いつものことだろいい加減にしろ!
「「「うーん、今日か……」」」
「「「……ん?」」」
今日が凛ちゃんのアイドルデビュー初日だなぁと思いながら事務所のカレンダーを見ていると、冬馬と恵美ちゃんが俺と全く同じ言葉を呟きながらカレンダーを見ていた。
「え、何々、今日何があるの?」
「いや、お前こそ今日何があるんだよ」
「何か特別な予定ありましたっけ」
しかしホワイトボードの予定表ではなくカレンダーを見ている辺り、多分仕事関連ではなく俺と同じように個人的な何かなのだろう。まさか俺と同じように知り合いがアイドルデビューする日なんていう偶然もあるまい。
「おい良太郎、そろそろ出ろよ」
「天ヶ瀬君、出発しますよ」
「恵美ちゃんも行くわよぉ」
「「「はーい」」」
兄貴と留美さんとまゆちゃんに呼ばれ、俺たちはそれぞれの仕事へと向かう。
俺は確か……写真撮影だったっけな。
「はぁ、プロになっても最初はレッスンなんだねー。厳しいなぁ」
「レッスンは大事ですよ。日々上達していくのは楽しいですし」
アイドルの卵として346プロ本社へとやって来た初日。私が参加することになったシンデレラプロジェクトの責任者にして私をスカウトしたプロデューサーから言い渡されたまず初めにすることは、レッスンだった。
その事実に同プロジェクトの同期にして最後の一人である本田未央がやや残念そうに眉を潜め、私がアイドルになる最後のキッカケとなった少女である島村卯月がそれを優しく諭す。
「うーん、本当に言う通りだった……」
一方で私は本当に良太郎さんが言った通りだったなぁと変に感心してしまった。
「? どうしたんですか、凛ちゃん」
「あ、うん、何でもないよ」
その私の呟きが聞こえたのか、卯月が私の顔を覗き込んできたので気にしないでと手を振る。
「あら? 新人さんかな?」
「え。はい、そうです……」
不意に声をかけられたので反射的にそう返事をする。
視線を前に戻すと、丁度渡り廊下の向こうから歩いてきた黒髪おかっぱの女性がニコニコと笑っていた。そしてややその影に隠れるようにして、もう一人黒髪おかっぱの少女がいた。
今の発言からして、アイドルの先輩ということだろうか。アイドルに関してある程度の知識は持っているつもりだったが如何せん一般人レベルであり、ステージの上ならいざ知らず、こうして私服のプライベートなところを見ても流石に名前は出てこない。
そんな私の疑問に答えてくれたのは、卯月と未央だった。
「た、鷹富士茄子さんと
「わぁ! 本物の『ミス・フォーチュン』だ!」
どうやら二人は私服姿を見てもすぐに分かったらしい。流石に同じ事務所の先輩アイドルの名前と顔ぐらいはすぐに出るようにしておいた方がいいなぁ……。
「わ、私、島村卯月です! 今日からこの事務所でアイドルやらせていただきます!」
「同じく本田未央です!」
「えっと、同じく渋谷凛です」
よろしくお願いしますと三人で頭を下げると、鷹富士さんが「あら」と手を叩いた。
「貴女が渋谷凛ちゃんなのね」
「え?」
頭を上げると先ほどよりもより一層ニコニコとした鷹富士さんが私を見ていた。
なんで私の名前を……?
「ふふっ、とある人から『渋谷凛って女の子が346でデビューするからよろしく』って言われてるの」
「と、とある人……?」
「心当たりはあるんじゃない?」
「……はい」
アイドル関連の知り合いなどと言われれば一人しか思い浮かばず、間違いなくその人で正解だろう。
気を遣ってくれているのが分かるのでありがたいといえばありがたいのだが、少々過保護すぎやしないかと少し恥ずかしくなった。
というか、本当に他事務所のアイドルに対してもそういうことが言える辺り、良太郎さんのこの業界での顔の広さの片鱗を見た気がする。
「卯月ちゃんと未央ちゃんも、何か困ったことがあったら何でも相談してね? と言っても、私もまだまだデビューしたばっかりの新人みたいなものだけど」
「い、いえ、そんなこと!」
「あ、ありがとうございます!」
それじゃあレッスン頑張ってねと言い残し、鷹富士さんと白菊さんは去っていった。
「……はぁ、緊張しましたぁ……」
「うーん、アイドルの事務所なんだから当たり前なんだけど、やっぱり本物のアイドルと対面するってのはまだ緊張するねー」
「だね」
そもそも良太郎さん以外のアイドルとの接点なんてなかったのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
「それよりしぶりん! 凄いね、しぶりんにもアイドルの知り合いいるの!?」
「し、しぶりん?」
え、何それ私のこと?
そんなことを話しながら、私たちはレッスン室へと赴くのだった。
……ん? 今の未央の発言で何か聞き落としたことがあったような……?
「……宣材写真の撮影?」
「はい」
レッスン室でトレーナーさんに絞られた後、それが次にプロデューサーから言い渡された指示だった。これまた良太郎さんの言った通りで、またまた感心してしまう。
「おー! アー写の撮影だ!」
「本来ならば事務所のスタジオで撮影をする予定だったのですが……」
「へー、スタジオもあったんだ、この事務所」
先ほど三人で事務所内を色々と見て回っていたが、エステや大浴場まで完備しているこの事務所ならばそれぐらいはあっても不思議ではなかった。
「? ですがってことは、違うんですか?」
「いえ、撮影自体は行うのですが……」
無表情で分かりづらいが、それでも眉を潜めて困った顔をしながらプロデューサーは首の後ろに手を当てた。
「……『ミス・フォーチュン』と『チアフルボンバーズ』と『セクシーギルティ』と『ブルーナポレオン』と『フリルドスクエア』の撮影が被ってしまって、しばらくスタジオが使えないのです」
「クインティプル・ブッキングって何そのミラクル」
スタジオのスケジュール管理どうなってんのさ。
「じゃあ、撮影はまた後日ですか?」
「いえ。近くの撮影スタジオを借りておりますので、そこで撮影を行います」
自社スタジオがあるにも関わらず別のスタジオを借りなければないけないというのもアレな話でもあるが、この場合仕方がないのかもしれない。
「それと同時に、他のメンバーの紹介も行います」
「おぉ!」
「いよいよですね!」
他のメンバー……私たちと同じ、シンデレラプロジェクトのメンバー、か。一体どんな子たちの集まりなんだろうか。
というわけでプロデューサーに連れられ、撮影スタジオで他のシンデレラプロジェクトのメンバーと初顔合わせをした次第なのだが。
「………………」
うーん、何というか。
(……濃いなぁ……)
語尾に『ニャ』が付く自称猫キャラ少女。語尾に星や音符がついてそうな独特な喋り方でありながらどうみても身長が百八十はありそうな不思議ちゃん少女。銀髪碧眼で片言混じりのロシア少女。ロックを目指すというヘッドホン少女。日本語なのに言葉の意味が全く分からない銀髪ゴシック少女。堂々と『働いたら負け』と書かれたTシャツを着て居眠りをする少女。
他にもラクロスのラケットを持った少々色気漂う女の人やクッキーを勧めてくる少女などエトセトラエトセトラなのだが……なんというか、このメンバーの中だと逆に自分が浮いているような気がしてならなかった。
ただまぁ、これでようやく私たちのアイドルとしての活動……『シンデレラプロジェクト』が始動するらしい。
「あれれ~、なんだか賑やかだねぇ。何の集まりー?」
みんながワイワイと喜び合っていると、そんなことを言いながら一人の少女が私たちの控室に顔を覗かせた。
「か、カリスマ
上が水着にしか見えない露出の多い衣装にピンク色の髪。アイドルに疎い私でも、雑誌で一度はその姿と名前を目にしたことがある有名人だった。
「おねーちゃーん!」
そんな彼女に駆け寄る、金髪の小さな影。同じプロジェクトの仲間で、先ほどの自己紹介の時に
「ねーねー! これ何の衣装!?」
「今度のライブパンフ用だよ」
ピョンピョンと飛び跳ねながらじゃれつく少女を宥めるように頭を撫でる様は、確かに姉妹のやり取りである。
そんな二人に近づき、未央は城ヶ崎美嘉さんの手を取った。
「私、本田未央! 本日付でアイドルになりました!」
「へぇ。今日はアー写か何か?」
「はいっ!」
「そっか。アタシは違う部署だけど、よろしくね」
「よろしくお願いします!」
……随分とテンションが高いけど、やっぱりアイドルに直接会えるとああなるのが普通なのだろうか。
「それにしても、アンタたち凄いラッキーだよ~?」
一通り莉嘉の頭を撫でた美嘉さんはニシシと笑いながらそんなことを言った。
「実は今日、この撮影スタジオにすっごい人来てるんだから」
「え? すっごい人……?」
「えー!? お姉ちゃん、誰々ー!?」
「ふっふーん、な・ん・とっ! あの周藤良太郎さん!」
『えええええっ!?』
美嘉さんの口から放たれたその人物の名前に、多くの人物の驚きの声が重なった。
「す、周藤良太郎!? マジですか!?」
「お、お姉ちゃん、本当にっ!?」
「本当だよー! ふふん、実はアタシ、良太郎さんと面識があるからー……どーしてもって言うんならみんなに紹介してあげても――」
「へぇ、良太郎さんも来てたんだ」
「わー! りょうお兄ちゃんも来てるんだー!」
『……ん?』
思わず口から出てしまった言葉に、その場にいた全員が首を傾げた。そしてそのままその発言の基である私と……もう一人、シンデレラプロジェクト最年少の赤城みりあに視線が集まる。
「あれー? 凛ちゃんもりょうお兄ちゃんと知り合いなのー?」
「うん。実家が花屋で、よく花を買いに来てくれるんだ。そういうみりあも?」
「うん! 通学路が一緒で、前はよく朝一緒だったんだー!」
思わぬところで知り合いの知り合いに出会うことになった。まぁあの人、プライベートが全く無いとか騒がれている癖に結構普通にしてるからこーいう知り合いがいても別に不思議ではないが。
「って、何っ!? もしかして、さっき言ってたアイドルの知り合いって周藤良太郎のことだったのっ!?」
「す、凄いです凛ちゃん!」
「え、いやまぁ、うん」
「みりあちゃんもぉ、良太郎さんと知り合いなんてビックリだにぃ!」
「えへへー」
途端にシンデレラプロジェクトの面々から取り囲まれる私とみりあ。うーん、ただ単に知り合いってだけで別段凄いことでは無い気がしてしまうのは、アイドルとして以外の良太郎さんを知っているから思ってしまうことなのだろうか。
「あ、あはは、結構知り合いいたんだねー……。じゃ、じゃあ挨拶しておく?」
『はいっ!』
割といいところを持って行ってしまった気がしてしまった気がするが、全員で美嘉さんの申し出に賛同するのだった。
こうして、シンデレラプロジェクトと周藤良太郎は初めての邂逅を遂げる。
この時の邂逅を、後に私たちはこう振り返る。
――『いくら何でもこれはないわー』……と。
・白菊ほたる
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。キュート。
『幸運』な茄子と対をなす『不運』な13歳。今まで所属してきた事務所が全て倒産しているのは別にこの子のせいじゃないと思うんですけど(名推理)
ちなみに作者が某SSシリーズにハマっているせいで頭上から植木鉢が落ちてくる可能性があるので十分注意してもらいたい(他人事)
・『ミス・フォーチュン』
鷹富士茄子と白菊ほたるのユニット。
二人の幸運と不運が良い感じに中和されるらしい。
・『チアフルボンバーズ』
日野茜・姫川友紀・若林智香のユニット。
「カワイイボクと野球どすえ」はバラエティユニットらしいので、友紀は基本的にこちらに所属予定。
・『セクシーギルティ』
及川雫・片桐早苗・堀裕子のユニット……なのだが、今作では早苗さんの代わりに向井拓海が参加。第五話分であえて婦警姿にしてみたかった。
・『ブルーナポレオン』
佐々木千枝・荒木比奈・川島瑞樹・上条春菜・松本沙理奈のユニット。
アニメだと川島さんがいなかったけど、ただ単にいなかっただけなのか参加していないのかどちらなのだろうか。
・『フリルドスクエア』
工藤忍・綾瀬穂乃香・喜多見柚・桃井あずきのユニット。
声無し組の中では比較的お気に入り。この中だと作者はあずき推し。
・シンデレラプロジェクトメンバー
詳しいメンバー紹介は良太郎が出てから纏めてやります。しかしこうして羅列すると結構酷いなぁ。
・城ヶ崎莉嘉
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。パッション。
美嘉の妹で、妹ヶ崎とも称されるチビギャルな12歳。Lesson64にて後姿が確認されてから実に16ヶ月間を開けてからの登場である。
というわけで本格的に始まったアニメ本編。第二話からのスタートになります。
自社スタジオで撮影なんてされたら良太郎絡めへんやないか! ということで無理矢理良太郎が絡める状況にしました。よし、自然な流れだな(白目)
そして凛たちに『いくら何でもこれはないわー』と言わしめる衝撃の邂逅は次回です。
『どうでもよくない小話』
六月一日に『Cute Jewelries! 003』が発売されますね。ようやくしきにゃんや桃華ちゃまのカバーが聞け――。
『ウルトラ リラックス』歌:宮本フレデリカ
――こんなん絶対面白いやん!