アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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注意!
シリアスもどき、説教もどき、いい話のなり損ない的なものが多く含まれております。
ネタも少なめで今回は個人的にもネタ小説にあるまじき姿になっております。


Lesson42 HENSHIN! 4

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 蕩けるような甘々ボイスでお客さんの背中を見送り、一息吐く。というか、本当に我が母親の声ながら凄まじい声だ。これで本当に四十ピー歳かよ。

 

 お客さんが帰った後のテーブルの片づけをしてからカウンターに戻ると、コーヒーカップを拭いていた士郎さんに話しかけられた。

 

「お疲れ様、良子ちゃん。そろそろ休憩に入ってくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 ようやく休憩である。昼食も食べずに働いていたからクタクタだ。

 

「リョウお姉さん、お疲れ様なの!」

 

「ん、なのはちゃんもお疲れ様ー」

 

 とてとてと近寄ってきた小さなメイドちゃんの頭を撫でる。

 

「なのはちゃんもお手伝い終わり?」

 

「はい! この後アリサちゃんのお家にお呼ばれしてるので!」

 

「そっか。楽しんでおいで」

 

「はい!」

 

 着替えるためにお店の裏に入っていったなのはちゃんの背中を見送る。さて、俺も着替えて昼飯だ……と、その前に。

 

 ちらり、と翠屋にやってきた五人のアイドル集団のテーブルに目を向ける。先ほどから何やら雰囲気がおかしいが……。

 

 あいつら、何を話してるんだ?

 

 

 

 

 

 

「ちょっといい?」

 

 それは、それまで黙ってコーヒーを飲んでいたともみさんの声だった。

 

「みんな、顔を隠すことで悩んでるんだ」

 

「はい、最近色々な人に顔を覚えてもらって、それで街中で声をかけられることが多くなって……」

 

「それで、何かバレないようにする方法を考えていたんです」

 

「そう……」

 

 真と雪歩が答えるとともみさんはそっと目を閉じた。その姿はまるで何かを考えているようで、何かの言葉を探しているようで……。

 

「……えっと、ともみさ――」

 

 

 

「君たちは、どうして顔を隠すの?」

 

 

 

「……え?」

 

 唐突に、それを尋ねられた。

 

「わたしたちはアイドルで、顔を見てもらうことがお仕事の一つ。なのに、どうして顔を隠すの?」

 

「えっと……それは、周りの人に迷惑がかからないように……」

 

「どう迷惑がかかるの? 迷惑がかからなければ隠さないの?」

 

「だから、それは――!」

 

 真が反論しようとするが、それを遮るようにともみさんはさらに言葉を紡ぐ。

 

「知られてしまった自分の顔を隠すの? でもそれは貴方たちの顔。普段の顔を隠す?」

 

 

 

 ――アイドルとして舞台に立つときが貴方たちの顔?

 

 

 

 ――それじゃあ、普段の貴方たちの顔は、誰の顔?

 

 

 

 ――アイドルとして以外の貴方たちの顔は、何処?

 

 

 

 それはただの屁理屈だ。言っていることが滅茶苦茶だ。そう反論したかった。

 

「………………」

 

 しかし、何故か私の口はそれらの言葉を発することが出来なかった。

 

 私たちは、自分の顔を隠すことしか考えていなかった。自分が天海春香だとバレないようにすることばかり考えていた。

 

 でも、それはもしかして普段の自分(あまみはるか)を否定しているのではないだろうか。

 

 私は、天海春香で、天海春香はアイドルで、テレビの向こうで私は笑ってて、それはアイドルの笑顔で。

 

 

 

 ソレジャア、私ノ笑顔ハ何処ニアルノ?

 

 

 

「クルルァ(巻き舌)」

 

「!?」

 

 グルグルと回り始めていた思考の渦から私を呼び戻したのは、パンッという乾いた音だった。

 

「お前はなに後輩苛めてるんだ?」

 

「痛い……」

 

 それは良太郎さんがともみさんの頭を叩いた音だった。いつの間にかともみさんの背後に立っていた良太郎さん(私服)がメニューをともみさんの頭頂に振り下ろしたようで、ともみさんは少し眉根を寄せて頭を押さえていた。

 

「そういう苛めっ子ポジはお前じゃなくて麗華やりんの役目だろ。どういう心境の変化だよ」

 

 似合ってねーぞ、と良太郎は呆れたようにポンポンとともみさんの頭を叩く。

 

「……ちょっとした悪戯心。みんなごめんね、変なこと言っちゃって」

 

「え、いや、その……」

 

 ともみさんはあっさりと私たちに向かって頭を下げた。しかし私を含め、真も雪歩も千早ちゃんも未だに戸惑ったままである。

 

 そんな私たちの様子を見て良太郎さんはふむ、と腕組みをする。

 

「まぁ、深く考えない方がいい……とは言わない。ちょっとだけ考えてみてくれ」

 

「……私たちの顔が何処にあるのか……ですか?」

 

「そんな哲学的なことじゃないさ。ゆっくりでいい、答えが出なくてもいい。それでも考えてみてくれ。アイドルじゃない自分がいる場所を」

 

 きっと、身近なところだからさ、と。

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

「……ったく、何を考えてるんだよお前は」

 

 来た時とはだいぶ違うテンションで帰って行った四人を見送りつつ、隣のともみを軽く睨む。ちなみに裏で着替えてきているので既に良子ちゃんではなく100%周藤良太郎である。

 

「ちょっとした悪戯心で苛めてみたくなっただけ」

 

「悪戯心って……苛めてみたくなったって……」

 

 貴方の顔は何処にあるのって、ちょっとしたサスペンスかホラーだぞ。これそういう作風じゃないから。そういうのはラノベの中だけで十分だって。

 

「……あの子たちに期待しているのはリョウだけじゃない」

 

「ん?」

 

「わたしも、765プロのあの子たちには期待してる」

 

「……へぇ」

 

 意外だった。魔王の三人の中でも控えめというか、麗華とりんの三歩後ろから見守る立場を一貫してたともみが他のアイドルのことを気にかけるとは。

 

 麗華も竜宮小町やりっちゃんを、りんも美希ちゃんを気にかけてるみたいだし……765プロも魔王エンジェルの三人にしっかりと認識されたってことかな。

 

「それじゃあ、私は帰る」

 

「ん、そうか」

 

 いつの間にかともみはしっかりとお土産のシュークリームの箱を片手にしていた。

 

 ちなみに春香ちゃんたちにも変なことを考えさせてしまったお詫びとしてシュークリームをそれぞれお土産に持たせている。……なお、俺の自腹である。ここで思わず財布の紐を緩めてしまうから今回アルバイトをする羽目になったというのに全く懲りていなかった。思わずぢっと手を見て考えてしまった。

 

「……最後に聞いてみたいんだけど」

 

「ん?」

 

「リョウの顔は何処にあるの?」

 

 それは、先ほど春香ちゃんたちに問いかけていたものと同じものだった。

 

 ……そうだな、俺の『顔』が何処にあるのかというならば。

 

「……前に言ったことあるだろ?」

 

 

 

 ――母親のお腹の中に忘れてきた、って。

 

 

 

 それが、その問いかけに対する『周藤良太郎』の答えである。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 今日の仕事を全て終え、私は地元の商店街を一人歩いていた。

 

 今日一日ともみさんや良太郎さんに色々と言われたことを考えていたが、結局よく分からなかった。

 

 ただの言葉遊びだとも、それとも個人の解釈で私とは関係ないと割り切ることも当然できたはずだ。

 

 しかし、何故かそれが出来なかった。

 

 

 

 ――あんたはアイドルとしての自覚を持ちなさい!

 

 

 

 ――しっかりと自分がアイドルだという自覚を持ってくれ。

 

 

 

 友達とプロデューサーさんの言葉を思い出す。普段からアイドルとしての自覚をもって、普段からアイドルとして生活して……。私がアイドルであることを否定したいわけではない。アイドルである以上自由は減ってしまうことも理解している。

 

 でも。けれど。それでも。

 

 今までの普段の私は、一体何処に行ってしまったのだろう。

 

 

 

 明日は平日なので学校があるため、明日の昼食として持っていくパンを買うために商店街のパン屋さんに寄ることにした。今までは当然普段の格好で利用していたのだが、何故か今日は雪歩から借りたままだったマスクを付けて顔を隠してしまった。

 

 いつものように代金を払い、紙袋を受け取ろうと手を伸ばす。

 

 その時だった。

 

 

 

「顔色悪いけど、大丈夫かい? 春香ちゃん」

 

 

 

「っ!」

 

 昔から利用するパン屋の店長さんからの言葉。何度か話をしたことがあり、お互いに顔見知り。声をかけられることは何も不思議なことではない。

 

 それでも私は、思わず俯き自分の顔を隠そうとしてしまった。

 

 

 

 ――それじゃあ、普段の貴方たちの顔は、誰の顔?

 

 

 

 昼間のともみさんの言葉がリフレインする。

 

 怖くなり、視界が僅かに滲む。

 

 しかし、そんな私に投げかけられたのは、優しい店長の声だった。

 

 

 

「ははは、そんなに隠れようとしてもすぐわかるよ。顔馴染みの春香ちゃんを見間違えたりするもんか」

 

 

 

「え……」

 

 顔を上げる。店長さんは、いつもと変わらぬニッコリとした笑みを私に――天海春香に向けてくれていた。

 

「確かに春香ちゃんはアイドルとして有名になって、これからは大変なのかもしれない。それでも、この商店街ぐらいは自分を隠さずに堂々としていればいいさ」

 

 

 

 ――この商店街のみんなは、春香ちゃんの大ファンなんだから。

 

 

 

「……っ!」

 

「昔からの春香ちゃんの顔が見れないと、みんな悲しむからね。元気な春香ちゃんの笑顔が大好きなんだから」

 

「……はい」

 

 マスクを取り、まっすぐと店長さんと顔を合わせる。

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 私は天海春香で、アイドル。アイドル天海春香。それでも、テレビの向こう以外の天海春香も確かにここにいた。

 

 良太郎さんが言っていた言葉の意味が、少しだけ理解できたような気がした。

 

 

 

 

 

 

おまけ『ニアミス そのに』

 

 

 

「ねぇ恭ちゃん、さっきなんか常連のおば様に『今日はこの間のバイトの子いないの?』って聞かれたんだけど、私がいなかった日に誰かバイト来てたの?」

 

「あ、あぁ。一日だけ、臨時でな」

 

「無表情だけどすっごい美人だったらしいね。うーん、私も会ってみたかったなぁ。またバイトに来たりしないの?」

 

「……ほ、本人はまたお世話になりたいとは言っていたが……」

 

「そうなんだ! じゃあ今度は一緒に働けるといいなー!」

 

「……そうだな」

 

 

 

「? 恭也が変な顔をしてるね」

 

「ああいう顔を『苦虫を噛み潰したような顔』って言うんだって先生に教わったよ!」

 

「そうなの、なのはは物知りね」

 

「えへへ」

 

 

 




・ともみさんのおはなし。
イイハナシニシタカッター
今回で本当に自分にシリアスの才能がないことに気が付いた。言いたいことがきちんと伝わるかどうか。
当然みなさん「それは違うよ!」とお思いでしょうが、どうかヒートアップせず。最近暑くなってきましたし。

・思わずぢっと手を見て考えてしまった。
はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざり
作者の教養の良さが滲み出ていますね()

・パン屋さん
REX版でのワンシーン。アイドルは何処で顔を隠し、そして何処でその素顔の晒せばファンは受け入れてくれるのか……的なことをこの辺を読んで思ったのがこの話のきっかけ。



 今回は試験的なシリアス話になりました。本当ならば「アイドルは笑顔という仮面をどうだのこうだの」「良太郎は笑顔がないから仮面を被っていないどうだのこうだの」を書きたかったのですが、書いている途中に「これはアカン」と諦めました。

 今後予想される原作の流れのシリアスはもう少し頑張ります。



 さて次回は最近頻度が増えてきている番外編、何度か要望があった「ぷちます編」です。今回がアレだったのシリアスなしネタのみで構成できるように頑張ります。

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