アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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時系列無視だからと軽率に視点を増やしてみる。


Episode10 審判ノ刻、来タレリ 2

 

 

 

「い、いよいよ今日だな……!」

 

「うん」

 

「な、なんか緊張してきたな……!」

 

「うん」

 

「……今日はポテト食べに行くのやめとくか?」

 

「うん」

 

「……ダメだコイツ、全然聞いてない……」

 

 うわの空で話を聞いていない加蓮に、奈緒が呆れた様子でため息を吐いた。

 

「レッスン中も全然集中出来てなかったし」

 

「うん」

 

「トレーナーさん怒ってたぞ」

 

「うん」

 

「ところでここに関係者チケットが」

 

○してでも うばいとる

 

「嘘に決まってるだろー!?」

 

 最近神様(さくしゃ)がはまっているフォント芸をこなしながら奈緒に飛び掛かる加蓮の姿を見つつ、私はシャツに袖を通す。

 

「あら、随分と賑やかね」

 

「奏」

 

 制服姿の奏が更衣室に入って来た。どうやら彼女は私たちと入れ違いで今からレッスンのようだ。

 

「今回は何が原因?」

 

「奈緒が冗談で『関係者チケットがある』って言ったら、加蓮が脊髄反射で飛び掛かったの」

 

 本人的には意趣返しのつもりだったのだろうが、それでさらに返り討ちにあう辺り実に奈緒らしい。

 

「っ」

 

「ん?」

 

 なにやら『関係者チケット』という単語に奏がピクリと反応した。

 

「え、もしかして奏……」

 

 本当に「貰ったのか?」と尋ねようとしたが、先んじて「違うわよ」と首を横に振られた。

 

「……散々茄子先輩に煽られたのを思い出して、ちょっとイラッとしただけよ」

 

「あぁ……」

 

 鷹富士茄子さんは良太郎さんの同級生であり奏の先輩であり、名実ともに『幸運の女神』として非常に運がいいことで有名だ。そんな彼女に「どうせ当たるから」と言って良太郎さんが先んじて個人的に関係者チケットを渡してあることは、私も話に聞いている。

 

「高校の頃は比較的に常識人枠だったはずなのに、それが卒業と同時に解き放たれて……いえ、周りが濃すぎて気付かなかっただけなのかもしれないわね」

 

「今まで何度も言ってきたしこれからも何度も言うことになると思うんだけど、本当になんなのその魔境校は」

 

 一体どれだけ周りを濃くすれば茄子さんのキャラが薄まるのだろうか……と思ったけど、その筆頭が良太郎さんなのだから納得せざるを得なかった。山椒は小粒でもピリリと辛いがハバネロパウダーの中に入れてしまえば味なんてなくなる。

 

「おかげで友紀先輩もすっかりやさぐれちゃって……野球を観に行っても厄介のようなヤジを飛ばすように……」

 

「それは割といつも通りじゃ……」

 

「ともかく、今の茄子先輩には注意しなさい。特に今日は当落発表の日だから」

 

 それもう『いい性格』を通り越して『嫌な性格』になってはいないだろうか。

 

 そんなことを考えていると、再び更衣室に入ってくる人影が。

 

「おやおや~? 奏ちゃんの声が聞こえますね~? 良太郎君から一足先にチケットを貰った幸運なこの私、鷹富士茄子が入りますよ~」

 

「「うっぜぇ!」」

 

 思わず奏と共に自分のキャラを忘れて叫んでしまった。

 

「むっ、ダメですよ二人とも、アイドルがそんなこと叫んじゃ」

 

 私は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のナスを除かなければならぬと決意した。

 

「加蓮、あの人、本当に関係者チケット持ってるよ」

 

「ふしゃあああぁぁぁ!!」

 

 多分緊張感とか色々で吹っ切れてしまった加蓮が茄子さんに向かって飛び掛かる。

 

「えっ!? ちょ、今は持ってな……きゃあああぁぁぁ!?」

 

 あれだけ煽っていたくせにどうやらやられたときのことを考えていなかったらしい茄子さんは、あっという間に加蓮に押し倒された。

 

「この胸か!? この胸で譲って貰ったのか!? 私だって……私だって勇気があればあああぁぁぁ!」

 

「勇気ってどういうことですか!? 何をするつもりだったんですか!?」

 

「「……悪は滅びた」」

 

(……結局凛も加蓮も、ついでに奏も茄子さんも、良太郎さんに毒されてるんだよなぁ)

 

「「奈緒、今変なこと考えなかった?」

 

「加蓮から解放されて嬉しいなって言っただけだよ」

 

 

 

 

 

 

「あの、その、すみませんでした……本当に嬉しかったので、調子に乗ってました……反省してます……」

 

「そ、そんなことがあったのね……」

 

 カフェテラスで何やら鷹富士茄子さんがトライアドプリムスの三人にペコペコと頭を下げていたから何事かと思って話を聞いてみたら、どうやら茄子さんが良太郎さんから貰った関係者チケットを自慢していて顰蹙を買ったらしい。ちなみにその場には奏ちゃんもいたらしいのだが、今はレッスン中とのこと。

 

「でもまぁ、自慢したい気持ちは私も分かるから、これで許してあげる」

 

「ははーっ!」

 

 パクパクとフライドポテトを食べる加蓮ちゃんに茄子さんが平伏する。同じように凛ちゃんと奈緒ちゃんの前にもそれぞれ飲み物があり、それも合わせて全て茄子さんが支払いを持つということなのだろう。

 

「それにしても、本当にみんな欲しがってるのね、感謝祭ライブのチケット」

 

「そーいう美波も欲しいんでしょ?」

 

「勿論よ」

 

 凛ちゃんの問いかけに即答する。それを欲しがらない人なんていないだろう。

 

「だからもし鷹富士さんに同じことされたら……うふふ」

 

「さ、流石にもうしませんよ……」

 

 しかし、今日はもう当落発表の日だ。関係者チケットだけでなく、正規の入場チケットを手に入れる人も現れる。

 

「当落発表を境にこういうトラブルはきっと増えるんじゃないかな」

 

「ありそーだなぁ……」

 

 奈緒ちゃんがそれを想像して頷く。

 

「まぁ、トラブルもそーだけど……この一大イベントに浮かされて、色々と行動がおかしくなってる人はいるかもね」

 

 凛ちゃんは「加蓮みたいに」と言ってコーヒーを一口飲んだ。

 

 

 

 

 

 

「……こ、これは……?」

 

 今日のステージを終えて劇場の事務所にまで戻ってきたのだが、そこには祭壇があった。

 

 祭壇は祭壇でも()()()()()()意味合いでの祭壇であり、奉られているのは良太郎だった。『周藤良太郎』のグッズがブロマイドやらタオルやら、数えるのも億劫になるほどの量が揃っていた。よくもまぁここまで揃えたものだと呆れを越えて感心すら通り越し、辿り着いたのは恐怖である。

 

 そしてその恐怖の対象には、祭壇の目の前で髪を振り乱しながら床に膝をつき呪詛を唱えている妖怪も含まれている。随分と女の子のような見た目で、ツインテールが亜利沙に似てる妖怪だと思ったら亜利沙本人だった。

 

「あ、千鶴おつかれさまー」

 

「お疲れ様ですわ、翼」

 

 亜利沙らしき妖怪の後ろでそれを見ていた伊吹(いぶき)(つばさ)が振り返った。

 

「これは一体なんの呪術ですの?」

 

「呪術じゃないってさ」

 

 あの重篤なアイドルマニアである亜利沙からこれほどまでに恨みを買うとは、果たして良太郎は何をしでかしたのかと思ったが、どうやら違うらしい。確かによくよく聞いてみると、亜利沙が口にしているのは呪詛ではなく、良太郎の曲をただ羅列しているだけだった。

 

「チケットが当たるようにおまじないしてるんだって」

 

「……あぁ」

 

 そういえばそうだったと思い出して納得する。いや、この行動自体は納得しがたいものだけれど。

 

「ついでに、わたしも一緒にお願いしてるんだ~」

 

 そう言いつつムニャムニャとお願いをするフリをする翼。

 

「あら、貴女も応募していたんですの?」

 

 あれほど『周藤良太郎』に興味がないと言っていた翼にしては珍しく、驚いてしまった。

 

「んーわたしじゃなくて、美希先輩のため!」

 

「……美希のため?」

 

「うん! もしわたしがチケットに当たったら、美希先輩にあげるの! そしたら先輩からのわたしの好感度きゅーじょーしょー!」

 

 もろ手を挙げて「ひゃっほい!」とテンションを上げる翼。それはまぁ、765プロ内でりょーいん患者筆頭である美希ならば、間違いなく好感度が上がるだろう。

 

「これぞわたしの完璧な作戦!」

 

「そうですわね。当選したチケットの譲渡が出来ないという点を除けば、完璧ですわね」

 

「……え?」

 

「チケットの譲渡は原則禁止ですわよ」

 

 目から鱗と言った様子の翼に、利用規約をしっかりと読むように促す。

 

 今回の場合はシステム的に不可能ということもあるが、そもそもそのチケットを売る側の人間であるアイドルがそれをやっちゃダメだろう。

 

「……帰ろーっと」

 

 あっという間にヤル気を失くした翼は、荷物をまとめて止める暇なく事務所から出て行ってしまった。現金なものである。

 

「……ふぅ」

 

 しばらくして亜利沙が動きを止めた。

 

 まるで『やりきったぜ!』と言わんばかりに爽やかな顔で額の汗を拭う亜利沙。しかしよく見るとその恰好は良太郎のプリントTシャツに法被を身にまとい、額には公式ペンライトが鉢巻きで括りつけられていた。つい先ほどまで劇場の観客席でよく見た姿をこうして事務所に戻って来てまで見るというのは、なんとも複雑な気分だった。

 

「……おや千鶴ちゃん、戻ってたんですね」

 

「戻ってましたわ」

 

「あれ? 翼ちゃんいませんでした?」

 

「さっき帰りましたわ」

 

 どうやら先ほどの私と翼の会話は聞こえていなかったらしい。

 

「随分と必死ですわね」

 

「そりゃあもう! 123プロの感謝祭ライブですよ感謝祭ライブ! 周藤良太郎のドームライブというだけでも価値があるというのに今回はそれに加えてジュピターピーチフィズケットシーさらにさらに三船美優さんまでも参加する超豪華ライブなわけですそしてそしてなによりあの周藤良太郎が他のアイドルと一緒にライブをするんですよデビューして以来の快挙ですよ勿論ジュピターとのコラボ企画はありましたがあれはあくまでもコラボ企画でありライブのステージで周藤良太郎の隣に立つということが激ヤバなんですあとありさ的に注目したいところは美優さんとケットシーの志希ちゃんが初めて大きなステージに立つというところですね良太郎さんやジュピターのお二人は勿論ドーム経験がおありですしピーチフィズのお二人もアリーナライブは行っておりますし志保ちゃんも765プロのアリーナライブでバックダンサーを務めていたことがありますので大きな舞台という点では経験済みですので初めて大きな舞台に立つこの二人がいかにこの困難を乗り越えるのか考えるだけでも大興奮ですよあとあと一部解禁された情報によると新曲も発表されるんです新曲ですよ新曲しかも個人曲でもユニット曲でもなく全体曲123プロの全体曲ですよこのトップアイドル九人による全体曲ですこれは勝ちです勝ちました本当にありがとうございます!」

 

「当たらなければ現地参加は無理ですけどね」

 

「誰が敗北者ですかあああぁぁぁ!?」

 

「言ってませんわよ」

 

 床に手と膝をついてガックリと項垂れながら「はぁ……はぁ……敗北者……!?」と息を荒げる亜利沙の姿に、思わずハァとため息が零れる。

 

 その場にいてもいなくても人々に強く影響を与える辺り、私としてはアイドル『周藤良太郎』というよりは昔からよく知っている良太郎らしかった。

 

 

 

 

 

 

 ――当落発表まで、あと一時間。

 

 

 




・「○してでも うばいとる
アイスソード。フォント芸は面白いけど、今後は多用しないかなぁ。

・「幸運なこの私、鷹富士茄子が入りますよ~」
流石の茄子も調子に乗るレベルで嬉しかったらしい。

・私は激怒した。
凛にはこの物語の展開がわからぬ。凛は、346のアイドルである。歌を歌い、ファンを笑顔にして暮らして来た。けれども作者のご都合主義に対しては、人一倍に敏感であった。

・二階堂千鶴
ミリマス編メインキャラ(予定)の一人。番外編14にて先行登場済み。

・伊吹翼
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場人物。
14歳でB85!!!???な14歳。デケェ。
ミリマスにおける信号機トリオの黄色であり、美希を先輩として慕っている。
アイ転的には非常に珍しく、良太郎にそれほど興味を持っていないアイドルの一人。

・「そりゃあもう! 123プロの感謝祭ライブですよ(ry
オタクは早口。

・「はぁ……はぁ……敗北者……!?」
エースの行動に関して言及すると荒れそうだから黙っておこう……。


 ミリマス編(予定)でのメインキャラである千鶴の再登場です。ツイッターでは少々触れていましたが、デレマスにおける凛ちゃんと同じように昔なじみ枠である彼女が、ミリマス編(予定)でのストーリーの語り部を担ってくれることとなります。

 まぁ実際どのあたりの時系列なのかは明言しないんだけどね!(予防線)

 さて、次回はいよいよ当落発表です。

 ……いやぁ、荒れるぞぉ……。

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