アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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王の帰還(文字通りの意味で)


Episode23 恵美とまゆの舞台裏リポート! 3

 

 

 

 ステージと観客席での撮影を終えた私と恵美ちゃんは、スタッフさんとの打ち合わせがあるらしい御手洗さんと別れ、再び舞台裏へと戻ってきた。

 

「また舞台裏に戻ってきたわけだけど、やっぱりこっちの方がみんなには馴染みがないよねー」

 

「基本的にファンの皆さんにはお見せしない部分ですからねぇ」

 

 やって来たのは、並べられたパイプ椅子の前にモニターが置かれた私たちの待機場所だ。

 

「裏に戻った私たちは基本的にここで待機してるんだよ」

 

「汗を拭いて衣装を変えて、もう表に出れる状態になってから、このモニターで今のステージの様子を見るんです」

 

 今はまだ開演前なので、モニターには今回のライブの紹介PVが流れている……はっ!?

 

「軽ーく飲んだり食べたり、簡単なメイク直しもここでやっちゃうんだけど……え、まゆ、どーしたのさ」

 

「この良太郎さんのPV、私見たことないのっ!」

 

 恐らく今回のライブのために新しく作ったPVなのだろう。今まで『周藤良太郎』が出演している映像全てを網羅してきたと自負している私の記憶にもないのだから、間違いない。

 

「目に焼き付けちゃいますから、ちょっと待っててください」

 

「えぇ~……」

 

「あぁ! 今のカットいいです! 八時の方向からの良太郎さんの流し目! 顎を三センチ上げて見下ろすような目付き! 流石です! 良太郎さんのことよく分かってるカメラマンさんです!」

 

(……無表情なのに流し目……?)

 

 これはいいものです! 是非とも社長にこのPVを貰えないか交渉して……あっ。

 

「さっ、次にいきましょうか恵美ちゃん」

 

(ジュピターの場面に変わった途端に興味を失った……)

 

「そろそろお昼時ですから……ケータリングなんてどうでしょうか」

 

「あっ、うん、そ、そうだね! アタシもちょっと小腹が空いたし!」

 

 何故か引きつった笑みの恵美ちゃんと共に、ケータリングが用意してある部屋へと向かうのだった。

 

 

 

「……留美さん、今のまゆのアレ、そのまま使って大丈夫かな?」

 

「……まゆちゃんの『重篤りょーいん患者』っぷりは既に周知の事実だし、大丈夫だと思うわ」

 

「あ、いや、そっちじゃなくて、冬馬さんに対する塩対応のことなんだけど……」

 

「そっちはそっちで『普段おっとりしてるまゆちゃんが見せる塩対応のギャップに興奮する』って、一部で好評みたいよ」

 

「あれっ!? まゆと冬馬さんのフラグが本気で立ちつつある!?」

 

 

 

 

 

 

 良太郎さんのPVで良太郎さん分を補給した私たちは、今度はお腹を満たすためにケータリングの部屋へとやってきた。

 

 お弁当などを持ってきてもらう仕出しとは違い、ケータリングは現場で料理を作って提供してくれるサービスだ。部屋には作ってもらった料理が並べられてあり、自分で選んで取っていくビュッフェ形式になっている。

 

 もっともスタッフの皆さんはともかく、私たちアイドルは本番を控えているので、好きなものを好きなだけとはいかない。

 

「えー、別に大丈夫じゃない?」

 

「今回のライブで一番気にするべきなのは恵美ちゃんだと思うんですけどぉ……」

 

 何せ彼女と志希ちゃんの個別衣装はお腹が出ているのだ。あまり食べ過ぎるとお腹がポッコリとしてしまうので、普通は気を付けなくちゃいけないのに……。

 

「その辺りのことは、気にしたことないなー」

 

「流石恵美ちゃんですねぇ……」

 

 食べても太りづらいという、なんともアイドルに向いた体質である。中には衣装のために食事や間食を制限するアイドルもいるというのに……。

 

 などというものの、志保ちゃんは年齢的に、志希ちゃんは健康的にダイエットよりも体作りを気にかけた食生活を心がけないといけない。そして美優さんは元々食が細いので、結果として123プロで自身の体重を常に気にしている女性アイドルは私だけである。

 

「え? まゆ、そーいうの気にしてたの?」

 

「気にしない恵美ちゃんの方が稀有なんですよぉ」

 

 とはいえ私もそれを苦にしているわけではないので、別に恵美ちゃんの体質を羨ましいと思ったことはない。

 

 逆にその(体系的な意味での)肉付きの良さをどれだけ羨ましいと思ったことか……!

 

「まゆ、顔が怖いんだけど……」

 

「まゆは笑ってますよぉ?」

 

「なら目も笑って!?」

 

 しかし良太郎さんが笑顔に固執しないように、私も胸に強く固執したりはしない。えぇしませんとも。

 

 話を戻そう。

 

 またこの部屋にはケータリングの他にも差し入れが置いてあり――。

 

 

 

「「あー……あっ!?」」

 

 

 

 ――今まさに志保ちゃんと美優さんが口を開けて食べようとしている『翠屋のシュークリーム』も、123プロでは良太郎さんが持ってくる差し入れとしては定番である。

 

「おっ、ナイスタイミングー! 二人とも、可愛い画が撮れたよー!」

 

「えっ、ちょっ、画!?」

 

「も、もしかして撮ってるんですか……!?」

 

 カメラを向けている恵美ちゃんと、その後ろからカメラを構えているスタッフに気付いた志保ちゃんと美優さんは、真っ赤になって食べるのを中断した。

 

「ライブのBDの映像特典用の撮影をしてるんだー。いやぁ、二人のファンには堪らない一場面だったね!」

 

 恵美ちゃんが良い笑顔で親指を立てる。

 

「「カットでお願いします!」」

 

 二人的には今のシーンを不特定多数の人間に見られることが恥ずかしいらしく、慌てて留美さんに対してカット要請。しかし当然のように留美さんは腕をバッテンにしてこれを拒否。まぁ、そうでしょうねぇ……私の目から見ても、今の二人は可愛かったですから。

 

「こ、こうなったら私たちだけじゃなく、恵美さんたちにも犠牲になってもらいます……!」

 

 そんな小悪党のようなことを言いながら、志保ちゃんは私たちに向かって新しいシュークリームを二つ差し出してきた。どうやら私たちがシュークリームを食べるシーンも撮ることで共倒れを狙うつもりらしい。美優さんも必死にコクコクと頷いていた。

 

「んー? 別にいいよねー?」

 

「はぁい」

 

 しかし私と恵美ちゃんは別段恥ずかしがるタイプではないので、申し訳ないが志保ちゃんの思惑通りにはならないだろう。

 

「あっ! どうせだったら、まゆが食べさせてー!」

 

 それどころか恵美ちゃんは別の取れ高を狙うようだ。よく分からないが、私と恵美ちゃんが仲良くしている姿というものに需要があるらしい。

 

 私としても別に拒否する理由もないので、それを承諾して志保ちゃんからシュークリームを受け取る。

 

「はい恵美ちゃん、あーん」

 

「あー……」

 

 カメラを下ろして撮影をスタッフに任せた恵美ちゃんが口を開ける。

 

 そしてそのまま私が差し出すシュークリームにかぶりつくかと思いきや、ニヤリと笑った恵美ちゃんは何故かそのまま頭を後ろに引いて――。

 

 

 

「あむっ」

 

 

 

 ――横から頭を差し出して来た良太郎さんが、私が差し出したシュークリームにかぶりついた。

 

「……え」

 

「んー流石は俺が差し入れに持ってきたシュークリーム……ここ以上の甘味を、俺はまだ知らない」

 

「って、何してるんですか良太郎さん!?」

 

「ん? いや、小腹が空いたからケータリング食べに来たんだけど、恵美ちゃんがチョイチョイと手招きしてくるもんだから、こーいうことを求められたのかなって思って」

 

「大正解ですリョータローさん! よかったねーまゆ! 念願だった『リョータローさんへのあーん』が出来たじゃん!」

 

「まゆさんのファンは炎上しそうですけど……」

 

「相手が『周藤良太郎』なら大丈夫じゃない? まゆのファンなら『夢が叶っておめでとう!』ぐらいのことは言ってくれるって」

 

「そ、それより、あの……」

 

「ん? どうかしましたか、美優さん」

 

 

 

「先ほどから、まゆちゃんが微動だにしないんですけど……」

 

「「「えっ!?」」」

 

 

 

 

 

 

 恵美ちゃん曰く「許容量をオーバーした」らしいまゆちゃんが救護室へと運ばれていった。本番前だというのに大丈夫なのだろうか……心配だが、留美さんが大丈夫と言っていたので大丈夫なのだろう。

 

「それで? 何やってたの?」

 

 もぐもぐとシュークリームを食べながら恵美ちゃんたちに問う。自分で持ってきた差し入れを自分で食べてしまっているが、元々多めに持ってきたので俺が食べても全員に行き渡るだろうから問題ないだろう。

 

「ライブのBDの映像特典を撮ってたんです。志保や美優さんの可愛いところとか、バッチリ撮れてますよー」

 

 なんと、それは楽しみだ。

 

「というか、そんな楽しそうなことをしていたというのに、俺を呼んでくれないなんてどういうことですか留美さん」

 

「これを『そんな楽しそうなこと』と言ってしまう辺りが原因だと思います」

 

 留美さんの代わりに志保ちゃんから「そもそも散歩に行ってたのは良太郎さんじゃないですか」と真っ当なツッコミを受けてしまった。

 

「まぁ過ぎ去ってしまったことに対しては何も言わないよ。大事なのは俺たちがこれから築き上げていく未来であって――」

 

「さっき恵美さんとまゆさんが抱き合っていたシーンがあったらしいですが」

 

「――だからなんで俺はそこにいないんだよおおおぉぉぉ!」

 

「舌の根が乾いてないですよ」

 

 膝をついて床を叩く俺を見下ろす志保ちゃんという、事務所内では割と見慣れた光景が広がっていた。多分この辺りも撮影されているだろうから、これはこれで取れ高だろう。

 

 閑話休題。

 

「まゆちゃんが戦線を離脱してしまった以上、今度は俺がその撮影役を代ろうじゃないか。ここからはこの123プロを代表するアイドルとして、責任を持ってその役目を果たさせてもらうよ」

 

「もっと自分の言葉で」

 

「面白そうだから代わって?」

 

 志保ちゃんの言葉に思わず本音が漏れ出てしまった。いやだって楽しそうじゃん。

 

「えっと……」

 

 恵美ちゃんがチラリと留美さんに視線を向けて指示を仰ぐ。留美さんは「ちょっと待って」と手で制した後、なにやらスマホを取り出して通話を始めた。どうやら兄貴に判断を委ねるようだ。

 

「ただ俺がカメラを持つと言っただけなのに、何故ここまで大事になっているのか……」

 

「それだけ良太郎さんが信用されてるってことですよ」

 

「つまり信頼されてないってことだね」

 

 わからないわ。

 

「ところで志保ちゃん、『シュレーディンガーの猫』って知ってる?」

 

「……まぁ、概要ぐらいなら知ってますが、なんですかいきなり」

 

「今この状況で、『兄貴が許可を出す』確率と『兄貴が許可を出さない』確率は五分五分だ」

 

「九割九分九厘ぐらいの確率で許可は出ないと思いますけど」

 

「しかしその結果を耳にしない限り、それは決定してないんだよ」

 

「……何が言いたいんですか?」

 

「……アレ!? なんでアタシが持ってたはずのカメラをリョータローさんが!?」

 

「えっ!?」

 

「いってきまーす」

 

 というわけで、兄貴の不許可が出る前に、俺は恵美ちゃんが持っていたカメラを拝借してその場を立ち去るのだった。

 

 

 

「留美さん! 良太郎さんが逃げました!」

 

「えっ!? スタッフ! すぐに捕まえて!」

 

「ダメです! なんか既にシュークリームやオフショットで買収済みです!」

 

「無駄に手の込んだ無駄のない無駄以外の何物でもない手回しっ!」

 

 

 




・まゆと冬馬さんのフラグ
( ´3`)~♪

・あまり食べ過ぎるとお腹がポッコリと
智絵里の中の人「新たなひk(バツンッ!」

・志保ちゃんと美優さんが口を開けて食べようと
前回から続いている『ちょっと想像するとほんのりえっちぃ場面』シリーズ。

・良太郎へのあーん
(確かそういうシーンはなかったはず……)

・信用と信頼
信用は過去のことに対してするものであり、信頼は未来のことに対してするもの。
この場合は『良太郎がこれまでやらかしてきたこと』を信用されていて『こいつなら大丈夫だろう』と信頼されてない。

・シュレーディンガーの猫
『死んだライオン』の親戚ではない。



 なんかサブタイトルの『恵美とまゆの』というあたりが変わり始めているが、深く気にしてはいけない。

 やっぱり良太郎が出ると作者的にも落ち着くな……あと志保との絡みは書いてて楽しかった(小並感)

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