――私は、君たちに可能性を感じている。
――既存のユニットにはない新たな輝きを。
――なに、今のユニットを解散しろとは言わないわ。
――君たちは、自分たちの才能をもっと伸ばしてみたいとは思わないか?
「………………」
その日の晩、自分のベッドに寝転がりながら、私は美城常務の言葉を反芻する。
奈緒と加蓮とは、一度だけ歌ったことがある。以前、美嘉さんと一緒にボーカルレッスンをしていた二人とレッスン室で出くわして、その場の流れで私を含めた三人で私たちニュージェネのエボレボ(『できたて Evo! Revo! Generation!』)を歌った。確かその最中に常務が社内コンペでレッスン室を使いたいからと言って入って来たが……そのときに私たち三人の組み合わせを見たのだろう。
自分のことを評価されるのは嬉しい。奈緒と加蓮がデビュー出来るのも嬉しい。もし本当に才能があるのならば、伸ばしたくないと言えば嘘になる。
でも私にはニュージェネが……未央と卯月がいる。事務所に入ってデビューしてからずっと一緒にやって来た二人がいる。まだ半年しかアイドルをやっていない新人でも……いや、新人だからこそ、私にとってのアイドルとはこの二人とのユニットなのだ。
美城常務は、話に割って入ろうとしたプロデューサーに対して「君には聞いていない」「私は彼女たちに参加の意思を問うている」「『アイドルの自主性を尊重する』……それが君のやり方だったと思うが?」と言った。確かにこれならばプロデューサーは関与出来ないが……逆に言うと、常務は私たちに判断を委ねた。ならここで私がきっぱりと断ればそれで終わり。この話はここまでで、あとは秋の定例ライブを頑張ればいい。
定例ライブに参加すること自体は、この際甘んじて受け入れよう。良太郎さんが『信じている』と言ったのであれば、きっとそれは私たちが頑張れば乗り越えることが出来るということなのだろう。だったら『シンデレラの舞踏会』のついでにこちらでも結果を出してみせよう。
「………………」
だというのに、私はその一言を言えなかった。とりあえずこの場ではすぐに返事が出来ないということにして、それでその話は終わってしまった。
私は迷っていた。……このまま私が常務の話に乗れば、それはそのまま奈緒と加蓮が待ち望んでいたCDデビューに直結する。これを断ってしまえば、彼女たちのデビューがまた伸びてしまうのでは……そう考えてしまった。
そしてなにより、私自身
「……はぁ」
溜息を吐きつつ、私はいつものように良太郎さんへ相談するためにスマホを眼前に掲げる。
しかしつい先日『良太郎さんのレッスンを受けれるレベルには最低限達してる』だの『成長している私たちを見てもらいたい』だの言った矢先なので少々気まずい。良太郎さん自身は気にしないだろうが、私は気にする。
気にする、というか……なんか、その……甘えているようで恥ずかしい。
「………………」
そんな自分の考えが余計に恥ずかしくて、顔が熱くなるのを感じた。
いや、今更何を言っているのだと言われてしまえば返す言葉もないのだけれど、その発言をした直後の分、余計に恥ずかしいのだ。
しかし、悩んでいることも事実。自分一人で解決すればいいだけの話で、そうするとやはり良太郎さんに相談するのは甘えなのかもしれないが……。
「……えいっ!」
十分ほどたっぷり悩んだ後、結局私は通話ボタンを押した。『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』という言葉が今回のこれに当てはまるかどうかは分からないが、それでも私は良太郎さんに相談するという選択肢を選んだのだった。
二回、三回、四回、五回とコール音が続いていく。
(……しまった、先に今電話かけて大丈夫かどうか聞いておくんだった)
電話をかけるかかけないかの二択で考えていたため、良太郎さんが電話に出れるかどうかが頭から抜け落ちていた。時計を見ると、ちょうど九時を回ったところ。もしかしてまだ仕事なのかもしれない。
『……はい、もしもーし』
一旦発信を止めてメッセージアプリに切り替えようかと思ったそのとき、発信音が終わり良太郎さんの声が聞こえてきた。慌ててムクリと身体を起こす。
「あ、良太郎さん、えっと、こんばんは」
『はいこんばんは、凛ちゃん』
「えっと……」
『あ、ちょっとゴメン』
とりあえず美城常務から聞かされたことを話そうと思ったら、いきなり遮られてしまった。
――直ったのー?
――もう少しです! 申し訳ありません!
そんな良太郎さんの声と、恐らくスタッフの声。
『ゴメンゴメン』
「……もしかして、まだ仕事中?」
『あーうん、一応。ドラマの撮影だったんだけど、機材トラブルがあって一時撮影が中断してたんだ。これが今日最後の仕事だったからいいものの、おかげでこんな時間だよ……』
はぁ……と溜息混じりの良太郎さん。珍しく声色から疲れが見え隠れしていた。いくら人並み外れた体力を持っている良太郎さんでも、疲れるときは疲れるということだろう。きっと精神的な意味もあるのかもしれない。
『それで、今回の御用はなーに? また何かの相談かな?』
「……ううん、忙しそうだし、やっぱりいいや」
『へ?』
「ごめんなさい、撮影中に電話しちゃって」
『いや、それはいいんだけど……いいの? 今なら時間が――』
――大変申し訳ありませんでした! 再開しまーす!
『――……あ、あるから』
「ないみたいだよ」
それは先ほど聞こえていたスタッフの声だった。どうやら機材の修理が終わったらしい。
『……おうおう、周藤良太郎待たせた上に大事な妹分からの電話を遮るたぁいい度胸してんじゃねぇか』
「落ち着いて」
流石に冗談だろうが、良太郎さんがそれを言うとシャレにならない。
「私の方は大丈夫だから」
『……分かった。何かあったら、遠慮なく相談してね?』
「うん、ありがとう。良太郎さんも撮影頑張って」
『もうちょっとこうハートマーク多めな感じに言ってくれると凄い頑張――』
忙しそうなので、何か言っていた気がするけど通話を終了する。
「……はぁ」
スマホを持ったまま、パタリと後ろに倒れ込む。
なんとなくだけど……このタイミングで良太郎さんが忙しくて相談出来なかったのは、きっと今回のことは相談すべきことじゃないと、誰かにそう言われた気がしたのだ。
ならば、もう少しだけ私が考えてみよう。
良太郎さんに頼らずにどこまで出来るのか。私たちの力だけでどこまでいけるか。
……もうちょっとだけ、頑張ってみよう。
「……ふむ」
「良太郎くーん、撮影再開するみたいよー……あら、どうかしたの?」
「あ、いえ、有希子さん……妹みたいな子と少し電話してただけです。今戻ります」
今回のドラマで共演することとなった女優の
「頼られてるのねぇ。ウチの新ちゃんなんか、最近めっきり学校のこととか話してくれなくなっちゃって……蘭ちゃんとどんな感じなのか聞きたいのにー!」
「まぁ、新一君も微妙なお年頃になってきたわけですし」
これだけ若々しい見た目をしておきながら、小学生の子持ちの既婚者なのだから恐れ入る。
「むー……ちなみに良太郎君の小学生の頃はどんな感じだったのかしら?」
「俺はなんというか『見た目は子供、頭脳は大人』な感じだったので……」
「あら、面白いキャッチフレーズね」
そんな会話をしつつ、今回の撮影において一番大御所に当たる俺たちは現場に戻っていくのであった。
「……さてと」
そんな感じで撮影を終えた翌日のこと。俺は車ではなく徒歩で346の事務所に向かっていた。今日は少々スケジュールに余裕を持たせることが出来たので、先日出来なかった話の続きを美城さんとする予定なのだ。
ちなみに例によって迎えをよこしてくれようとしていたが、近くで別の用事があったため遠慮した。流石に何度も足を出させるのは気が引けたのである。
さらにちなみに、本来ならば今日は志希の奴も一緒に連れていく予定だったのだが、例の如く失踪しやがった。ホントにアイツは……!
というわけで、再びアイツへのお仕置きの仕方を考えながら、俺は346プロへの道を歩いていたわけなのだが、その途中、交差点待ちをしている美少女の後姿を発見した。後姿なので当然顔は見えないのだが、その背中から漂うオーラが間違いなく美少女のそれであり、そもそも知り合いなので顔は分かっていて当然なのである。
信号が赤から青に変わったが、彼女は歩き出そうとしない。どうやらスマホに視線を落としていて、信号が変わったことに気付いていないらしい。
「
「っ!?」
突然母国語で話しかけられたことで、その
「や、アーニャちゃん、ドーブラエウートラ」
「リョータロー……!? ……おはよう、ございます」
日本人の俺がロシア語で挨拶して、ロシアのハーフのアーニャちゃんが日本語で挨拶するのが何かちぐはぐだった。
「リョータロー、ロシア語の発音、とてもオープトニィ……上手、です」
「この間のワールドツアーのときにちょっとねー」
ドイツ語以外も勉強中なのだ。まぁ今後表記が面倒くさいからこの設定が活かされるかどうかは神のみぞ知るところであるが。
このままここで話を続けていたら再び信号が赤に変わってしまうので、二人並んで横断歩道を渡る。
「今から事務所?」
「ハイ。……リョータローも、事務所に用事、ですか?」
「うん、ちょっと美城さんとお話があってねー」
「……そう、ですか……」
美城さんの名前が出た途端、分かりやすく雰囲気が変わったアーニャちゃん。先ほどの後姿を見たときも感じたが、何やら悩んでいる様子である。
「もしかして、美城さんのプロジェクトのこと?」
「……分かり、ますか?」
「まぁね。一応、俺も少し話は聞いてるから……アーニャちゃんに美城さんのプロジェクトでソロデビューの話が出てるって」
「はい……」
やっぱり美少女が暗い表情で俯いてるのを見るのは、こっちも辛いなぁと思いつつ、346の事務所に到着する。入り口ではちゃんと許可証を見せたので流石に気付かれたが、それ以上余計な混乱を避けるためにまだ変装を解かないでおこう。
さて、自分は美城さんのところに行くから、アーニャちゃんは……と話しかけようとして、アーニャちゃんが立ち止まって何かを見上げていることに気が付いた。
その視線を追ってみると、そこには美城さんのプロジェクト……プロジェクトクローネの広告がデカデカと飾られていた。
速水、美嘉ちゃん、周子ちゃん、フレちゃん、鷺沢さん、ありすちゃん、唯ちゃんの七人の宣材写真、そして空いた五つのスペースに『coming soon』の文字が。恐らくここに志希とアーニャちゃん、凛ちゃん、そして凛ちゃんとユニットを組む予定の加蓮ちゃんと奈緒ちゃんが入るのだろう。
「………………」
そんな広告を見つめて、アーニャちゃんは一体何を思うのか……。
ドンッ
「「きゃっ!」」
そんなアーニャちゃんだったが、前を向いていなかったためか前方から歩いてきた女性とぶつかってしまった。その衝撃で女性が抱えていた数冊の本が床に落ちる。
「イズヴィニーチェ、ごめんなさい……!」
「いえ、こちらこそ……」
謝りながら本を拾うアーニャちゃんと女性。自分も足元に飛んできた本を一冊拾う。
「はい」
「ありがとうございます……あら?」
「ん?」
本を手渡そうとして、その女性に見覚えがあることに気付く。いや、見覚えと言うか、知り合いというか……そもそも広告を見上げればそこにいる女性。
「……周藤さん? どうして、こちらに……?」
鷺沢文香さんだった。
・以前、美嘉さんと一緒に(ry
本来なつきち回でやっておくところですが、生憎そのシーンは丸々カットされております。
・その……甘えているようで恥ずかしい。
( *゜Д゜)o彡゜
・もうちょっとこうハートマーク多めな感じ
伊東ライフ的な(直喩)
・藤峰有希子
『名探偵コナン』において主人公・工藤新一の母親。藤峰は旧姓で芸名。本名は工藤有希子。
原作では二十歳で結婚と同時に女優を引退しているが、この作品では現役。
ちなみに新一と蘭は現在小学二年生。
・『見た目は子供、頭脳は大人』
原作再開まだかなー。
・毎度おなじみ適当ロシア語
エキサイトクオリティなので目を瞑って欲しい。
・七人の宣材写真、そして空いた五つのスペース
というわけでアイ転版クローネは十二人体制となっております。
ついにフミフミが番外編ではなく本編登場!
そしてこの後は……当然あの子の登場シーンだ! オラ、自分で書く癖にワクワクしてきたゾ!