アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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何処か不穏な卯月編二話目。


Lesson218 Why are you a smile? 2

 

 

 

 秋フェスが無事に終わり、トライアドプリムスとしての活動が一段落ついた私は再びシンデレラプロジェクトでの活動を再開すべく、久しぶりに地下の資料室へとやって来た。

 

「あっ! 凛ちゃん!」

 

「凛ちゃん久しぶりー!」

 

 ドアを開いて私の姿を見つけた途端、みりあと莉嘉が駆け寄って来た。他のみんなも「久しぶり!」と声をかけてくる。

 

「久しぶり……と言っても、秋フェスの会場で一緒だったけどね」

 

「あ、そういえばそうだったね」

 

「それでもやっぱり、こうやってこっちで会うのは久しぶりだから……ね?」

 

「……それもそうだね」

 

 美波に言われ、お互いに顔を見合わせてクスリと笑う。

 

 そのとき、ガチャリとドアが開いた。

 

「……皆さん、お揃いのようですね」

 

 今では既に見慣れた仏頂面のプロデューサーが資料室へと入って来た。

 

「って、ちょっと待って。まだ卯月がいない」

 

 グルリと室内に目を向ける。私と同じように今日はクローネからこちらへやって来たアーニャもいるし、足しか見えないけど杏もいる。未央や美波といった、菜々さんや夏樹さんたちのように途中から入ったメンバーを除く初期メンバーが揃っている中で……卯月の姿だけがなかった。

 

「あれ、そういえばいないね」

 

「前の仕事が遅くなってるとか?」

 

 ワイワイとみんなが憶測を口にする中、何故かプロデューサーだけが気不味そうに目を逸らした。

 

「……何かあったの?」

 

「……はい、実は――」

 

 

 

「……よ、養成所……?」

 

「……はい」

 

 島村卯月は現在仕事を休み、養成所へと出向いている。それがプロデューサーの口から語られた卯月の行方だった。

 

「もうデビューしてるのに、なんで?」

 

 みりあが口にしたそれは、この場にいる全員が思った疑問だった。ただレッスンをしたいのであれば、事務所のレッスン室を使えばいい。トレーナーさんだっている。いくら常務によってこんな地下の資料室しか行き場が無くなった私たちとはいえ、それぐらいはいつだって出来るはずだ。

 

「っ! もしかして、美城常務が何か……!?」

 

 その可能性を口にしたのは、李衣菜だった。

 

 私も一瞬だけその考えが頭を過った。

 

 でも……。

 

 

 

 ――先日の一件は、君たちに場数を踏ませずに最初の舞台を大きくしすぎた私にも責任がある。

 

 ――……すまなかった。

 

 

 

 ……秋フェスが終わった後、常務は私たちに向かってそう言った。顔こそいつもと変わらぬしかめ面で、頭を下げたわけでもないが……それでも彼女は、しっかりと謝罪の言葉を口にしたのだ。

 

 確かにあの人は、多くのプロジェクトを解体し私たちを地下へと追い込んだ張本人で、奈緒と加蓮のデビューが遅くなったのも彼女のせいだ。

 

 けれど、クローネとして活動していく内に、少しだけ美城常務の行動基準が分かって来たような気がする。

 

 あの人は、自分の中に()()()()()()()()を持っており、それに逸脱しなければ肯定し、逸脱すれば否定する。そのアイドル像の範囲内であれば自分の非を認めるし、アイドルたちも応援する。

 

 楓さんの『大切な場所でのライブ』を優先させたように。

 

 そのライブの前説だった私に激励の言葉を贈ったように。

 

 アイドルのファンを自称しつつ、アイドルたちを蔑ろにするようなことをしていた美城常務。一見矛盾しているような行動には、彼女の中では明確な線引きがあったんだ。簡単な話が、彼女がアイドルとして認める者がアイドルであり、それ以外はアイドル未満なのだ。

 

 自分の中の価値観の押し付け。自分で言っておいて、まるで暴論だ。

 

 けれど圧制ではあっても暴政ではない。現に彼女がアイドル部門の革新を始めてから()()()()()()()()()()()()()()し、いい顔は全くしていないものの一応私たちシンデレラプロジェクトの活動も認められている。

 

 だから卯月がレッスンを出来ないように何かした、という可能性は低いと思う。

 

(……でも、そこだけ少しだけ引っかかるんだよなぁ……)

 

 「結果を出せばそれでいい」みたいなことをプロデューサーには言ってるみたいだけど、自分の理想のアイドルを推し進めたいという彼女の願望とはまた別の話になって……。

 

(……ん? ()()()()()()()?)

 

 あれ、今何か……。

 

「しまむーが、自分で……?」

 

「っ」

 

 未央の声に我に返る。美城常務に対する考察は後。今は卯月のことだ。

 

「はい、基礎レッスンをやり直したいという申し出がありましたので……ご本人の意向を汲むことにしました」

 

「で、でも、美穂ちゃんとのレギュラーのお仕事入ってるんですよね?」

 

 肯定したプロデューサーに、美波が問いかける。なんでも秋フェスが終わった後ぐらいから、別部署の小日向美穂とのレギュラーの仕事が決まったと言っていたはずだ。

 

「はい……ですのでその間、皆さんに何らかのフォローをお願いすることがあるかもしれません。そのときは、よろしくお願いします」

 

『……は、はい』

 

 そう言って頭を下げたプロデューサーに対するみんなの返事は、了承ではあったもののどこか気の抜けた返事だった。

 

「……舞踏会、もうすぐなのに……」

 

「卯月ちゃん、どうしたんだろ……」

 

 智絵里とかな子が心配そうに呟く。他のみんなも心配そうな表情をしていた。

 

「大丈夫。笑顔で待ってよう?」

 

「きらりちゃんの言うとおりね」

 

「ダー。笑顔、大事です」

 

 きらり・美波・アーニャの言葉に、みんなの間に流れていた重い空気が軽くなるのを感じた。

 

「………………」

 

 それでもまだ私は、心配が拭い去れなかった。

 

 ちらりと横目で未央を見ると、こちらもまた浮かない表情。

 

「……後で、連絡してみよっか」

 

「……うん、そうだね」

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 天ヶ瀬さんとの最後のレッスンを終えた翌日。結局……私はまた、養成所(ここ)に来てしまっていた。

 

 天ヶ瀬さんの言葉を疑ったわけじゃない。彼の言葉を信じられなかったわけじゃない。ただ少しだけ昨日のレッスンのおさらいをするだけ……本当にそれだけのつもりだった。天ヶ瀬さんにアドバイスしてもらった点を復習するだけだった。

 

 でも。

 

「……なんで」

 

 今日の私は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 昨日と同じように踊っているのに、どこか違う。いつもだったら、次に天ヶ瀬さんに会うときに聞けばいいやと、軽く流す程度の違和感。

 

 けれど、しばらくは天ヶ瀬さんとのレッスンはない。メッセージで聞いてみるという手もあるが、彼から「しばらく休め」と言われたばかりだったのでそれも憚られる。

 

 その結果、違和感を直すために何度も踊り、何度も繰り返し……気が付けば二時間が経っていた。

 

「……何がダメなんだろう」

 

 繰り返すほどに違和感は強くなる。どこがダメなのかが分からない。

 

 タオルで汗を拭いていると、スマホが鳴る音が聞こえてきた。

 

(もしかして、天ヶ瀬さん……!?)

 

 何の根拠もなかった。でもこれが天ヶ瀬さんの電話だったら……そう考えるだけで胸が熱くなった。でもレッスンをしていることを知られてしまったら……そう考えると急に怖くなった。

 

 複雑な思いで恐る恐るスマホの画面を覗き込むと、そこには凛ちゃんの名前が。

 

「………………」

 

 ホッとしたようなガッカリしたような……そんな思いで通話ボタンを押した。

 

「も、もしもし」

 

『あ、卯月……今、大丈夫?』

 

「はい。ちょうど休憩してたところです」

 

 その場に座り込み、話をする姿勢になる。

 

『そっか……話はプロデューサーから聞いた。ビックリしたよ。養成所って……なんで?』

 

「……もう一回、ちゃんとレッスンしようと思ったんです。……凛ちゃんも未央ちゃんも、凄い頑張ってますから」

 

 未央ちゃんは今演劇の勉強中で、本番の舞台も近づいてきている。たまに台本合わせの練習に付き合うことがあるが……日に日に上達していくのが、素人の目でもよく分かった。

 

 そして凛ちゃん。今や人気急上昇中のプロジェクトクローネの一員であり、トライアドプリムスのセンター。あの秋フェスの日。舞台裏から見た凛ちゃんのステージは、とてもキラキラしていて……一瞬だけ、私が凛ちゃんと同じユニットの一員だということが頭から消えてしまった。

 

 私は、こんな二人と肩を並べていいのだろうか。

 

 私は、こんな二人と比べて何が出来るのだろうか。

 

 秋フェスの前、三人それぞれ別の方法で成長しようと約束したあの日、二人のように何かをしたくて天ヶ瀬さんにレッスンのお願いをした。今思えば自分でもかなり失礼なことをお願いしたんじゃないかと思っている。

 

 しかし天ヶ瀬さんはそれを承諾してくれた。事務所も違えばそれほど親しいわけじゃない私のレッスンを、わざわざ空いている時間に見てくれた。

 

 ……それなのに……。

 

「……また凛ちゃんたちと一緒のステージに立てるように……私、頑張ります!」

 

『……本当に、大丈夫?』

 

「はい、待っててください! すぐに戻ります!」

 

『……分かった』

 

 

 

 ……すぐに、戻りますから。

 

 

 

 

 

 

 閉店間際の翠屋。お客さんがほとんど捌け、ほぼ貸し切り状態になった店内で、俺は凛ちゃんから「ちょっと聞いてほしいことがある」と切り出された。

 

「……ふーん、卯月ちゃんが養成所にねぇ」

 

「うん……そういう人って、実は珍しくなかったりする? アイドルデビューしてからも、養成所に戻ってレッスンする人」

 

「いや、少なくとも俺は聞いたことないなぁ」

 

 凛ちゃんからの問いかけに、ゴリゴリと手動ミルを回しながら知り合いのアイドルを思い浮かべる。春香ちゃんが一度事務所のみんなでのレッスンを重要視しすぎて仕事をお休みしようとしていたことはあったけど……それとはまたちょっと違うと思う。

 

「でも、ちょっと心配ではあるね」

 

「え?」

 

「受験が終わって志望校に入学できたのに、勉強不足だからって予備校に戻る人はいないでしょ? 勉強は学校でもできる。レッスンだって事務所でできる」

 

 それでも戻ったというのであれば、そこにあるのはきっと理由じゃなくて()()だと思う。

 

「もしかして何か悩みがあって、それをゆっくりと考えてるのかもしれないね……今の俺みたいに」

 

「……さっきからずっと聞こうと思ってたんだけど……良太郎さんはさっきから何してるの?」

 

「ん? 見てのとおり、コーヒー豆を挽いてるんだけど」

 

「……なんでわざわざカウンターの中に入ってまで?」

 

「たまーにこうして自分でコーヒーを淹れるのが趣味なんだ。たまに落ち着きたいときに、こうやって豆を挽いてるんだ」

 

「物心ついたころからの付き合いがある私ですら初耳なんだけど」

 

 そろそろ五年連載してるっていうのに今更初出の情報はどうなの? とジト目の凛ちゃん。ちなみに、勿論士郎さんからの許可を貰ってカウンターの中にいます。

 

「……それで? 良太郎さんの悩みって何?」

 

「別に大したことじゃないんだけどね」

 

「いつも話聞いてもらってるし……力不足かもしれないけど、私にも聞かせて」

 

 ……ありがとう、凛ちゃん。

 

 

 

「前回辺りから感想で全然主人公扱いされてなくて……」

 

「割と自業自得だと思うし、そもそも普段から別に主人公扱いはされてないと思う」

 

 

 




・……すまなかった。
この世界の美城常務はキチンと謝れる偉いコ。

・美城常務の基準
今までもちょくちょく触れてたけど、彼女は『自分の理想とするアイドル』を明確な基準として動いています。その基準の中であればちゃんと自分の非も認めます。

・圧制であっても暴政ではない。
まぁ異論は色々あると思うけど。
原作でも言ってることを言い換えれば「こうすれば売れるって! アイドルってこういうもんだから! ほらみんな路線切り替えて! 足並み揃えて!」だし。

・コーヒーを淹れるのが趣味
作者も初耳ですね(すっとぼけ)

・「前回辺りから感想で全然主人公扱いされてなくて……」
安心しろ! 今回本当にほぼちょい役だからな! あくまで『今回』はだけどな!



 卯月関連のことには触れません。その辺は後々の本編で。

 さて……いよいよ次回です。



『どうでもいい小話』

 デレステ三周年記念の宝くじ、みんなはちゃんともらえましたか? 作者は一枚取り逃しました……。

 というわけで今回も宣言しておきましょう。

 三等以上が当たったら! R18の番外編を書きます!



『どうでもよくない小話』

 み、ミステリアスアイズ(奏&楓)でイベントだとおおおぉぉぉ!?

 ……準備は、出来た(放置スコアS編成構築済み)

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