765プロのみんながいるところに来たら、何やら美味しそうなお弁当が広がっていたので一つ頂戴してみた。
「いや、ホント美味いなこの玉子焼き。紅しょうががいい感じのアクセントになってる」
「ありがとう」
「あ! 唐揚げ! 唐揚げは作ったのアタシだよ!」
「お、マジで? んじゃこれも一つ……」
「アンタは何をやっとるかぁぁぁ!」
「ごっ!?」
りんが作ったという唐揚げに手を伸ばそうとすると、麗華の膝が俺のこめかみに突き刺さった。直撃の瞬間、短パンの隙間からチラリと白い布が見えたような気がするが、激しい頭痛(物理)に悶える俺にそんなことを考える余裕は無かった。
おっぱいの大きな誰かの胸元に倒れこむなんて素敵なイベントは起こらず、そのままビニールシートの上に倒れ伏す。主人公補正何処いった。貰った覚えもないけど。
「何する! お前は気付いてなかっただけかも知れないが、ちゃんと手は洗ったし、いただきますと手も合わせたぞ!」
流石にこの世の全ての食材には感謝を込めてなかったが。
「誰もそんなこと気にしてないわよ! アンタ何してんのよ!?」
「あぁ、さっきのサプライズ? どうどう? 格好よかった?」
「格好よかった!」
「格好よかったの!」
「格好よかったです!」
「はい、りんはこっち来てね」
「美希はこっちだぞー」
「愛ちゃんも、大人しくしてようねー」
ともみと響ちゃんと涼に引きずられていくりんと美希ちゃんと愛ちゃんを尻目に、麗華は俺の胸ぐらを掴む。
「やっちゃったことはもうどうでもいいわ。アンタの我が儘を通しちゃった運営側にだって問題があるんだから」
「ならこの手を離してほひいかなー」
「口の中の物をさっさと飲み込め!」
りんが作った唐揚げジューシーでとっても美味ナリ。
手を離してもらい、ゴクリと飲み込む。美味しかったからもう一個と手を伸ばすが、ビシッと手を叩き落とされてしまった。
「ほら、そこに正座」
「えー」
「「正座っつってんだろうが」」
「イエスマム」
麗華とりっちゃんの二人に睨まれ、仕方がないから正座する。しかしビニールシートの上に座ろうとしたら蹴り飛ばされた。シートの下ですかそうですか。
愛ちゃんが持ってきた包みはエビフライが詰められた重箱だったらしく、向こうではみんなが美味しそうに食べていた。俺も食べたいんだけどなー。
「それで? 今回の行動の理由は?」
「さっさと吐いた方が身のためよ」
「……言わなきゃダメ?」
絶対に言えない訳じゃないけど、あんまり言いたくないな。
「……ちゃんとした理由はあるわけね?」
「そりゃあもう。俺は仕事に関してだけはいつだって真面目だぞ」
「真面目にふざけてるのよね?」
「ふざけてるんじゃなくて遊び心だって」
「「……はぁ」」
同時にため息を吐かれた。
「もういいわ。どうせ今さら何言ったところでアンタは変わんないだろうし」
「これが周藤良太郎なんでしょうね」
何だろう、理解されたというか見限られたような気がする。
「とりあえず許されたってことで足崩していい?」
「「本当に反省してんの?」」
「もちろんです」
目が光っていたのは気のせいだと思いたい。
とりあえず情状酌量の余地ありと判断されたようで、正座を崩すことが許された。
またシートの上でみんなと一緒に、とも思ったのだが、女の子のアイドルの中に一人男が交じってご飯を食べてたら色々と不味い気がした。俺はバレないだろうけど、765や876や1054のみんなに変な噂が立っても困るし。
今は壁際で赤羽根さんと並んで立っている。
「いやホント、いきなり良太郎君が出てきた時にはビックリしたよ」
「あれぐらいのサプライズはこの業界ではよくあることですって。いずれ765のみんなもやる機会が来ますよ」
「そ、その時は是非参考にさせてもらうよ」
俺も舞さんのやったやつを参考にしてるんだけどね。あの人サプライズ好きだから。ドーム公演でパラグライダーで登場とか、呼ばれてない音フェスに勝手に乱入とか。
……やっぱりあの人俺以上だって。俺があの人の再来とか冗談だろ。
「それにしても、765のみんな大活躍じゃないですか。このまま行けば優勝もあるんじゃないですか?」
電光掲示板に表示された得点を見上げると、そこには現在一位に輝く765プロダクションの名前が。二位との点差は小さいが、このまま維持できれば本当に優勝もありえる。ちなみに麗華達1054プロは五位。愛ちゃん達876プロは下から三番目だ。流石にこの二つが今から優勝を狙うのは難しいだろう。
二位は……えっと、こだまプロダクション? あんまり聞いたことないんだけど、有名なアイドルグループとかいたのかな?
「ここで優勝出来ればきっと注目度も上がる。……最も、良太郎君が全部持ってっちゃったような気もするけど」
「そこら辺は心配しなくても大丈夫です。流石に考え無しにこんなことした訳じゃないですよ」
「……本当に?」
あ、凄い訝しげな目。
「これはアイドルの先輩である俺から頑張ってる後輩達へのちょっとしたサービスですよ。この運動会で優勝することが出来れば、より一層の知名度を約束しましょう。周藤良太郎の名に懸けてね」
「……まぁ、元々優勝は目指してたからね」
「是非頑張って下さい」
身内贔屓だけど、俺としては765か876に優勝してもらいたいかな。流石に優勝自体は自分達の力で掴んでもらわないといけないけどね。そこまではサービスしてあげられないから。
しかし、まぁ。
(何事もなければ、だけどね)
「あの765プロとかいうプロダクション、ちょっと生意気じゃない?」
「ちょっとプロデューサー、あいつらなんとかしてよー」
「まぁまぁ、大丈夫大丈夫」
――優勝するのは、こだまプロって決まってるんだから。
午後の競技が再開されると同時に、良太郎君は去っていった。
――イチオー部外者ですからねー。
そんな今更なことを言いながら、引き止めようとする美希を華麗に躱していた。流石にファンのあしらい方は心得ているようだった。
それで、良太郎君が見ているのだから頑張ろうと全員が奮起して挑んだ午後の部なのだが、ハプニングが起きた。それも良太郎君のサプライズ的な意味ではなく、本当の意味でのハプニング。
二人三脚の途中、伊織と共に走っていた真が転んで膝を怪我をしてしまったのだ。応急処置は済ませたが、このままでは全員参加リレーに出場できない。果たして、一番足の速い真を欠いた状態で勝てるかどうか……。
「……やよい、どうしました? 先ほどから元気がないようですが……」
「え?」
貴音の声に振り返る。確かにいつものやよいの明るさはそこになく、何かに思い悩むように顔を俯かせていた。
「……別に、何も……」
「何も無い訳ないでしょ。ずっと下向きっぱなしじゃない」
「やよい、何かあるなら言っていいんだよ」
「………………」
伊織と真の言葉に促されて、やよいは躊躇いながらも口を開いた。
――ま、アンタみたいな足手まといがいたんじゃ、絶対に優勝なんてできないだろうけど。
それが、やよいが新幹少女のメンバーから言われた言葉だそうだ。
「……765プロは絶対に優勝なんか出来ないって言われて……それで、負けたらって思ったら……」
いつも笑顔のやよいの表情が悲しみに歪み、その瞳から大粒の涙が零れ落ちる。あずささんと亜美達が慰めるが、その涙は止まらない。
「……律子、僕も全員参加リレーに出るよ」
「真……」
真は座っていたパイプ椅子から立ち上がる。その膝には痛々しい包帯が巻かれている。しかし、しっかりと真は立ち上がった。
「そんなこと言われて、黙ってられるか……!」
ギリッと奥歯を噛み締める真の瞳には、見間違えようも無い怒りの炎が浮かんでいた。
「……律子。俺、ちょっと行ってくる。ここ任せたぞ」
「え? 行くって、プロデューサー、何処へ……」
決まってる。
「ちょっと、こだまプロのところに」
黙ってられないのは、俺だって同じなんだ。
「765プロさんだって、分かってるんでしょ?」
こだまプロダクションのプロデューサーは、俺が765プロの人間だと分かると嫌な笑いを浮かべた。
「うちの新幹少女が優勝した方が、テレビ的に盛り上がるんだよ」
「では、ウチにわざと負けろと?」
「いやいやいや、そうハッキリとは言ってないよ。ちょっとだけ手を抜いてくれりゃ……ねぇ?」
「………………」
それは、八百長をしろという簡単な話だった。より盛り上げるために、より話題になるために、より視聴率をあげるために。人気のある新幹少女を優勝させる。弱小プロダクションが、大きなプロダクションのために舞台を譲る。この世界では、暗黙のルールとされていることなのかもしれない。
けれど、その場合、彼女達の頑張りはどうなる?今日まで頑張って練習してきた、彼女達の努力は一体どうなる?
俺は、そんな彼女たちの努力を無駄にはしたくない。
「ちょっと、失礼します」
けれど、俺一人の判断では無理だ。社長に話をしようと携帯電話を取り出して――。
「――テレビ的に盛り上がる……ねぇ?」
声が、した。
「何か765プロの方でやよいちゃんが泣いてるみたいだったからまさかと思ってみれば、案の定だ」
こだまプロのプロデューサーに連れてこられたロッカールーム。話を聞かれないために選んだ誰もいない場所だったにも関わらず、聞こえてきた第三者の声。
「こういう秘密の裏取引ってのは、人気の少ないところって相場が決まってるからねー。これだけ人が多い会場で人気が少ない場所ってのは少ないから、探すのは案外楽でしたよ」
最近になってよく聞くその声。知らない人がいないその声。
「それで? テレビ的に盛り上がるってのは……この周藤良太郎のサプライズよりも盛り上がるんですかね?」
先ほど分かれたばかりの良太郎君が、伊達眼鏡と帽子を外した状態でロッカールームの入口に立っていた。
「す、周藤良太郎っ!?」
「りょ、良太郎君……!?」
「どうも赤羽根さん、さっきぶりです。借り物競走での走り、お疲れさまでした」
その口調は昼休憩の時と何ら変わらない気さくなもの。しかし、その表情はいつもの無表情ながらも、何処かプレッシャーを感じさせる、そんな雰囲気を纏っていた。
「それで、こだまプロさん……でしたっけ? なかなか素敵な裏取引をしていたようですね?」
「ふ、フリーアイドルの君が、別のプロダクションの事情に首を突っ込むつもりかい?」
良太郎君の雰囲気に一瞬気圧されたこだまプロのプロデューサーだが、気丈にもそう言い返す。
「別に? この業界の裏側でそういったやり取りや暗黙のルールがあることぐらい、四年間もこの世界にいればいくらでも体験する話ですよ。今さらどうこういうつもりはありません」
「だ、だったら……!」
「でもね、こんな言葉聞いたことありませんか?」
近寄ってきた良太郎君は、右手の銃の形にすると人差し指をこだまプロのプロデューサーの額に突き付けた。
「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。……撃たれる覚悟もねぇ癖に、会社の名前なんてちゃちなもん振り回してんじゃねぇよ三下」
「っ……!?」
その冷たい言葉に、ぞくりと背筋が震えた。
「とはいえ、こだまプロさんが自分の実力で優勝したっていうんだったら勿論話は別ですけどね? そんな裏取引とか一切抜きにして、正々堂々と勝負しましょう。……せっかくの運動会なんだから、ね」
表情が変わらない良太郎君の声は、既にいつもの明るい暖かな声に戻っていた。
・紅ショウガ入りの玉子焼き
作者にとっての母の味。玉子焼きは家庭の数だけ味があるから面白い。
・激しい頭痛(物理)
所謂シャイニング・ウィザード。顔じゃないからセーフです。
しかしおかげでせっかくのパンチラチャンスを逃す羽目に……無念、良太郎。
・主人公補正何処いった。
チートの分際で何を言うか。
・この世の全ての食材に感謝を込めて
いただきます(迫真)
・りんが作った唐揚げ
実はそんなに料理が得意じゃないりんちゃん。けれど何となく良太郎が来るんじゃないかという乙女の直感を頼りに自分も料理を作るとともみに相談をし、前日から仕込みを手伝って、火傷をしそうになりながらも頑張って作った愛情唐揚げ……とここまで考えたけど、今回の話は765メインのため割愛と相成りました。だってりんと美希を押しすぎっていう声があったんだもん……。
りんちゃんにはまだデートイベントなりなんなり残っているので、りんファンはもう少し待ってね!
・俺があの人の再来とか冗談だろ。
え?(驚愕)
・撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。
byフィリップ・マーロウ
・「撃たれる覚悟もねぇ癖に、会社の名前なんてちゃちなもん振り回してんじゃねぇよ三下」
(え、誰こいつ?)※良太郎です。
なんか銀行員のドラマでこういうスカッとする感じが流行りみたいなので。
読み返してみて前半と後半の温度差がパない。
とりあえず滑り込みで年内更新の約束は守れました。
みなさん、是非ともよいお年をお迎えください。