「いやぁわりぃな、いきなりアンタの相棒貸してもらっちゃって。思わず我慢出来なくてよ」
「べ、別にいいけど……」
夏樹さんはカラカラと爽やかに笑いながらドッカと私の隣に腰を下ろした。なんというか……良太郎さんとはまた違った感じの気さくさだった。あの人は……こう、目上の人間としての気さくさ。この人のは、誰とでも気軽に対等に話しかける気さくさだ。
「えっと……アンタ確か、シンデレラプロジェクトの……アスタリスク、だっけ?」
「わ、私のこと知ってるの!?」
まさか知られているとは思わず、驚いてしまった。これはもしや、346プロ……ないしは、業界で『ロックアイドル多田李衣菜』の名前が知れ渡り始めたってことじゃ……!?
「あぁ、あのカフェテリアでストライキなんて派手にロックなことしでかした前川みくって奴の相方だろ?」
「そういう認識なの!?」
確かにあの一件のおかげでみくちゃんってば、この事務所内だとちょっとした有名人みたいなものだしなぁ……。くそぉ……それなら私もみくちゃんたちと一緒にストライキに参加すればよかった……。
「えっと名前は確か……だりーな?」
「多田李衣菜!」
あと一文字ぐらいちゃんと覚えていて欲しかった!
「アタシは木村夏樹。これでも一応、アンタと同じアイドルだ」
「……知ってる。ロックアイドルで有名だもん」
思わず拗ねたような口調になってしまったが、そんなことを気にする様子もなく木村さんは「へへっ、そいつぁ光栄だね」と笑っていた。
「それに、最近だとアイドルロックバンドをやるって、事務所内でも噂になってたし」
それは、最近小耳にはさんだ噂で、美城常務が『木村夏樹を中心としたロックバンド』を立ち上げるというもの。その他のメンバーはまだ未定らしいのだが、美城常務が直々に社内オーディションをしていたという目撃情報もあった。
木村さんは「あぁ、あれな」と事も無げに頷いた。
「急に美城常務に呼び出されて、聞かされたんだ。話はよく分かんなかったけど、面白そうだし? とりあえず、飛び込んでみるのもありかなーって思ってさ」
ただ言葉として聞いてみると随分と軽い考えのようにも聞こえてしまうが、しかし彼女がそれを言うとそれがただの考え無しではないような気がした。新しいことに対して物怖じせずに突き進むその姿勢が、凄くカッコよかった。
「そういえば、だりーなもロックが好きなんだよな?」
「だから李衣菜だってば!」
「いいじゃん、似たようなもんだろ?」
「全然違うよっ!」
確かに似たようなものであるが、『だ』という一文字を付け足されるだけで気の抜けた感じになってしまう。
「んー、じゃあそうだな……『だりー』でどうだ?」
しかも『だ』を消すのではなく『な』の方を消されてしまった。
「だ、だったら私もあだ名で呼ぶからね」
「お、なんて?」
咄嗟にそう言い返してしまったのだが、予想以上に木村さんが食いついてきてしまった。正直売り言葉に買い言葉だったので、何も考えていなかった。
「え、えっと……」
何故か興味津々な木村さんに、一体どんなあだ名を付けるべきか悩み……。
「……な、なつきち!」
果たして一体『きち』が何処から出てきたのか自分でも謎のあだ名が口から飛び出した。
「アハハハッ! いいねー! それじゃ、『なつきち』『だりー』でいこうぜ!」
しかしそんなあだ名を木村さんは気に入ってしまったらしい。
結局、私のあだ名は『だりー』に決まってしまったらしい。……何か言われそうだから、みくちゃんとかに聞かれたくないなぁ、あんまり。
「で、だりーはどんなの聞くんだよ? ロックは」
「……え゛っ」
「……へっ……へっ……ヘラクレスノキズナレイソウガホシイッ!」
「それは回数こなさないと……」
「……え、今のもしかしてクシャミだったんですか!?」
何やら都合のいい場面転換に使われた気配を感じて鼻がむず痒くなった。なんか今回はあまり話の中心に近づけないような気がする。
「っと、そろそろ俺はお暇しないとな……」
結構長く杏奈ちゃんや百合子ちゃんと遊んでいたが、次の仕事の時間が迫っていた。
「ゲームはここに置いてくから、またみんなで遊んでよ。多分亜美真美姉妹辺りが喜んでやると思うし」
「……ありがとうございます」
「二人も喜ぶと思います!」
貰ったゲームを他人にあげるというのも若干アレかとも思ったが、俺が持っているよりここに置いて多人数に遊んでもらった方がゲームとしても本望だろう。特にこの事務所はゲーム好きが複数人いることだし……。
「「たっだいまー!」」
と思っていたら、その代表格とも呼べる二人の声が聞こえてきた。どうやら、今やこの事務所の古株にして世間一般で言うところのトップアイドルが帰って来たようだ。
「って、あれっ!? りょーにぃ!?」
「わぁっ!? なんだかすっごい久しぶりな気がする!」
「おっす二人とも」
確かに、この二人とは凄い久しぶりに顔を合わせたような気がする。
二人は俺の姿を確認すると、まるで飼い主を見つけた犬のようにこちらに向かって飛んできた。お前たちの飼い主はりっちゃんでしょうに。
「何しに来たの!? 何しに来たのー!?」
「時間ある!? 時間ある!? 一緒に遊ぼうよー!」
「あっ! そうだ聞いて聞いて! アミとマミ、今度の劇場版『覆面ライダーガングニール』に覆面ライダージェミニ役で出演するんだよー!」
「レジェンド枠だよレジェンド枠!」
「おぉ、やったな」
普通これだけ有名になった覆面ライダーの主演は出演しない……というか先方からのオファーが殆どこなくなるのが一般的だが、現在の覆面ライダーの主演もアイドルということで、同じくアイドルの二人にも声がかかった……ということだろうか。
……あれ、今回は俺に声かかってなくないか? よーしお兄さん、製作スタッフにお願いしに行っちゃうぞー! なお、後に「ギャラ少なくてもいいから出して(要約)」とお願いすると「ギャラを支払わせてください(要約)」という返事をされたのは全くの余談である。
「それでそれでー! 今日、『覆面ライダーガングニール』に出演してる子たちとお話してきたんだけど……!」
「あー、ストップ。話を聞いてあげたいのは山々なんだが、そろそろ時間なんだ」
「アミたちより背が低いのにお姫ちんと同じぐらいおっぱい大きな女の子がいたんだって話をしようかと思ったんだけど」
「何それ詳しく」
じゃなくて。
「えー、りょーにぃもう行っちゃうのー!?」
「つまんないー!」
「分かった分かった、また今度遊びに来るから」
じゃれついてくる亜美真美をあしらいつつ、また来てくださいと手を振る杏奈ちゃんと百合子ちゃんに手を振り、これからアイドル頑張れよとジュリアに激励をし、最後に小鳥さんに問いかける。
「それで最近赤羽根さんとのプライベートな連絡はちゃんと取ってるんですか?」
「えぇ勿論。健治さん、最近はずっと『日本食が恋しいー』って……ピヨッ!?」
……自分で振っておいてアレだけど、こんな雑なカマのかけ方に引っかかるんですか小鳥さん……。
「えっ!? ピヨちゃんどういうこと!?」
「まさかピヨちゃん、にーちゃんと!?」
「そそそ、そうなんですかっ!?」
「……全然気づかなかった……!」
途端に質問攻めに合う羽目になった小鳥さんを尻目に、俺は「お邪魔しましたー」と事務所を後にするのだった。
「……この状態で放置は、流石に鬼だな……」
(の、乗り切った……!?)
木村さん改めなつきちからの質問攻めを乗り切り、内心で冷や汗を拭う。べ、別に私の知識が足りてないわけじゃなくて、それ以上になつきちの知識が豊富だっただけだし! 私が悪いって訳じゃないし!
「……ほい」
すると突然、なつきちは一枚のCDを私に向かって差し出してきた。
「最近作った曲。今度、ライブで歌うんだ。よかったら聴いてみてくれ」
「……あ、ありがとう」
凄いなぁ……自分で作曲も出来るのか……と素直に驚きながらそれを受け取る。
「やっぱりいいよなぁ、ロックは」
ググッと背伸びをしながら、なつきちはそう呟く。
それは私に対しての言葉のようで、しかし自分自身が噛みしめているような言葉でもあった。
「新しいバンドのメンバー、いいサウンド持ってる連中だといいんだけどな……」
「………………」
「おっといけね、そろそろ行かなきゃいけねぇんだった」
中庭の時計に気付いたなつきちは、そう言いながら立ち上がった。
「じゃあな、だりー。それ聴いて、だりー的にイカしてるって思ったら、ライブの方にも来てくれよな」
「う、うん、多分……絶対行く!」
「ははっ、聴いてからでいいっての」
振り向くことなくヒラヒラと手を振って去っていくなつきちの背中と、自分の手の中にあるCDを思わず見比べてしまった。
「……にゃ、李衣菜ちゃん……?」
「えっと……こ、ここであってるよね……?」
後日、私はとあるライブハウスに来ていた。
なつきちの「ライブハウスとか行くんだろ?」という問いに対して「最近は忙しくてあまり……」と返してしまったが、正直に答えると一度もない。そんな私がどうしてライブハウスに来ているのかというと、勿論なつきちのライブを聞くためである。
渡されたCDに入っていた曲が本当に凄くいい曲で、是非生で聞いてみたいと普段ならば思わないことを思ってしまったのだ。
だからなつきちの言っていたライブに参加するために、こうしてその会場であるライブハウスへとやって来たのだが……。
「……え、えっと……」
正直に言おう。ビビってます。
何せ初めてのライブハウスだ。雑誌やネットで写真を見たことはあったが、いざ実際にライブハウスへと続く下り階段を前にすると尻込みしてしまった。
うぅ、せめて一人ぐらい誰か誘えばよかった……でも誰を誘えば……。
「そこにいるのは、アイドルの多田李衣菜さんじゃないですかー?」
「うひゃいっ!?」
え、何っ!? なんで私がアイドルやってるってバレたの!? いや別に変装しているわけじゃないからバレてもおかしくないんだけど! でもこうしてそういう風に声をかけられるのは初めてで、もしかして私もアイドルとしてそれなりに有名になってて……!
「さ、サインは事務所を通してください!?」
「……それ、アイドル特有のギャグみたいなもんって良太郎さんが言ってたけど、ガチで言う奴もいるんだな」
「……え? ……えっ、ジュリアさん!?」
何やら聞き覚えのある声だと思ったら、そこにいたのは以前良太郎さんに紹介されて出会ったジュリアさんだった。
「さん付けする必要ねぇって。ジュリアでいいよ、ジュリアで」
そう言って笑うジュリアさん……もとい、ジュリア。
「久しぶりだな、李衣菜。みくとのユニット曲、聴かせてもらったぜ」
「ほ、ホント!?」
「あぁ、ロックとはほど遠いけど、まぁいい曲だったぜ」
ロックじゃないという言葉には少々ショックだったが、いい曲だと褒められたことには変わりないので嬉しかった。
「それで、ジュリアはどうしてここに?」
「ん? おかしなこと聞くんだな。ライブハウスに来たならすることは一つだろ?」
怪訝そうに眉を潜めたジュリアがちょいちょいと階段の下を指差した。
「ここにいたってことは、アンタも聞きに来たんだろ? アイツの歌」
「……え、もしかして、ジュリアもなつきちの知り合いなの!?」
「なつきちぃ? あははっ、随分面白いあだ名で呼んでんだな」
笑いながら階段を下りていくジュリア。
「っ! ま、待って! 私も行くから!」
ちょうどよくライブハウスに行く知り合いに出会えたので、ジュリアの後を追う形で私もライブハウスへの階段を駆け下りるのだった。
・「ヘラクレスノキズナレイソウガホシイッ!」
ただ最近の個人的トレンドはエルバサさん(未だ真名未開放)
・『覆面ライダーガングニール』
聖遺物と呼ばれる武器の力を使って変身する現在放送中の覆面ライダーシリーズ最新作。
出演するライダー全員が女性で、戦いながら歌うことが特徴だったりするらしい。
・背が低いのにお姫ちんと同じぐらいおっぱい大きな女の子
多分サブライダーの『覆面ライダーイチイバル』とかに変身する。
「ちょっせぇ!」
・雑なカマのかけ方
小鳥さんはチョロいから(雑)
いつも以上に書くのに苦戦しているのは、ぶっちゃけなつきちだりーという作者が書くことを苦手としている二人が主軸のお話だから。なんか苦手なのよねぇ、この子たち……。