アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

297 / 334
令和最初の更新!


Episode17 いざ、決戦の地へ!

 

 

 

「……ん……?」

 

 目を覚ますと、そこは知らない天井だった……というのが、日本のサブカルチャーにおけるテンプレートらしい。あたしはよく分からないけど。

 

 勿論、寝ている間にこっそりと移動させられていたなんてこともない限り、知らない天井なんてことはない。そこはいつものリョータローの家、ママさんの寝室の天井だった。その証拠に、今もあたしの隣では年下と見紛う可愛らしい女性がくーくーと寝息を立てている。……これで経産婦だというのだから、人体とはなんとも不思議なものだ。ちょっと研究してみたくなる。

 

 リョータローや社長に『お前の一人暮らしは信用ならない』と言われて周藤家で寝泊まりするようになり、借りているマンションに帰ることの方が少なくなってしまった。もうそろそろ向こうのマンションを引き払ってもいいじゃないかという話が出てきたぐらいだ。

 

 ゴロンと寝返りをうって壁にかけられた時計を見てみると、時刻はまだ午前三時。道理でまだママさんが寝ているわけである。勿論あたしだって起きるような時間ではない。

 

「………………」

 

 しかし、今日はやけに目が冴えてしまった。このまま目を瞑っても二度寝は出来そうにない。

 

「……うみゅう……」

 

 なんとも見た目相応な寝言を口にするママさんを起こさないようにそっとベッドを抜け出すと、そのまま寝室を後にする。

 

 日の出前の廊下はまだまだ薄暗く、しかし真っ暗闇というわけでもないので気を付けてリビングへと進む。

 

「……あれ」

 

 リビングから音が聞こえた。それはパタパタというスリッパの音やジャーという水道の音といった生活音だったが、静まり返った家の中ではやたら響いて聞こえるような気がした。あたしの他にも、こんな時間に起きてきた人がいるということだろうか。

 

「ん? なんだ志希、随分と早起きだな」

 

 リビングに入ると、そこにはリョータローがいた。カウンターキッチンの向こうでヤカンをコンロにかけながら「おはよう」と挨拶をしてきたので、あたしも「おはよー」と返す。

 

「もしかして、緊張で目が覚めたか?」

 

 リョータローの「お前でもそんな感性があったんだなぁ」などと失礼な物言いに、少しだけムッとしてしまう。

 

「そーいうリョータローはどーなのさ」

 

「俺は大事なライブの日は毎回この時間に起きてますー」

 

 コーヒーの豆の袋を掲げてこちらに向かって軽く振るリョータロー。「飲む」と手短に答えながらカウンターに座ると、リョータローはマグカップを二つ用意し始めた。

 

「……昔だったら、この時間はまだ研究してて起きてたなー」

 

「夜更かし癖は昔から、か」

 

「そう考えると、今は健康的な生活をしてるんだなぁって」

 

 多分、リョータローに心の中で「どの口が」とか言われてるんだろうなぁって考えるぐらいには、今でも不健康な生活をしてる自覚はある。でなければ、こうして周藤家に半居候をしていないだろう。

 

 その後、リョータローが豆を挽くゴリゴリという音を聞きつつお互いに沈黙。別に気まずいとは思わなかったが、こうして黙っているリョータローというのが少しだけ珍しかった。もしかして冗談抜きでリョータローも緊張しているのでは……と少し思ったが、当の本人は相変わらずの無表情。付き合いの長い人間ならばそれでもなおリョータローの感情を読み取ることが出来るらしいのだが、生憎あたしはその域にまでは達していなかった。

 

 やがてお湯が沸いてリョータローも豆を挽き終わり、コーヒーのいい香りが漂い始めた。

 

「ほい。今日は五時に家を出るからな」

 

「ありが……え」

 

 マグカップと同時に初耳の情報を受け取った。

 

「聞いてないんだけど」

 

「言っても起きないだろうから、黙って寝ているところを車に詰め込む算段だった」

 

 まさか先ほどの『知らない天井』を本当にやる羽目になるところだったとは思いもしなかった。あと詰め込むってなに詰め込むって。

 

「とゆーか、そんなに早く出るの?」

 

 今回のライブは開場十六時の開演十八時だ。流石に入りが早すぎる気がする。

 

「そーいや、お前はまだ単独ライブは未経験だったな」

 

 確かに、あたしはまだ一人で箱を埋めるようなライブをしたことはない。うちの事務所で言うとピーチフィズの二人まで経験があり、確か次は志保ちゃんがその予定だったはずだ。

 

「午前中はリハも打ち合わせも満載だからな。喜べ、今日はマジで失踪する時間はないぞ」

 

「させてくれないくせに……」

 

 最近は社長がしっかりと体制を整えてしまったせいで、めっきり失踪が成功しなくなってしまった。まさかこんなところにあたし並のギフテッド持ちがいるとは思わなかった……今は甘んじて大人しくしているが、いつかは絶対に出し抜いてやる……!

 

「その熱心さを普段のアイドル活動にだな」

 

「それ盛大なブーメランだって気付いてる?」

 

 ちらっと寝巻にしているワイシャツの胸元を広げると、リョータローはカッと目を見開いた。リハのときはいくらあたしや恵美ちゃんが肌を見せても軽く注意するだけでまるで見ようとしない癖に、本当にステージの上と下では反応が……というか人間が違いすぎる。

 

「さてと……」

 

 リョータローは「あーいいもん見せてもらった」などと言いながら飲み終わったマグカップを流しへと持っていく。

 

「ちょっと走りに行くけど、お前はどうする?」

 

「え、今から?」

 

「軽くな。別に待っててもいいぞ」

 

 ……これも、以前のあたしだったら断っていたことだろう。というか、多分昨日までのあたしでも断っていた。

 

「……行く。準備してくるからちょっと待ってて」

 

「……おう、それじゃあ着替えてこい」

 

 今の一瞬の沈黙は、間違いなく驚きによるそれだろう。

 

「あ、ちゃんと下着も付けろよ」

 

「えっちー」

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋。カーテンの隙間から朝日が差し込んでいて、目覚まし時計を見るとアラームを設定した時間よりも三十分も早かった。普段ならこのまま二度寝をするところだが、そのまま体を起こす。こうして自然に目が覚めるのは、多分今日という日を楽しみにしていたからだろう。

 

 今日は日曜日で学校は休み。午前中はニュージェネの新曲のレコーディングをして、お昼からは事務所に戻ってトライアドで次のライブの打ち合わせ。

 

 

 

 そしてその後は……ついに訪れた123プロの感謝祭ライブである。

 

 

 

 一般選考に落ちたときは一瞬目の前が真っ暗になったが……やはり神様は私のことを見捨てなかった。

 

 再びの抽選を経て、私はこの手に現地参戦のチャンスを掴んだのだ。この――。

 

 

 

 ――見切れ席チケットと共に。

 

 

 

 ……今誰かに「見切れ席かよ」とか言われた気がする。み、見切れでも現地だから! 現地参戦には間違いないから! こっちも凄い倍率だったことには変わりないから!

 

 ……いやまぁ、悔しいと言えば悔しい。これでも十分に幸運なことだとは理解していても、やはり目の前で関係者チケットを掻っ攫われるのは悔しかった。

 

 見切れ席は文字通り、メインステージが見切れる位置に存在する席だ。一応スクリーンである程度は見れるように配慮してくれているので、言うならば『会場内でのライブビューイング』である。

 

 それならば直接現地に行く意味はあるのかと問われることもあるが、『現地にいる』ということはバカにならない。あの場にいるからこそ味わえる空気というものが本当にあるのだ。……そして意外と現地にいても座席の場所によっては肉眼ではなくモニター越しに見ることも多かったりするので、これはこれで良かったのだと自分に言い聞かせる、うん。

 

「……支度しよう」

 

 ライブが始まるまでは『周藤良太郎のファン』としての渋谷凛はお預けだ。

 

 これでも私だって、346プロダクションに所属する『アイドル』渋谷凛なのだから。

 

 

 

 

 

 

 本音を言うと、勿論嬉しかった。何しろ『周藤良太郎』のライブであり『Jupiter』のライブであり『Peach Fizz』のライブであり『Cait Sith』のライブであり『三船美優』のライブだ。それを現地で……しかも関係者席というある意味プレミアムな席で観ることが出来るのだから、これまでの人生の中でも三番目ぐらいの幸運だ。ちなみに一番は勿論アイドルにスカウトされたことで、二番は周藤良太郎とプライベートな知り合いになれたこと。

 

 ……しかし、しかしである。

 

 

 

「「……いいないいなー」」

 

 

 

 ……美希と真美が未だに死んだ目で訴えてくるのは、そろそろ勘弁願いたかった。

 

「ホント、春香はズルいの」

 

「そーだそーだ!」

 

「もー勘弁してってばー」

 

 というわけで幸運にも765プロに配られた四枚の関係者チケットの内、一枚を私が手に入れることが出来た。そして残りのチケットはあずささんと、シアター組の可奈ちゃんとこのみさんの手に渡ることとなった。

 

 詳細を語るのは二人の名誉のためにやめておくが、関係者チケットの抽選の際は酷い有様だったとだけ言っておこう。見切れ席のチケットも外し、かろうじてライブビューイングへの参加だけはもぎ取った二人だが、それでも無言の圧力がヤバかった。

 

 律子さんの要請で直々に出張ってきた良太郎さんが『甘やかしツアー』と称してオフの日に二人を遊びに連れて行ってくれたことである程度は緩和したが、それがなかったら今頃どうなっていたことやら……。

 

 重度のりょーいん患者の二人の元にチケットが渡らないとは、本当に神様も酷なことをすると思う。何やら『いや、リアルでの当選確率2%で設定したからかなり温情だと思う』『それにガチャで出てこなかった君たちが悪い』などという電波を受信したが、それこそ私の知ったことではなかった。

 

「……ふぅ、もう終わったことだから、これ以上グチグチは言わないの」

 

「でもはるるん! 最後に言っておくよ!」

 

 美希と真美に詰め寄られ(既に十分グチグチ言ってるよなぁ)という言葉を飲み込む。

 

 

 

「ミキたちの分まで、全力で応援してきて!」

 

「マミたち以上に楽しまなかったら、許さないかんねー!」

 

 

 

「……うん! 任せて!」

 

 精一杯の笑顔と共に、私は二人と約束の指切りをした。

 

 

 

「……それじゃあミキたち、物販の列に並びに行くから!」

 

「じゃ! そういうことで!」

 

「えっ、ちょっ、二人とも仕事は……逃げたっ!? 早っ!? り、律子さぁぁぁん!」

 

 

 

 

 

 

 ――開演まで、あと『9時間』。

 

 

 




・知らない天井
既に古のネタと言っても過言ではないのでは。……あれ、アイ転で使ったことあったっけ?

・豆を挽く
良太郎の趣味の一つだという覚えている人が少ないであろう設定。

・【悲報】凛、関係者チケットを逃す
346組の関係者チケットの行方はまた別のお話。

・【朗報】春香、関係者チケットを手に入れる
ミリシタの10連ガチャの結果、『春香』『あずさ』『可奈』『このみ』の四人が関係者チケットを手に入れました。

・当選確率2%
「流石に現実的に倍率200倍とかにすると当選者いなくなるだろうな……」という温情の元2%で抽選かけたら、それでも壊滅的だった。



 というわけでライブ当日編です。ライブ前の演者側や観客側の視点で色々と書いていこうと思います。



『どうでもよくない小話』

 唯ちゃん誕生日おめでとおおおぉぉぉ!

 ちょっと忙しくて何もお祝い記念用意出来てなくてごめんよおおおぉぉぉ!

 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。