アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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帰って来た良太郎(平常運転&主人公的な意味で)


Lesson176 The world which can't say to want 4

 

 

 

「気のせいだろうか……最近アイドルらしい仕事をしていないような気がしてならない……」

 

 いや、歌番組への出演やライブに向けてのレッスンや新曲の収録など色々とそれっぽい仕事は間違いなくしているはずなのに、何故だろうか……行間で済まされてしまったからか……。

 

「……いつものことだな!」

 

 自己完結したところで、今日は声優としての仕事である。先日話していた『リ以下略』の収録のために、収録スタジオへとやって来た。

 

「さて、とりあえず監督たちに挨拶は終わったから……ん?」

 

 楽屋に戻ろうかと思ったら、一人の少女がやや暗い雰囲気で自販機の横のベンチに腰掛けているのを発見した。というか、今日の共演者である菜々ちゃんだった。

 

「おはよー菜々ちゃん」

 

「え……りょ、良太郎さん! おはようございます!」

 

 声をかけると、慌てて立ち上がってキチンと頭を下げて挨拶をしてくれた。

 

「今日からよろしくね」

 

「は、はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 コーヒーでも飲もうかと小銭入れを取り出しながら菜々ちゃんにも「何か飲むー?」と尋ねると、菜々ちゃんは「えっと、私はこれがありますので……」と言いながら取り出したのは水筒だった。ううむ、よく言えば家庭的、悪く言えば庶民的だなぁ。

 

 とりあえずいつもの缶コーヒーを買って菜々ちゃんの隣に腰を下ろす。その際若干距離を置かれたのは普通の女の子として何の変哲もない反応なので特に傷ついたりとかはしない。寧ろ距離を詰めてくる女の子が多くて、こういう反応が若干新鮮である。

 

「……それで? 今日の菜々ちゃんはお顔が暗いよー?」

 

「そ、そんなことないですよ!? 今日はお化粧のノリが悪かったとかそういうこともないですし……!?」

 

 流石に華の女子高生がお化粧のノリを気にすることないでしょうに。

 

「実はここだけの話、お兄さん数年前からトップアイドルなんて職業をしておりまして、アイドルの皆さんからは割とアイドル業界の先輩的な扱いをされてたりしております」

 

「……ぞ、存じております……」

 

「だから何か困りごとなら相談に乗るよ? ……もしかしたら、他の人に言えない困りごともあるかもしれないし」

 

 転生関係だと、前世での記憶とか、今の人間関係とか、多分誰もが一度は通る問題だと思う。……まぁ、俺はその辺りを転生時に色々と補正受けちゃってるから、あんまり気にならなかったんだけど。

 

「……えっと、ですね……」

 

 ポツリポツリと菜々ちゃんは話し始めてくれた。

 

「良太郎さんは、今346プロダクションで行われている大規模な改変についてはご存知ですよね?」

 

「存じております」

 

 まぁここ最近よく346の事務所に顔を出している主な理由だし。

 

「それで、その……事務所の方から、方向性の転換を求められちゃいまして……」

 

「方向性?」

 

 疑問や聞き返すというよりは確認的な意味でそれをオウム返すと、菜々ちゃんはスクッと立ち上がった。

 

「……夢と希望を両耳にひっさげ、ウサミン星からやってきた歌って踊れる声優アイドル、安部菜々! 十七歳です!」

 

 キャハッと目元で横ピースをしながらウインクをする菜々ちゃん。個人的にこういうブリッ子的なキャラクターのアイドルとはそれほど関わりが無かったので新鮮というか、普通に可愛いなーとか思っている。ついでに軽くジャンプしたことで揺れた胸も見逃していないぞ。

 

 拍手すべきか「ウーサミーンッ!」とコールするべきか一瞬悩んだが、しかしそれより前に明るかった菜々ちゃんの表情が先ほどと同じような暗いものに戻ってしまった。

 

「……私の所属する部署のプロデューサーさんに、言われちゃったんです」

 

 

 

 ――現在我が社は大きな転換期を迎えている。

 

 ――その一環で、プロダクションとしての根本的なイメージを見直すこととなった。

 

 

 

「『バラエティー路線の仕事を徐々に減らしていき、将来的にはほぼ無くなる』『代わりにアーティスト面を強化し、ブランドイメージを確立する』……ねぇ」

 

 まんま美城さんがやろうとしている改革そのものだった。彼女の改革がシンデレラプロジェクトのみんなだけでなく、それでいてアイドルに直接影響が出始めた……ということか。

 

「『各々のキャラクターを今一度見直して欲しい』って言われちゃいまして……あ、いや、勿論ナナのウサミン星人はキャラとかそういうのじゃないんですけどっ!?」

 

 再び俺の横に腰を下ろした菜々ちゃんは、何も言っていないのにワタワタと慌てた様子で手を振った。

 

 ……なるほど、そちらに気を取らせておいて、本当に秘密にしたい転生者という事実に目を向けさせない……そういう作戦なのか。考えてるなぁ……。

 

「……でも、マッスルキャッスル内でのお天気コーナーも降板することになっちゃいまして……流石に、その……色々と考えちゃうと言いますか……」

 

「ふむふむ……」

 

「……折角、みくちゃんに『目標』だって言ってもらえたのに……」

 

「………………」

 

 まぁ何だかんだ言って『会社の方針』っていうのは、そこに所属している人間からしてみるとその強制力は計り知れないからなぁ……こちらの世界では勿論のこと、前世も確か学生の内に終わっているので実は会社勤めをしたことがない俺でもそれぐらいは分かる、というか想像がつく。

 

 というか、似たようなことなら俺にもあった。

 

「そういうの、俺にも経験あるよ」

 

「えっ!? 良太郎さんにもですか!?」

 

「実はあるんだよ。……ところで、菜々ちゃんは胸が大きいよね」

 

「……ふえぇっ!?」

 

 我ながらなんの脈絡もない突然の言葉に、当然ながら驚く菜々ちゃん。いや、割と()()()()()()()している子ならばもう少しドライな反応が返ってきたりもするので、この反応も少し新鮮だなぁ。

 

「エプロンドレスというかフワッとした服を着てることが多いから分かりづらいけど、低身長なトランジスタグラマー。さっきもピースサインするときにちょっと上体を動かしたからゆさっと揺れてたし、いいもの持っていると確信している」

 

「あ、あああの!? 一体何の話なんでしょうか!?」

 

 いやまぁ、自分でも突拍子もないことを言い出したと思ってるよ。それぐらいは分かっている。

 

「……とまぁ、俺は割と昔からこんなキャラで通してるわけなんだけど」

 

「……キャラ、ですか?」

 

「ごめん、普通に性癖」

 

 紛うこと無き個人的嗜好です。本当にごめんなさい。

 

「菜々ちゃんは、こういう発言を堂々とする俺を上の人間……俺のプロデューサーである兄貴が止めなかったと思う?」

 

「っ!」

 

 当然、そんなわけない。俺が言うのもあれだけど、兄貴は俺と違って極普通の人間だ。全国模試一桁常連&僅か数ヶ月の勉強でアイドルのプロデューサーをやってのけた人間を普通と称するもおかしな話だが、それでも俺と比べてしまえば常識的な一般人だ。

 

「散々止められた。テレビに出る以上、アイドルとして活動していく以上、()()()()()()を控えろって。でも俺はそれを拒否した」

 

 それはただの我儘。一歩間違っていたら、何処かで歯車が狂っていたら、きっと俺はトップアイドルと称される存在になんてなってやしなかった。

 

「何せ、俺は生まれつき()()()()()()()()()を被ることが出来ない。だから最初から自分を偽らない道を選んだ。周藤良太郎が『周藤良太郎』以外になることを許さなかった」

 

 自分の趣味嗜好を口にするか否かなんて格好悪い上にダサすぎる理由ではあるが、()()()()()()()()を、()()()が許さなかった。

 

「……笑顔は、仮面なんですか……?」

 

「仮面だよ。アイドルになる以上、最初から素顔の人なんて滅多にいないさ。それの下にずっと辛い顔を隠し続けるか、仮面を外して自分自身の笑顔を見せるようになるかは人それぞれだけど」

 

 多分、この考え方は菜々ちゃんとは真逆の考え方だ。でもどちらを本当の自分とするかを決めるのは自分。

 

「ついさっき言ったよね? みくちゃんから『目標』って言われたって。なら君はもう『アイドルに憧れる一人の女の子』じゃない。『一人の女の子に憧れられるアイドル』なんだ」

 

 憧れる立場から、憧れられる立場へ。これはきっとどんな道を選んでもやがて訪れる変化。

 

 かの有名なアメリカの漫画の主人公の言葉を借りるならば、車の後部座席でただ安心して眠っているだけの子供も、やがて前部座席に乗って子供を安心させる大人になる。

 

 

 

 子供に安心して夢を見せるのが、俺たち大人の仕事なんだ。

 

 

 

「………………」

 

「それに、俺たちは……()()()は二度目の人生を歩む奇跡を手に入れることが出来たんだ。なら、選ばなくて後悔するぐらいなら、選んで後悔をしろ」

 

「っ!」

 

 それまで俯いて俺の話を聞いていた菜々ちゃんが、ハッと顔を上げた。

 

(……そうだ、ナナも良太郎さんも、『安部菜々』と『周藤良太郎』という新たな人生を歩いているんだ……)

 

「……あとは、君の選択次第だ。勿論、会社の方針に従うって選択自体を否定するつもりは――」

 

「いえ、もう決めました」

 

「――後悔しない?」

 

「そんなの、()()()の人生に置いてきました!」

 

 元気よく立ち上がる菜々ちゃん。先ほどと全く同じ動きで……しかし、それは迷いも何も感じさせない『アイドル』の姿。

 

 

 

「ウサミン星人、安部菜々は……もう迷いません!」

 

 

 

「……そうか」

 

 

 

 ……っていうところでカッコよくこの場を離れることが出来たらよかったんだけど。

 

「さて、これから収録だよ」

 

「……あっ」

 

 まぁ……もう何も心配する必要はないか。

 

 

 

 

 

 

 というわけで、久しぶりに今回の事の顛末という名のオチを語ることにしよう。

 

 後日、菜々ちゃんはアプリゲーム『リズモン』のイベントにMCとして参加。事務所からはウサミンというキャラを考え直すように言われているはずなのに、彼女の頭にはトレードマークと言うべきウサ耳が生えていた。

 

 その結果、イベントは大失敗……なんてことがあるはずなく、会場一体となった誰が見ても大成功となった。

 

 さらにみくちゃんと武内さんの発案により、菜々ちゃんを含む今回の改革で自分のキャラクターの見直しを通達された他のアイドル全員をシンデレラプロジェクトの企画内に引き込むこととなったらしい。

 

 こうすることで、美城さんの「支援もしないが()()()()()()()」という約束により彼女たち全員の方向性が守られることとなった。これは素直に賞賛すべきファインプレーだ。

 

 きっとここから始まる彼女たちシンデレラプロジェクトの快進撃を、楽しみにさせてもらうよ。

 

 

 

 

 

 

「『Power of Smile』……彼の企画を受けいれたそうじゃないか」

 

「良い機会だと思いましたので。彼らが失敗すれば、私の改革に反対する者を黙らせることができます。勿論、成功すればそれに越したものはありません」

 

「……改革か。それにしても、随分やり方が強引すぎやしないかい?」

 

「私には私の考えがあります。……それに――」

 

 

 

 ――時間も、あまり多くはありませんので。

 

 

 




・行間で済まされてしまったからか……。
だってそれ書いてたら原作組の動きが出来なくなるし……(言い訳)

・俺はその辺りを転生時に色々と補正受けちゃってるから
たぶん殆どの人が忘れているであろう設定。

・周藤良太郎慣れ
初級 「ま、まぁ良太郎さんなら……」と納得する。
中級 「あぁ良太郎か」と流せる。
上級 「お、やってるな」と受け入れる。
重症 「え、大人しくない?」と物足りなさを感じる。

・トランジスタグラマー
どうやらEカップだそうです。デカい(確信)
いや冗談抜きで二十代後半であの体型ってズルいと思う。

・笑顔というの名の仮面
この辺りの話は第二章のLesson42とも関わってきます。

・かの有名なアメリカの漫画の主人公の言葉
スヌーピーで有名な『ピーナッツ』の主人公、チャーリー・ブラウンの言葉です。
今回は少しばかり違う意味合いで引用させていただきましたが、本当はどういう意味で使ったのか気になる人は『ピーナッツ 安心とは』で検索。

・――時間も、あまり多くはありませんので。
志保ちゃんに引き続き「時間があまりない」勢はコチラ。



 というわけで、良太郎とウサミンの勘違いは継続したまま今回の騒動は無事着地することとなりました。二人とも『二度目の人生』っていうのは変わりませんからね。

 次回からはナツキチ回になりますが……さーてどうするかな(何も考えていない)



『どうでもいい小話』

 ついにデレステに『こいかぜ』実装! なんだこのMVは……!(恍惚)

 四時間少々の時間をかけて何とかフルコンしました。なんだこの難易度26詐欺は……(絶望)



『どうでもいい小話2』

 と思ったら! 楓さん恒常SSRも追加!

 スカチケまで我慢してもよかったのですが、自分は我慢出来ませんでした。

 というわけで、やったぜ三十連! ありがとう楓さん! 書いてて良かった個別短編! みんなも書こう、担当の個別短編!

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