アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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まさかのっけから五話構成になるとは……。


Episode04 その日、世界が震撼した。 4

 

 

 

 それはとある日のこと。私たち『魔王エンジェル』の三人は東豪寺の本社に集まっていた。

 

「……ねーねーともみ、アタシ変なとこないよね?」

 

「ないない。今日も可愛いよ」

 

 先ほどからそわそわと手鏡を覗き込みながら身だしなみを整えるりん。本社について早々に専属のスタイリストにメイクやら髪やら全て整えてもらってたというのに、それでもなお気になるらしい。

 

 そしてそんな彼女からの問いかけに雑誌を捲りながら答えるともみは、そちらを一瞥もしていない。全く興味を持っていないのは一目瞭然だった。

 

「それにしても、今日はどうしたんだろうね……麗華」

 

「私は『話があるから三人で時間を作って欲しい』としか聞いてないから、知らないわよ」

 

 それはつい先日、良太郎からかかって来た電話の内容だった。簡単な内容であればメッセージアプリでのやり取りで済ませる間柄である良太郎が、わざわざ電話で私たち三人とのアポを取って来たのだ。

 

「……今度は一体何をしでかすつもりなのかしら」

 

 しかし不思議なことに、いつもはこういうときに感じている()()()()が一切なかった。

 

「それはそれで、逆に嫌な予感がするのよね……」

 

「も、もしかして……あ、あたし、とか……? ……とか!?」

 

「アンタはいきなり何を言い出すのよ」

 

 何故かりんは顔を赤くしてキャーキャーと叫ぶ。一体どうしたのかとともみに視線を向けるが、彼女は「気にしなくていい」と首を横に振った。

 

「これでもアタシってば最初期からのヒロインだし! 第一話から登場してるし! 連載話数も三百が目前だし! そろそろそういう進展があってもおかしくないでしょ!?」

 

「でも出番は少ない……と」

 

「それは無理にシナリオに絡むわけにいかなかったからだから! 文章になってないところではちょくちょく連絡とって会ってたりしてたから!」

 

 などというよく分からない会話でともみと共にヒートアップするりん。

 

 そろそろうるさいので、少しぐらい大人しくしろと注意しようとして……コンコンとドアがノックされた。

 

『失礼します、麗華様。周藤様がお見えになられました』

 

 ドア越しに用件が伝えられたので「ありがとう」と下がらせる。

 

「ほら二人とも、あのバカが来たわ。仕方がないから会ってやるわよ」

 

「任せて麗華! アタシの準備はバッチリ出来てるよ!」

 

「寧ろあれだけ身だしなみを整えておいて準備できてなかったら置いてくわよ」

 

「ホント、五年経ってもこの二人は絶妙に噛み合ってないなぁ……」

 

「「ともみ?」」

 

「ただの独り言だから、気にしないで。ほら行くよ」

 

 りんと共にともみに背中を押されながら、レストルームを後にした。

 

 

 

「お、三人とも久しぶりー」

 

 応接室で待たせていた良太郎は、深くソファーに腰を掛けながらコーヒーを飲んでいた。他事務所だというのに全く気負うことなくリラックスしているその姿を『能天気』と称することは出来ても『大物』と称する気にはなれなかった。

 

「やっほーりょーくん!」

 

「久しぶり、リョウ」

 

「ふん。さっさと用件を言いなさい」

 

 私たち三人も、良太郎の向かいのソファーに腰を下ろす。

 

「まぁ折角四人でこうして顔を合わせたんだからさ、もうちょっとゆっくりしようぜ」

 

「『時間を作って欲しい』って言ったくせに時間を取らせるとかいい度胸してるじゃない」

 

「……最近、学校はどうだ?」

 

「『娘との会話が少ない父親』ムーブを止めなさい」

 

「というか、一応わたしたちも同じ大学だってこと忘れてない?」

 

 話が進まないのも、割といつもの事だった。

 

「っと、そうだった。今日は一応ちゃんとした訪問だから手土産を持って来たんだった」

 

「だから話を……」

 

 ゴソゴソとソファーの傍らに置いてあった荷物を漁りだす良太郎。どうやらまだこの茶番は続くらしい。

 

「はいこれ」

 

「……なにこれ」

 

「さっきコンビニで買ったスマートフォンアプリ用のプリペイドカード三万円分」

 

「要するに課金(まほう)のカードじゃない!」

 

 リンゴのマークが書かれたカード三枚をベシッと良太郎に叩き返す。

 

「金額としてみれば三万円って全然安くないんだけどね」

 

「まぁ流石に冗談だ。これは俺が後でガチャを回す用に買ったやつだから」

 

「寧ろここに来る前にそれを買ってきたこと自体が腹立つわね……」

 

 こいつ本当にただ私たちを揶揄うためだけに来たんじゃないだろうか。

 

「……ところで、まほうのカードってどういうこと?」

 

「アンタは知らなくていいわ」

 

「?」

 

 そっち方面の知識に疎いりんが首を傾げていた。そうよね、一般人からしてみたら『課金=魔法』って意味分かんないわよね……。

 

「というわけでこっちが本命」

 

 荷物の中にカードをしまった良太郎が次に取り出したのは、何かの箱だった。大きさ的に、お菓子のような気もするが……。

 

 

 

「『123プロ人形焼き』だ」

 

「だからボケにボケを重ねるのはヤメろっつーのっ!」

 

 

 

「あ、いや、これはマジ」

 

「……え」

 

「わっ、ホントだ」

 

「わぁっ! これもしかしてりょーくん!?」

 

 良太郎が箱を開けると、中には九つの人形焼きが入っていた。よく見てみるとデフォルメされた良太郎他八人の123プロ所属のアイドルだ。

 

「新しいグッズとして、今度のライブの物販だけじゃなくてネット販売もする予定なんだよ」

 

 「これはその試供品」と良太郎は真ん中に入っていた自分の人形焼きを摘まみ上げた。

 

 そしてそれを差し出してきたので、やや抵抗があったものの受け取るために手のひらを出して……。

 

「……っ!」

 

「………………はい」

 

 良太郎は横でキラキラと目を輝かせていたりんの手のひらに置いた。

 

「ありがとーっ! ……わぁ、食べるのもったいないなぁ……」

 

 ブツブツと「保存……防腐剤……」やらなにやら呟いているりんは置いておいて、別のやつを貰うことにする。なんとなく手を伸ばして摘み上げたのは最近『Cait Sith』というユニットで活動している北沢志保の人形焼きだった。

 

 アイドルなのだから笑顔で作ればいいものを、北沢志保のそれは良太郎曰く『人に懐かない黒猫』らしい彼女らしくキツい目つきで憮然とした表情をしていた。

 

「それにしても()()()()()()()()()なんだね」

 

「……っ」

 

 北沢志保のユニットメンバーである一ノ瀬志希の人形焼きに頭から噛り付いたともみの一言にハッとなる。

 

「そう。気付いた?」

 

 気付いてもらえたことが嬉しいらしく、良太郎の声が弾んでいた。

 

 

 

「123プロの感謝祭ライブが決定したんだよ」

 

 

 

「「「っ……!?」」」

 

「だからこれはそのグッズ展開の一部。驚いてもらえたようで何よりだ」

 

 表情は変わらないが、悪戯が成功したことを喜ぶ子どものような目をしていた。

 

「そう……」

 

 あの『周藤良太郎』を中心として、人気アイドルたちが集結したアイドル事務所の感謝祭ライブ……その開催を聞かされた私は、ふぅと息を吐いて心を鎮めた。様々な感情が入り混じり、声が震えそうになるのを抑えるためだ。

 

「……公表は、まだしてないのよね?」

 

「明日の午後にするつもり。事務所関係者以外で一番最初に伝えたんだから、光栄に思ってくれ」

 

「ふん、余計なお世話よ」

 

 きっと明日は大変な騒ぎになることだろう。場合によっては『周藤良太郎』との親交を知られているメディアから私たちの方にも取材の電話やら何やらがくるかもしれない。後でその対応も指示しておこう。

 

「……す、すごい! ホントなんだよねりょーくん!? いつ!? いつ!?」

 

「おっと、りん、ステイステイ。落ち着きなさい」

 

 衝撃発言にフリーズしていたりんがようやく再起動し、良太郎との間に置かれている机に身を乗り出すようにして詰め寄った。その際当然前屈みになるので、落ち着けと言いつつも良太郎の視線はりんの胸元に固定されている。

 

「詳細の告知は順次発表。まだ日程ぐらいしか決まってないよ」

 

「そっかー……アタシ、絶対にチケット当てるから!」

 

 力強く意気込むりん。絶対と言い切っているものの、その倍率はおそらく『周藤良太郎』の単独ライブよりも跳ね上がることだろう。果たしてりんに当てられるかどうか。

 

「……残念だけど、場合によってはりんたちは観客席での観覧を遠慮してもらうかもしれないんだ」

 

「………………え」

 

 しかし良太郎が唐突に口にしたその言葉に、りんの表情がサァッと青くなった。

 

「……え、え……!? ア、アタシ、りょーくんになにかしちゃった……!? な、なにかわるいところがあるなら、なおすから……!」

 

「悪い、ゴメン、言葉が悪かった、落ち着いてくれ、ちゃんと説明する」

 

 ガタガタと震えるりんに、慌てて良太郎は手を振った。

 

「どういう意味なの、リョウ。わたしたちは観覧出来ないって」

 

()()()()、だよ。ライブ自体にはちゃんと招待する。……俺が今日ここに来たのは123プロダクションの代表としてなんだ」

 

 そう言うと、良太郎は居住まいを正した。

 

 

 

 

 

 

「1054プロダクション所属アイドルユニット『魔王エンジェル』の三人に、特別ゲストとして感謝祭ライブへの出演依頼を申し込みたい」

 

 

 

 

 

 

「「「………………」」」

 

 多分『絶句』という表現が、私たち三人を表現するのに一番適していた。

 

 私も、りんも、ともみも。言葉を発さずともその胸中は手に取るように分かった。二人とも、その言葉の衝撃に二の句が継げずにいるのだ。

 

 口の中の水分が一気に無くなったのは、きっと人形焼きのせいではない。それでも『魔王エンジェル』のリーダーとして私が受け応えなければならない。必死に唾をのみ込み、無理やり喉を潤す。

 

「……今まで一人で自分の世界に引きこもってたやつが、私たちに出演依頼出すなんて、いい趣味してるわね」

 

 普段通りの憎まれ口を吐いたつもりだが、出てきた言葉は完全になりそこないだった。

 

 しかし良太郎は気まずそうに「それを言われるのは痛いな……」と首筋を掻いた。

 

「……765や346みたいに、みんなでステージに立つのが俺の憧れだったんだ。だから感謝祭ライブでみんなと一緒のステージに立つことが決まって、嬉しかった」

 

 でも、と良太郎は伏せていた目を開いた。

 

「俺が一番、一緒のステージに立ちたいって思ったのは……お前たち三人なんだ」

 

「っ……!」

 

「『日本のトップアイドル』と称されながらも俺がここまで走ってこれたのは、()()()()()()()()()()()()からだ。周藤良太郎の最大のライバルは『三美姫』でも『福音』でも『女帝』でもない――」

 

 

 

 ――『魔王エンジェル』なんだよ。

 

 

 

「………………」

 

 俯き、唇を噛みしめる。そうしないと()()()()()だった。

 

 私は、良太郎(こいつ)が嫌いだ。私たちは必死にアイドルしてるっていうのに、いつも余裕綽々で、自分が一番だって自信満々で。今だって、日本のトップアイドルだって疑っていない。

 

 私は『周藤良太郎』を認めない。認めてなんかやらない。

 

 それは初めて会ったときから、今もずっと変わらない私の意地。

 

 だからこれは……この感情は――。

 

 

 

「……私たちを呼ぶ以上、覚悟しなさい。……観客全員、私たちの虜にしてやるんだから」

 

「……あぁ、望むところだ」

 

 

 

 ――()()なんかじゃ、絶対にない。

 

 

 




・五年経ってもこの二人は絶妙に噛み合ってない
りんは自分の恋心がバレていないと思っている(本人的には隠してるつもり)
当然バレバレなのでともみは気付いてる。
しかし麗華は何故かそれに気付いていない。

・スマートフォンアプリ用のプリペイドカード
作者はクレジットカード派なので、最近買ってない。

・『123プロ人形焼き』
123プロ銘菓(になる予定)

冬馬 北斗 翔太
恵美 良太郎 まゆ
志保 美優 志希

という配置で入っている。

・特別ゲスト
参加はするが、観覧はしない。

・――『魔王エンジェル』なんだよ
なのはが良太郎のオリジンだったように、彼女たちは常に良太郎がライバルとして意識していた存在だった。



 皆さん予想していたように、魔王エンジェルの三人は特別ゲスト枠として参加です。サプライズとして隠しておくという手もあったのですが、今回のコンセプトは『ステージの裏側』なので、この辺りを隠しておくと後々面倒なことになりそうだったので。

 予定だとここでプロローグ的なお話は終わるはずだったのですが……もうちょっとだけ続きます。

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