アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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遅ればせながらのハッピーバレンタイン!


番外編51 春香と卯月のバレンタイン大作戦!

 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 二月十四日。バレンタインデーは、女の子にとって大切な日だ。今では広く認知されたことで男性からのチョコや友チョコなどが増えたものの、それでも『異性に自分の想いを伝える日』という認識が一番強いだろう。

 

「……ふぅ」

 

 そんな日に私は手作りのチョコが入った紙袋を手に緊張していた。

 

 渡す相手は男性。これでも幅広い交友をしてきた身なので、今までにも男性へバレンタインのチョコを渡す機会は多々あった。だが、それらは全て所謂義理チョコと呼ばれる存在で、申し訳ないことに特別な感情は込められていない。

 

 しかし、今私が手にしているチョコはそうじゃない。

 

 

 

 正真正銘、私の『好き』だという想いを伝えるためのチョコレートだった。

 

 

 

 アイドルがそんなことにうつつを抜かしていていいのかという、お叱りの幻聴が聞こえてくる気がするが、アイドルである以前に私だって女の子なのだと声を大にして言いたかった。いいじゃないか、プライベートぐらい一人の男性を好きになったって。

 

 そんな関係各所に怒られそうなことを考えつつ、そっとスタジオの物陰からチョコを渡す相手へと視線を向ける。

 

 

 

「ふはははっ、砂隠れ光の粉サダイジャに攻撃が当てられるかな!?」

 

「ご丁寧に麻痺まで撒いてきやがって……!」

 

 

 

 私が好きな人(とうまさん)は、良太郎さんと共にゲームに興じていた。

 

 今日は様々な事務所のアイドルが出演する歌番組の収録なので、渡すとしては申し分なかった。欲を言えば冬馬さんが一人きりのときに渡したかったが、そこまで贅沢は言えない。寧ろ申し訳ないがカモフラージュとして利用させてもらおう。

 

 作戦としては、良太郎さんを含む共演者や周りのスタッフに義理チョコを渡しつつ、冬馬さんには本命のチョコを渡すという作戦だ。これまでのバレンタインでも私は義理チョコを周りに配っていたので、この行動に不自然なところはない。これならば怪しまれずに冬馬さんへ本命チョコを渡すことが出来る。

 

 自分が手にしている紙袋の中を覗く。段取りとしては、まずこの現場で一番先輩である良太郎さんにチョコを渡し、そのまま目の前にいる冬馬さんへチョコを渡す。渡すチョコを間違えないように、ちゃんと順番通りに渡さないと……。

 

「……よしっ!」

 

 私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、紙袋を握り締めて二人の元へと向かった。

 

「ダイマックス技で突破されたか……ならば次はこの天の恵みトゲキッスがお相手しよう」

 

「……投了」

 

 どうやら丁度良くゲームの対戦が一段落着いたらしい。ガックリと項垂れる冬馬さんもちょっと可愛いと思いつつ、いつも通りを装って声をかける。

 

「お疲れ様です、良太郎さん、冬馬さん」

 

「ん、春香ちゃん、お疲れさまー」

 

「……お疲れ」

 

「これ、バレンタインのチョコレートです」

 

「おっ、ありがとう春香ちゃん」

 

 予定通り、まずは良太郎さんにチョコを渡す。こうして毎年チョコを渡しているので、これ自体は不自然なことではない。

 

「はい、冬馬さん」

 

 そして……こちらが本命。冬馬さんにもこうしてチョコは渡していた。しかし、今年のチョコは今までのそれとは込めた意味合いが違う。今までもずっと、その気持ちは込めていたが……今回ばかりは気持ちだけじゃない。

 

 しっかりとした、正真正銘、本物の本命チョコなのだ。頑張って手の震えや顔に出ないように頑張って平常心を保つように心掛ける。

 

「……おう、ありがとよ」

 

 勿論、そんなことを知らない冬馬さん。去年と同じように私のチョコを受け取ってくれた。

 

「後でゆっくり食べてくださいね。それじゃあ、スタッフの皆さんにも配ってきますので」

 

「毎年律儀だな、お前」

 

「みんな喜ぶよ。頑張ってねー」

 

 そんな二人の言葉に一礼で返してから、私はその場を離れた。

 

(……やった! 渡せた!)

 

 そして心の中でガッツポーズを決める。ついに、ついに私は冬馬さんに本命のチョコレートを渡すことが出来たのだ! しかも途中でコケたりするミスもない完璧な仕事が出来た! 最近だと美希や亜美真美のせいでついにファンのみんなからも『ドンガラがる』という謎の動詞が認知され始めてしまったが、ようやくその汚名をそそぐことが出来た。

 

 それよりも、ついに冬馬さんに自分の気持ちを伝えることが出来たのだ。

 

 ……一体冬馬さんはどういう反応をするのだろうか。

 

 勿論、想いを伝えたところでそれが報われるとは限らない。ずっとひたむきにアイドルとしての活動に力を入れ続けている彼だから「そんなことにうつつを抜かしている暇はない」と言われてしまうことだって十分にあり得るのだ。

 

 しかし、それでもよかった。私はそんな冬馬さんのことが好きになったのだから。

 

 スタッフさんたちにチョコを配りながら、こっそりと冬馬さんへと視線を向ける。冬馬さんは近くのテーブルにチョコを置いて再びゲームに興じていた。そしてその向かいで良太郎さんは早速私のチョコの包みを開いていた。

 

 ……まぁ、冬馬さんじゃなくて良太郎さんならば、開けても問題ないだろう。何せ良太郎さんに渡したのは、今からスタッフさんたちに配るものと同じチョコだから。

 

「……あ」

 

 しかし何故か良太郎さんは箱を開けた瞬間に何かを呟き、チラリと私を見た。そしてそのまま箱を閉じると、丁寧に包みを元に戻して――。

 

(えっ!?)

 

 ――机に置いてあった冬馬さんのそれと入れ換えて親指を立てた。一体なにをしているのかと声を上げそうになったが、良太郎さんは意味もなくこういうことをするような人間ではない。じゃあなんでこんなことをしたのかと、先ほどの良太郎さんが立てた親指の意味と共に冷静に考えた結果。

 

(……も、もしかして、()()()()……!?)

 

 サーッと血の気が引くのを感じた。

 

 見ただけで冬馬さんのチョコとそれ以外のチョコに違いがあるように見せないため、包みに差を付けなかったことが仇になってしまったようだ。ドンガラがりはしなかったものの、その代わりにこんなところでドジをする羽目になるとは……。

 

 しかし良太郎さんは自分のチョコが冬馬さんへのものだったことに気が付き、黙って冬馬さんのそれと入れ換えてくれた。これで当初の予定通り、本命チョコが冬馬さんの元へと渡った。

 

「………………」

 

 だが良太郎さんが無言で何度も頷いているのが、まるで「うんうん、春香ちゃんも乙女だねぇ」とでも言っているようで、恥ずかしさに顔から火が出そうだった。

 

「……ん? 良太郎、なにしてんだ?」

 

「なーんにも。もう一試合するか?」

 

「害悪パを置いて来たら考えてやるよ」

 

 冬馬さんもそれに気付いた様子がないので、問題なくことを運ばせることが出来たと無理やりポジティブに考えつつ、スタッフさんたちへのチョコを配り終える。

 

 

 

(は、春香ちゃんが顔を赤らめながら、俺にチョコレートを……!?)

 

(こ、これはもしや……!?)

 

(つ、ついに俺にも春が……!?)

 

 

 

 さて、あとは無事に撮影を終えれば、今日の私のミッションは完璧に――。

 

 

 

「す、好きですっ!」

 

 

 

 ――いくはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 やってしまった。

 

 本来ならば、ただバレンタインのチョコを渡しつつ日頃の感謝を伝えるだけのつもりだった。まだまだ私には冬馬さんへ想いを伝える資格はないと、そう思っていた。

 

 

 

 ――はい、冬馬さん。

 

 

 

 しかし、あの天海春香さんが冬馬さんにチョコを手渡しているその姿を見てしまった瞬間、直感でそれに気が付いてしまったのだ。

 

(……あぁ、天海さんも冬馬さんのことが好きなんだ)

 

 そんなことは一言も言っていないし、冬馬さんへ渡したチョコの包みも良太郎さんへ渡したものと全く同じだ。

 

 けれど、冬馬さんへとチョコを渡した天海さんの目が……恋する乙女の瞳だった気がしたのだ。

 

 だから、というのは適切な理由にはならない気がする。

 

 けれど、その瞬間私の中に生まれてしまった焦りは――。

 

 

 

「好きですっ!」

 

 

 

 ――そんな言葉になってしまった。

 

「……し、島村?」

 

「卯月ちゃん……?」

 

 言われた冬馬さんが困惑した表情を浮かべ、すぐ側にいた良太郎さんが困惑した様子だった。

 

(……言っちゃった……!)

 

 言うつもりがなかった私の恋心。しかも良太郎さんや天海さんだけじゃなく、大勢のスタッフさんがいるところで。後には引けないどころの話ではなく、この後で起こりうるであろう問題にも血の気が引くのを感じた。

 

 ……それでも、言ってしまった以上、私は止まれない。この気持ちと言葉が嘘じゃない以上、私は止まれない。

 

「あ、あの……!」

 

 何を言えばいいのかまだ整理できてない。けれど、何かを、何かを言わなくちゃと口を開き――。

 

 

 

「わ、私も天ヶ瀬さんのこと好きですよー!」

 

 

 

 ――後ろからの衝撃に、私の言葉は遮られた。

 

「えっと、本田……だったな」

 

「はい! しまむーのユニットメンバーの本田未央です! 覚えててくれたんですね!」

 

 その衝撃は、後ろから抱き着いてきた未央ちゃんだった。

 

「ねっ!? しぶりんもそうだよね!?」

 

「……まぁ、うん。卯月のことで、天ヶ瀬さんには感謝してますから」

 

 未央ちゃんに話を振られ、後ろに立っていた凛ちゃんも頷いた。

 

 色々と混乱してしまい、元々は二人と共にみんなへ義理チョコを配りに来たことをすっかり忘れてしまっていた。

 

「……はぁ……ったく、オメェらもアイドルの端くれなら、軽々しく『好き』なんて言葉を使うんじゃねぇよ」

 

「まぁまぁ、こんな可愛い子たちに好きって言われるなんて光栄なことじゃないか」

 

 人差し指でこめかみを抑えつつため息を吐く冬馬さんと、そんな冬馬さんの肩を叩く良太郎さん。

 

 ……どうやら、未央ちゃんと凛ちゃんも『好き』という言葉を使ったことで、私の『好き』が別の意味として捉えられたようだ。ギョッとしていた周りのスタッフたちも「なーんだそういうことか」という空気になっていった。

 

「ちなみに凛ちゃん、俺は俺は?」

 

「ワロス」

 

「誰だ凛ちゃんにこんな言葉を教えた奴!? ……どう考えても俺しかいねぇ!」

 

 良太郎さんと凛ちゃんがそんな会話をしている間に、未央ちゃんに引き摺られて私は後ろに下がる。

 

(しまむー、いきなり何暴走してるのさ!?)

 

(ご、ごめんなさい……! その、天海さんがチョコを渡してたのを見て、頭が真っ白になっちゃって……)

 

(焦る気持ちは分かるけど、流石に今はマズいって! ちょっと落ち着こう!?)

 

(だ、大丈夫、落ち着いたから……ありがとう、未央ちゃん)

 

(もー、後で何か奢ってよー。……いくらあーいう形でも、好きって言うの恥ずかしいんだからね)

 

(……未央ちゃん、それはどういう意味なんですか?)

 

(変な意味はない! だから落ち着いてって言ってるでしょうが!)

 

 ベチンと額を叩かれて、ようやく頭が冷えた。

 

 改めて凛ちゃんたちと共にバレンタインのチョコレートを渡す。勿論三人で用意した全て同じの義理チョコだが……せめて気持ちだけ。

 

「……冬馬さん、いつもありがとうございます」

 

「……おう。これは受け取ってやるが、出来ればその恩はステージの上で返せ」

 

「は、はい!」

 

 どうかこの秘めた想いが、いつか貴方に届く日が来ますように……。

 

 

 

 

 

 

「……で、だ。冬馬」

 

「……んだよ」

 

 今日の撮影が終わり、とある打ち合わせがあるため123プロの事務所に戻ってきた俺と冬馬。電話で退室した兄貴を待っている間、今日の現場で春香ちゃんや凛ちゃんたちから貰ったチョコを摘まみながら、冬馬に話しかける。

 

「どうするんだ? ……とは聞かねぇが、流石に()()()()()()()んだろ?」

 

 春香ちゃんのチョコはあからさまだったし、卯月ちゃんのアレも本当はそういう意味だったということぐらい、すぐ側で聞いていれば分かる。

 

 チラリと冬馬を横目で見る。これで迷惑そうな表情や面倒くさそうな表情をしていたら、乙女二人に代わって鉄拳制裁も辞さないつもりだったが……。

 

「………………」

 

 冬馬は難しい表情を浮かべながら、しかしその顔は言い訳のしようがないほど真っ赤になっていた。

 

 男の照れ顔なんて誰得なんだよと思わないでもないが……。

 

(……まぁ、俺が無理やり聞き出しても誰のためにはならないだろうからな)

 

 人の恋路というものは、邪魔だけじゃなくて余計なことをしても馬に蹴り飛ばされてしまうものだ。

 

 だから今の俺に出来ることは、この珍しい冬馬の顔をこっそりと盗撮して春香ちゃんと卯月ちゃんの二人へ送ることぐらいだろう。

 

(『君たち二人、十分に脈あり。片方だけを応援は出来ないから、どうか二人とも頑張れ』……っと)

 

 そう、見守っているぐらいが丁度よく楽しめるのだ。

 

 

 

 

 

 

「っ!? えっ、冬馬さん、かわい――」

 

「春香?」

 

「――なんでもないよ!?」

 

 

 

「っ、きゃあああぁぁぁ!?」

 

「しまむーが良太郎さんからのメッセージ見て絶叫した!?」

 

「また何かセクハラしたなあのバカ!」

 

 

 




・二月十四日
二次創作やってる身としては別名「何かしらのネタを考えなければならない」日。

・砂隠れ光の粉サダイジャ
・天の恵みトゲキッス
※良太郎と冬馬の仲だからこそ許されています。実際に使う際は気を付けよう!

・(間違えた……!?)
コケて投げ飛ばして砕く? そんな安直なミスはしないのが春香さん!

・「す、好きですっ!」
暴走しまむー@おめめグルグル

・「わ、私も天ヶ瀬さんのこと好きですよー!」
未央ちゃんは気遣いが出来る優しい子です。

・「気付いてはいるんだろ?」
二人の想いに気付いたのは、これが番外編だからなのか、それとも……?



 冬馬君頑張ったね記念のバレンタイン回でした。もうちょっと露骨にイチャイチャさせてもよかったけど……それはまた、別の機会に。

 というわけで次回からは今度こそ、感謝祭ライブのクライマックスです。一年以上続いた感謝祭、最後に大きく花火をぶち上げていきましょう。



『どうでもいい小話』

 デレ7th京セラ二日間お疲れ様でした!

 生バンドの迫力とか、牧野さんの本気を垣間見たとか、ついに姿を現した紅だとか、色々と言いたいことが多すぎる二日間でした。

 アイマス最高!

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