暑い日が続きますが、皆さんお体にお気を付けください。
「そうだ響。アレ、良太郎さんにも聞いてみたら?」
「え、えぇ!?」
いぬ美とあっち向いてホイ(こっちが一方的に指差していぬ美が首を動かすだけ。頭良すぎだろこの子)をして遊んでいると、真ちゃんと響ちゃんがそんな会話をしていた。
「りょ、良太郎さんに聞くのか……!?」
「だ、だって年上でアイドルの先輩だし、参考にはなるんじゃないかな」
何やら二人ともやや顔が赤い。その会話を聞いていた雪歩ちゃんも赤くなっているところを見ると、二人が話している内容が意味するところを理解できているようだ。
「何の話?」
「え、えっと、その……」
いつもの元気な様子が鳴りを潜めた響ちゃんは顔を赤らめて指先を弄びながら、もじもじと上目遣いにこう尋ねてきた。
「こ、恋について教えてほしいんだけど……」
……えっと、それは、つまり、あれかい?
「『自分と一緒に恋をしよう』っていう口説き文句として捉えていいのかな?」
そう尋ねたところ、瞬間湯沸かし器以上のスピードで響ちゃんの顔が真っ赤になった。
「な、何でそうなるんだぞ!?」
「いや、だって……ねぇ?」
真ちゃんと雪歩ちゃんに振ってみると、二人も顔を赤くしたままコクコクと頷いた。
「ごめん響、今のは事情を知ってる僕たちにもそう聞こえた」
「ひ、響ちゃん大胆……!」
「ち、違うぞ! そ、そういうことを言いたいんじゃなくて……!」
いやまぁ、分かってたけどさ。
「それで? 響ちゃんの言葉が文面通りの意味だったとして、いきなりどうしたの?」
女の子三人が顔を赤くしてワタワタしている様は非常に目の保養になるのだが、話が進まないので事情の説明を求めることにした。
「へー、あの『クリスマスライナー』に?」
『クリスマスライナー』はとある鉄道会社のCMシリーズで、ドラマ性が話題の人気CMだ。これまで多くの女優がこのCMのヒロインを務め、さらにヒロインを務めた女優全員が例外なく売れていることから芸能界ではある種の登竜門として扱われている。
ちなみに一昨年のヒロイン役はなんとりんである。あの小悪魔チックなりんが目の端に涙を浮かべながら悪戯な笑みを浮かべるCMが大変話題になったのを覚えている。
その人気CMのヒロインとして、今回はなんと響ちゃんが抜擢されたということだ。
「プロデューサーが持ってきた話なんだけど、是非自分にやってみないかって……」
「ふーん」
そう言いながら膝の上に乗せたいぬ美の頭を撫でる響ちゃんの表情は、大役を抜擢されたことに対する喜びもそこそこに若干の戸惑いが見え隠れしていた。
しかし響ちゃんを抜擢するとは、赤羽根さんも随分と思い切ったことをするなぁ。
『クリスマスライナー』は切ない恋や遠距離恋愛がテーマのドラマCMだ。ハッキリと言ってしまうと、響ちゃんのイメージとだいぶ違う。確かにギャップを狙うというのも悪くないとは思うのだが、やはり今までの明るくて元気で活発なイメージが先行してしまう。
……なるほど、昨日のりっちゃんの質問はこのことを聞いていたのか。
「でも自分、恋とか、その、よく分からなくて……」
中学生男子か、というツッコミは心の中に留めておく。
「事務所のみんなにも参考として聞いてみたんだけど……」
春香ちゃん:ふわふわしてて……甘酸っぱくて……。
真ちゃん:こうドキドキー! っていうか!
美希ちゃん:恋って頭で考えるものじゃないと思うな。
貴音ちゃん:恋とは、時に世界の全てを懸けてでも成し遂げたいもの!
伊織ちゃん:こ、恋!? そ、そんなのまだ早いわよ!
あずささん:うふふ、それはきっと自然に分かっていくものだと思うわ。
やよいちゃん:幼すぎて参考にならず。
亜美ちゃん:同上。
最後の二人はともかく、他のメンツはなんとも参考にするにはハードルが高そうである。この中ではあずささんの回答が的を射ていると思うが、現時点で答えを出したい響ちゃんにとっては不適切だ。
「あれ、千早ちゃんと真美は? それに雪歩ちゃんも」
アイドルの恋愛観という面白そうな話題でノリノリになっていたので、ついつい名前を挙げられなかった三人について聞いてしまう。
「真美に聞いてみたら『逆にこっちが教えてほしいよ!』って真っ赤な顔で怒鳴られたぞ」
何事ぞ。まぁあの年齢の女の子には色々とあるんだろう、きっと。
「それで、雪歩と千早は――」
――恋って楽しいだけじゃなくて、独占欲とかちょっぴり後ろめたい気持ちとか……色々な気持ちが入り混じって、だからこそ掛け替えのないもの……だと、思うんだ。
――私自身は正直よく分からないけど……恋の歌を歌うときは、ずっと歌詞の人物に問うようにしてるわ。我那覇さんが演じるのなら、その人物は我那覇さんの中にしかいなくて、我那覇さんだけがその人物と話すことが出来るのだと思う。
「……おおぅ」
予想以上にガチな回答に、思わず唸るしかなかった。とくに雪歩ちゃんの回答は聞いてるこっちがむず痒くなってくる。なお本人も自分が言った内容を改めて聞いて恥ずかしくなったらしく「穴を掘って埋まってます~!」とシャベルを取り出して真ちゃんに羽交い絞めにされていた。
「しかも今回の監督さんに打ち合わせの時に質問したんだけど――」
Q:この役の女の子ってどんな子なんでしょう?
A:脚本通りだよ。
Q:何をするのかはわかるんですけど、考えていることとか設定的なことで……。
A:さぁ。だってフィクションなんだから、そんな子いないし。
Q:監督がこのフィルムにお持ちのイメージをざっくりとでもお聞きできれば……。
A:知らないよ。教えてよ。
「――って感じで、何も教えてくれなくて……」
「うわぁ……」
脚本以外に開示情報がゼロである。良く言えば役者の自主性を尊重し、悪く言えば役者に丸投げだ。
「って、『クリスマスライナー』の監督さんって確かあの人だっけ。なら無理もないか……」
脳裏に浮かぶのは、生え際がだいぶ後退した髭面眼鏡の能面監督。腕は間違いなく確かで、厳しい言葉を発することもないのだが『撮りながら主義』の人であり、淡々とNGを繰り返すので業界ではかなり怖がられている。
「『役者側がOKならそれは全部OKだし、逆に全部NGでもある』って言われなかった?」
「い、言われたぞ」
「やっぱり。それ俺の時も言われたよ」
「りょ、良太郎さんも!?」
それはあの監督が手掛けたショートムービーに出演させてもらった時の打ち合わせで言われた言葉である。『片思いの少女を失った少年』の演技を要求され、無表情ながら悲しむ演技をしていたのだがNGを連発。どーすりゃいいのよと半ば自棄になって「そうだ、片思いの少女じゃなくて片思いのおっぱいだと思おう」と迷走。演技に入った途端悲しみよりも行き場のない怒りが込み上げてきて、思わず撮影現場である病院の廊下の壁を力任せに殴りつけてしまった。しかしその演技で一発OK。もっとも後で「次までにもうちょっと勉強しておけ」と言われたあたり、別のことを考えながら演技をしていたことがバレていたようだが。
「それで、アイドルとしても役者としても先輩の良太郎さんに意見を聞きたくて……」
状況は理解した。
しかし、恋……恋かぁ。
「あの、失礼を承知でお聞きしますが、良太郎さん、恋の経験は……?」
いつの間にか雪歩ちゃんと共にこちらに戻ってきていた真ちゃんからそんなことを聞かれた。雪歩ちゃんや響ちゃんも興味津々といった様子である。まぁ演技云々を抜きにして、女の子なんだからこういう話題が気にならないはずがないか。
「当然、これでも十八歳の現役男子高校生だ。俺だって初恋の一つや二つ経験してるさ」
「あの、日本語がおかしいんですが」
しかし転生者という特殊な環境にいる俺にとってはおかしな話ではないのだ。つまり前世と今で二つの初恋、というわけだ。ちなみに前世での初恋は小学校の先生だった。結婚して退職すると聞いて淡い想いが儚くも砕け散ったのはいい思い出である。
「ただ俺の初恋は参考にならないからなぁ」
何せ、今生における初恋の相手が『自分の母親』なのだから。
……いや、ちょっと待ってほしい。「なんだこいつマザコンかよ」と言わずに少し俺の話を聞いてほしい。
さっきから何回か言っているように俺は転生者である。前世が存在し、そちらで二十年以上生きていた記憶をしっかりと持ち合わせており、生まれた瞬間から自我を持っていた特殊な環境で生きてきたのだ。それを考慮した上で考えてほしい。
転生し新たにこの世での生を受けて、初めて目に入ったものが俺を抱きかかえながらこちらに笑顔を向けている美少女(美女と表現しない辺りがポイント)なのだ。転生直後で前世の母親のことがあり彼女を自分の母親なのだとすぐに認識できるはずもなく、しかも相手は自分に対して我が子のように(実際我が子である)愛情を向けてくる。これで惚れない方がおかしいと声を大にして言いたい。
今まで何回か初恋について問われたことがあるが、こんなこと当然言えるはずもなく毎回さりげなくごまかしてきた。転生して第二の人生を歩み始めた直後に『墓場まで持っていかなければならない秘密』を抱えてしまったのだ。こんなこと他人に知られたら死ぬ。精神的にも社会的にも死ぬ。むしろ自分から腹を切って物理的に死ぬ。「この良太郎、天に帰るに人の手は借りぬ!」と言わんばかりに切腹から介錯まで自分一人で成し遂げて死ぬ。
というわけで参考云々を抜きにしても他人に話せるはずがないのではぐらかさせてもらう。
「それに、俺の恋愛観はあんまり響ちゃんの参考にならないと思うよ」
「え? ど、どうして?」
「それは俺が男で、響ちゃんが女の子だからだよ」
男女の恋愛観というものは、それはもう恐ろしく違う。相手に求めること、好きになるところ。果たしてそれが本当に同じ『恋愛』なのかと疑問に思うほどに男女で恋愛観は違うのだ。
「だから俺の恋愛観を話したところで、それはほとんど参考にならないんだよ」
絶対にならない、とは言わない。けれどここで全く違う恋愛観を響ちゃんに教えてしまって混乱させるのは得策ではないと考えたのだ。
「そ、そうか……」
少しシュンとなる響ちゃん。俺の恋愛話が聞けないからという理由ではなく、本当に悩んでいるからこそ、そんな反応なのだろう。……本当にただ聞きたかっただけじゃないよね?
「……それじゃあ、代わりに響ちゃんをいいところに連れて行ってあげよう」
これから時間ある? と聞きながら立ち上がり、パンパンとズボンに付いた草を払う。
「え? きょ、今日はオフだから時間ならあるけど……ど、何処に行くんだ?」
「響ちゃんが自分だけの恋愛を見つける手助けをしてくれる場所、だよ」
・「こ、恋について教えてほしいんだけど……」
教えるのは本当に恋だけでいいのかなぁ?(ゲス顔)
・『クリスマスライナー』
REX版からそのまま引用。間違いなく元ネタはJR東海が公開している『クリスマス・エクスプレス』というCMシリーズ。
きっと君はこなーいー 一人きりのクリスマス・イーヴ
・765プロ所属アイドルの恋愛観
基本的にREX版から引用させてもらい、伊織とあずささんだけ考えた。
真美も本来ならば亜美と同じだったが良太郎というイレギュラーが存在するため、現在進行形で恋する乙女。今後の成長に期待。
・「そうだ、片思いの少女じゃなくて片思いのおっぱいだと思おう」
良太郎、あなた疲れてるのよ。(元からこんな感じです)
・初恋の一つや二つ
ある意味、転生者であること以上に他人に話すことが出来ない良太郎の秘密。
あとがきで言ったことがあったかどうか分からないが、作者は良太郎母をISの篠ノ之束のイメージで書いているので、間違いなく惚れる自信がある。
なお誤解のないように記述しておくが、作者の実体験ではないのであしからず。作者は普通にクラスメイトの女の子が初恋でした。
・「この良太郎、天に帰るに人の手は借りぬ!」
「一生一面、悔やんでいません!」
今回、アイドルにとって色々な意味で重要な恋愛がテーマになっていますが、現在ヒロイン候補のあのお二人は未だ登場せず。果たしてこれはどういう意味かなー?(無計画)