アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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文字数いつもより多いのに最後駆け足気味になってしまった……。


Lesson129 Where are my glass slippers? 5

 

 

 

「……はっ!? 良太郎さんの気配!?」

 

 美優さんが持って来てくれたサンドイッチを食べ終えそろそろ練習再開しようかという流れになったのだが、不意にまゆがそんなことを言いながら立ち上がった。

 

「……またですか、まゆさん」

 

 はぁと溜息を吐く志保。突然そんなことを言い出したにも拘らず驚きではなく呆れが先に来る辺り、もう慣れたものである。

 

「毎回思うんですけど、まゆさんのそれは何なんですか本当に」

 

「勿論、良太郎さんへの『愛』よぉ」

 

 キリッっと決めたつもりなのだろうが、口の端にパンのカスが付いているので全く締まらない。アイドルとしての才能と女子力とリョータローさん関連の事柄はハイスペックなのにも関わらず基本的にポンコツだよなぁ、この子。

 

 それを指摘されたまゆが顔を赤くしながら鏡を見て口元を拭っていると、ガチャリとレッスンルームの扉が開いた。

 

「ただいまー。練習は順調かね少女たちよ」

 

「お帰りなさぁい! 良太郎さぁん!」

 

 アタシたちの前髪が揺れる風が巻き起こる勢いでリョータローさんの下へと駆け寄っていくまゆ。本当もう我が親友のことながら犬にしか見えない。一体何回「本当に恋愛感情は無いのか」と突っ込めばいいのだろうか。

 

「あ、そーいえばリョータローさん。あのメッセージどーゆー意味だったんですか?」

 

「『ストライキなう』だけじゃ全く意味が分かんないんですけど……」

 

「んー、そのままの意味なんだけど」

 

 ということは、346の事務所内でストライキが起きたということでいいのだろうか。

 

「俺もそのストライキに参加したんだよ。……みんなの希望を護るために、ね……」

 

「りょ、良太郎さん……!」

 

 無表情ながら雰囲気的にキリッとしているような気がするリョータローさんにウットリとした表情を浮かべるまゆ。

 

((嘘くさいなぁ……))

 

 一方、アタシと志保は全く信じていなかった。

 

 

 

「……ま、本当に護れてたかどうかは微妙なところだったんだけどね……」

 

「? どうかしましたかぁ?」

 

「ん、何でもないよ」

 

 

 

 

 

 

 みくたちがストライキを始めて立てこもったと聞いて駆けつけてみたら、いつの間にか良太郎さんオンステージになっていた件について。

 

「なーんか、すっごいカオスなことになってきちゃったね~」

 

「み、みくちゃんたちがストライキを始めた時より大騒ぎになってます……」

 

 カフェテリア前で巻き起こっている騒動に未央は呆れながら頬を掻き、智絵理は目を丸くしていた。

 

 しかし良太郎さんが引っ掻き回してくれたおかげでどうやら事態は収束しそうである。いやまぁ現在進行形で別の騒動が起きていることに関しては目を瞑ろう。担当アイドルに卍固めをかけられて喜んでいるプロデューサーなんていなかった、いいね?

 

 そして本来の騒動の根本であるはずのストライキの方なのだが、少し目を離した隙に何故かカフェテリアのカウンターの向こうに良太郎さんが入っており、その目の前のカウンターにストライキ中の三人が座ってオレンジジュースを飲んでいた。

 

 何があったのかは知らないがどうやら三人とも気を抜いているようだ。今ならば気づかれずに近づくことが……ん? 何か様子が……。

 

「………………」

 

「あ、今なら三人に近づけるんじゃない?」

 

「あ! ホントだにぃ! じゃあきらりたちで杏ちゃんたちを――!」

 

「待って」

 

 バリケードに近づこうとしたきらりの腕を掴んで止める。何となくこの子なら私ぐらい簡単に振り払えるような気もしたが、そんなことせずにきらりはしっかりと止まってくれた。

 

「うきゃ? 凛ちゃん、どーかしたのかにぃ?」

 

「しぶりん?」

 

「……ちょっとだけ待ってくれないかな。多分、良太郎さんが何とかしてくれると思うから」

 

 くだらない要求を口にしてこれだけの騒動に発展させてしまうような人ではあるのだけれど……何となく、良太郎さんがみくたちのストライキを解決してくれるような気がした。

 

「……んっふっふ~、なんだかんだ言って、しぶりんもお兄ちゃんっ子ですなぁ」

 

「未央、私はグーで殴ることに躊躇いはないよ」

 

「怖いって!?」

 

 

 

 

 

 

「みく、ちゃん……?」

 

「……みくね、シンデレラプロジェクトのオーディションに受かって凄く嬉しかった……これでみくもアイドルになれるって……」

 

 俯いて見えない彼女の目から零れ落ちた涙の雫がポツリポツリとカウンターを濡らす。

 

「レッスン頑張って小さなお仕事頑張ってたら……いつかデビューできるって信じてた。……でも、凛ちゃんたちは他の事務所のトップアイドルに注目されるぐらい前に進んでるのに、みくはどんどん置いてかれて、放っておかれて……」

 

「他の事務所のアイドルに……?」

 

 この言い方からすると俺じゃないよな……あっ、もしかして春香ちゃんたち!?

 

 「客席で凛ちゃんたちと同じ企画に参加してる子たちと仲良くなった」とは聞いてたけど、まさかそんな風に思われるとは考えていなかった。

 

 ……いや、ちょっと考えれば気が付けたはずだ。他ならぬ俺自身が散々『トップアイドルが与える影響』について注意していたのだから。勿論、春香ちゃんたちを過小評価していたわけではない。恐らく『周藤良太郎』が与える影響ばかりに目を取られて視野狭窄になっていたのだろう。

 

「ねぇ、良太郎さん……みくと凛ちゃんたちの何が違うの? もっと頑張ればいいの? もっとってどれぐらい?」

 

 両側の莉嘉ちゃんと杏ちゃんが心配そうに見守る中、肩と声を震わせるみくちゃん。

 

「みく全然分かんない……このままは嫌……みくもアイドルになりたい……デビューしたい!」

 

「………………」

 

 少女の慟哭に対して伏せそうになってしまった目を無理やりこじ開ける。今ここで目を逸らす資格も権利も俺は持っていない。

 

 どれだけ「アイドルを護る」だとか「誰も傷つけない」だとか口にしたところで、結局またこれだ。

 

 本当に、自分の詰めの甘さが嫌になる。

 

「……まず謝らせてほしい。ゴメン、みくちゃん」

 

「……え……?」

 

「みくちゃんが言ってるのは、多分765プロの春香ちゃんたちのことだよね?」

 

「う、うん……」

 

「春香ちゃんたちに凛ちゃんたちの様子を見に行ってほしいって頼んだのは俺なんだ」

 

「えっ!? そーだったの!?」

 

「その日は仕事で行けなくてね」

 

 莉嘉ちゃんが驚きの声を上げる。顔を上げたみくちゃんも目を丸くしており、一方で杏ちゃんは「何となくそんなよーな気はしてた」とストローを咥えていた。

 

「勿論、凛ちゃんたちのこれからを期待して春香ちゃんたちに頼んだのは間違いない。でもそれはあくまでも凛ちゃんが俺にとって妹のような存在だからであって、今の凛ちゃんたちが『アイドル』として特別というワケじゃない」

 

 凛ちゃんたちには少々キツい言い方になってしまうかもしれないが、正直俺たちのレベルからしてみたら凛ちゃんたちとみくちゃんに大きな違いなんてない。冬馬風に言わせてもらうと「はっ、所詮おめーらは卵の皹の有無ぐらいの違いしかねーんだよ」といったところか。

 

「だからみくちゃんには誤解をさせて焦らせてしまったことに対して謝罪させてほしい。……本当にゴメン」

 

「そ、そうだったんだ……で、でも、みくがデビューしたいのは本当で……!」

 

 一瞬だけホッとしたような雰囲気を見せたみくちゃんだったが、すぐに自分が要求したかったことを思い出して立ち上がった。

 

「それも多分誤解だよ。みくちゃんはちゃんと武内さんに聞いたの?」

 

「も、勿論――!」

 

「『早くデビューさせて』じゃなくて『本当にデビューさせてくれるのか』って?」

 

「――あ……」

 

 ポロリと。目から涙と一緒に鱗が落ちたようだった。

 

「『早くデビューさせて』って聞き方したら、そりゃ武内さんだって返答に困るよ。『企画検討中』っていうのは、文字通り企画を検討している段階なんだからね」

 

「……そ、そんにゃ……」

 

「えー!? それじゃあ、全部みくちゃんの勘違いだったってことなのー!?」

 

「ふにゃぁ……!?」

 

 莉嘉ちゃんの悪気のない一言にノックアウトされ、みくちゃんは再度カウンターに突っ伏してしまった。僅かに覗く耳が真っ赤になっており、莉嘉ちゃんの言う通り全部自分の勘違いだったことが相当恥ずかしいらしい。

 

「杏ちゃん、もしかして全部気付いてたんじゃないの?」

 

「なんのことー? あんずしらなーい」

 

 わざとらしい棒読みだなぁ。やっぱりこの子、口や態度はアレだけど多分恐ろしく頭が良い気がする。

 

「とにかく、焦っちゃダメだよみくちゃん。小さなお仕事を頑張ってれば絶対に、とは言えないけど。それでもデビューが早いからっていいワケじゃないんだから」

 

 その辺のことをしっかりと考えるために俺たちアイドルには『プロデューサー』という存在がいるのだから。

 

「でもまぁ、誤解させてしまったことに関しては全面的に俺が悪かった。お詫びになるかどうかは分からないけど、みくちゃんの初ステージは俺も見に行かせてもらうよ」

 

「えっ!?」

 

「やっぱりお詫びにはならないかな?」

 

「そ、そんにゃ! 良太郎さんが来てくれるのはすっごい光栄だけど……!」

 

 

 

「でも良太郎さん、また仕事だったらどうするの?」

 

 

 

「「………………」」

 

「? 杏ちゃん、アタシ今何か変なこと言った?」

 

「言ってないよー。いやぁ、無邪気故の正論だね」

 

 文字通りぐうの音も出ないぐらいの正論だった。

 

 えぇい! しかし俺は取り消さんぞ!

 

「初ステージは無理でも、絶対に一回は見に行く! こうなったらプロジェクトメンバー全員のライブを見に行ってやろうじゃないか!」

 

「ふにゃ!?」

 

「えー! ホントにー!」

 

 正直ヤケクソ気味ではあったが、それでもこうなったら乗りかかった船だ。

 

 

 

「約束する。この周藤良太郎がシンデレラプロジェクトの行く末をしっかりと見届けよう」

 

 

 

 

 

 

「ま、前川さん、城ヶ崎さん、双葉さん……!」

 

 ようやく出来上がったカフェラテ(目の前にいたのでふと思いついて描いた猫のデコラテ)を菜々ちゃんに渡していると、騒ぎを聞きつけた武内さんがようやく駆けつけてきた。

 

「ほら、みくちゃん。今度はちゃんと真っ正面から聞くんだよ」

 

「う、うん」

 

 おずおずと武内さんの下へと向かうみくちゃんの背中を見送りながら、俺は溜息を隠さずにはいられなかった。

 

「お疲れー良太郎」

 

「お疲れさまです、良太郎君」

 

「姫川……じゃなくて、友紀、茄子」

 

 事の成り行きを黙って見守っていたらしい二人がニコニコと笑いながらこちらにやって来た。

 

「何、その満面の笑顔」

 

「いやー、良太郎がちゃんと先輩してるなーって思ってさ!」

 

「高校では後輩からもお説教を受ける側でしたからね」

 

 わりと今でも年下から説教を受ける機会は多いけどとはあえて言わない。

 

 それに、今回は自分で蒔いた種の後始末を自分でしただけに過ぎない。みくちゃんの誤解だって、俺が解かなくてもいずれは自然と解決したものだ。

 

 だから、俺が今回したことなんてカフェラテを淹れながらみくちゃんに謝っただけ。

 

「そうだねー。場を混乱させてあの子たちのストライキをうやむやにしたり」

 

「しっかりと落ち着いて話を聞いてあげたぐらいですもんね。それも大事なことですよ」

 

 くそぅ、なんだこいつらの「分かってる分かってる」みたいな雰囲気は。

 

「何はともあれ、今から俺も一緒に方々に謝りにいかないと。いくらなんでも他事務所で好き勝手やりすぎた」

 

 今西さんには全力で頭を下げないとなぁと溜息を吐きながら、これ以上の混乱を防ぐために変装用の伊達メガネと帽子を装着した。

 

「良太郎さん! みくたちもちゃんとデビュー出来るって!」

 

「やっぱり。でも良かったね、みくちゃん」

 

「うん! ありがとう! 良太郎……さん……?」

 

 ん? 満面の笑みで武内さんのところから戻ってきたみくちゃんが固まった。

 

「……で、電車の……!?」

 

 そして何故か震える指先で俺を指しながら顔が真っ赤になっていく。

 

 電車のって何?

 

 

 

「ふにゃあああぁぁぁあああぁぁぁっ!!??」

 

 

 

 ドドドッ……!

 

「「「………………」」」

 

 君も謝りに行かないといけないんだよーと言う暇無く走り去るみくちゃんの後姿を、俺たちはただ見送ることしか出来なかった。

 

「……え、良太郎、あの子に何したの?」

 

「……何もしていないと信じたい」

 

 

 

 その後、真っ赤になり少々余所余所しくなりながらも戻ってきたみくちゃんも含め、莉嘉ちゃん、杏ちゃん、そして三人の監督者である武内さんに加えて俺も一緒に方々へ謝罪行脚へと向かうのだった。

 

 笑いながら「こちらこそありがとうね」と許してくれた今西さんには本当に感謝したい。

 

 

 

 

 

 

『――以上が事の顛末です。ゴメンね! テヘペロ! 良太郎より』

 

 

 

 ダダダダダッバタンッ!

 

「良太郎のバカは何処に行ったあああぁぁぁ!?」

 

「あ、社長」

 

「『やっぱりコーヒーは士郎さんのが一番だよな!』とか言いながら翠屋へ行きました」

 

 

 

 

 

 

おまけ『良太郎のお手製カフェラテ』

 

 

 

「あのー、お客様から苦情が……」

 

「え、個人的には会心の出来だったんだけど」

 

「なんでも『周藤良太郎が手ずから淹れたカフェラテなんて勿体なくて飲めるワケないだろ!』と……」

 

「……是非とも冷める前に飲んでもらいたいんだけど」

 

 

 




・ポンコツまゆ
ころめぐの反対に優等生キャラにするはずがドウシテコウナッタ……。

・卍固めをかけられて喜んでいるプロデューサー
PaPは『けが』無いから大丈夫です。

・「ふにゃあああぁぁぁあああぁぁぁっ!!??」
赤色の短編集のフラグ回収です。尚、依然として良太郎は気付いていない模様。

・「良太郎のバカは何処に行ったあああぁぁぁ!?」
伝統芸能。ようやく『部長オチ』ネタを使えて作者は満足です。

・おまけ『良太郎のお手製カフェラテ』
ブルーアイズマウンテンぐらいの値段しそう(ジャック・アトラス並感)



 これでようやく良太郎とシンデレラプロジェクトの本格的な接点を作ることが出来ましたね(肝心のみく説得シーンから目を逸らしつつ)

 良太郎のメンタルが若干弱くなっていると感じられた方もいらっしゃると思いますが『数少ない同期で何だかんだいって一番の親友と言っても過言ではない三人娘』が現在日本を離れていることが原因だったりします。しかしそれがフラグになることは(今のところ)ないです。

 さて次回はいよいよニュージェネデビュー回……の前に番外編です。久しぶりの恋仲○○シリーズをお送りいたします。



『サンシャイン第六話を視聴して思った三つのこと』
・花丸幼少期の「じゅら」が可愛すぎる件について

・困った時の堕天使

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