アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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少しずつ前話までの重さを緩和させていきたい。


Lesson221 Near to you

 

 

 

「これはこれは……」

 

「一応、すぐに冷やしたんですけど」

 

「ちょっと痣になっちゃってるわね……」

 

 凛ちゃんたちの修羅場(真)を目撃してしまった翌日。朝起きたら昨日凛ちゃんから張り手を貰ってしまったところに痣が出来てしまっていた。決して大きくはないが、それでも一目で分かるはっきりとした痣だった。

 

 このままでは今日一日仕事が出来そうになく、そもそもこんな状態で現場に行ったら何を噂されたものか分かったものじゃない。そうなると、現場に行く前にこの痣をなんとか隠さなければならない。

 

 というわけで、メイクさんで唯一プライベートな知り合いであるシャマルさんに痣を隠すメイクをお願いするため、朝一で八神家へとやって来た。

 

「お願いできますか?」

 

「頑張ってみるわ。はい、前向いて」

 

 居間の掘り炬燵に座り、机に置かれた鏡に向き直る。目元に痣を作ったいつもの無表情がそこには映っていた。

 

「ビンタしたのって女の子なんですよね? それで痣出来るんですか?」

 

 コトリと熱い緑茶の入った湯呑を目の前に置いてくれたはやてちゃんが、そんなことを尋ねてくる。彼女たちには既にこの痣の原因は話してある。ちなみに家族全員にも勿論話してあり、全員から真面目に説教された。

 

「思いっきり振りかぶってた上に振り抜いてたからね。結構痛かったよ」

 

 ある意味当たり所が良すぎた結果だった。これを卯月ちゃんが受けるようなことにならなくて良かったと、その点に関してはホッとしている。

 

「それにしても『笑顔に価値なんてない』か……なかなか言う子だな」

 

 出勤前に一息ついていたリインさんが、何故か感心した様子で呟いた。

 

「笑顔に一切頼ることなくトップにまで上り詰めた周藤良太郎には、なかなか耳に痛い言葉だったんじゃないか?」

 

「そうですね……そう思わせてしまったことに対して、心が痛いです」

 

 俺が笑わないのは勿論()()()()からであり、笑えるのであれば笑いたいし、もう少し喜怒哀楽を前面に押し出していきたい。

 

「別に表情変わんなくても、オメーの喜怒哀楽はまる分かりだけどな」

 

 小学校に登校する前のヴィータちゃんからそんな評価をされたように、表情が変わらない分他者から分かりやすくしてきたつもりだ。

 

 ただまぁ、今回の一件は当然そこじゃない。気になるところがあるのだ。

 

「無表情の俺がトップアイドルで、イコール『笑顔は必要ない』っていう結論に至っちゃった経緯がイマイチ分からないんですよ」

 

「ん? どういうことだ?」

 

「別に、そういう結論に至ることは不自然ではないですよね?」

 

 その結論自体がそもそも『ちょっと待って』レベルのものでもあるのだが。

 

「あのときの卯月ちゃんは……なんというか、()()()()()()()()()()ような気もするんですよ」

 

「それは……他のアイドルたちと自分を比較してしまったから、じゃないのか?」

 

「それもあるとは思うんですけど……」

 

 はっきり言って、俺は卯月ちゃんとそれほど仲がいいわけじゃない。申し訳ないことに凛ちゃんと同じユニットの子程度の付き合いで……元から仲が良かった凛ちゃんやみりあちゃんは勿論、莉嘉ちゃんやアーニャちゃん、蘭子ちゃん辺りよりも話した機会は少なかった。

 

 それでも、俺の中での卯月ちゃんは()()()()()()()()()()ような子じゃなかった。

 

「伸び悩んでいたのだろう? それならば、自然と思考がそちらに向かっていってもおかしくはないと思うぞ」

 

「……やっぱり、俺の考えすぎですかね」

 

 きっと、俺が彼女にしてしまったことから目を背けようとして生み出した『そうであってほしい』という願望だろう。

 

「それで、その……良太郎さんを殴ってしもた子の方は?」

 

「……『周藤良太郎』ぶん殴るとか、よくよく考えたらトンデモねーよな……」

 

「まぁ、そっちは俺の家族みたいな子だから……ね」

 

 

 

 

 

 

「……落ち着いた?」

 

「……うん」

 

 あの後、泣きじゃくる凛ちゃんを連れて渋谷生花店まで彼女を送っていった。俺たち二人の様子を見て戸惑ったおばさんだったが、何も聞かずにいてくれたことがありがたかった。さらに俺を家に上げて、頬を冷やすものまで貸してもらえたので本当にありがたい。

 

「……あの、良太郎さん、頬……」

 

 リビングのソファーに腰を下ろして一先ず落ち着いた凛ちゃんが、氷で冷やしている頬を見ながら心配そうに尋ねてくる。

 

「俺は大丈夫だよ。凛ちゃんも大丈夫?」

 

「えっと……はい」

 

 どうやら殴った本人である凛ちゃんも手首を痛めていたらしく、ある程度泣き止んだ彼女を連れて帰る途中、左手で右の手首を抑えていた。あれだけ全力で手のひらを物にぶつけたのだから、当然と言えば当然である。なので彼女も彼女で氷で手首を冷やしている真っ最中だった。

 

「痛みが酷くなるようなら、ちゃんと病院に行くこと。あとは……もし明日起きて目が腫れてるようなら、目元を蒸しタオルで三分温めて、冷たいタオルで三分冷やす。これを三回ぐらい繰り返すといいよ」

 

「……ごめんなさい」

 

「うん、俺は気にしてないから……」

 

「そうじゃなくて――」

 

 

 

 ――こんなことに、なっちゃって。

 

 

 

「それは……」

 

 俺を、じゃなくて……()()()()()()殴ろうとしたことを言っているのだろう。

 

「……そうだね、アイドルの……ましてや女の子の顔を殴るのは、流石にいただけないかな」

 

 それだけはしっかりと言っておかないといけない。結果として俺が殴られたことと違い、それは「もう大丈夫だよ」の一言で済ませることは出来ない。

 

「……何を言っても、言い訳にしかならないと思うけどさ」

 

「言い訳でいい。凛ちゃんが思ってる事、なんでもいいから聞かせてほしい」

 

 今はまだ、凛ちゃんが腕を振り上げた理由は憶測でしか分からない。だから凛ちゃんの口から聞かせてほしかった。

 

「……あのね」

 

 凛ちゃんはポツリポツリと話してくれた。卯月ちゃんが事務所に来なくなったこと。武内さんから養成所に戻ったと聞かされたこと。未央ちゃんと二人で卯月ちゃんに話を聞きに行ったこと。

 

 ……そして、卯月ちゃんの口から『アイドルになるのはまだ早かった』と……『周藤良太郎には必要がなかったから』という理由で「笑顔に意味なんてなかった」という言葉が発せられたこと。

 

「私は……卯月に戻ってきて欲しかった」

 

 凛ちゃんは顔を俯かせたまま、そう言った。

 

「卯月は私の『憧れの笑顔』だったから……ユニットメンバーとしてだけじゃなくて、島村卯月のファンの一人として、卯月に戻ってきて欲しかった。……でも、いつもの笑顔を見せてくれなくて……私は友達だって思ってたのに、卯月は本心を見せてくれなくて」

 

 「だから」と凛ちゃんは両手で目元を抑える。

 

「思わず強く言っちゃったんだ。そうすれば、卯月も本心を口にしてくれるって思ったから……」

 

 しかしその結果、返って来た答えは彼女にとって予想外で……そして、決して聞き流せるようなことではなかった。

 

 

 

 ――笑顔に意味なんて本当にあるんですか!?

 

 ――最初から、私には何の価値も無かったんじゃないですかっ!

 

 

 

「……良太郎さんを言い訳に使われたことが嫌だった……でもそれを理由に手を上げた私も『良太郎さんを言い訳にした』んだ……」

 

 ボロボロと再び涙を流し始める凛ちゃん。

 

「……ねえ良太郎さん、私、間違ってたのかな……!?」

 

「………………」

 

 『そんなことないよ』『凛ちゃんは気にしなくていいよ』と、そう言ってあげたかった。許されるのであれば、そうして凛ちゃんの抱えているもの全てを肩代わりしてあげたかった。

 

 でも、それだけはやっちゃいけないことだ。それはなんの解決にもならない最悪の選択。『周藤良太郎(アイドル)』としてではなく周藤良太郎としても、それを選ぶことは出来なかった。

 

「……そうだね。手を上げたのはダメだった。俺がいなかったら、凛ちゃんは卯月ちゃんを殴ってたんだよ?」

 

 分かってるよね? と尋ねると、凛ちゃんはコクリと頷いた。

 

「なら、このことに対して俺から凛ちゃんに言うことはもうないよ」

 

「……怒ってないの?」

 

 恐る恐る凛ちゃんは顔を上げた。少しビクビクしながら、変わることがないと分かっていても俺の表情を窺うように。

 

「さっきも言ったけど、怒ってないよ。俺のこれは俺の責任でもあるから」

 

 顔を傷つけてしまったことは、アイドルとして俺が真っ先に反省するべきことだった。何があろうとも漫画家が自分の利き腕を守ろうとするように、俺も顔だけは絶対に守らなければいけなかった。

 

 だからこれは後ほど兄貴たちから怒られれば大丈夫だ。大丈夫ではないけど。

 

「それに、卯月ちゃんに戻ってきて欲しいっていう凛ちゃんの想いは間違ってない」

 

 春香ちゃんが周りから反対されても『可奈ちゃんも一緒に』と譲らなかったように。

 

 友を、仲間を、『信じて待つ』その想いを、俺は無下にしたくなかった。

 

「だから凛ちゃんがしなくちゃいけないのは……もう一度、卯月ちゃんと会うことだ」

 

「っ……」

 

 ビクリと凛ちゃんの身体が震えた。

 

「今はまだ顔を合わせづらいかもしれない」

 

 殴ろうとしてしまったことの後ろめたさもあるかもしれないし、自分の()()()()()を否定されたことに対する怒りも、まだ残っているかもしれない。

 

「でも、それが出来ないと凛ちゃんと卯月ちゃんは()()()()なんだよ」

 

 時間が経てば「あのときはゴメン」と自然に謝ることが出来るかもしれないし、「もう気にしていない」と許せるかもしれない。

 

 でも、それを出来るまで待っていたら……そのときにはもう、そこに『new generations』はいないだろう。

 

 凛ちゃんが卯月ちゃんに戻ってきてほしいのであれば……彼女たちがニュージェネである今にしか、そのタイミングはないのだ。

 

「でも、卯月が……」

 

 途中で口をつぐんだ凛ちゃんは、「ううん」と首を横に振った。

 

「……頑張ってみる。……これ以上、良太郎さんの手を煩わせるわけにはいかないから」

 

 凛ちゃんはそう言って涙を拭った。まだ強張った表情で、決して大丈夫そうには見えない。

 

 ……先ほどの言葉の後に、凛ちゃんがなんと言いたかったのか、なんとなく分かった。

 

 

 

『卯月が会いたくないと言ったら?』

 

 

 

「………………」

 

 それに対する答えを彼女に提示することが出来ず……自分の不甲斐なさにギュッと掌に自分の爪を食い込ませた。

 

 

 

 

 

 

「……はい、出来たわ」

 

「おぉ」

 

 話している最中もシャマルさんのメイクは進んでおり、いつの間にか俺の目元の痣は全く分からなくなっていた。

 

「流石シャマルさん、これはもう治ったといっても過言では……いてて」

 

「そりゃ触れば痛いだろバカ」

 

「ごもっともです」

 

 ヴィータちゃんからのマジレスに心が痛い。

 

「ありがとうございました」

 

「はい。……頑張ってね、良太郎君」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 

おまけ『身長差』

 

 

 

「………………」

 

「ん? ヴィータ、どないしたん?」

 

「いや……この雑誌に載ってる渋谷凛ってやつが、島村卯月ってやつを殴ろうとしたんだよな?」

 

「らしいね」

 

「……どう考えても、身長差的にリョータローの頬には当たらないんじゃねーか?」

 

「しーっ! そこに触れたらアカン! まだシリアスやねんから!」

 

 

 




・久しぶりの八神家
深い理由はないけど、今の良太郎の現状をいい具合に話せる相手が欲しかった。

・「追い詰められすぎてた」
実は良太郎以外にも理由はあった。

・おまけ『身長差』
感想で言われて気が付いた……ホントダヨ?



 もうそろそろ、第五章もクライマックスですね……。

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