「……現在私は、私が理想とするアイドルの素質たり得る人物を集めている。私自身が立ち上げるプロジェクトの花形たりえる少女たちだ。
志希の登場で若干取り乱していた美城さんが落ち着き、ふぅっと息を吐いてから事情を話してくれた。
ちなみに志希の奴は素知らぬ顔で退出しようとしてやがったので、首根っこを摑まえて強制的に確保した。
「彼女の持つ才能に気付いた私は、是非一緒に日本に戻ってアイドルにならないかと持ち掛けた。すると彼女は『アイドル』という存在に興味を示し、日本に戻ってから正式に我が346プロと契約を結ぼうという話になったのだが……日本に着いてから全く連絡が取れなくなってしまったのだ……」
それがこのバカ娘、ということですか。
「志希、どういうことだ?」
「んー、日本でアイドルっていうのになれば、もっかいリョータローに会えると思ったから日本に戻って来たんだけど、その前にリョータローに会えたから、まぁいっかなーって!」
「よくねーだろ」
「でも契約書にサインしてないもーん」
正直屁理屈ではあるが、確かに正式に契約していないのだから公的には全く問題ないのがタチ悪い。
「えっと、すみません美城さん、なんか横取りというか、油揚げを掻っ攫うトンビみたいな真似しちゃって……」
「ふ、ふふ……いいさ、周藤良太郎のお眼鏡にかかったということは、私のアイドルを見る目に箔が付いたようなものだからな……」
あからさまな強がりに、本当に申しわけなくなる。
しかもこちらの事務所はこちらの事務所で若干志希の取り扱いに困っている状況なのだから猶更申し訳ない。美城さんは志希を組み込んだ企画を考えていたというのに、こちらはとりあえずレッスンを受けさせることしかできないのだから……。
「……ん?」
そこでふと気が付いた。というか思い付いた。
「それじゃあ美城さん、一つ提案というかお願いしたいことがあるんですけど」
「何かな?」
「少しの間、そちらの事務所で志希のことを預かってもらえませんかね?」
「……何?」
「りょ、りょーくん?」
「えー!? リョータローそれどーいうことー!?」
美城さんはピクリと眉を動かし、りんは困惑し、志希は声を荒げる。俺の発言に対し、三者三様の反応を見せた。
「実はお恥ずかしいことに、今ウチの事務所だと少し志希のプロデュースにまで手が回っていない状況なんですよ」
「だからと言って……そうか、去年の765プロダクションのアリーナライブ、そのバックダンサーか」
「流石。美城さんはご存知でしたか」
説明する前に美城さんは俺が提案した理由に気付いて納得してくれた。
要するに、去年恵美ちゃんとまゆちゃんの二人をバックダンサーとして765プロに出向させたように、今回も志希を346プロに出向させよう、ということだ。
「そうですね……美城さんが考えている企画がある程度落ち着くまで……というのはどうでしょうか」
「……私はその提案に対して異存はない。互いに利益のある話だからな」
どうやら美城さんは納得してくれたようだ。
「……ぶー……」
しかし志希の方は不満があるようだ。
「お前もこっちの事務所にいたところでレッスンに身が入ってないんだろ? だったら、ちゃんとアイドルデビューさせてくれるところに行った方がいいだろ」
「……それは、その……分かってるんだけどさ……」
「……別にお前を移籍させるとか、そういう話じゃない。お前に少しでも早く『アイドルの楽しさ』を分かってもらうためだよ」
分かってくれ、と頭を撫でる。女の子に、というよりはペットに物を言い聞かせるような感じになってしまったが、志希は唇を尖らせながらも頷いてくれた。
「いい子だ」
「……ふーんだ。こっちの事務所でアイドルやってるうちに、こっちの方が楽しくなってリョータローの事務所辞めちゃっても知らないんだからねー!」
ベーッと舌を出す志希。……まぁそうなったらそうなったで少し……いや、結構寂しいが、それが志希の望む道ならば考えるかもしれない。
「そういうわけで、よろしくお願いします、美城さん。兄貴には俺から話しておくので」
「分かった。詳しい話はそちらと話をして突き詰めることにしよう」
さて、これでこっちの話は一件落着。
「ついでに、もう一つだけお願い聞いてもらえませんか? というか、こちらが本題ですかね」
「なんだね?」
「先ほどのアイドル部門解体の件です。勿論、無条件に考え直せとはもう言いません。だから本当に、一つだけ。……シンデレラプロジェクトのプロデューサー、武内駿輔さんが貴女に提案する代替案を、無下にせずにしっかりと一考してあげてください」
「……何?」
我ながら随分と奇妙なお願いに、美城さんも眉間を寄せた。
先ほど凛ちゃんたちから聞いた話では、今現在彼はシンデレラプロジェクトを存続させるための代替案を必死に考えているらしい。
「彼は他事務所の俺でも分かるほど優秀なプロデューサーです。彼ならばきっと貴女も納得する代替案を持ってくると信じています」
だからしっかりとそれを受け取って一考して欲しい、ということだ。
「……そんなことが君の願いか? 君に言われなくともしっかりと企画には目を通す、そしてそれがダメならばバッサリと切り捨てる」
「それで構いません」
他事務所の俺は346プロ常務である美城さんの経営方針に口出しすることは出来ない。
だから彼女に真正面から異を唱え、そしてアイドルたちを守ることが出来るのは他ならぬ『346プロダクション所属プロデューサー』である武内さんだけなのだ。今の俺に出来ることは、彼女たちを助ける魔法使いの手助け。それぐらいなのだ。
「企画が有用だと判断したら、しっかりと武内さんやアイドルたち全員に猶予期間を与える。強行手段に出ない。そう約束してくれるだけでいいんです」
お願いします、と頭を下げる。
「……頭を上げてくれ、周藤君。分かった、約束しよう」
「ありがとうございます」
これで美城さんへの窓口は広がった。あとは武内さんが彼女を納得させるだけの企画を提出するだけ。
もしかして俺のお願いは全く無駄だったのかもしれないけど、これが今の彼女たちにしてあげることが出来る精一杯だ。
(……後はお願いします、武内さん)
――俺の妹分を――妹分
「それじゃあ、そろそろお
「む……そうか。すまないな、碌なもてなしも出来なかった」
「いえいえ、こちらは二つもお願いを聞いてもらっちゃったので、それだけで十分ですよ」
途中から退屈そうだったりんや志希と共に立ち上がる。
「志希を預かってもらうことですし、これからも度々こちらの事務所にお邪魔させてもらうこともあると思いますが……」
「大歓迎だ。専用の許可証も用意しておこう」
熱烈歓迎ぶりに内心で苦笑する。
「それじゃあ……」
「待ちたまえ、周藤君」
お邪魔しました、と部屋を出ようとしたところを美城さんに呼び止められた。
「二つも君の要求を聞いたのだから、こちらの要求も一つぐらい聞いてくれてもいいのではないかね?」
「……はぁ、やっぱりそう来ましたか……」
来るのではないかと思っていたが、予想通りだった。
「周藤良太郎に要求をできる機会は少ないからな……何、君には
「一筆って……!? りょーくんに何させるつもりよ!?」
その言葉に強く反応したのはりんだったが、そこまで過剰に反応しなくてもいいと窘める。
「で、でもりょーくん!」
「そうだ、何も心配する必要はない」
そう言いつつ彼女が俺に差し出したものは――。
「ここに『ミッシーへ』と名前入りで君のサインを書いてくれるだけでいい」
――なんの変哲もないサイン色紙だった。
「………………えっ?」
唖然とするりんにとっては予想外だったらしいが、彼女のことをよく知っている俺としては予想通りだった。
「やっぱりですか……」
「当然だ。君は日本に帰って来てからサインを一新したと聞いていたのでな」
俺がサラサラとサインを書いてご要望通りに『ミッシーへ』と書き添えてあげると、キリッとした表情は変わらないものの美城さんの目はキラキラと輝いているのが分かった。
「そうそう、先日発売されたカバーアルバムも購入させてもらった。765プロの『エージェント夜を往く』をあそこまで歌い上げるとは……流石だと感服するよ」
「ありがとうございます」
「是非次は日高舞の『ALIVE』をカバーしてくれると嬉しいのだが」
「いやー、舞さんが『この曲は愛に歌わせるっ!』って息巻いてたから無理じゃないですかね」
「そうか……残念だ。……あぁ、ついでのようで申し訳ないのだが、君のサインも貰えないだろうか、朝比奈りん」
「……えっ!? あ、いや、別にいいですけど……」
「ありがとう。魔王エンジェルのサインを貰う機会は今までなかったのでな。日本に戻ってきてくれて嬉しいよ。また以前のような活躍を期待している」
「……あ、ありがとうございます……」
ホント、この人結局ただのアイドル好きだからやりづらいんだよなぁ……。
ともあれ、これで凛ちゃんのシンデレラプロジェクトの問題は解決……というわけではない。寧ろここからが始まりだ。
果たして、武内さんは美城さんを納得させる代替案を提案できるのか。
果たして、凛ちゃんたちはその代替案を成功に導くことが出来るのか。
それとも、美城さんのプロジェクトが成功して自身の計画を推し進めるのか。
志希も預かってもらうことだし、もうしばらく346プロから目を離せそうにないらしい。
「ふぅ……今日は予想外の収穫があった……まさか周藤良太郎が事務所に来ているとは思わなかった。しかも連絡が取れなかった一ノ瀬志希も期間限定とはいえ我が事務所に所属してくれるとは……おかげで問題なくプロジェクトを進めることが出来る。新プロジェクト、その中核を成すユニットを……」
――速水奏。
――
――
――そして一ノ瀬志希。
「……あと一人だ」
・つまり……どういうことだってばよ?
常務、アメリカで志希と遭遇&スカウト。志希は頷く(未契約)
↓
日本で改めて契約を! と意気込んで日本に着いた途端志希バックレる(元々志希の目的は良太郎に会うため)
↓
諦めた常務の所に他事務所所属になった志希登場!
そりゃあキレます。
・「そちらに事務所で志希のことを預かってもらえませんかね?」
ワンパターンですが、これが良太郎をこちらの事務所と絡ませる手っ取り早い方法なので(震え声)
だだだ大丈夫ぶぶぶ、みみみミリオンライブ編ではもう少しマシににに……。
・「無下にせずにしっかりと一考してあげてください」
そしてこちらも唯一良太郎が無難に取れる手段。一応これで武内Pは原作よりもう少しすんなり企画書を受け取ってもらえるようになりました。
・「ここに『ミッシーへ』と名前入りで君のサインを書いてくれるだけでいい」
誰 だ お 前 は ! ?
・『エージェント夜を往く』
765プロの楽曲。真が歌うバージョンが一番ポピュラーだが、某動画サイトのせいで亜美真美バージョンが一番知名度が高い。とかちつくちて。
・『ALIVE』
日高愛の楽曲で、現役時代の日高舞の持ち歌でもある。
「DS十周年ぐらいのときに舞さんとのデュエットバージョンこないかなw」と軽いノリで調べてみたら、既にDS版発売から八年が経とうとしている事実に作者の口からは赤い鮮血が(ry
・塩見周子
・宮本フレデリカ
名前の登場は初ですが、紹介は初登場時に。
利益ばかりを求めていた堅物常務が一転、なんとアイドル好きな人の良い女性に!どうしてこうなった!
「この事務所のアイドルにバラエティや色物は相応しくない」という考え自体に変化はないので、大きくストーリーは変わりません。
しかし、ただのキャラ崩壊かと思いきや「ファン目線で物事を考えることが出来る」という一点を追加しただけでとんでもない魔改造キャラと化しました。
そのせいでウサミンやなつきちのイベントはほぼ原作通りに進みますが、楓さん離反イベントが
結果どうなるのかという……
魔改造を受けてプラス補正が掛かった美城常務
VS
原作イベントが発生しなかったためマイナス補正が掛かったCP
というルナティックモード突入です。……どーすんだよコレ(焦)
そしてラストシーン。この四人の名前が出てくるということは、つまり……?
※次話は作者取材のため番外編です(プロットが尽きた)