「……っていうことだから、兄貴調整よろしくな」
「……はぁ、お前はまたそういう突拍子もないことをなんの相談もなく……」
「悪い話じゃないだろ?」
「悪い話じゃないのが余計にタチ悪いんだよ」
346プロにて美城常務との密談(笑)を終えて自分の事務所に戻ってきた俺は社長室の兄貴の下へ赴き、先ほど決まった志希の出向について報告をした。はぁっと重苦しい溜息を吐いていた兄貴だが、結局悪い話ではないのでどうやらそのまま話を進めてくれるようだ。
「まぁ向こうも向こうでまだ美城さんのプロジェクトは始まってないらしいんだけどね」
なので結局、しばらく志希はこちらにいることになる。向こうに預ける前にもう少し体力は付けさせておきたいので、今は三人娘と一緒にレッスンを受けているはずだ。
「この私とどっちが良太郎さんに相応しいか……勝負です!」
それは123プロのレッスンルームに響き渡ったまゆの声だった。
「……えっと、まゆ?」
「何を言い出しているんですか、まゆさん……」
突然のことに、今日一緒にレッスンをする予定だったアタシと志保が呆気に取られる。
その勝負宣言はアタシたちに向けられたものではなく。
「えーまたー?」
最近新たに123プロの一員となった一ノ瀬志希に対して向けられた言葉だった。
本当ならば、志希は今日の午前中にレッスンを受けていたはずなのだが、途中で失踪してしまっていたらしい。リョータローさんが「失踪癖がある」とは言ってたが、正直冗談だと思ってた……。
しかしどうやら真面目にレッスンを受ける気になったらしい。一体どういう風の吹き回しだろうか。
「またって、まゆさん、以前にも同じことを?」
「えっ? いえ、そんなことは……」
「んーん、まゆちゃんじゃなくてー346プロって事務所で前川みくって子に同じこといわれたのー。あの時は『どっちが猫ちゃんキャラが相応しいか』とかなんとかー」
一体どういう経緯で346のみくちゃんと知り合ったのかは分からないが、確かに言われてみれば志希は猫っぽい。成程、猫キャラとしては見過ごせなかったのだろう。
「そのときはオセロとか将棋とか囲碁とかチェスで勝負したんだー。全部勝ったけどー」
「えっ」
確か飛び級で大学生になる天才……ってリョータローさんが言ってたから、純粋に頭がいいだけじゃなくてそーいうことに対する頭の回転が早いのだろう。
「それで? まゆちゃんは何であたしと勝負するの?」
「……え、えーっとぉー……」
志希に尋ねられると、自分から勝負を持ちかけておきながら何故かまゆは口ごもった。疑問に思った志保と共にこそっと後ろに回された彼女の手を見ると、そこにはトランプが。……まゆ……。
「……はぁ。そもそも、どーしてまゆさんは志希さんと勝負がしたいんですか」
見るに見かねたらしい志保が助け船を出し、勝負から話題を逸らした。
「っ! そ、それは勿論、どちらが良太郎さんに相応しいか――!」
「相応しいっていうのは何に対しての話ですか? まず現実的に考えると仕事のバックダンサーとしての意味合いですが、そもそも周藤良太郎は自身のステージにバックダンサーを必要としないというのは有名な話ですのでまゆさんが知らないハズないですよね? 次は番組出演の際のバーターとしての意味合いですが、これも周藤良太郎として仕事を贔屓することはないとおっしゃっています。共演ならともかくバーターとして私たちに仕事を持ってくることはあり得ませんし、私たちも良太郎さんに仕事を持ってきてもらうようなことは絶対にしないと決めたはずです。そもそも今の志希さんはお仕事どころかアイドルデビューすら出来てない状況ですから、周藤良太郎と仕事をする可能性はほぼ無いと考えていいでしょう。そして最後に……じ、人生のパートナー的な意味合いですが、それは常日頃からまゆさん自身が『私のこれは恋愛感情じゃない』と言っているじゃないですか。それならばそういう関係性をまゆさんが求めるとは考えられません。……それで、結局まゆさんは何に対して『良太郎さんに相応しい』とおっしゃったんですか?」
「――メグえもーん! 志保ちゃんがイジメてきますー!」
ひーんっ! と情けなく泣きついてきたまゆ太君の頭をヨシヨシと撫でる。助け船かと思って乗り込んできたところを容赦なく突き落とす様は正に外道。心なしか志保も楽しそうだったような……。
「もー志保! 先輩イジメちゃダメでしょ!」
「まゆさんがご自身の立ち位置をしっかりとしないからじゃないですか」
「そ、それは……! それはっ……!」
「まゆは、どっちがこの事務所の中でリョータローさんに一番可愛がられる『後輩ポジション』に相応しいかを決めたいんだよねー?」
「そ、そうです! それです! 恵美ちゃん今いいこと言いました!」
「いいこと言ったって、もう完全にそれ恵美さんの言葉に乗っただけじゃないですか……」
追い詰められたまゆがポンコツになるのは、まぁいつものことである。
「大体、一番可愛がられる後輩って言っても、ハッキリ言って良太郎さんの志希さんへの対応は割と雑な部類に入ると思うんですけど」
「それは雑じゃなくてフランクって言うんですよぉ! 確かに良太郎さんは親しくなるとフランクになりますけど、女の子に対しては基本的に優しくて、あそこまで遠慮なくものを言うってことないじゃないですかぁ!?」
「……優しく……?」
志保が凄く胡散臭いものを見るような目になったが、まゆの言いたいことは分かった。
なんというか、リョータローさんは時折、まるで子供たちを見守るように
それはアタシたち同じ事務所の後輩だけでなく、春香さんたち先輩アイドルも同じ。リョータローさんが本当に気兼ねない物言いをするのは、アタシが知っている中では社長とジュピターの三人、それに恭也さんぐらいだ。
「そんな良太郎さんと、まるで肩を並べているような対等な関係の志希ちゃんが羨ましいんですぅ! まゆだって『こらまゆ! いい加減にしないか!』みたいなことを言われるポジションになりたいんですぅ!」
「……面倒くさいなぁこの人」
志保は遂には取り繕うことすらしなくなった。
「こうなったら自棄です! 悪いこといっぱいして、志希ちゃんみたいみたいに怒られます!」
「へー、例えば?」
「えっ。……その、志希ちゃんみたいにレッスンを勝手にお休み! ……したらその分を取り返すのに時間がかかっちゃいますよね……。な、なら志希ちゃんみたいに失踪を! ……お仕事に穴を開けるなんてもっての他ですから、オフの日に……」
「それ普通のオフじゃないかな」
やっぱり根っからの良い子であるまゆに志希の真似は無理だった。
「………………」
それにしても、先ほどから志希がやけに静かだった。
まさかまた失踪したのかと思ったがそんなことはなく、しかし柔軟体操のために床に腰を下ろした状態で、何故かアタシたちを見ながら呆気に取られたような表情をしていた。まだ出会って間もないながらも、普段の志希の様子から考えると珍しい表情だということは分かった。
「志希、どうかした?」
「え、いや……まゆちゃんは、そんなことが羨ましいの?」
「羨ましいに決まってますよぉ! 代わってくださいよぉ! 良太郎さんに『はぁ……ったく、まゆはしょうがないなぁ』とか言われてみたいんですよぉ!」
「冬馬さん辺りなら普通に言ってくれると思いますよ」
「あ、そういうのいいんで」
「一瞬で素に戻った……」
まゆの冬馬さんに対する無自覚disが留まらない……。
「……そっか。……そっかそっか! いやー羨ましいのかー! 志希ちゃんがリョータローに雑に扱われるのが羨ましいのかー! にゃははー!」
「……志希?」
突然、上体を左右に揺すりながら上機嫌に笑い始めた志希。一体何処に、志希が喜ぶポイントがあったのだろうか。
「いーよいーよ! 勝負しよう勝負! 志希ちゃんご機嫌だから、どんな勝負でも乗っちゃうよー!」
まゆに勝負を仕掛けられたときはやや面倒くさそうな表情をしていた志希だが、すっかり乗り気になっていた。
「な、なら!」
「あ、でも体力勝負だけは勘弁してねー絶対に勝てないから」
「……ふぐぅ……!」
いやまぁ、そーだろーね。仮にもまゆはリョータローさんに憧れてアイドルを目指し、一人でトレーニングを始めてもうそろそろ六年になろうとしているのだ。もし体力勝負になったとしたら、今まで大学の研究室にいてまともに運動をしてこなかったらしい志希に勝ち目はないだろう。まゆもそこに勝ち目を見出したらしいが、先手を取られて潰されてしまっては元も子もなかった。
「……それじゃ! トランプで勝負しよっか! 全員で!」
「えっ」
「ちょ、恵美さん?」
パッとまゆと志保の手を取って引っ張り、三人で志希の傍に腰を下ろした。私の対面に志希、右隣にまゆ、左隣に志保という形で円になって座る。
「今からレッスンですよ」
「自主練だから、ちょっとぐらいヘーキヘーキ!」
まゆからトランプの箱を受け取ると、中身を取り出してシャッフルし始める。
何となく。
今は、もっともっと志希と仲良くなりたい気分だった。
「それにしても、アイドル部門の解体ねぇ」
一応事のあらまし全てを話しているため、兄貴は美城さんの今後の方針を呟きながら椅子に大きく背中を預けた。
「兄貴はどう思う?」
「……経営者としては、悪くないと思っている。多岐に分散していた方針を一極化。……ただ、今の346プロが取るべき手段にしては些か早計過ぎる気もするがな」
「それなんだよなぁ」
まるで経営不振に陥った会社のような方針の切り替えには、俺も少し引っかかっていた。
元々346プロダクションというのは映画などの映像分野で成長した老舗事務所だ。アイドル部門だけで成り立っているわけではなく、アイドル部門以外でも評判は上々。アイドル部門自体も別に成績不振に陥っている話も聞かないし、それらしい様子も見えない。
ならば、どうしてこんな強行策に打って出たのか。
余裕があるからそれでいい、というのは経営者としては赤点だ。でも無闇矢鱈に成績を伸ばそうというのも、あの美城さんらしくない。
彼女が語った『理想のアイドル』を育てたかったから? 自分の事務所から『理想のアイドル』を輩出したかったから?
……それとも、何か別の理由がある……?
それこそ、まるで何かを
(……まさかな)
世の中そんな物語めいたことばかりじゃないさ。
「……さて、んじゃ俺はちょっと出てくるぜ」
「収録に遅れないようにな」
「分かってるって」
さて、その前に、レッスン室の四人の様子でも覗いていくことにしよう。
「乳揺れが俺を待っている~……っと」
・「この私とどっちが良太郎さんに相応しいか……勝負です!」
今回のまゆちゃんは当社比五割増しのポンコツでお送りいたします。
・心なしか志保も楽しそうだったような……。
志保はS、まゆはM。異論は認めない。
・一歩引いた位置
信じてもらえないでしょうが、良太郎は作中において五本の指に入る『大人』です。
物事を客観的に見ることが出来る大人です。信じてもらえないでしょうけど。
今回からはアニメ十五話後半部に主軸を置いたお話になります。
この小説においてあんなことになってしまった美城常務の改変によって、どのような影響が346の事務所に起こっているかを描きつつ、例のプロジェクトに続く布石を……打っていけたらいいなぁ(願望)