アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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拾い切れていない伏線を回収していくためと言っても過言ではない第三章最終話開始です。


Lesson108 輝きの向こう側へ

 

 

 

「可奈を、迎えに行く……?」

 

「……うん」

 

 それは、恵美ちゃんに可奈ちゃんからのメールを見せてもらった翌日のこと。

 

 伊織が私の言葉を反芻し、私はそれを肯定する。

 

 バックダンサー組を含めた全員に事務所へ集まってもらい、私はみんなに昨晩可奈ちゃんと電話をしたことを話した。

 

「可奈ちゃん、何て……?」

 

「……『辞めたい』って……キッパリ断られちゃった……」

 

 私がそう告げると、バックダンサーのみんなが息を飲んだのが分かった。

 

「あ、あのっ……!」

 

「でも、春香さんには可奈を迎えに行こうと思った理由があるんですよね?」

 

 志保ちゃんが何かを言おうとしたのを彼女の隣にいたまゆちゃんが肩に手を置いて止め、その代わりに恵美ちゃんが私にそう問いかけてきた。

 

「うん。……声が震えてたの」

 

 昨日の晩、携帯電話越しに聞こえてきた可奈ちゃんの声を思い出す。

 

「可奈ちゃん、なんだか凄い無理しているみたいに聞こえたんだ。少なくとも、嫌なもの放り出してホッとしているようには思えなかったの」

 

 ――私は、春香ちゃんみたいにはなれない!

 

 けれどそれは『辞める理由』ではなく『辞めるための理由』に聞こえた。理由があって辞めるのではなく、辞めるために理由を口に出した、そんな風に。

 

 少なくとも私には、心の底からアイドルを辞めたいと言っているようには思えなかった。

 

「……天海さんは、可奈の言葉よりもご自身が『そう思えない』ということを大事にするんですね?」

 

 隣に立つ志保ちゃんよりも半歩前に出てきた恵美ちゃんが、真っ直ぐと私に問いかけてきた。

 

 それはきっと、糾弾する言葉ではなく、私に対する問いかけ。

 

「全員のライブに練習よりも何よりも、たった一人のかもしれないを確かめることの方が重要なんですか?」

 

 所恵美から『リーダー』天海春香に対する問いかけ。

 

「うん」

 

 それに私は即答する。

 

 半年前、私は『ライブの練習』を優先して他のことを蔑ろにしてしまった。だから今度は、ライブの練習なんかよりももっと大事なことを優先したい。

 

 結局私の我儘になってしまうのだけど、それでも私は『夢を見失いかけている女の子』を放っておくことは出来ない。

 

 あの日、良太郎さんに私の夢を指し示してもらったように。

 

「まずは、可奈ちゃんの気持ち、確かめてからだよ」

 

 今度は私が、しっかりと彼女の夢を指し示してあげたい。

 

「……行きましょう」

 

 それまでソファーで黙って聞いていてくれた伊織がそう言いながら立ち上がった。

 

「それがリーダーの……アンタの思いなら」

 

 その伊織の言葉に、他のみんなも力強く頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

「ノンストップでー……と思ったら赤信号っと」

 

 マッテローヨと信号が赤に変わったので、雨で滑らないように気を付けながらククッとブレーキを踏みこんで車を停車させる。

 

 昨日の夕方に上がった雨は夜が明けると再び降り始めており、しかし雨が降ったから今日はお休みとハメハメハ大王染みたことを言うつもりは無いのでちゃんとお仕事へと向かっていた。

 

「……志保ちゃんたちはどうなったかなぁ……」

 

 昨日の一件は『志保ちゃんとの和解』という形で収まり、口論をしていたらしい恵美ちゃんとも仲直りしたようである。よってめでたしめでたし……とここで〆てしまうのは少々無責任だろう。

 

 123プロ関係の問題は解決したものの、ある意味根本的な問題とも言える765プロとバックダンサー組の問題が未解決である。何やらみんなに話したいことがあると言って春香ちゃんが全員に連絡を入れたということを恵美ちゃん経由で知ったので、何かしらの進展があるとは思うのだが……。

 

「……ん?」

 

 そんなことを考えながら窓の外を眺めていると、目の前の横断歩道を横切る四人の少女の姿が。お、アビイ・ロードかなとどうでもいいことを考えていたが、よくよく見ると知り合いだった。

 

「おーい! そこの四人の少女ー!」

 

 イッテイーヨと信号が青に変わったので軽く車を前に進め、歩道を小走りする彼女たちの側にハザードランプを点けて停車させた。

 

「りょーにぃ!」

 

「りょーにーちゃん!」

 

「「良太郎さん!?」」

 

 案の定、その四人は765プロの双海姉妹と真ちゃん、そしてバックダンサー組の奈緒ちゃんだった。

 

「どーしたの四人とも、こんなところで」

 

 765プロの事務所から結構離れているこんな場所でこの四人を見かけるとは思わなかった。

 

 四人は俺に気付くとバタバタと車に駆け寄ってきた。

 

「良太郎さん! 可奈見ませんでした!?」

 

「可奈ちゃん?」

 

「今、事務所のみんなで可奈のこと探してるんです!」

 

 なんでも「アイドルを辞める」と言った可奈ちゃんの真意を確かめるため、直接会って話をするために彼女のことを探しているとのこと。

 

「家にもスクールにもいないんだってー!」

 

「りょーにぃ、何処にいるのか分からないー!?」

 

 いや流石にそれはもうDr.(ドクター)リンに聞いてみるしか……。

 

「……あれ?」

 

 何やら進行方向からこちらに向かって歩道を走ってくる二つの影が見えた。というか、これまた知り合いだった。

 

 どうやら一人は彼女たちの探し人である可奈ちゃん、それを春香ちゃんが追いかけているという状況らしく、二人とも傘も差さずに走っていた。

 

「あー! いたー!?」

 

「可奈ー! ストップやー!」

 

 二人の姿を確認した真美が大声を出し、奈緒ちゃんが自身も傘を投げ捨てて可奈ちゃんを止めるべく走り出した。

 

「っ……!?」

 

 奇しくもそこは丁度橋の真ん中で、春香ちゃんと奈緒ちゃんに挟まれる形となり可奈ちゃんは足を止めた。流石に車道に飛び出したり川に飛び込むというアクション映画のようなことはしなかった。

 

「可奈、何で逃げるん? 私ら、話しに来ただけやのに……」

 

「………………」

 

 可奈ちゃんはまるで親から怒られる子供のようにフードを深く被って自身の顔を隠した。

 

 そうしている内に双海姉妹と真ちゃんが奈緒ちゃんに追い付き、春香ちゃんの後を追ってきていたのであろう千早ちゃんと星梨花ちゃんも合流した。

 

「何で……」

 

 それは、意識しなければ雨音に負けてしまいそうなぐらいか細い可奈ちゃんの声だった。

 

「私のことは、気にしないでって言ったのに……!」

 

「うん……でも私、電話で可奈ちゃんと話してても、やっぱり信じられなかったから……アイドルって、そう簡単に諦められるものじゃないって思ったから……!」

 

 可奈ちゃんに訴えかけるように春香ちゃんは言う。

 

 そうしている間に、徒歩やタクシーなど様々な手段で他のメンバーが続々と集まってきた。流石にりっちゃんや赤羽根さんたちの姿は無いが、本当に事務所総出で可奈ちゃんを探していたらしい。

 

「私だって……私だって、諦めたくない……!」

 

「じゃ、じゃあ……!」

 

「でも……もうダメなんです……」

 

 そう言いながら、可奈ちゃんはフードを持ち上げた。

 

(……ん?)

 

「アンタ……そんな体形だったかしら……?」

 

「ちょ、ちょっとふっくらしたね……?」

 

 伊織ちゃんと真美のその発言が全てを物語っていた。

 

 最近は俺も仕事が忙しく、何だかんだで最後に可奈ちゃんの顔を見たのは一か月少々前のミニライブの時以来になるのだが……確かに、俺の記憶の中の彼女と比べるといささかふっくらとしていた。

 

「まさか、これ気にして逃げたん……?」

 

 奈緒ちゃんがそう問いかけると、可奈ちゃんはギュッと目を瞑った。

 

「私だって、出来るなら一緒にステージに立ちたかったんです……! でも私だけダンス全然下手っぴで、足手まといになっちゃって……何とかしなきゃって思ったんです。自分で、何とかしなきゃって……一人でも出来るようにならなきゃって……」

 

「っ……!」

 

 丁度可奈ちゃんの反対側にいる志保ちゃんが顔を俯かせる。

 

 多分あのミニライブの時、まだ自分の感情と折り合いがついていなかった志保ちゃんの一言がずっと可奈ちゃんの心の片隅に引っかかっていたのだろう。

 

 みんなと一緒に、ではなく。自分がみんなと同じレベルにならなければいけない。

 

 自分が、頑張らないといけない。

 

「だって私、天海先輩にサインまで貰って! 応援してもらったのに、全然上手く出来ないから……!」

 

 それでストレスによる過食……ということか。元々伸び悩んでいたところに体形の変化が追い打ちになったのだろう。アイドルとしても女の子としても、結構ショックだったのは想像に難くない。

 

 理想を追い求めてもそこに辿り着けず、それどころか自らその道から外れようとする自分が嫌になって……。

 

(……あぁ、そうか……)

 

 自己嫌悪。彼女も志保ちゃんと同じだったのだ。

 

 志保ちゃんが雪月花を裏切った自分を嫌ったように、彼女もまた春香ちゃんの期待を裏切ろうとした自分を嫌ったのだ。

 

「……でも、諦めたくないんだよね?」

 

 春香ちゃんがそう尋ねながら、千早ちゃんから受け取った傘を顔を覆って涙を流す可奈ちゃんに差し出した。

 

 可奈ちゃんが顔を上げると、そこには笑顔の春香ちゃん。いつもテレビで見るような満面の笑顔ではないが、それでも見る人の心を暖かくする春香ちゃんらしい笑顔。

 

「………………」

 

 コクリと。ほんの少し頭を下げるように可奈ちゃんは頷いた。

 

「……よかったぁ……!」

 

 途端に春香ちゃんの笑みは安堵のそれへと変わった。ようやく可奈ちゃんからその返答を聞くことが出来たのが嬉しかったのだろう。

 

「じゃあ大丈夫だよ! 一緒にステージに立とう!」

 

 そう言って、春香ちゃんは可奈ちゃんに向かって手を差し伸ばした。

 

「でも私こんなんで、衣装だって入らないし……きっと、余計に迷惑かけちゃいます……」

 

「そうじゃなくて」

 

 振り返り、遠のこうとした可奈ちゃんの手を春香ちゃんがしっかりと握りしめた。

 

「どうしたいか、だけでいいんだよ」

 

 確かにアイドルってのは周りとの協調性も大事だ。俺が言っても若干説得力が無さそうではあるが、彼女たちの場合はよりチームワークや信頼関係が重要になってくる。

 

 でもそれ以上に、アイドルとは『自分自身』がなるものなのだから。

 

 自分がどうしたいのか、それが本当に大切なこと。

 

 自分の意志を貫き通せる一番我儘な奴がトップアイドルになれる、とでも言えば俺にも説得力があるだろうか。

 

「じゃあ確かめに行く?」

 

 二人のやり取りに口を挟まなかった伊織ちゃんが、そう二人に向かって提案した。

 

「アリーナに行けば、分かるかもよ?」

 

 

 

「それなら本日の『水も滴るいい女』三人は先に俺の車で行こうか。全く、二日連続になるとは思わなかったよ」

 

「あ、はい、ありがとうございます……って良太郎さん!?」

 

『えぇ、良太郎さん!?』

 

「……何となくそんな気はしてたけど、俺気付かれてなかったのね……」

 

 これでもトップアイドルのつもりだったんだけどなー……。

 

「え、えっと、多分、それ以上に春香と可奈のことが気になってたせいじゃないですかね……?」

 

「まゆはちゃーんと良太郎さんのこと気付いてましたよぉ?」

 

 うん、いつの間にかススッと近寄って来てたから分かってる。

 

 

 




・「ノンストップでー」
ごまえー

・マッテローヨ イッテイーヨ
シンゴウアーックス!

・ハメハメハ大王
南の島の大王で、カメハメハ大王の友達らしい。

・アビイ・ロード
多分世界で一番有名な横断歩道。

・Dr.リンに聞いてみる
万里ちゃんが可愛い(だが男だ)

・「ちょ、ちょっとふっくらしたね……?」
可奈ファンに壮大に喧嘩を売ったスタッフに脱帽。



 可奈ちゃんには悪いですが第三章最大のシリアスは前回で終わりましたので、軽め軽めに進めていきます。可奈ちゃん方面でシリアスになりたい方は劇場版をどうぞ(ステマ)

 というわけで第三章で張った伏線を回収していきます(作者が忘れていなければ)

 そしてそれと並行して第四章へ向けての準備も進めていきます。

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