アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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第二ブロックスタート……の前に、アリーナ席視点。


Episode33 Like a water…

 

 

 

『……ふぅ。はーい、みんな休憩休憩』

 

 曲の披露を終えて、良太郎君はセンターステージの中央から観客席に向かって『座って水飲めー』と呼びかけた。それに応じてここが一端の区切りだと理解した観客たちはバラバラと自分の席に座り始める。

 

 しかし、良太郎君が今現在いるのはセンターステージで、観客席から一番近い状態だ。私は恥ずかしながらすぐに座ってしまったが、文字通り目と鼻の先に良太郎君がいる状態で、その周辺の観客たちが大人しく腰を下ろすはずもなかった。

 

 

 

「りょーくうううぅぅぅん!」「あああぁぁぁ! こっち見たあああぁぁぁ!」「俺も! 俺も見て! 俺のことも見て!!」「りょ、良太郎君と同じ空気……すーはーすーはーすーはーすーはー」「しんどい」「尊い」「神」

 

 

 

 相変わらず男女問わない人気ぶりに、同じアイドルとして嫉妬するよりも気持ち良く尊敬してしまった。

 

「きゃあああぁぁぁ! 今日も相変わらずのカッコよさですうううぅぅぅ!」

 

 そしてたまたま私の隣の席になった彼女もまた、おそらく()()()()()()()だということを忘れて大興奮していた。

 

「ちょ、ちょっと、気持ちは分かるけど、少し落ち着きましょう?」

 

「これが落ち着いていられますか、瑞樹さん! こうやって観客として良太郎さんをすぐ側で観る機会なんて滅多にないんですから!」

 

「わからないわ……」

 

 こちらを全く見ようとせずサイリウムを振りながら歓声を上げ続ける765プロのアイドルである松田亜利沙ちゃんに、私は「これが若さ……だけじゃなさそうね」とため息を吐くのだった。

 

 

 

 亜利沙ちゃんと並んで座っているのは、なんてことはなくただの偶然だった。

 

 今回幸運にも123プロの感謝祭ライブのチケットを手に入れることが出来たが、ウン百倍と噂される倍率の中で他にチケットを手に入れた知り合いは流石にいなかった。だから今回のライブは一人で参加することになったのだが……。

 

 

 

 ――えっと、こっちね。……って、センターステージ目の前!?

 

 ――おや、こちらの席の方ですか!? 今日はよろしくお願い……はっ!?

 

 ――え?

 

 ――ももも、もしや……346プロの川島さん……!?

 

 ――っ!? ……って、そういう貴女は、確か765プロの……。

 

 

 

 ……とまぁ、変装はしていたものの、仕事の現場で一緒になったことがあるので正体はお互いにすぐバレたのだった。

 

 少々アイドル好き故に暴走気味の行動をする彼女だが、基本的にアイドルが不利益になるようなことはしない。私も彼女もプライベートだし、そもそもここは123プロのライブ会場。123プロのアイドルのことを熱く語ること以外は騒ぎ立てることもなく、今日はお互いにアイドルという立場を忘れて楽しもうと話していたのだが……。

 

「あああぁぁぁ! み、見ました!? 見ましたよね!? 今確実にありさたちのこと見ましたよね!?」

 

 これだけ騒いでいたら、いつか周りにもバレそうで怖い。

 

「えぇ、見てたわね」

 

 というか、恐らく良太郎君にはバレたと思う。ファン特有の勘違いでもなんでもなく、本当にバッチリと目が合った。ついでに軽く「あ、どーも」みたいに口が動いていたから間違いないだろう。まぁ、流石に()()()()()()()()()()()に座っているのだから気付いて当然か。

 

「あー……これでもうありさに悔いはありません。例えこの場で余命宣告を受けたとしても笑って……いや、まだ死ぬには惜しすぎますまだ良太郎さんのカウントダウンライブ未参加のままでは死ぬに死に切れません」

 

「大丈夫よ。貴女はきっと長生きするわ」

 

 ドサリと自分の椅子に座った亜利沙ちゃんは、若さの一言では済ませられないバイタリティに溢れていた。きっとこの先も病気とは無縁の人生を送ることだろう。

 

『あーはいはい、ありがとーありがとー。さて、折角共演者がいるのに俺一人でトークっていうのももったいないな』

 

 軽く周りのファンに向かって手を振った良太郎君は、そう言ってパチンと指を鳴らした。

 

『呼ばれて!』

 

『飛び出てー!』

 

『ジャジャジャジャーン!』

 

 するとセンターステージの三つのポップアップから三人の姿がせり上がってきた。先ほどのブロックで曲を披露したまゆちゃん・恵美ちゃん・翔太君だった。その登場に一度は収まった歓声が再び沸き上がる。隣の亜利沙ちゃんも例に漏れず「のわあああぁぁぁ!」と歓声というか雄叫びを上げていた。

 

 ……もしかしてコレ、既に周りから気付かれてるけど気を遣われてるとかじゃないわよね?

 

『はぁい良太郎さぁん! 良太郎さんの分のお水とタオルをお持ちしたので、どうぞぉ』

 

『おぉ、ありがとうまゆちゃん』

 

『いえいえ』

 

 トークが始まると思いきや、まずはまゆちゃんが良太郎君にペットボトルとタオルを手渡した。まるで部活のマネージャーのような甲斐甲斐しい姿に、一部の観客たちからは「おぉ!」と歓声が上がる。

 

『まゆは今日も平常運転っと……』

 

『普段の事務所からこんな感じでだからねー。いやぁ、二人のファンが黙ってられない光景なんだろなぁ』

 

 苦笑する恵美ちゃんとケラケラ笑う翔太君。確かに『周藤良太郎』のお世話をするまゆちゃんに彼のファンが、『佐久間まゆ』にお世話される良太郎君に彼女のファンが、それぞれ嫉妬しそうな光景ではあるが……。

 

 

 

「うんうん、まゆちゃんなら安心ね!」「ちゃんと分別ついてるからね!」「下手なアイドルと恋愛するよりこっちの方が発展しなさそうだしな!」「周藤良太郎が恋愛? ははっワロスワロス」「私たちが出来ない分、りょーくんのお世話お願いねー!」

 

 

 

 どうやら概ねファンのみんなからは(色々な意味で)信頼されているようで、これもきっと彼らの人徳の高さが為せることだろう。

 

『はぁーい! これからもまゆにお任せでぇす!』

 

『というかオイコラなにがワロスだオォン!?』

 

 笑顔で手を振るまゆちゃんに対し、良太郎君は「言った奴出てこいや!」と憤っていた。

 

 

 

 『佐久間まゆ』というアイドルのファンは、ざっくりと三種類に分けられる。

 

 一つはそのまま『佐久間まゆ』というアイドルのファン。123プロ内で随一の正統派アイドルとしての魅力に魅かれた人たち。

 

 一つは『Peach Fizz』というアイドルユニットのファン。所謂()()()というやつで、元々恵美ちゃんのファンだった人が『Peach Fizz』経由でまゆちゃんのファンになったというパターンだ。逆もまた然り。

 

 そして最後の一つが『周藤良太郎のファン』としてのファンである。つまり周藤良太郎のファンとしての姿のまゆちゃんを好きになったファンが一定数いるということだ。なんとも変わった層ではあるが、確かにあの良太郎君に関することで生き生きとしているまゆちゃんは、それはそれで魅力的な姿をしていると思う。

 

 

 

 ――私は、周藤良太郎さんに憧れてアイドルになりました。

 

 ――小さい頃からアイドルを夢見て……今こうして、私はここに立っています。

 

 ――憧れのアイドルと同じ事務所で、憧れだったアイドルになることが出来て。

 

 ――私は、幸せです。

 

 

 

 いつかの雑誌のインタビューで、まゆちゃんはそんなことを語っていた。

 

 ……周藤良太郎の背中を追うアイドルは、大勢いる。『魔王エンジェル』や『Jupiter』、天海春香ちゃんや星井美希ちゃん……公言しているアイドルの名前を挙げるだけでもキリがないが。

 

 きっと『純粋な憧れ』という点において、佐久間まゆちゃんの隣に並び立つアイドルはいないだろう。

 

 

 

『ったく……っと、そうだった。一つだけ恵美ちゃんに言いたいことがあったんだった』

 

『アタシにですか?』

 

 ひとしきり観客たちへの絡みを終えてトークに戻った良太郎君だが、彼に名指しされた恵美ちゃんが首を傾げた。

 

 そんな彼女に向けて良太郎君は右手の親指を立てると、ハッキリとこう言い切った。

 

『さっきは見事な泣きっぷりだったよ』

 

『それまた蒸し返すんですか!?』

 

 サッと顔が赤くなった恵美ちゃんに、観客たちが歓声を上げる。

 

『さっき裏で散々弄ったじゃないですかー!』

 

『いや、この歓声を聞くに改めてここで話題に上げて間違いじゃなかったと思うんだけど』

 

 良太郎さんの『可愛かったよねー?』という扇動に、観客たちの歓声はさらに大きくなった。赤面する恵美ちゃんと泣き顔の恵美ちゃんを思い出して興奮しているらしく、特に隣の亜利沙ちゃんはアイドルオタク筆頭として人間とは思えないような声で発狂していた。もう落ち着いてというのも疲れた。

 

『泣き虫で有名な恵美ちゃんのファンも、大満足な泣きっぷりだったんじゃない?』

 

『泣き虫で有名は不名誉だよ!?』

 

 ついには翔太君にさえ弄られ始める恵美ちゃん。

 

 そんな恵美ちゃんにトドメを指したのは、他ならぬユニットメンバーであるまゆちゃんだった。

 

『恵美ちゃん』

 

『もーまゆまでなにさぁ……』

 

 

 

『こうして憧れの良太郎さんと一緒のステージに立てることと同じぐらい……恵美ちゃんと一緒にアイドルユニットを組めて、私は幸せです』

 

 

 

『……う、ううぅ、う゛わ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ア゛タ゛シ゛も゛幸゛せ゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!』

 

 

 

 多分マイクを付けていることも忘れて、恵美ちゃんはまゆちゃんに縋りつきながら大号泣を始めてしまった。これには観客たちの歓声の中にすら泣き声が混ざる始末。

 

 隣の亜利沙ちゃんも滂沱の涙を流しつつもステージの光景を一瞬たりとも見逃さないとばかりに目を見開いていた。正直怖い。

 

 

 

『ところでリョータローくん。ステージの上で女の子を泣かせてるっていうこの状況はどうなのかな?』

 

『めっちゃ可愛いって思いつつちょっとだけ罪悪感が湧いてきたから、打ち上げのときに甘いものでも用意しておいてあげようかと思う』

 

 恵美ちゃんの泣き声をBGMに、男子二人はそんな会話をしていた。

 

 

 

 

 

 

おまけ『センターステージ周辺の観客たち』

 

 

 

「あれ、765プロの松田亜利沙だよな?」

 

「寧ろあれだけ熱くアイドルについて語る女の子が松田亜利沙じゃなかったらどうしようかと」

 

「その松田亜利沙と親しげに話してるのは、多分川島瑞樹だよな?」

 

「確かインスタで『チケット当たった!』って言ってたから、そうだろうな」

 

「……そっとしておくのが、ファンのマナーだよな?」

 

「ファンも何も、あそこにいるのはただの同士でアイドルじゃないさ」

 

 

 




・川島さんと亜利沙
唯一の正規チケット入手組だったので、まとめさせてもらいました。

・「あああぁぁぁ! み、見ました!? 見ましたよね!?」
・ファン特有の勘違い
いや、6thナゴド二日目の牧野さんは間違いなく馬車の上からこっち見てたから()

・センターステージの真横
※もしかして:Episode22

・まゆちゃん・恵美ちゃん・翔太君
一人足りない? 次回をお待ちください。

・『純粋な憧れ』
佐久間まゆは『周藤良太郎を越えたい』という思いが一切ないにも関わらず、その他のアイドルに負けず劣らずの輝きを放つ。

・『……う、ううぅ、う゛わ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ア゛タ゛シ゛も゛幸゛せ゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!』
『藤原竜也変換ツール』というものを活用してみました。
……使っておいてなんだけど、このツール需要あるのか……?

・おまけ『センターステージ周辺の観客たち』
モロバレ × 2



 第二ブロックの前のMCパートを、初めての川島さん視点でお送りしました。若干盛り上がりに欠けているような気がしないでもないですが、次回からまたステージが始まりますので頑張っていきます。

 ……しかしこの感謝祭ライブ編、年内に終わるのか……?

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