「わぁ光る! それに動く!」
「横のボタン押すと音も鳴るよ」
「ホントですか!?」
――『眼鏡キラーン!』
「カッコいー! 付けただけですっごく頭良くなったような気がします!」
「多分気のせいよ」
床に打ち捨てられたままだった俺のゲーミング鼻眼鏡に興味を惹かれた未来ちゃんはさておき、この三人が揃っていることに疑問を感じたらしい静香ちゃんへ事情説明。
「ど、動画を撮影するんですか……!?」
「そういうこと」
「それはテレビや雑誌の企画、とかではなく……?」
「完全にフィアッセさんの私情」
「一度やってみたかったの」
「そ、そうですか……」
フィアッセさんの完全無欠な美人スマイルを前に、静香ちゃんは色々と浮かんだであろう疑問を飲み込んだようだ。
まぁ静香ちゃんの気持ちも分かるよ? ただ俺はその気持ちが分かってて尚こちら側に立つタイプの人間だから。ちなみに千早ちゃんは『歌うこと』に集中しすぎると周りが何も見えなくなるタイプ。流石、まだ売れてなかった時代はクチバシ付けて頑張ろうとしてただけあるぜ。
「いずれ一般にも公開する予定だから、そのときまではお口にチャックでお願いね?」
「分かりました!」
自分の口を閉じる仕草をすると、未来ちゃんは元気よく返事をしてから口を閉じる仕草の真似をした。うーん、中学生よりももっと下の子を相手している気分だぞ。
「あっ! ちなみに、何処のチャンネルで公開する予定なんですか?」
わざわざ口のチャックを開ける仕草をしてから、未来ちゃんがそんな疑問を口にした。まぁ芸能人が三人も揃って撮影した動画なのだ。未来ちゃんが知っているかどうかは分からないが、一応俺たちは全員所属している事務所が違うわけだし、何処が主体となって動画を公開するのかが気になるのだろう。
尤も。
「チャンネル?」(知らない)
「なんのことですか?」(知らない)
「なんのことだろーね」(知ってる)
「「……え?」」
この二人は、そういう動画事情には疎いだろうからなぁ。
「む、無料公開なんですか……!?」
「? ネットの動画は基本的にみんな無料で見れるでしょ?」
当然のように『限定公開』や『収益化』などといった概念を知らないフィアッセさん。この認識の疎さに関して、日本における彼女の実家と言っても過言ではない高町家で一体どういう生活をしていたのだと少々問い質したいところではある。
「……い、いいんですか……!?」
それが意味することを、多分フィアッセさんや千早ちゃん以上に正しく認識している静香ちゃんが、やや顔を青くしながら俺に尋ねてくる。
何度もしつこいが世界的に活躍している『周藤良太郎』『如月千早』『フィアッセ・クリステラ』の三人が揃って歌うということは史上初であり、多分今後も簡単に実現するようなものではない。それこそ人とお金を集めてドームで開催し、世界中にビューイング配信、さらにはグッズ展開や円盤化などなど、その経済効果は軽く数億ドルを超える。少々汚い言い方をすれば、滅茶苦茶お金を稼ぐことが出来るのだ。
「あくまでも私が個人的にやることなんだから、それでお金を取るのは流石に申し訳ないじゃない?」
「………………」
フィアッセさんの言葉に静香ちゃんが『世界有数のトップアーティストがそれでいいのか』と目で訴えかけてくる。彼女も俺と同じようにチャリティーコンサートを定期的に開催しているというのに、根本的なところが
ちなみに俺が黙っているのは、これ以上ないサプライズを盛り上げたいという気持ちと、数億ドルが泡沫に消えるという世界一とも言える贅沢を味わってみたいというかなり真っ黒な欲望に負けた結果である。
「君たちはまだそんな大人の事情とか気にする必要ないから、ただで俺たちの歌が聞けるって純粋に喜んでくれればいいよ」
「わーい!」
「わ、わーい……」
無邪気に喜ぶ未来ちゃんと口元が引き攣っている静香ちゃん。うんうん、いいコンビだ。
「そういえば、最上さんはつい先日初めてのソロ曲を披露したって聞いたわ。遅ればせながら、お疲れ様。力強いステージだったって美奈子さんから聞いたわ」
「あっ……」
「そうだったの? おめでとう。初めての曲を披露するのってドキドキするよね? どうだった?」
「……えっと……」
おっと、純粋に後輩を労おうとした千早ちゃんとフィアッセさんの優しさが静香ちゃんの胸に突き刺さる。美奈子ちゃんもわざわざ人の失敗を吹聴する子じゃないから、それが仇となったか……。
あの一件は下手するとトラウマになってステージに立てなくなる可能性もあったので、静香ちゃんは大丈夫だろうかとこっそりと彼女の様子を窺う。
「……私、もっと堂々とステージに立ちたいんです。千早さんや、フィアッセさんや、周藤さんみたいに」
少しだけ言葉を詰まらせた静香ちゃんは、一瞬下がった視線をグイッと持ち上げた。
「だから、そのためには何をすべきか教えてもらえませんか」
そして真っすぐと俺たち三人を見据えながら、そう問いかけてきた。
「……何をすれば、ですか」
「……そうねぇ」
「………………」
真面目に考えている千早ちゃんとフィアッセさん。俺もなんと答えたものかと頭を捻る。
「……やっぱり練習かしら」
「そうね、それが一番大事なことよね」
「自主練習もいいけど、先生がいるならその指導をちゃんと聞けば間違いないかな」
とりあえず『これを言っておけば間違いない』感に溢れているが、何も間違っていないのだから仕方がない。先生の言うことをよく聞いて練習するのが一番の近道。俺だって千早ちゃんだってフィアッセさんだって、初めは先生の指導を受ける所からスタートしているのだから。
「練習! ですよね! やっぱりそうですよね!」
俺たちの返答が納得のいくものだったようで、力強く返事をしながらしきりに頷いている静香ちゃんだが、勿論それはあくまでも大前提の話であり最初の一歩ですらない。
「はい! もっとなにかありませんか?」
「ちょっと未来!?」
随分とストレートな聞き方の未来ちゃんに焦る静香ちゃん。
「そうだね……ここから先は、きっと君たち自身で見つけないといけないことだ。でも、例えば俺たちの場合を挙げるとするならば……」
チラリと千早ちゃんとフィアッセさんに視線を向ける。
「私の場合は……繋がること」
「心の奥の相手を、想うこと」
「自分という存在に向き合うこと」
「……あの子たちには、まだ難しかったかな」
静香ちゃんと未来ちゃんが去っていった部屋のドアを見つめながら、フィアッセさんがポツリと呟いた。
「難しくていいんですよ。他人に教えられた答えで成長出来るほど甘い世界じゃないんですから」
「でも意外でした。良太郎さんのことだから、また彼女たちにレッスンをしてあげるものだとばかり……」
「意外かな?」
千早ちゃんは首肯するが、俺とて誰彼構わず面倒を見てあげているわけではない。選り好みをしているわけではなく、まだ彼女たちはそのレベルにすら達していないという簡単な話である。
「『輝きの向こう側』とまでは言わないけど、せめて『輝きに手を伸ばす』レベルにはなってもらいたいものだね」
そこまで辿り着いたのであれば、そのときは改めて手を差し伸ばすことにしよう。
さぁ、彼女たちはどうだろうか。
ここにまで、足を踏み出す勇気はあるか?
「……ふぅ」
英語の予習を終え、私はノートを片付けると共に一息ついた。
レッスン後、未来と別れた私は一人ファミレスに入ると次の日の予習を進めていた。勉強を疎かにする、などという
次は数学の予習をしようとノートに手を伸ばし……ふと、先ほど千早さんたちから言われた言葉を思い返す。
(……繋がること……想うこと……向き合うこと……)
どれも抽象的過ぎて、今の私には理解出来なかった。
「……
「なんの時間が終わるって?」
「っ!?」
突然声をかけられ、思わず叫び出しそうになるのをグッと堪える。
「りょ、リョーさん……!?」
「やぁ、こんばんわ」
私の後ろのテーブルに座っていたのは、なんとあの『遊び人のリョーさん』だった。相変わらずの無表情のまま、アイスコーヒーをストローで飲んでいた。
「こ、こんばんは……い、いつからそこに?」
「数分前だよ。たまたま外を通りがかったら、見知った女子中学生が一人でファミレスにいたから、ちょっと気になったんだよ。周りの人に気付かないぐらい集中してるのはいいことだけど、もうこんな時間だよ?」
リョーさんがトントンと自分の腕時計を指で叩く。時刻は八時を回っており、ガラス窓の向こうは既に夜の帳が広がっていた。
「……家より、ここの方が集中出来るんです」
「勉強スタイルをとやかく言うつもりはないし、真面目なことはいいことだけどさ。あんまり遅くならないようにね」
そう言うとリョーさんは「終わったら声かけてねー」と何やら鞄から取り出した文庫本を読みだした。
「えっと……私に、なにか?」
「ん? いや、もう遅いから送っていってあげようかと思ってね。余計なお世話だった?」
「それは……」
正直に言うと、未だに『怪しい人』という印象は拭えていない。それでも決して『悪い人』ではない……なんとなく、そんな気がした。
「……あと、三十分ほどで終わるつもりです」
「りょーかい。勉強もアイドルも頑張れ、静香ちゃん」
「……ありがとうございます」
既に文庫本に視線を落としてしまったリョーさんを横目に、私は数学の予習に取りかかるのだった。
(……あれ?
そういえば、さっき周藤良太郎さんからサイン貰ったとき……。
――静香ちゃんはどうする?
(私、自分の名前、言ったっけ……?)
というわけで今回の事の顛末という名のオチである。
後日、無事に撮影を終えた俺と千早ちゃんとフィアッセさんの三人は動画を公開。
編集などなにもせずチャンネルも開設していないフィアッセさんが個人で挙げた動画は、一切の宣伝もしていないというのに口コミだけで爆発的に再生数を伸ばした。
『フィアッセと千早と良太郎が童謡を歌ってみた』というシンプルすぎるタイトルの動画は世界中で話題となり、一日で一千万再生を超えるというトンデモナイ記録を叩き出した。
当然これだけ騒ぎになってしまったのだから、俺たちの事務所の上の人間の目に留まらないはずがなく……。
フィアッセさんはティオレさんの秘書のイリアさんに叱られて涙目になっていた。
千早ちゃんはりっちゃんに叱られて涙目になっていた。
俺は兄貴に水が満たされたポリバケツを抱えたまま廊下に立たされた。
解せぬ。
・『眼鏡キラーン!』
シグルド? いいえ、彼はジークフリートです。
今年の水着イベも楽しかったですね! もっとホラー要素多くてもよかったのよ!?
・クチバシ付けて頑張ろうとしてただけあるぜ。
「私たち、仲間だもんげ!」
・「チャンネル?」(知らない)
・「なんのことですか?」(知らない)
・「なんのことだろーね」(知ってる)
そーいうとこやぞ。
・まだ彼女たちはそのレベルにすら達していない
嘘つけ絶対面白いかそーじゃないかで判断してるゾ。
・『フィアッセと千早と良太郎が童謡を歌ってみた』
一週間後には一億再生を余裕で超える模様。
ちなみに歌った童謡は、作者の中では適当に『きらきら星』
・イリアさん
クリステラソングスクール教頭兼ティオレさんの秘書の美人さん。
・解せぬ
兄「知ってて止めなかったお前が一番悪いに決まってるだろう」
弟「ぐう、正論」
動画のくだりのオチが弱い気がしますが、この辺りのネタは後々も使っていきたいです。
というわけで色々とストーリーが進んでおりましたが、次話、いよいよミリオン信号機トリオ最後の一人の登場です。そうです、外伝にて先行登場した彼女です。
デレ枠? ははっ、そんな幻想、最初からないよ。