それはトップアイドル『周藤良太郎』の代名詞とも呼べる、彼のデビュー曲。彼の歌唱力に惚れ込んだ有名作曲家が作曲し、彼自身が作詞をしたという、まさしく『周藤良太郎』のために作られた曲。
それが『Re:birthday』という曲だった。
『これは少しだけ不思議な話』
『昔話のような おとぎ話のような』
『一人の少年の物語』
そんな彼のための曲をステージ上で歌うジュピターの三人は、きっとどれほどの重責を感じているのだろうか。
湧き上がる歓声の中で歌う彼らを見て、私は頭の片隅でそんなことを考えてしまった。そして少しだけ、私も『
『平凡な日々 変わらぬ毎日』
『ずっと続くと思ってた』
『悠久なんてないはずなのに』
『それが永遠だと思ってた』
良太郎さんがデビューしてから何度も耳にしたこの曲を、別の人物が歌っている。それ自体は別段おかしなことではない。歌を歌うことは誰にだって出来るし、なんだったら私だって友人とのカラオケで歌ったことぐらいある。
けれど、ここには良太郎さんもいる。今、彼らはこのライブのアンコール曲として
『知らない場所で 駆けずり回って』
『何をしたいか 何を出来るか』
『焦って苦しんで 悩んで呻いて』
『『『それでもそこには 確かに光があった!』』』
「……あー緊張してきたー……」
ステージの下、まゆと共に自分の登場タイミングを計りながら二度三度と深呼吸をする。
「まゆは大丈夫?」
「……大丈夫って言いたいところだけどぉ」
まゆはへにゃりと力なく笑いながら、アタシの手に触れた。キュッと力なく握られたその手は、いつもより冷たくて少しだけ震えていた。
「……そうだよね、憧れの人の一番大事な曲なんだもんね」
リョータローさんは、自分でもこの『Re:birthday』のことを「俺の得物で、俺の相棒で、俺の半身で、俺の人生そのもの」と言っていた。それだけ大事にしている曲を、こうしてアンコールの全体曲としてアタシたちが歌うのだ。
……かなりぶっちゃけるなら、プレッシャーが凄い。
「えぇ……それに、私にとっても大事な曲。だって、私の人生を変えた曲だもの」
「……そうだったね」
この曲こそ、あの『伝説の夜』や『ビギンズナイト』と称される夜に歌われた曲。きっとこれじゃなかったとしても、リョータローさんはあの場所にいたかもしれない。けれど、間違いなくこの曲がまゆや志保、魔王エンジェルの運命を変えたのだ。
……そう考えたら、さらにプレッシャーが凄い。
今度は微妙に痛くなってきた胃を抑えつつ、頭上から聞こえてくる冬馬さんたちの歌声に耳を傾ける。
『その日「ボク」は「オレ」になる』
『世界を救う力はなくて 世界を作る力もなくて』
一番のサビの部分だ。二番からはアタシとまゆも合流し、その途中で志希と志保と美優さんも順次合流していく予定になっている。
「……恵美ちゃん」
アタシの緊張を感じ取ったらしいまゆが、私の手に触れる。
「今から歌うのが『良太郎さんの曲だから』とか、『みんなにとって大切な曲だから』とか、そういうのは考えちゃダメよぉ」
「でも……」
「今この瞬間だけは
『それでも守れる笑顔がある 笑ってくれる君がいる』
『それならきっと この歌に意味がある』
「だから……一緒に歌おう?」
『『『Happy Re:birthday! この奇跡に感謝を!』』』
「……ホント」
こーいうときのまゆは強いなぁ……。
『夢を見続け ずっと願って』
『手が届かなかった明日がある』
ジュピターの三人が一番を歌い終え、二番が始まると同時にセンターステージから恵美さんとまゆさんが歌いながら登場する。ポップアップでせり上がってきたと同時に手を繋ぎ、お互いに歌っていないときにマイクを持った手で周りに手を振っていた。
勿論それでジュピターの三人がお役御免なんてことはあり得ず、今度は五人で歌い続ける。
『本気じゃないと嘯いて』
『投げ出してしまった未来がある』
先ほどまでは色々と衝撃的で頭が真っ白になっていたが、二番に入って大分落ち着いて曲を聞くことが出来るようになった。おかげで隣で『天ヶ瀬冬馬のRe:birthday』に歓喜している卯月の嗚咽まで聞こえてくるが、そちらは意図的に無視する。
一番のときもそうだったが、各々が意図的に『周藤良太郎』を意識していない歌い方をしているような気がする。
あくまで感覚的な話だが、冬馬さんは叩きつけるような、伊集院さんは誘うような、御手洗さんは跳ねるような、恵美さんは弾むような、まゆさんは溶けるような。
『一度しかない人生 二度目があったとしたら?』
『そんな奇跡を 君は掴んだ』
『二度とないチャンスの 二度目を掴んだ!』
『『『だからこそ今! 生まれ変わるんだ!』』』
メインステージの両脇から新たに出てきた、志希さんは笑うような、志保さんは語るような、美優さんは祈るような。
全部私の主観だが、それは八通りの『Re:birthday』。
きっと123プロダクションが無ければ絶対に聞くことが出来なかった『Re:birthday』。
これがきっと、彼らの『周藤良太郎』に対するリスペクトの形。
『『『その日「オマエ」は「キミ」になる』』』
『『世界を救える力がある 世界を作れる力がある』』
今この会場に、良太郎さんが歌っていないことに対して不満を抱く人はいないだろう。
『『俺には出来ないこと 君にしか出来ないこと』』
『『『生まれ変わった世界で なすべきことがきっとある』』』
だって、私たちファンにとっても大切な曲を、こんなに大切に歌ってくれているのだから。
『『『『『Happy Re:birthday! この世界に祝福を!』』』』』
「………………」
まさか、今更になってこの曲を歌う直前に緊張する日が来るとは思わなかった。なんだろうか、みんなが歌うことで本人登場に対するハードルが上げられているような気がしてならない。
自分が登場するタイミングを待ちながら、アンコール曲として歌われる俺の曲に耳を傾ける。
冬馬と翔太と恵美ちゃんは自分なりの歌い方を貫いてる。北斗さんとまゆちゃんと志保ちゃんは基本に忠実。志希は自由すぎ、美優さんはちょっと緊張が抜けてない。
それでも、この曲に込められたみんなの想いが伝わってきた。
……はっきり言ってしまえば、この曲はそんなに崇高なものじゃない。作曲こそ有名作曲家に作ってもらったものの、作詞をしたのはそっち方面では素人の俺。長年歌い続けた相棒で、今なおその切れ味に助けられている最高の得物には変わらないが、自分の中では他の曲より劣っているのではないかと思うこともある。
けれど、この曲を『運命』と称してくれる人がいる、『至高』と讃えてくれる人がいる、『伝説』と謳ってくれる人がいる。
「……俺が『トップアイドル』だって言うんなら、やっぱり相棒のお前もそれぐらいの箔が必要かな?」
勿論、相棒は何も答えてはくれない。もしかしたら「崇高なものじゃない」って言ったことに対してヘソを曲げているのかもしれない。
「……そろそろだな」
いつもだったら自分のところから自分でマイクを持っていくのだが、それより前にスタッフがマイクを差し出してきた。まるで武将に刀を差し出すときのような仰々しい仕草に内心で苦笑し、周りのスタッフが全員片膝を付いて頭を下げている光景に若干引いた。いや、そこまでせんでも……。
「……それじゃあ、ご本人登場シーンと参りましょうかね」
『まずは落ち着いて』
『そっと目を閉じて』
『三つ数えるおまじない』
それは所謂Cメロと呼ばれる部分。八人全員がメインステージに集まり、観客たちと一緒になって声を揃えて指を折る。
ワンッ!
『『『『もう逃げない!』』』』
ツー!
『『『『『もう負けない!』』』』』
スリー!
『『『『目を開け!』』』』
瞬間、ピンスポが切り替わる。
『Happy Re:birthday!』
わあああぁぁぁあああぁぁぁっっっ!!!
待ちに待ったこのとき、『周藤良太郎』の登場。
123プロの感謝祭ライブだとは理解している。
けれど、この歓声だけは抑えようとしても抑えられるものじゃなく、抑えるとかそういう考えの外、感情の濁流が声となって溢れ出たもの。
すなわち、『覇王』を拝謁賜れたことに対する歓喜の雄叫びだった。
『その日「ボク」は「オレ」になる』
『世界を救う力はなくて 世界を作る力もなくて』
『それでも守れる笑顔がある 笑ってくれる君がいる』
『それならきっと この歌に意味がある』
もう言葉はない。
考えることなんてない。
今はただ。
目の前のステージを。
見届け――。
『今日の「オレ」から昨日の「ボク」へ』
『死ぬほど辛い昨日があって それでも明日を諦めなくて』
『生まれ変わった今日はどうだい 昨日の明日より輝いてるかい』
『それならきっと 今度は君が歌う番だ』
『Happy Re:birthday! この奇跡に感謝を!』
これは少しだけ不思議な話。
昔話のような おとぎ話のような。
何処かの誰かの物語。
・『Re:birthday』
周藤良太郎のデビュー曲にして代表曲。
今回、ガチで作詞を頑張った。しかもフル。センスのなさは目を瞑って欲しい。
後日、ツイッターかどこかで全文掲載とかするかも。
Q これは最終回ですか?
A いいえ、まだまだ続きます。
書いてるうちに筆が乗ってまるでこのまま連載終了するのではないかというようなノリになってしまった。
勿論まだまだ続きます。「え、まだこの小説続いてるの?」って言われるぐらい続けてみせます。(というか既に言われたことがある)
読者が飽きるのが先か、作者が飽きるのが先か、勝負だ!
それはさておき、アンコール曲を終えて場面はラストシーン。
良太郎たちの演者挨拶へ。