アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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初めての劇場編最終話。


Lesson240 私、アイドルになりました! 4

 

 

 

「亜利沙! 何度も言っているでしょう! 写真を撮るときは相手の許可を得る!」

 

「あーいや、その……も、勿論分かっていますよ? ただその、一応ありさにもアイドルちゃんたちの成長記録をしっかりと保存するという使命もありましてね……?」

 

「貴女がプロデューサーからも撮影を依頼されているのは知っています! ですがそれも許可ありきの話です! 写真を撮影するときはまず了承を得る! そう約束しましたでしょう!?」

 

「……し、しました……」

 

「思い出の写真を撮るなとは言いません! けれど節度を守りなさい!」

 

「は、はぃ……」

 

「写真を撮る前に一声かける。そうでなくとも節度は守る。はい復唱!」

 

「写真を撮る前に一声かけて、節度を守ります……」

 

「よろしいっ」

 

「全く、亜利沙ちゃんにも困ったものですね」

 

「まつり! 貴女もです! 大道具を勝手に持ち出さない! もし壊した場合、誰が修繕すると思っているんですの!?」

 

「ほ、ほ? そ、それは姫の従者たちが喜んで……」

 

「………………」

 

「……た、たまには愛馬のお世話をするのもいいかもしれないですね? ちょっとだけ毛並みのお手入れをしておくのです」

 

「……ほどほどにしておきなさい」

 

(……全く、相変わらず()()()は口うるさいのです……)

 

「聞こえてますわよ~……!?」

 

「ひぃ!?」

 

 

 

「……とまぁ、あれがこの劇場名物の『千鶴お母さんのお説教』だよ。未来ちゃんはお母さんを怒らせないようにね?」

 

「は、はい」

 

 正座する亜利沙さんとまつりさんの目の前で腰に手を当ててガミガミとお叱りの言葉を投げかける千鶴さん。そんな三人の様子を楽しそうに説明する美奈子さんに、春日さんは少々頬を引き攣らせながら頷いた。

 

「美奈子さん……あれは寧ろ劇場の恥部として新人に見せるようなものでは……」

 

「いやいや静香、あれはあれで劇場らしくてええんちゃう?」

 

 カラカラと笑う奈緒さんにポンポンと肩を叩かれる。

 

「いい? 春日さん、いつもはもっと普通の人が多いのよ? そもそも明日来るって言う話だったから、みんな気を抜いていたというかなんというか……とにかく誤解しないように! ちゃんと真面目な事務所なんだから!」

 

「う、うん、大丈夫、静香ちゃん。いきなりだったからちょっと面食らっちゃったけど……」

 

 困惑していた春日さんは、振り返ったときには既にヘニャリとした笑みに戻っていた。

 

「楽しそうな事務所で、私、ワクワクしてきたよ!」

 

「……はぁ……」

 

 事務所に対して失望する、なんてことは春日さんに限ってあり得ないとは思っていたが、それでもここまで楽しそうに笑われては肩透かしを食らった気分である。

 

「ええやんええやん、この子は大物になりそうや」

 

「でへへ~」

 

 奈緒さんに頭を撫でられてにやける春日さん。いや、ある意味既に大物ではあると思う。

 

「よーし! それじゃあ未来ちゃんのために、いつもよりも腕によりをかけておやつを作ってくるね!」

 

「おやつ! いいんですか!?」

 

「もっちろん! 未来ちゃん、沢山食べられる?」

 

「はい! おやつだったらいっぱい食べられます!」

 

「「ちょっ」」

 

 私と奈緒さんの声が被る。

 

 このままではマズいと私は慌てて春日さんの肩を掴んだ。

 

「春日さん、そんなに考えなしにそんなこと言っちゃダメ!」

 

「え? でもお腹空いてるし……」

 

「お腹空いてても! ここではダメなの!」

 

 当然と言えば当然なのだが、何も分かっていない春日さんはポカンとしていた。

 

 一方で奈緒さんも美奈子さんを止めるために必死の説得を始めていた。

 

「美奈子! 加減! 加減するんやで!? 沢山食べれるゆーても、おやつなんやからほどほどにな!?」

 

「えー? でも未来ちゃん、いっぱい食べられるって」

 

「ほら、いっぱいやのーて『一杯』! お汁粉とかどうやろか!?」

 

「そんな『そうめん地蔵』の昔話じゃないんだからー」

 

「あー懐かしいなー日本昔話。あれやろ、住職が旅の途中のお寺で『そうめんを一杯ご馳走してください』って頼んだら山盛り(いっぱい)無理矢理食わされたっちゅう……ってそうじゃないねん!」

 

 奈緒さん、ノリツッコミしてる場合じゃないです!

 

「というわけで、大学芋三十人前作ってくるね!」

 

「アカンって!? 今日公演日ちゃうから人全然おらへんのやで!?」

 

 ダメだ、あぁなってしまった美奈子さんは誰にも止められない。意気揚々と給湯室に去っていく美奈子さんと、彼女を追いかけていく奈緒さんの二人の背中を見送る。

 

「……一体、どうなっちゃうのかしら……」

 

「静香ちゃん」

 

 項垂れる私の肩に、春日さんが優しく手を置いた。

 

「その後、謎の旅人さんがやって来てね、お坊さんと同じように『そうめんをいっぱいご馳走してください』って……」

 

 違う、私は昔話の続きが知りたかったわけじゃない。

 

 まぁ、すぐ事態に気付いた千鶴さんが大慌てで美奈子さんの後を追ったのできっと大丈夫だろう、うん。

 

「あてんしょーん! それじゃあここからは、このお城の姫であるまつりが未来ちゃんを案内するのです!」

 

 お説教から解放され、素直に大道具の白馬を片付けてきたまつりさんが意気揚々と手を挙げた。

 

「さぁついて来るのでーす!」

 

「はーい!」

 

 最初はその勢いに面食らっていた春日さんだが、普段のテンションは寧ろまつりさんに近いこともあり先ほどとは打って変わってノリノリで彼女の後ろを付いて行ってしまった。

 

 私が案内するという話だったはずなのだが……まぁ別に誰が案内しても問題はないだろう。ただまつりさんが変なことを吹き込まないか見張るために私も一緒に行こう。

 

 

 

「まずここは使用人のお部屋なのです。まつり姫の愉快な仲間たちが毎日集まる場所なのです」

 

「なるほど、今まさにあそこで野球をしようとしている人たちが使用人なんですね」

 

「……普段私たち劇場アイドルが集まる楽屋よ。二人とも、また千鶴さんや琴葉さんに怒られるわよ」

 

 

 

「こっちは執事室なのです。お城に仕える執事やメイドたちが、まつり姫に相応しいステージを用意するための場所なのです」

 

「おぉ、執事さんにメイドさんもいるんですね!」

 

「……プロデューサーさんや事務員さんたちの事務所よ。今は諸用で席を外しているみたいだから、また後で挨拶しましょう」

 

 

 

「そしてこっちはティール―ムなのです――」

 

「わっほーい! 千鶴さん、そっちはどうですかー!?」

 

「お任せなさい! お父様直伝の一口コロッケ、抜かりはないですわ! おーっほっほっほげほっゴホゴホ!」

 

「……アカン……私には……止められなかった……!」

 

「――が、今回は後回しにするのですよー」

 

「いい匂いがする~! おやつ楽しみだね、静香ちゃん!」

 

「エェ、ソウネ。……あと、給湯室ね」

 

 

 

 

 

 

 ――私、見たい場所があるんです!

 

 まつりさんに案内をされている最中、春日さんはそんなことを言い出した。

 

「………………」

 

 そして連れてこられた()()で、それまでずっと楽しそうだった春日さんが静かに息を呑んだ。

 

「……どう? 客席から見たときと印象が違うでしょ?」

 

 ――この『ステージ』の上は。

 

「静香ちゃん……」

 

「今はひんやりしてるけど、これが満員になると熱気が凄いの」

 

 目を閉じれば……いや、目を閉じなくても脳裏にその光景を思い浮かべることが出来る。

 

 集まってくれた観客たちの熱や、彼らが持つペンライトとサイリウムの光、そして期待に満ちた視線。その全てが私たちに重圧(プレッシャー)となって圧し掛かってくる。

 

「目がチカチカして、自分の身体が自分のものじゃなくなってしまうような……」

 

「……すぅ――」

 

 

 

「はいほー!」

 

 

 

「まつりの『わんだほー!』なパーティーにようこそー! 今日は新しい仲間を紹介するのですよー!」

 

 突然ステージの中央(センター)に躍り出たまつりさんは、無人の観客席に向かってそんなことを言い出した。

 

「新入りさん、来るのでーす!」

 

「……えっ!? もしかして私ですか!?」

 

 まつりさんは春日さんが戸惑っている間に手を引いてステージの中央へと連れていってしまった。

 

「では自己紹介を兼ねて一曲どうぞー!」

 

「えぇ!?」

 

 それには私の方が驚き声を上げてしまった。

 

「まつりさん、春日さんはついさっき来たばっかりです! それにマイクもないの急に……!」

 

 例え観客がいなかったとしても、ここはステージの上。そんな状況で歌うなんて……。

 

「ほ?」

 

 しかしまつりさんは舞台袖にいる私に向かって怪しげに微笑んだ。

 

「静香ちゃん、まつりたちはいつだってみんなの(アイドル)なのですよ?」

 

「っ……」

 

 言いたいことは分かる。けれど、春日さんは今日が事務所初日。まさしく今日、アイドルとしての一歩を踏み出したばかりの新人。そんな彼女にそれを要求するのは酷だ。

 

 だから私は、無理しなくていいと春日さんに声をかけようとして――。

 

 

 

「春日未来! 中学二年です!」

 

 

 

 ――しかし、それはただの杞憂だったらしい。

 

 

 

「アイドルになるために部活を辞めてきました!」

 

 堂々と、それでいて気負わず、自然体のままで。つまりいつも通りの様子で、春日さんは無人の観客席に向かって声を張り上げた。

 

 私が想像していたよりもずっとアイドルとしての覚悟か出来ているからなのか。それとも深いことを何も考えていなかったからなのか。どちらが正しいのか分からない。

 

 それでも一つだけ分かることがある。

 

「それじゃあ歌っちゃいまーす!」

 

 右手でマイクを持つフリをして、左手の人差し指を観客席に向けるポーズを取った春日さんは。

 

 咄嗟のハプニングに身動きが取れなくなってしまった()()()()()()――。

 

 

 

 ――ずっとアイドルに見えた。

 

 

 

「天海春香ちゃんの! 『乙女よ大志を抱け!!』」

 

 

 

 

 

 

「はぁ~……今日はすっごく楽しかったなぁ」

 

「そう」

 

「おやつも美味しかったし!」

 

「……そう」

 

 劇場の見学が終わり、静香ちゃんと共に帰路に着く。静香ちゃんはおやつの時間からずっと口数か少ないけど、どうしたのかな? 大学芋もコロッケもとても美味しかったから、それで不機嫌になってるってことはないだろうし……私が食べすぎちゃったから?

 

 それはともかく、初めて訪れたアイドルの事務所、そして劇場。見るもの全てが新鮮で、とても楽しかった。

 

 小鳥さん、このみさん、まつりさん、亜利沙さん、千鶴さん、美奈子さん、奈緒さん……それ以外にも、快く私を迎え入れてくれた人たち。

 

 みんなみんな、いい人たちばかりだった。

 

 でも。

 

「ねぇ、静香ちゃん」

 

「……なに、春日さん」

 

 

 

「アイドルってなんなんだろ」

 

 

 

「……どうしたの、急に」

 

「ほら、シアターの人たちってあんまりアイドルっぽくなかったから!」

 

「ちょっ!?」

 

「おかげで全然緊張しなかったよー」

 

「違うのよ!? たまたま! たまたまなの! 普段はもっとアイドルっぽい人たちが……いや、まつりさんたちが違うってわけじゃないけど!」

 

 先ほどまでやや沈んだ表情の静香ちゃんだったが、ワタワタと慌てた表情になった。

 

「……し、失望した?」

 

「しつぼう? なにが?」

 

「その……折角アイドルになるって決めたのに……事務所が、その……」

 

 どうして静香ちゃんがそんなことを聞いてくるのかは分からなった。けれど、私は「そんなことないよ」と首を振った。

 

 

 

「私も、あんな楽しいアイドルになりたいって思ったから!」

 

 

 

「……楽しい、アイドル……」

 

「……あっ! 小鳥さんからメッセージ! 社長さんがお祝いにご飯奢ってくれるって!」

 

「えっ」

 

「ほら行こう! ほら事務所までダッシュ!」

 

「ちょっと、あれだけ食べてまだ食べるつもり!? って待ちなさい! そっち自転車はずるいわよ!? もうっ――」

 

 

 

 ――待ちなさい、()()

 

 

 




・『千鶴お母さんのお説教』
叱りながらもちゃんとダメな点とどうすればよくなるのかをしっかり提示してくれる辺り、少々甘いお母さん。

・『そうめん地蔵』
にほん昔話。いいお話のはずなんだけど、あれ子どもの頃は「もったいねぇ!」っていう感想しか思い浮かばなかった。

・美奈子sキッチン!
なお今回は何故かストッパー役の千鶴までも暴走した模様()

・野球をしていた二人
登場は後日()

・私なんかより
軽率に闇の種を撒いていくスタイル。

・私が食べすぎちゃったから?
元気な子は一杯食べるという謎の偏見により、未来ちゃん健啖家化。
やったね美奈子!



 良太郎不在のまま終わりましたが、まぁ公演日じゃないから(という言い訳)

 次回からも未来や静香メインの話が続きますが、チョイチョイいつも通りの123や765や346のアイドルの出番も増やしていきたいです。

 ……アイドル科の三人? もうちょっと先の話です……(目逸らし)

 次回は久々の恋仲○○です! 恋人確定しましたが、こっちはこっちでちゃんと続けますよ続けますとも!

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