アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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お兄さんとお姉さんの正体が明らかに!(バレてた)

※前回からのお姉さんの髪型の描写を変更しております。


Lesson235 夢が溢れる場所 3

 

 

 

『閉じ込められている砂の 零れていく音色』

 

『……ねぇ、聴こえているでしょう?』

 

 

 

 ステージの幕が上がり、聴こえてきた歌声は紛れもなく静香ちゃんのものだった。

 

 けれど、眩しいライトの向こう、逆光の中に立つ少女は、まるで静香ちゃんとは別人のようだった。

 

 

 

『限られた未来が落ちていくのを』

 

『眺めるだけなんて、嫌』

 

 

 

 ダンスはきっと、学校の屋上で踊っていたものとおなじはず。けれど、それも制服で踊っていたときとは全く別物のようだった。

 

 

 

『星の数ほどあるはずなのに』

 

『この掌に数えるくらい』

 

 

 

 初めて聞く静香ちゃんの曲。それでも徐々に高まりつつある盛り上がりは肌で感じ取っていた。

 

 そして気付いたときには――。

 

 

 

『たった一粒でもかけがえのないモノ!』

 

『輝きに変えながら叶えていきたいの!』

 

 

 

「静香ちゃあああぁぁぁん!」

 

 ――私は、叫んでいた。

 

「凄い! 静香ちゃん凄い!」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて……!?」

 

 

 

『たった一つだけのかけがえのない夢!』

 

『あなたにも見えたのなら……手を差し伸べて、硝子の外へ!』

 

 

 

「カッコいぃぃぃ! アイドルみたいぃぃぃ!」

 

「アイドルだから! 落ち着いて! コラ! 前に身を乗り出さない!」

 

「元気な子だなぁ……」

 

 

 

 

 

 

(……はぁ……はぁ……)

 

 マイクに入らないように静かに息を整える。

 

(……ちゃんと、歌えた……踊れた……)

 

 先ほどの自分の歌とダンスを思い返す。百点満点をつけるほど自分には甘くないが、それでも十分に及第点に達している自信があった。今の自分自身の力を全て注ぎ込めたと思う。

 

(次は、全体曲……!)

 

 一人で立つステージはこれで一段落。あとは、次の自分の出番まで……

 

(……え)

 

 そのとき、上手(かみて)の舞台袖からスケッチブックを掲げるスタッフさんの姿が目に入った。

 

 

 

 ――スタンバイちえん トークでつないで!

 

 

 

 スケッチブックに書かれた走り書きに、私はサァッと血の気が引いたのを感じた。

 

 歌の練習はした。ダンスの練習もしてきた。けれど、トークの練習なんてしていない。同僚にはそんな練習しなくてもトークが出来る人もいるだろうが、少なくとも自分にそんなことが出来るわけないということは分かり切っていた。

 

(なにか、喋らないと……!)

 

 このまま黙ったままステージに立っているわけにはいかない。真っ白な頭のまま、私は口を開いた。

 

『本日は、本当にありがとうございました』

 

 そう言って頭を下げて、直後自分の失敗に気付いた。

 

(これじゃ、まるで終わりの挨拶じゃない……!)

 

 頭を下げたまま、クスクスと笑われているような気がしてカァッと顔が熱くなるのを感じた。

 

(どうしよう……何か、何か言わなきゃ……!)

 

 しかし考えれば考えるほど、私の口から出てくるのは「あの、えっと」という到底その何かですらないただの声だけ。

 

 

 

(なにか……だれか……!)

 

 

 

 

 

 

「……静香ちゃん、どうしたんだろ……」

 

「様子がおかしいね……」

 

 歌い終わった途端、静香ちゃんがステージ上で動かなくなってしまった。

 

 歌い終わったのだから下がらないのかとか、どうしてあんなに必死な表情をしているのかとか、私には分からないことが多い。

 

 けれどただ一つだけ。今、私の友だち(しずかちゃん)が困っているということだけはすぐに分かった。

 

 だから咄嗟に、ここから声を張り上げようとして――。

 

 

 

「わっほーい!」

 

 

 

 ――突然、隣に座っていたお姉さんが立ち上がった。

 

 ダークブラウンのロングヘアーをいつの間にか赤いリボンで一つにまとめたポニーテールにしたお姉さん。バンザイするように両腕を頭上に持ち上げ、先ほどまで大人のお姉さん然とした柔らかい笑顔は満面の笑みになっていた。

 

「みなさーん! 一曲目、最上静香ちゃんで『Precious Grain』をお聴きいただきましたが、いかがでしたかー!? 盛り上がって、くれましたかー!?」

 

 ()()()()()()()()()()()みんなに話しかけるお姉さんに、周りのお客さんたちがざわつき始めた。

 

 

 

 ――あれ!? 佐竹美奈子ちゃん!?

 

 ――え、今日の出演者にいたっけ!?

 

 ――サプライズってこと!?

 

 ――きゃあああぁぁぁ美奈子ちゃあああぁぁぁん!

 

 ――今日来れて良かったあああぁぁぁ!

 

 

 

 え、え、何? どういうこと? さたけみなこちゃんって誰?

 

 

 

 

 

 

 さて、なかなか面白い状況になりつつあるが、そもそもどうしてこういう状況になったのかを振り返ることにしよう。

 

 

 

 事の始まりは、俺が「そろそろ俺も劇場のみんなに顔を見せようか」という考えに思い立ったことである。

 

 現在、俺こと周藤良太郎が765プロと親密な関係であることを知っているアイドルは春香ちゃんたちAS(オールスター)組、杏奈ちゃんたちシアター一期生組の他は、このみさんとジュリアぐらい。つまりシアター二期生組とはほぼ面識がない状態なのだ。

 

 知り合いという点で言えば千鶴や亜里沙ちゃん、名前を知っているという点で言えば白石紬ちゃんや桜守歌織さんなどもいるが、765プロとの関わりやアイドルとしての俺を知らないだろうから除外。そんな子たちを全員まとめて驚かせたいのである。

 

「というわけで、今回の共犯者は美奈子ちゃんにお願いしようかなと思った次第です」

 

「共犯者っていう表現されると、協力したくなくなるんだけど……」

 

 そう苦笑しつつも拒否しない美奈子ちゃんは本当にいい子である。同い年捕まえていい子もないが、かといって年齢相応にイイ女と称してしまったら色々なところから怒られそうだ。

 

 そんなわけで美奈子ちゃんの協力を取り付けつつ、まずは腹ごしらえとして彼女の実家の佐竹飯店で昼食にする。

 

 一人前のチャーハンとラーメンのセット(通常のお店での二人前相当)を注文し、美奈子ちゃんからお手拭きとお冷を貰ったところで彼女は「あれ?」と首を傾げた。

 

「この間、一人でこっそり観に来たんじゃなかったっけ?」

 

「あれ? なんで知ってるの?」

 

「琴葉ちゃんから『亜利沙の知り合いで「遊び人のリョーさん」って名乗る怪しい人物がいた』っていう話を聞いてたから」

 

「不審人物扱いされてて草」

 

「なんで他人事なの……」

 

 志保ちゃんといい美波ちゃんといい、真面目な子に対する初対面での印象の低さは相変わらずだが、マイナスからスタートしたその二人と比べれば今回はまだマシだと思う。

 

「どうしてそこまでポジティブシンキングなんだか……」

 

 そんな人の長所をまるで短所のように言わないでほしい。

 

 話が逸れた(かんわきゅうだい)

 

「本当はそのときに一人で舞台裏に突撃するつもりだったんだけどさ、席が隣になった子と仲良くなってそのあと一緒にご飯食べに行っちゃったんだなコレが」

 

 いやぁ、凄かったなぁニコちゃん。随分と若いのに俺や麗華たちよりも上の世代のアイドルについても詳しくて、正直かなり勉強になった。

 

「……え、子っていうからには女の子だよね? 女の子と二人きりでご飯食べに行ったの?」

 

「と言ってもファミレスだけどね」

 

 アイドルの後輩だったら食べたいものを聞いて好きなところに連れていってあげるのだが、まぁしょうがないよね。

 

「……良太郎君、君、本当にそういうこところだよ」

 

「ん? 何? 押し上げられたエプロンもいいなぁとか思ってるところ?」

 

「そういうところも!」

 

 さっと手で胸元を隠されてしまったが、寧ろその仕草を見たかった。

 

「はぁ……良太郎君は()()()()()()ぐらいじゃ変わらわないね」

 

「寧ろ変わると思った?」

 

「そこは変わっておこうよ……」

 

 呆れたように笑う美奈子ちゃん。

 

「彼女さんに怒られない?」

 

「これぐらいじゃ怒られないって。向こうもこれが『周藤良太郎』だって理解してくれてるから」

 

「だからって甘えすぎちゃダメだよ? もうちょっと彼女さんを大事にして……」

 

「そりゃあもう大事さ」

 

 他人から見た俺がフラフラしていることぐらいは理解している。これはもう性分だから勘弁してもらいたい。

 

 それでも、俺が彼女を大事にすると心に決めたことも偽りではない。

 

 

 

「この先の俺の命、その全てをかけてでも愛すると誓ったからね」

 

 

 

「………………」

 

「……割と真面目に言ったから、ノーリアクションは流石に心にくるんだけど……」

 

「……はぁぁぁ……ちゃんとすればチャーハン食べながらでもこれだけカッコいいとか本当にズルいよねー良太郎君は」

 

「褒められた?」

 

「今回はちゃんと褒めてあげたよ」

 

 やったぜ。

 

 

 

 

 

 

 さて、腹ごしらえも終えて美奈子ちゃんと共に劇場へとやって来た。

 

「……もしやこれって同伴出勤では?」

 

「そろそろ上げた評価をわざわざ自分の手で落とすのやめない?」

 

 ゴメンこれも仕様だから……。

 

 さて、俺はいつもの帽子と伊達眼鏡装備、そして美奈子ちゃんは髪の毛を下ろした姿で劇場前を歩く。

 

「ふふっ、良太郎君とこうやって変装して歩くことになるなんて、バックダンサーやってた頃には到底考えられなかったなぁ」

 

「有名になったもんだね」

 

 劇場の前に貼られたポスターに映る美奈子ちゃんは、既に人気アイドルの風格を漂わせている。劇場が始まってから早半年、ずっとステージに立ち続けている美奈子ちゃん他シアター一期生組はみんな劇場の顔とも呼べる存在になっていた。

 

「あっ、この子、今日初めて一人でステージに立つ子なんだよ」

 

 そう言って美奈子ちゃんが指さしたポスターに視線を向けると、そこには青みがかった黒髪ロングの少女がこちらに向かって笑顔を向けていた。

 

 そしてそのポスターを食いつくように見つめている茶髪の少女がいた。

 

「……既に熱心なファンが出来てるみたいだね」

 

「そうだね」

 

 二人で微笑ましく思いながら少女の後ろを通り抜ける。

 

「よし! 私も早く会場に……!」

 

 しかし、いきなり動き出した少女の体が美奈子ちゃんにぶつかった。俺が車道側を歩いていたため、庇うことも出来なかった。

 

「きゃっ」

 

「わっ!?」

 

「おっと」

 

 しかし倒れそうになった美奈子ちゃんの体を支えることには成功した。

 

「二人とも、大丈夫か?」

 

「あ、うん、ありがとう」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 ペコペコと頭を下げる少女。ちゃんと謝れるのはいいことだし、わざとじゃないということもちゃんと分かっているので美奈子ちゃんも「私は大丈夫」と笑顔で手を振った。

 

「でもこれからは周りに気を付けてね?」

 

「は、はい!」

 

 さて、余り長いこと話をしていると身バレの危険性もある。なのでこのまま立ち去ろうと思ったのだが……。

 

 

 

「あ、あの、もし良かったらお詫びにコレを……!」

 

 

 

 少女がプルプルと小さく震えながらチケットを取り出したため、思わず足を止めてしまったのである。

 

 これは……なにやら面白そうなことになりそうだな。

 

 

 




・『Precious Grain』
静香の持ち歌。歌詞書くために改めて聞き返したけど、聞けば聞くほど静香の曲だなって思った(小並感)

・「わっほーい!」
古きPだとこれ春香さんのセリフなんだよね。
全部『relations(REM@STER-A)』が悪いんや(悪くない)

・あれ!? 佐竹美奈子ちゃん!?
・ダークブラウンのロングヘア―
というわけでお姉さんの正体は佐竹美奈子ちゃんでした!
……色々感想とかで指摘されて、髪の描写が微妙だったことに気付いて訂正しております。いや、俺の中で美奈子はゆっこぐらいの長さのイメージだったんだ……すみませんでした……。

・同い年
いい機会なので、原作と年齢の相違がある子たちを活動報告の方でまとめておきたいと思います。

・彼女
次話ぐらいでそろそろ出そうかなぁ……。



 というわけで、謎のお兄さんとお姉さんの正体は良太郎と美奈子でした!(知ってた)

 原作漫画ではこの場面、春香さん一人だったのですがアイ転世界だと春香さんのアイドルレベルが上がりすぎているので、ここでこんなことをしでかしたら大パニック不可避。良太郎も参加させたいという理由もあり、美奈子になりましたとさ。

 次回、新たなるアイドルの誕生!

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