アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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いつもの中身のない会話 ×2


Lesson277 アナタに届けたいオモイ 3

 

 

 

 というわけで。

 

「やって来たぜ、握手会」

 

「CD手渡し会ね」

 

 未来ちゃんから『CDの手渡しイベントをするので、もし時間が合ったら来てください!』というメッセージが送られてきた上に、ここから会場である765劇場がそれほど遠くないとくれば、顔を出さないわけにはいかなかった。主に面白そう的な意味で。あと女の子たちの手を握る大義名分を得た的な意味で。

 

「あら、私で良かったらいくらでも握手しますよ」

 

「えっ!? いいんすか!? ふ、ふひひ、ちょ、ちょっと待って、手ぇ拭いてから……」

 

「貴方トップアイドルの癖してその完璧なオタクムーブはなんなの?」

 

 根っこの部分はずっとオタクだよ。

 

「それより休憩時間は大丈夫なの? 撮影中って言ってたじゃない」

 

「撮影順調で休憩時間が長めになってるから問題ない。寧ろお前たちは大丈夫なのか?」

 

 まさか奏と楓さんまでついて来るとは思わなかった。

 

「私たちもこの後は収録だけど、時間には余裕あるわ」

 

「それに私も一度参加してみたかったんです、こういう握手会」

 

「だから握手会じゃないでしょ」

 

 まぁ楓さんは勿論、奏もこういうイベントに参加したことないだろうな。

 

「よかろう、今から俺が二人に伝授しよう……握手会の流儀ってやつを」

 

「わー!」

 

「だから手渡し会……もうそれでいいわよ」

 

 パチパチと小さく拍手する楓さんと、やれやれと溜息を吐く奏。公共の場、それも人が多く集まる場所ということで当然二人とも変装済みである。それでも隠しきれない美人のオーラが滲み出ているせいで、周りからチラチラと見られていた。

 

「まずは流儀以前に俺たちは正体がバレてしまった時点で大混乱間違いなしだから、出来るだけ目立たないように心掛けること。今更注意するようなことじゃないとは思うけど、二人は特に目立つんだから……」

 

 

 

 ――お、おいあそこにいるの!?

 

 ――りょ、『リョーさん』だ!

 

 ――なに!? あの目を付けたアイドルが次々に売れていくという、あの!?

 

 ――あぁ……やはり今年も持っているみたいだな……765プロ!

 

 ――こいつぁ楽しみになってきたぜ……!

 

 

 

「……二人は特に、なにかしら?」

 

「おっかしいなぁ……」

 

 いかん、リョーさんとしての活動が長すぎてこっちの知名度も大きくなってしまった。

 

「リョーさん凄いですね、有名人」

 

「元から有名人よ。全く……変装と偽名の意味がないじゃない」

 

「バ、バレなきゃいいんだよ」

 

「変装の基本は目立たないことでしょ」

 

 ぐぅの音も出ねぇ。

 

「とりあえず俺のことは、今はどうでもいい」

 

「この()()うでもいいことは、(サイド)に置いておこうって、ことですね」

 

「「……うん」」

 

 楓さんのファンであることには間違いないけど、なんとなく力が抜けるな……。

 

「……なんか騒がしい上に『リョーさん』って名前が聞こえてきたかと思ったら、やっぱりアンタだったのね」

 

「むっ、この声は……」

 

 振り返ると、黒髪ツインテールの少女がジト目で俺を見ていた。

 

「やっぱりニコちゃん。久しぶり、身長伸びた?」

 

「ふんっ」

 

 この「ふんっ」は鼻を鳴らしたのではなく、俺の足を踏む付けるための掛け声的なものである。痛い。

 

「あら、リョーさんのお知り合い? 初めまして、めーぷるです」

 

「えっ。……り、リップよ」

 

 ニコちゃんに挨拶をした楓さんがもの凄く自然な流れで偽名を使い、ギョッとした奏もそれに倣って偽名を使った。……ちょっと源氏名みたいだなって思ってしまった。

 

「……ニコです。……ふ~ん」

 

 何やら興味深そうに楓さんと奏を見るニコちゃん。アイドルマニアだし、流石に気付くか……?

 

 

 

「……で? どっちがアンタの彼女なの?」

 

「「えっ」」

 

 

 

 げっ。

 

「……いや、違うよ」

 

「ふーん。まぁ確かにアンタから聞いてた彼女のイメージと違ったわね」

 

 そう言ってニコちゃんは「変なこと言ってすみません」と丁寧に二人に向かって頭を下げた。うーんニコちゃんはれいぎただしいなー。

 

「「………………」」

 

 先ほどから『え、マジで?』みたいな目でこっちを見てくる二人。まさかこんな形でこの二人に恋人の存在がバレるとは思わなかった。きっとこれもリョーさんとして長く活動しすぎた弊害である。

 

(後でおねーさんに詳しく教えてくださいね)

 

(逃げてもいいわよ。その場合は高町先輩たちに聞くから)

 

 わー楓さんの目がキラキラしてるー奏も悪い笑顔浮かべてるー。

 

 えぇい、今は俺の彼女のことはいいんだよ。

 

「ここにいるってことは、勿論ニコちゃんも手渡し会に参加するために来たんだろ? お目当ては未来ちゃん?」

 

 そう尋ねると、ニコちゃんは「勿論全員に決まってるでしょ」と今度こそふんっと鼻を鳴らした。

 

「なんせ全員これがデビュー曲になるんだから。アンタは違うの?」

 

「俺も全員だよ。でもまだエミリーちゃんと美也ちゃんのステージを直接見れてないから、ちょっとその二人への興味は強いかな」

 

「ふーん。動画とか見てないの?」

 

「公式が上げてる奴は見たけど、俺は直接『眼』が見たいんだ。コレ、リョーさん的アイドル見極めポイント」

 

「なに? 名プロデューサー気取り?」

 

「アイドルに関する視力だけは誰にも負けないって自負してるよ」

 

「あーはいはい」

 

「例えばエミリーちゃん、実は結構な大乳なんじゃないかって……」

 

「目が腐ってんじゃないの?」

 

「いやマジマジ。こう、PVで突然大きくなるんじゃないかって信じてる」

 

「頭が腐ってんじゃないの?」

 

「正気でアイドルオタクなんてやってらんねぇよ!」

 

「こっちを巻き込んじゃないわよゾンビ」

 

(相変わらず誰とでも仲良くなるのね)

 

(うふふ、兄妹みたい)

 

 おっと、会話を楽しんでいたがそろそろ開場時間だ。

 

「めーぷるさんとリップも、そろそろ入場するよ」

 

「「? ……あっ、私か」」

 

 おい。

 

 

 

 

 

 

「時間だぞ! 四人とも、準備してくれ!」

 

「「「「はーい!」」」」

 

 プロデューサーさんに呼ばれ、私たちは控室から手渡し会の会場へと向かう。

 

 会場には白い布がかけられた机が並べられており、そこには私たちの名札が並べられていて、その後ろには私たちのCDが詰まった段ボールが並べられていた。

 

「……本当に、こんなに沢山売れるのかなぁ……」

 

 ポツリと昴がそんなことを呟いた。確かに、なんというかこう新人アイドルはもっとこじんまりと頑張ってCDを売っているイメージがあるから、こんなに沢山売れるような気がしなかった。

 

「安心しろ昴」

 

「プロデューサー……」

 

「在庫は後からどうとでもなるから」

 

「そのフォローの仕方は本当にあってるの!?」

 

「冗談だって」

 

 プロデューサーさんが言うには、在庫は物販に並べるだけだから問題ないらしい。そっか、確かにここで売り切る必要なかった。

 

「そもそもそんなこと気にする必要ない。今のお前たちに必要なことは、一人でも多くの人に自分のことを知ってもらうこと。そしてそんな自分のCDを買ってくれた人に感謝の気持ちを伝えることだ。だから笑顔と感謝の言葉だけは絶対に忘れないように」

 

「「「「はい!」」」」

 

「よし、開場だ!」

 

 そのプロデューサーの言葉を合図に、開場した。

 

 

 

 ――わー! 未来ちゃん! 本物だー!

 

 ――み、美也ちゃんだ!

 

 ――すすす昴くんだぁぁぁ!

 

 ――エミリーちゃぁぁぁん!

 

 

 

「……っ!」

 

 お客さんが、私たちのことを見ながら歓声を上げている。たったそれだけで『あぁ、自分って本当にアイドルになったんだ』ということを再認識する。何度も何度も思っていることで、きっとこれからもずっと思い続けること。

 

「………………」

 

 ふと自分の手元のCDに視線を落とす。

 

(……これが私の、初めてのCD)

 

 これをファンに手渡す。

 

(……私の、ファンに)

 

 うーん……。

 

 

 

「あっ、あの!」

 

 

 

「はぁい!?」

 

 突然声をかけられたので、変な声になってしまった。

 

 手にしたCDから顔を上げると、そこには緊張した面持ちの男の人が立っていた。

 

「か、春日未来さん!」

 

「は、はい春日未来です!」

 

「俺は、えっと、貴女のファンです!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 何やら二人して英語の授業みたいな会話になってしまった。お互いに緊張してしまっているようで要領を得ていない。とりあえず両者勢いだけはいいと思う。

 

「こ、これ、花屋の店先に並んでいた綺麗な花です! どうぞ!」

 

「か、かたじけない!」

 

 ついでに咄嗟に言葉が武士になった。エミリーちゃんがちょっとだけ目を輝かせたような気がしたけど、是非自分の目の前のファンに集中してあげて欲しい。

 

「そ、それじゃあ! これからも頑張ってください!」

 

「きょ、恐悦至極!」

 

 小さな花束を受け取った私は、男の人の背中に向かって手を振った。

 

 あー緊張したー……。

 

「……あれ?」

 

 左手には貰った花束。右手には私のCD。

 

「……渡してないじゃん!?」

 

 何のための手渡し会なのさ!?

 

 貰った花束を机の上に置いて、慌てて男の人を追いかける。

 

「ま、待ってください! 花束くれた人!」

 

「え?」

 

「CD、どうぞ!」

 

「あっ……!」

 

 自分の失敗に気付いたらしい男の人は、照れくさそうに鼻の頭を人差し指で掻きながら反対の手で私の手からCDを受け取って――。

 

 

 

「ありがとうございます……! 頑張ってください!」

 

 

 

 ――満面の笑みを、浮かべてくれた。

 

「……はい! 頑張ります!」

 

 ……そうか、きっとそうだ。

 

 きっとこれが。

 

 これが私の……!

 

 

 

 

 

 

おまけ『噂のリョーさん』

 

 

 

「……あの人があのリョーさんだってのは分かった」

 

「あぁ」

 

「……一緒にいる二人って誰だろーな」

 

「……すっごい親しそうだけど、まさかどっちか彼女とか……?」

 

「二人ともめっちゃ美人だな……あっ、なんかまた可愛い子に声かけた」

 

「「……ま、まさかの陽キャ……!?」」

 

 

 




・握手会の流儀
せめて画風をもうちょっと原作に近かったらなぁ……。

・「リョーさん凄いですね、有名人」
裏ではずっとリョーさん名乗り続けていた結果がコレである。
今では一種の名物オタク的な立ち位置。

・「どっちがアンタの彼女なの?」
リョーさん、珍しく痛恨のミス!

・「実は結構な大乳なんじゃないかって」
・「PVで突然大きくなるんじゃないかって」
あのシーンは思わず二度見してしまった。

・おまけ『噂のリョーさん』
今までもモブ目線からはずっとこんなんだったんだよっていう。



 珍しくミスによる彼女バレが発生。これにより、ちょっとずつ346プロ内でも彼女の存在が知られていくことになります。大丈夫大丈夫大騒ぎになんてならないよ(棒)

 次回ようやく合流です。

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