとてとてと俺の横にやって来て一緒に並んで歩く。俺も彼女の歩幅に合わせて歩く速度を落とした。

 

「やっぱり制服着てないりょうお兄ちゃん、変な感じがするなー」

 

「俺ももう大学生だからね」

 

 そんな何でもない会話をしながら道を歩く。昨今の小学校では基本的に集団登校が推奨されているが、何故かこの学区ではそれがない。まぁこの辺の治安がいいってことだろう。

 

「あ、そう言えばみりあ、りょうお兄ちゃんに聞きたいことがあったんだった」

 

 年下の女の子(と称するにはいささか年下すぎる気もするが)との会話のキャッチボールを楽しんでいると、突然みりあちゃんがそんなことを言い出した。よかろう、転生とアイドルという二つの要素により無駄に人生経験があるこの大学生のお兄さんが、みりあちゃんから放たれる疑問というボールを見事にキャッチして素晴らしい返球をしてみせよう。

 

「赤ちゃんって何処から来るの?」

 

「げふ」

 

 キャッチし損ねた。いや別にみりあちゃんの質問が暴投だったというわけではないのだが、俺がキャッチするにはいささか剛速球過ぎた。これが伝説の谷口キャプテンが考案した捕球練習のためのピッチングマシンの威力か……!

 

 しかしどうしたものか。確かみりあちゃんはこの春に小学四年生になったはずだが、まだ保健体育でその辺のことを習っていないのだろうか。そろそろ習う頃だとは思うし、遅かれ早かれ習うことだし軽く触り程度には教えてもいいとは思うのだが……何故だろう、純真無垢な視線でこちらの回答を待っているこの少女にそれを教えるのはそれだけで罪に問われそうである。

 

「ど、どうしたのいきなり?」

 

 とりあえず当たり障りのない返事からこの話題の落としどころを模索することにする。

 

「えっとね、みりあの友達に弟と妹がいる子がいてね? すっごい仲良しだからみりあも弟か妹が欲しいなーって思ったの」

 

 なるほど。まぁそういったお願いは小さい頃の定番の一つだよなぁ。

 

「りょうお兄ちゃん、みりあに赤ちゃんの作り方教えて?」

 

 アカン、これは捕まる捕まらないという以前に純真なみりあちゃんの視線で俺の穢れた心が浄化されてしまう。……あれ、浄化されるなら別にいいのか?

 

 とりあえず、その疑問に対する答えは一つである。

 

「みりあちゃん、そういう場合はお父さんとお母さんに『妹か弟が欲しい』って言って友達の家でお泊り会をするといいよ」

 

「ホントッ!?」

 

「うん、本当だよ」

 

 我ながら随分と生々しい答えになってしまったが、間違ってないし「お父さんとお母さんに聞いてみるといいよ」と言わずに具体策を提示しただけマシだろう。

 

 はてさて、来年の春頃にはみりあちゃんに弟か妹が出来てるかな?

 

 

 

 

 

 

・商店街にて(空白期五月のお話)

 

 

 

「いやー、悪いわね良。買い物に付き合ってもらっちゃって」

 

「本当に悪いと思ってんだったら買い物袋一つぐらい持ってくれよ……」

 

 とある休日の昼間。早苗ねーちゃんと日用品の買い物に荷物持ちとして付き合っているのだが、本当に荷物を全て持たされた。早苗ねーちゃんは自分のハンドバッグ以外は全くの手ブラ状態だ。荷物持ちとしては正しいのかもしれないが、若干釈然としないというかなんというか。こういうのは兄貴の仕事だろう、ポジション的な意味で。

 

 ……しかし早苗ねーちゃんが『手ブラ状態』かぁ……アリだな。

 

 というか普通に車で来ればよかったのではと考えながら歩いていると、何やら人だかりが見えてきた。それほど多くの人が集まっているわけではないが……どうやら新人アイドルの販促イベントをやっているらしい。

 

「へぇ、周藤良太郎のお膝元でよくやるわね」

 

「いや、別にここの商店街を縄張りにした覚えはないんだけど……」

 

 確かに普段からよく利用する商店街ではあるが。

 

 さて、今度は何処の事務所からどんなアイドルがデビューしたのか……なっ!?

 

「よ、よろしくお願いしま~す……!」

 

 ウェーブがかった黒髪、真ちゃんが好きそうなピンク色のフリフリな衣装、まだ人前に慣れていないのか若干赤面気味な引きつった笑み……可愛い要素を多く持ちつつも容姿はどちらかというとカッコいい系の美人。

 

 しかしそんなことよりも何よりも! 何だあの零れんばかりの大乳は!? 目測ではあるが、明らかに早苗ねーちゃんよりもデカいぞ!?

 

「ってあれ? あの子……」

 

 大乳アイドル(仮)の姿を見た途端、早苗ねーちゃんがニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。

 

「良、ちょっと知り合いに会ったから挨拶してくるわね」

 

 そう言って早苗ねーちゃんはスタスタと大乳アイドル(仮)に近づいていく。

 

「よ、よろしくお願いしま……す……!?」

 

「ヤッホー。随分とまぁ可愛らしい恰好してるじゃない?」

 

「なっ……!? なっ……!?」

 

 早苗ねーちゃんを指差しながら口をパクパクする大乳アイドル(仮)。顔色が赤くなったり青くなったり随分と忙しそうだった。

 

「それにしても……まさかアンタがアイドルねぇ……ぷ、くくくっ……!」

 

「う、うがあぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ!?」

 

 早苗ねーちゃんが笑いを堪え切れなくなったと同時に大乳アイドル(仮)が半狂乱になったため、イベントは一時中断することになってしまった。いやマジでウチの身内が大変なご迷惑をおかけして……。

 

 ところで、結局君は何処所属のなんて名前なのかな?

 

 

 

「346プロダクションの向井(むかい)拓海(たくみ)ちゃんねぇ」

 

 無事というにはいささか問題はあったが一応販促イベントは終了し、改めてゆっくりとお話をすることに。

 

「それで? 早苗ねーちゃんの知り合いなの?」

 

「まぁ知り合いって言えば知り合いね。補導した側と補導された側よ」

 

「……え?」

 

「この子、今はこんな格好してるけど前は特攻服着て夜露死苦(よろしく)とか言っちゃうバリバリのヤンキーだったのよー?」

 

 マジか……いや、でも何となく雰囲気的には納得である。

 

 それにしても元ヤンをアイドルに、か……スカウトに力を入れてるっていうのは話に聞いてたけど、346プロも思い切ったことするなぁ。

 

「だからあの拓海ちゃんがこんなフリフリの衣装を着てアイドルをやってるって思うと笑えてきちゃって……!」

 

 プークスクスと再び笑い始める早苗ねーちゃんに、拓海ちゃんは再び顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

「うっせぇ! アタシはこんな衣装着たくなかったんだよ!」

 

「またまたー、本当は満更でもないんでしょー?」

 

「んなわけあるか! それより! コイツは誰なんだよ!?」

 

 よっぽど衣装に関して触れられたくなかったのか、何の脈絡も無く拓海ちゃんは俺を指差した。

 

 一瞬、先ほどから上半分が丸見えな素晴らしき大乳を眺めていたことを咎められるのかと思ったが、どうやらそれに気づく余裕も無かったようだ。

 

「あたしの義理の弟よ。今日は買い物に付き合ってもらってたの」

 

「……へ? 義理の弟?」

 

 早苗ねーちゃんのその返答がよほど予想外だったらしく、一転して拓海ちゃんは呆気に取られた表情になった。

 

「そう言えば結婚してからは一度も会ってなかったわね。今のあたしは片桐じゃなくて、周藤早苗なのよん」

 

 ほらこれ、と早苗ねーちゃんは左手の薬指の結婚指輪を見せる。

 

「う、うっそだぁ……あ、あの片桐さんが、け、結婚……だと……!?」

 

「だから今はもう片桐じゃないって。……というか拓海ちゃん? それって一体どういう意味なのかおねーさん聞きたいなー?」

 

「だ、だってあの問答無用でサブミッション極めてくる警察にあるまじき片桐さんが普通に結婚してるなんて信じらr言ってる傍から卍固めえぇぇぇ!?」

 

「えーい、失礼なことを言っちゃう悪い子にはお仕置きよー」

 

 早苗ねーちゃん今日はパンツルックだからチラリは期待できないなーとか、拓海ちゃんの大乳が揺れまくってるなーとか、そんなどうでもいいことを考えながら二人の大乳美女の絡みを眺めつつ「ご愁傷様」と「大変眼福です」の二つの意味で手を合わせるのだった。

 

 

 

 ……が、後に拓海ちゃんを超える圧倒的大乳を持つ牛乳系アイドルなるものが346プロからデビューし、さらに俺は戦慄することになったのは全くの余談ということにしておこう。

 

 

 

 

 

 

・テレビ局の中庭にて(空白期六月のお話)

 

 

 

 それは、シャイニーフェスタが目前に迫ったとある初夏の日のことであった。

 

 シャイニーフェスタ。それは今年から始まる南の島で行われるアイドルたちによる音楽の祭典で、普段は歌とダンスに専念しているアイドルたちが『楽器を演奏して』ステージを作り出す少々特殊なイベントだ。

 

 故に参加者は全員何かしらの楽器の演奏スキルが必要になってくる。

 

 当初、楽器ならば何でもいいという話だったのでカスタネットとかリコーダーとかピアニカとかその辺を演奏しようかと思っていたのだが、事務所の全員から全力で止められた。どちらかというと頼むからそれだけは止めてくれと懇願された。

 

 そこでメジャー且つステージ映えもするギターの演奏をすることになり、現在進行形でギターの練習中である。

 

 トップアイドルのお前が無様な演奏を見せるわけにはいかないと周りから散々脅されたのだが、蓋を開けてみれば案外どうってことなかった。

 

 果たしてアイドルの才能に含まれたのかどうかは定かではないが、特訓に付き合ってくれた講師の人が驚くぐらいのスピードで俺のギターの腕は上達していった。

 

(……そうだよな、元々音感はあるんだし『指の動き』を最適化してったらそりゃそうなるに決まってんだよな……)

 

 冬馬が呆れたような訳知り顔で何かを呟いていたような気がするが、とりあえずシャイニーフェスタの本番ではそれなりのステージをお見せすることが出来そうだ。何せテレビ中継もあるんだし、下手なものは見せられん。

 

 そんなわけで、講師の人からお墨付きをもらった今も時間を見つけてはギターの練習中である。

 

「……へー。アンタ、結構いい音出すじゃん」

 

 今日も空いた時間を見つけてテレビ局の中庭のベンチに座って練習をしているとそんな風に声をかけられた。(もう補足するまでも無いと思うが眼鏡着用済み)

 

 顔を上げると、そこには茶色の髪をリーゼントにした少女がこちらを楽しそうに見ていた。肩にはギターケースを携えている。

 

「……ありがと。まだ練習始めてから二ヵ月ぐらいでね、ギターをやってる人にそうやって褒められると嬉しいよ」

 

「ヒュー! 二ヵ月でその音出せるなんて、アンタ相当ロックだな」

 

 彼女は楽しそうにそう言いながら、自身のギターケースからギターを取り出して肩にかけた。

 

「なぁ、セッションしねーか? まだ慣れてねーって言うんなら、アタシが合わせてやるからよ」

 

 ……ふむ、ちょっと面白そうだな。

 

「オッケー。それじゃあ早速行くよ」

 

 てなわけで即興セッション開始。

 

 いくらお墨付きを貰おうとも弾ける幅はまだまだ少ないため、自分がレパートリー内で適当(いい加減という意味ではなく)にギターを掻き鳴らす。

 

 それに対し彼女は完璧にこちらの音に合わせてきた。少し齧ったが故に分かるが、相当凄い演奏だった。周りを歩いていた人が足を止めるレベル。なるほどこれがミュージシャンかと一人納得してしまった。

 

「……ふぅ。やっぱりいい音出すな、アンタ」

 

 五分少々という短い時間のセッションではあったが、演奏を終えると彼女は満足気に笑った。

 

「そう言う君も相当凄いね。何処のグループ?」

 

 俺が知らないだけで、案外既にメジャーデビューしているグループのギターだったりするのだろうか?

 

 しかし彼女はギターを仕舞いながら苦笑した。

 

「実は恥ずかしながら……一応『アイドル』でね」

 

「……アイドル?」

 

 まさかと思って尋ねてみたら、案の定346プロ所属という返事が。何というか、アイドルのスカウトに対する姿勢がいささか雑食的すぎやしませんかねぇ、346プロさん……。

 

「てことは『シャイニーフェスタ』に出演したり?」

 

「いや、こっちの業界じゃまだまだ無名もいいとこでね」

 

 お声もかかんなかったよ、と彼女は肩を竦めた。

 

「でもそうだな……いつかは出てみてぇとは思ってる。音楽の祭典とまで言われちまえば、黙ってらんねぇからな」

 

 ――アタシは……木村(きむら)夏樹(なつき)はロックなアイドルになる。

 

 彼女はそう力強く宣言してくれた。

 

「……そうか」

 

「そーいや、アンタの名前聞いてなかったな」

 

「ん? 俺? ……俺の名前は周藤良太郎。夏樹ちゃんと同じアイドルだよ」

 

「……え?」

 

 先ほどまでのキリッとした表情が一転しキョトンとした表情になった夏樹ちゃんを尻目に、俺もギターをケースに仕舞ってベンチから立ち上がる。

 

「それじゃあ夏樹ちゃん。俺はシャイニーフェスタへ一足先に向かうけど……君が『ここ』まで来ることを楽しみにしてるよ」

 

 ヒラヒラと手を振りながら、俺は自分の楽屋へと戻るのだった。

 

 

 

「……うわっちゃ~……トンデモネー相手にトンデモネーこと言っちまった……。でも……へへ、相当ロックだな、こりゃ。……待ってろよ、周藤良太郎」

 

 

 

 

 

 

・野球場にて(空白期七月のお話)

 

 

 

「姫川、俺とデートしないか?」

 

『やぁ、周藤君! 相変わらずネジが一本も締まってないね!』

 

 久しぶりに電話をした級友である姫川友紀からの第一声は随分と容赦がないものだった。ネジが一本も締まっていないと言うのなら俺の頭は宮大工によって作られたとでもいうのだろうか。

 

『プラモデルなら誰でも作れるよねー』

 

「誰の頭がプラスチック製だって?」

 

 というかその辺は掘り下げなくていいんだよ。ただでさえ今回無駄に文字数使ってるんだから。

 

「で、次の土曜日なんだけど」

 

『何事もなく会話を進めようとする辺り、周藤君も結構いい神経しているよね』

 

 でも残ねーん! と姫川は楽しそうな口調で断ってきた。

 

『その日は夕方からキャッツのナイターを見に行く予定なのだー! よって周藤君如きとデートしている暇なんて無ーい!』

 

 そうかそうか、それは実に残念だ。

 

 

 

「そのキャッツの試合の始球式を任されたから、ウチの事務所の新人アイドルってことにして姫川を連れてってやろうと思ったのになー」

 

『キャー! 良太郎君大好きー!』

 

「はっはっは、よせやい」

 

 

 

 そんなわけで迎えた土曜日。卒業式以来の久々の再開となる姫川と共にキャッツの本拠地であるドームへとやって来た。目的は勿論、姫川に話した通りここで始球式のマウンドに立つためである。

 

「いやー! 持つべきものは級友だね! ホンットーにありがとー! 今度お礼に茄子の胸触ってもいいよ!」

 

「マジで!? ……じゃなくて、あれ、今でも鷹富士と交流あんの?」

 

「あるよー。大学は違うけど結構頻繁に連絡取るし、買い物に行ったりもするよ」

 

「……キャッツの応援グッズを?」

 

「……一応あたしだって普通に私服買いに行くことぐらいあるんだけど」

 

 いやだってお前、クラス会の時だって基本的にキャッツのユニフォームだし、私服着てるところとか殆ど見たことねーんだって。

 

「でも茄子、大学が退屈ーとか言ってたよー。なんていうあたしも、ちょーっとだけ暇な感じかなー」

 

「どうせ数年もすれば就職活動でそんなこと言ってられなくなるぞ」

 

 まぁ俺は無縁だが。

 

「さて、そろそろドーム内に入るけど、あくまでお前は123プロダクションの新人アイドル見習い(研修中)っていう設定だからな?」

 

「分かってるってー!」

 

 大丈夫だろうなぁと若干心配になりつつ、元々兄貴の分としてもらっていたスタッフパスを姫川に渡す。色々と問題が起きそうな気もするが、まぁ気にしない。

 

 そんなわけでドーム内へ。案の定というか予想通りというか、キャッツの選手とすれ違う度にテンションのギアが上がる姫川の首根っこを猫のように掴まえて動きを止めるという事態が何度かあったが、無事に俺たちはマウンドに辿り着くことが出来た。

 

 まだ観客が入る前のドーム自体はここでライブを行った際のリハーサルで何度も見ているが、野球の試合前というだけで何故か違う雰囲気が漂っているような気がした。

 

「というわけで姫川、是非ともピッチングフォームの指導をしてもらいたいんだが」

 

「任された!」

 

 そんなわけで野球経験者の姫川に投球の指導を受ける。実は姫川を呼んだ理由の一つがこれであり、もう一つは純粋に根っからのキャッツファンだったから喜ぶだろうなと思ったから。

 

「……と言っても周藤君、ほとんど教えることないよ。いいフォームしてるじゃん」

 

「お、マジで?」

 

 意識したことは無かったが、姫川からお墨付きがもらえるのであれば安泰だろう。是非とも始球式本番ではストライクを狙ってみたいものだ。

 

「………………」

 

 ふと、姫川がこちらを羨ましそうな目で見ているような気がした。

 

「……投げてみるか?」

 

「……えっ!? い、いや、だ、だって……!」

 

「遠慮するとか姫川らしくねーって」

 

 丁度良くこの後の試合でホームランボール捕球用のグローブも持ってきていることなので、姫川にボールを手渡すと折角だからと俺はキャッチャーズボックスに座る。

 

「………………」

 

 自分の手元の白球と俺に何度も視線を行き来させた姫川は、意を決したようにマウンドの上に立った。

 

 ふぅと目を瞑り、息を吐く。

 

「……っ!」

 

 目を開き、ワインドアップから足を振り上げ――。

 

 ズバンッ!

 

 ――次の瞬間には、俺が構えたグローブの中にボールが収まっていた。

 

 キャッチャーミットじゃなかったので正直左手が痛かった。多分、百キロは軽く超えてたような気がする。

 

「あー、スッキリした!」

 

 こんな剛速球を投げたとは到底思えない細腕の姫川は、マウンドの上で大変満足そうに笑っていた。

 

「ありがとう、周藤君。キャッツの本拠地のマウンドで投げれたおかげで、何か色々と吹っ切れたよ」

 

「ほう、例えば?」

 

「色々は色々。……高校に入って辞めることになって燻ってた野球のこととか、その辺のこと」

 

「……そっか」

 

 それ以上は特に聞こうとは思わなかった。薄情とかそういう意味ではなく、既に聞く必要が無いからだ。

 

「野球が好きなのは勿論だし、嫌いになることはないけど……そうだねー。何か別に、夢中になれるもの見つけたいなー」

 

「……姫川ならすぐに見つけられるって。例えばアイドルやってみるとかどーよ?」

 

「適当なアドバイスありがとー」

 

 そんなことを言いながら、姫川はここに来る前以上にニコニコと笑っていた。

 

 

 

『あ、周藤君、あたし本当にアイドルデビューすることになったから、仕事現場で一緒になったらよろしくねー!』

 

「ふぁっ!?」

 

 そんな電話がかかってきたのは、僅か一週間後だった。

 

 

 




・学校を占領しようとしたテロリストを鎮圧
中高生の黒歴史を刺激していく自爆スタイル(作者にも飛び火)

・馬場このみ
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Dance。デレマス的に言えば多分パッション。
やよいよりも身長が低いミニマムボディながら、何と765プロ所属アイドル最年長となる二十四歳。我らが楓さんと一歳しか違わない。
ちなみに妹がおり「お下がり」ならぬ「お上がり」を貰っているらしく、今回オリキャラとして登場させてみた。

・長谷川昴
「小学生は最高だぜ!」

・赤城みりあ
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
アニメにもメインキャラとして登場した純真無垢な小学五年生。かわいい。
凛ちゃんに続きCPで良太郎と面識がある組となったが、果たして?
(ちなみに自己紹介しなかったアーニャは無効)

・「赤ちゃんって何処から来るの?」
テ~ケテ~ケテケテケテン~テ~ケテ~ケテッテッテ
(゚∀゚)ラヴィ!! ……あ、これ前作の方だった。

・伝説の谷口キャプテン
野球漫画の至高は『キャプテン』
異論は登場人物が全員丸刈りになってきたら認めよう。

・向井拓海
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
さらしに特攻服という露出が激しい不良少女系アイドル。現在十七歳。
B95を誇り後述のB105が登場するまではアイマス界最胸で、現在は二位。
ちなみに衣装は「硬派乙女」SR+のものをイメージ。

・牛乳系アイドル
B105とか一体何川雫なんだ……!?
ちなみに「牛乳」の読み方は各々にお任せする(意味深)

・シャイニーフェスタ
楽器云々はオリジナル設定。楽器弾いてるイメージが強かったから……。

・木村夏樹
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
ギターとリーゼントが似合うロック(真)なアイドル。にわかの上位互換とか言ってあげないで(慈悲)
アニメでの活躍は正しく「おっぱいの付いたイケメン」そのものだった。

・姫川友紀
多分Lesson18以来の再登場。アニメでも出番そこそこあったし、ちゃんと布石作っとかないと。

・友紀の過去のあれこれ
気になる人は原作をやればいいと思うよ(ちっひからの回し者)



 というわけで黄色の短編集でした。前回までのドシリアスの反動で書いていたら楽しくなって気が付けば一万文字弱。沢山書いたなぁ(小並感)

 そして次回からは(一応)第三章最終話が始まります。(収まりきらなければ伸びる予定)

 デレマス編に向けてラストスパートだー!

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