アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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新章スタート(章が変わるとは言っていない)


Lesson267 少女たちの夏の始まり

 

 

 

「……っというわけで~!」

 

 それは、とある晴れた昼下がりの出来事だった。

 

 

 

「未来、デビュー曲のCD完成おめでとー!」

 

 

 

「……おめでとう」

 

「翼も静香ちゃんもありがとー!」

 

 シアターの事務所内でクルクルと嬉しそうに回りながら、出来たばかりのCDを天井に掲げる未来。

 

 そう、ついに未来のデビュー曲『素敵なキセキ』のCDが完成したのだ。

 

「レコーディング本当に大変だったよ~……」

 

「苦労してたもんね」

 

「未来は変なことをごちゃごちゃ考えすぎなのよ」

 

 未来の初めてのレコーディングということで、近くで撮影の仕事が入っていた私と翼がプロデューサーと共に様子を見に行ったのだが、それはもう力なくショボショボとした未来の姿があった。

 

 歌うことが大好きな彼女であっても、『上手に』『決められたように』『丁寧に』『指示通りに』歌うということは全く慣れておらず、大変苦労したらしい。

 

「でもおかげで、こうして無事に完成したよ! 二人のおかげ!」

 

「……別に、私は……」

 

「よーし! それじゃあ今から未来のCD完成のプチ打ち上げだー!」

 

「ちょっと!? この後は一緒に自主練するんじゃ……!?」

 

「そーいうのは後々! 友だちから聞いて、一回行ってみたかった喫茶店があるんだよねー!」

 

「いいねいいね! 行っちゃお~!」

 

 結局二人に押し切られる形になってしまった。……ま、まぁ、美味しいスイーツがあるという話らしいから、私も嫌というわけではないし……。

 

「なんていうお店なの?」

 

「えっとねー……確か――」

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 グラスをカウンターに戻し一息つく。

 

「あの……どうですか?」

 

「うん、美味しいよ。流石に士郎さんには及ばないけど、逆に言えばそっちと思わず比較しちゃうぐらい美味しい」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

 テレテレとはにかむその姿が大変可愛らしいが、彼女が淹れてくれたコーヒーが美味しいという事実に思わないことがないわけではない。

 

 

 

「恭也、実家の家業であるところのコーヒーの淹れ方を、本業が人気急上昇中の現役アイドルであるなのはちゃん(いもうと)に追い抜かれる気分はどうだ?」

 

「俺の妹は天才だから当然だろう」

 

 せやな。

 

 

 

「はぁ、いつ飲んでも美味しい翠屋のアイスコーヒーがさらに美味しくなる季節がやってきてしまったな」

 

 要するに夏である。

 

 基本的にホットコーヒー派の自分ではあるが、流石に暑い時期にまでそれを貫くほど頑固というわけではないので、こうしていつもの翠屋のいつもの席でアイスコーヒーを堪能していた。勿論シュークリームもセットである。

 

「なのはちゃんも随分とコーヒーを淹れるのが上手くなったね」

 

 今俺が飲んでいるのは、なんとなのはちゃんが淹れてくれたコーヒー。正直現役小学生アイドルが淹れるレベルのコーヒーじゃないと思う。

 

「良太郎さんだって上手じゃないですか」

 

「俺となのはちゃんとじゃ年季が違うって」

 

 一応これでも小学校高学年ぐらいから士郎さんの指導を受けているから、そろそろ九年になる。なのはちゃんがまだ幼稚園に通っていた頃からやっているものの、あくまでも俺は趣味の範囲だからいずれなのはちゃんに追い抜かれる日も近いだろう。

 

 別のお客さんの接客へと向かったなのはちゃんの背中を見送りつつ「うむ」と頷く。

 

「もう免許皆伝じゃな」

 

「そういうお前はいつ免許皆伝したんだよ」

 

 お墨付きは貰ってるからいーの。

 

「それより良太郎、さっきから手が止まってるがいいのか」

 

 エプロン姿の恭也が水分を拭きとったグラスを棚に戻しながら、空いた手でちょいちょいと俺の手元を指差した。

 

「今日中に仕上げないといけないと言ってなかったか」

 

「ご心配どーも。おかげさまで捗ってるよ」

 

 今日俺がこうして翠屋にいるのはただコーヒーを飲みに来たのではなく、雑誌に寄稿するコラムや取材の記事などの所謂デスクワーク的な仕事を消化するためでもあった。隙間時間でチマチマとこなしていたのだが、どうにも進みがよろしくなかったのでまとめて済ませてしまおうと、ノートパソコンを携えて自宅や事務所よりもリラックスできる翠屋へとやって来たのだ。

 

「周りに人がいて凄い静かってわけじゃないんだけど、それでも落ち着いた雰囲気のところでこうやって書き物してると学生の頃を思い出して捗るんだよ」

 

「今も学生だろ」

 

 それそろそろ死に設定だから無かったことにしちゃダメかな?

 

 

 

 とまぁそんな感じで恭也やなのはちゃん、士郎さんや桃子さんといった高町家の面々とたまにお喋りをしながらコラムを書き進め、あと一息だと小さく肩を回す。

 

 そんなとき、チリンというドアベルが鳴った。それは営業中なので何もおかしいことではなく、先ほどからも何人も出入りしているので今更そちらに意識を削がれるようなことはない。

 

 

 

「うわぁ、中もいい雰囲気~!」

 

「でしょでしょ! 友だちも絶賛してたんだ~!」

 

「ちょっと二人とも、声が大きい……!」

 

 

 

 しかし、それが知り合いの声ともなれば別の話だ。

 

 最近になってやたらと聞く機会が増えたような気がする三人の少女の声が聞こえるなぁと思ってそちらに視線を向けると、たった今店内に入って来た三人は紛れもなく俺が脳内に思い浮かべた三人……すなわち未来ちゃん・静香ちゃん・翼ちゃんのシアター二期生組だった。

 

「ってアレ!? 静香ちゃんあそこ! あの一番奥のカウンターの席に座ってなんか意識高い人みたいにノートパソコンを広げながらコーヒー飲んでる眼鏡の人!」

 

「大きい声で本当に失礼なこと言わない!」

 

 それを失礼なことと認識する静香ちゃんも大概失礼だと思う。

 

「って、リョーさん……!?」

 

「アレー!? リョーさんだ!」

 

 真っ先に気付いた未来ちゃんに続いて、静香ちゃんと翼ちゃんにも気付かれてしまったようだ。

 

「やぁ三人とも、こんにちは」

 

「こんにちは!」

 

「お、お久しぶりです……」

 

「こんにちわー! こないだの路上ライブ楽しかったですねー!」

 

 うん、楽しかったね。その後のポリバケツの刑が相変わらず辛かったけど。

 

「いらっしゃいませ! 三名様ですね? 今お席に――」

 

「……あー!?」

 

「――あっ!」

 

 とそこに、店員として新規来店者である三人を席へと案内するためになのはちゃんがやって来た。そして翼ちゃんと顔を合わせるなり、お互いに「あっ」と声を上げて……。

 

 

 

「タッキーさん!」

 

「ナッパちゃん!」

 

 

 

「「ってだからそれ止めてってばー!?」」

 

 タッキー&ナッパ、奇跡の再会である。

 

 

 

 

 

 

「へー、なのはちゃん、この喫茶店の子だったんだ」

 

「にゃはは……実はそうなのです」

 

 俺のカウンター席のすぐ後ろになる四人掛けのテーブルに案内された三人の前に、苦笑しつつおしぼりと水のグラスを並べるなのはちゃん。

 

「もしかしてリョーさんもそうだったりするんですか!?」

 

「一体どうしたらそんな考えに至るのよ……」

 

 未来ちゃんの「まさか!」と言わんばかりの発言に苦笑する静香ちゃん。まぁあながち間違いってわけでもないんだけどね。

 

「この喫茶店は昔からの行きつけでね、今日もちょっとした仕事をするために使わせてもらってるんだ」

 

「……結局リョーさんはなんのお仕事をされてるんですか?」

 

「秘密」

 

 未来ちゃん辺りが覗いて来る可能性を考え、パタンとノートパソコンを閉じる。

 

「あっ、恭也。この子たちの伝票はこっちに回してくれ」

 

「それは構わんが……お前の知り合いということは当然アイドルなんだよな?」

 

「最初から決めてかかるのやめようぜ」

 

 事実そうなのだからなんとも言いづらいが。

 

「765プロ劇場のアイドルの子たちで、胸の大きい順に翼ちゃんと未来ちゃんと静香ちゃん」

 

「リョーさん、何故その紹介方法を選んだのか詳しい説明をしていただいてもよろしいでしょうか? 今、私は冷静さを欠こうとしています」

 

「リョ、リョーさんにも悪気はないんです静香さん!」

 

「なのはさんも、どうして私が『静香』だと判断したのか教えていただいても?」

 

「最初からアイドルとして知ってただけですよ!?」

 

 静香ちゃんがまるで千早ちゃんのようなキレ方をしていた。うーん、これが所謂『青の系譜』ってやつか……。

 

「そんなことよりリョーさん! 聞いてください聞いてください!」

 

「そんなことより!?」

 

 未来ちゃんの言葉に俺より早く静香ちゃんが反応してしまった。はーい静香ちゃんは翠屋名物桃子さん特製シュークリームを食べて落ち着いてねー。

 

「おいしー!」

 

 別にいいんだけど未来ちゃんは『そんなことより』はいいのか。

 

「まぐまぐ……ってそうだった、あのねリョーさん! 私ついにCDデビューしたの!」

 

「おぉ、凄いじゃないか」

 

 未来ちゃんたちシアター二期生組は()()()()企画として最初から募集していたとはいえ、トントン拍子のCDデビューには素直に驚く。

 

「今ここに出来上がったばかりのCDもあるんですよ! 良かったら聞きますか!?」

 

「ちょっと未来!?」

 

「嬉しいけど、それ社外秘って言われてない?」

 

 色々な人に聞いてもらいたいぐらい嬉しいってことなんだろうけど、流石にそれはダメだと静香ちゃんに止められた未来ちゃんはシュンとしてしまった。

 

「発売されたら買わせてもらうから、発売日決まったら教えてね。あとそのときはサインとか貰えると嬉しいんだけどなー」

 

「はい! サインの練習をしっかりしておきますね!」

 

 フンスと気合いを入れる未来ちゃん。うんうん、こうしてまた一人、アイドルとして一歩前進する姿を見ることが出来てお兄さん嬉しい。

 

「知ってました!? レコーディングってとっても大変なんですよ!」

 

「へぇ」

 

 そのままデビュー曲のレコーディングがいかに大変だったかを語ってくれる未来ちゃん。静香ちゃんたちを放っておいていいのかと思ったが、静香ちゃんと翼ちゃんもその話題に乗っかってきたので、自然と会話は俺を含めた四人で進んでいってしまった。

 

 原稿は……まぁ、もうすぐ終わるから少しぐらいいいよな。大丈夫、すぐ終わる。

 

 ……フラグじゃないよ?

 

 

 




・『素敵なキセキ』
あふれーるゆーめ「「「「いっぱい!!!!」」」」

・タッキー&ナッパ
恐らく二度目はない。

・「今、私は冷静さを欠こうとしています」
元ネタは『風の大地』というゴルフ漫画らしいっすね。



 本編に戻ってまいりましたが、今回からは夏フェス導入編となっております。

 一部でお騒がせしてしまったユニット問題に関しましては、自分の中でしっかりと決着を付けましたので、その答えは本編を持って変えさせていただきたいと思います。

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